「何やってんだ遠坂は……?
 ちゃんとイリヤにも声援が行くよう扇動しなきゃ駄目だろ」

「纏まりとか団結とか皆無ですからね。 私達」

流れは明らかに向こうだ。 上座から見るとよく分かる。
アウェイに晒された妹(実は姉だが)を心配そうに見つめる士郎こと現アヴェンジャー。
何がやばいかって、遠巻きから見て分かるほどイリヤがキレてるのがやば過ぎる……

「■■■■ーーーーーーーーーッッ!!!!」

山岳を思わせる太古の巨人が迫る。 その巨体が凄まじく速い。

「……………!!!!」

蝶のように舞い滑る美貌の王。 その痩躯が驚くほどに力強い。

立ち合いの瞬間、掻き消える巨人と拳士。
今度は彼女も一切の小細工無し。 出だしからトップギアの刺し合いに移行する。
100の魔手を100の裁きで打ち返し、サークル内に描き出される紛う事なき死闘。

取り合い―――互いの身体を捉え、捕縛する組手争いは熾烈を極めた。
狭いサークル内に両者の残像が幾重にも重なって発生している。
バチン、バチン、バチュン、と何かがぶつかる音が多重奏のように響き渡る。

「何コレ!? まさにヤムチャ視点っ! マジで解説のしようがないんですけどっ!? 」

「ししょー、解析が出た。 双方、1秒間に100発単位の攻防を繰り出している」

「ペガサス幻想(ファンタジー)っっ!!?」


「「「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」」」

場内、割れんばかりの大歓声。
他ではほぼ全ての取り組みが終わり、選手観客一同の視線がここ、東場所西の土俵に注がれている。
繰り広げられるのは聖戦。 祭の行事の一つとして始まった余興が今、神話の具現をここに表す。

だが、そんな2人の間にはっきりと優劣がつき始めたのは、取り組み開始後1分を過ぎた頃。
牛若丸と弁慶を髣髴とさせるその勝負は、しかしその習いと真逆の趨勢を場に写し
聖王の装束が徐々に切り裂かれ、粉雪のような白い肌に赤い痣が刻まれ始めていた。

信徒から悲鳴と怒号が上がる中、追い詰められていくのはオリヴィエ。
いなしにいった手が拉がれる。 完全にかわした体が衝撃だけで弾かれる。
体系化した術技を持たない半神の英霊はアルクェイドの言葉通り、バーサーカー適性が抜群に高い。

技は用を成さない―――圧倒的な力と速さの前では

そう言ったのは誰だったか? 理通りの脅威を巨人は余すとこなく実践する。
天をも砕く剛力は、鬼子の舞いも天女の羽衣も偏に捕らえ引き裂く暴力の具現。
その巨体から想像も出来ない小刻みな歩法で徐々にオリヴィエの逃れるスペースを潰すサーヴァント。
本能レベルで戦術的なバーサーカーは、両手を雄大に広げ、敵を挟み込む様な構えを見せる。

繰り出す技は合掌捻り―――頭部を挟んで相手を薙ぎ倒す荒技だ!

土俵際まで下がったのが彼女の仇になる。 左右後方逃げ場無し!
迫る掌のプレスを両の手で受けるが、メキャリ!と彼女の両肩の軋む音がここまで聞こえた。

「ひぃ!? ジャンククラッシュ!? 潰れたっ? ミンチっ!?」

「いや、残した……しかし」

かふっ!っと短い悲鳴を漏らし、苦悶をあらわにする聖王。
強大な、これほど強大な敵は彼女の戦歴をして数えるほども無かっただろう。
穏やかな微笑を称えていた表情は今、戦火を前にした闘姫の険しさを取り戻す。
女である前に武人。 己を凌駕する存在と相見える事の歓喜、胸を焦がす戦慄。
肉体を犯す激痛すらがひたすらに愛おしい。

敵は理性無きバーサーカー。 その喜びを分かち合えないのが残念だ。
そう、惜しむらくは彼が正気を―――戦術を失っている事。
どれほどに肉を、骨を引き裂かれようと「暴」で「武」は挫かせない。 聖なる拳の名にかけて!

――― 必倒の機は我にあり ―――

今はただ激流に身を任せ、その時を待つ。


――――――

しかして奇跡を目の当たりにしようと詰め掛けた信徒は、ただただバーサーカーの強大さに凍りつくのみ。
熱に当てられた彼らに思考と現実を呼び戻す巨人の咆哮。
「殺される!」と、客の一人が叫んだ。 土俵に上がって虐殺劇を止めようとする者までいる。

「………」

そんな喧騒の只中にて、彼らを尻目に
少女イリヤスフィールは勝利の予感に残忍な笑みを―――

「…………どういう事なの?」

浮かべて―――――いない?


ここに少女は、狼狽を露にする―――


――――――

愛娘を探しに、なのはが外れの洗面場まで来た時
会場が異様な熱気に包まれて―――それは降臨した。

ベルカ史上伝説の王の土俵入り。
割れるような怒号と歓声に耳を打たれ、なのはは振り向き「彼女」を目撃する。

「ヴィ……ヴィヴィオ!!?」

フェイト、ユーノと同様の驚愕を抱き、彼女は言葉を漏らす。 
聖王ヴィヴィオ―――あの悪夢のような出来事が脳裏を過ぎり、彼女は息を呑まずにはいられなかった。

だが、違う……あそこに立っているのは別人だった。
容姿こそ似ているが纏う雰囲気があまりにも懸け離れている。
聖王となった娘の姿形も知っているなのはが、ヴィヴィオと彼女を見間違う筈が無い。

「……………!」

だが――――それでいて、なのはは確かに感じたのだ。 

数千の視線が彼女を埋め尽くす中、それを掻き分けるような聖王の瞳が自分に向けている事に。
気のせいではない。 まるで自分に、自分だけには目を逸らさずに見て欲しいという……

現在、彼女はあのイリヤスフィール率いるバーサーカーとの大一番に臨んでいる。
語るまでも無い。 地上戦ではセイバーをも超える最強のサーヴァントだ。
局の作戦事項においてアレを相手にするならば、要塞攻略戦並の戦力を投入しなければならないだろう。
その破滅的な攻撃力もさる事ながら、宝具、十二の試練<コ゛ット゛ハント゛>は生半可な攻撃を弾き返し
攻撃をラーニングして次からは肌に触れる事すら許さず打ち消してしまうという最強の鎧――――

「………………!?」

そう、それを知るが故に………なのはは今、イリヤと同様の疑問を抱くに至る。
確かに戦況は聖王に不利だが、未だ双方、攻防に成り得ているのは何故?

破壊的な暴力に晒されて風前の灯ではあっても、オリヴィエのいなし手やストッピングの蹴りもまた
巌のような敵の肌に少なからず傷を負わせているのだ。


「聖王の鎧」


固唾を呑んで見守るなのはであったが――――呟いたのは、会場の端の柵に佇んでいた少女だった。

まるでなのはの疑問に答えるように紡がれた言葉。
教導官の驚きは無理も無い。 「それ」を一介の少女が知っている筈が無いからだ。

そう、聖王もまた不抜の鎧を身に纏う者。
奇しくもバーサーカーの宝具と防御力の面で同等の性能を持つ、王を護る最強の衣。
共に不抜の衣を纏った者同士、どんな作用が働くのか想像もつかない。
だが仮に磁石の同極のように、類似した性質同士で打ち消し合う作用が働いていたのだとしたら―――?

「………」

触れられざる者同士だからこそ、互いに触れる事を許される。
神域の守りは既になく、裸の戦士2人が相打つのみか?

――― あとは互いの技が勝負を決める ―――

ヴィヴィオの探索もさる事ながら、高町なのははダビデとゴリアテの巨人の如き勝負をただ黙って見守るのだった。


――――――

「ガチ勝負っ! これは茶々……もとい、解説を挟みづらい!
 ヴォルケンリッターの2枚看板ですら体を張ったギャグを披露してくれたのに
 どうやら両者にそんな空気を読む気は毛頭、無いようです! 次でボケてーーっ!」

「「うぐ」」

2枚看板、ザフィーラとアインスが頭を垂れる。

そして苛ただしげに爪を噛むイリヤに今、余裕は全く無い。
どういう因果かゴッドハンドが無効化(本当は相殺)されてしまっているのだ。

ならば楽勝というわけにはいかない。 
相撲ルールというやり慣れない闘いにおいてなお、狂戦士が無敵だったのは攻撃を無効化出来たから。
だがその加護を失った以上、1回戦での彼女の戦法は未だ有効なのだ。
力で劣るあの女が狙うは、巨人の剛力を搦め取ってのサークルアウトだろう。
そしてそこまで分かっていながら、バーサーカーであるが故に対策の立てようが無い。

どうする? 令呪で狂化させて一気に勝負を決めるか、それとも狂戦士に作戦を伝えるか?
直線しかしない暴走機関車に曲がり方を教え、ブレーキをかけられるのが令呪の仕業。
自分ならば出来る。 このバーサーカーを完璧に制御できる自分ならば。
今、少女がサーヴァントに相手の狙いを示唆して、慎重に事を運ばせればその勝利は磐石のものとなるだろう。

(………)

だが、それではバーサーカー1人の力で勝った事にはならない。
令呪を発動するという事は即ち、マスターが助け舟を出すのと同じ事なのだから。

(あれ……? 私って、こんな甘ちゃんだったっけ……?)

ルールを守る―――勝ち方に拘る。 
「殺し方」しか知らなかった以前の自分からは考えられない思考。
微かな戸惑いに苛まれる少女であったが……今はいい。

「■■■■■―――!!!!!」

1対1なら、こちらの方が断然、強い。 
大丈夫……相手の小細工が届く前に勝てる。 
自分は変わらずバーサーカーの強さを信じるだけだ!

そんなマスターの思いを知ってか、狂戦士が最後の詰めに入る!

四方八方から迫り来る突き押しは五月雨の如し。
ふらつく聖王の足取りはもはや倒れる寸前――――


―――――――――かと思われた。


――――――

「行ったっ!!!」

「ふむ―――これが最後の反撃となるか」

スバルとアサシンの目下…………
いや、それが燃え尽きる前の蝋燭である事は誰の目に見ても明らか。 
己が肉体にバーサーカーに匹敵する爆発力を生じさせられるのはこれがラストだろう。
まるで空に掛かった階段を駆け上るかのように優雅に鮮烈に。
針の穴を通すような踏み込みで聖王は、バーサーカーの豪腕を掻い潜り、烈火の如く懐を侵す!

「耐えなさいバーサーカー! 耐えて捕まえれば勝ちなんだから!」

神代において神より賜った頑健な肉体は、ゴッドハンドが機能せずともなお健在。 
今更あの女の攻撃など恐くない。 いなし、逃げ回るだけの彼女にもはや残された武器も無い。
両の手を広げ、今度こそ四つに組もうと、上から相手に覆い被さろうとするバーサーカー。


――――――――否……それは謝った認識だ。


武器が無い? 術が無い? そんな事は有り得ない。
剣士が剣を折られれば戦えない。 槍兵から槍を取り上げれば術を失うだろう。
だが彼女は違う。 彼女は拳士だ。 その両の手に宿った技こそ彼女の全て!
華奢にすら見える肉体そのものが英霊オリヴィエの宝具そのものだ!

聖王が上から覆い被ってくるバーサーカーの、その眼前に―――


「聖王・猫騙し」


手をパン―――――!!!と、叩きつける。


「■■■――――!??」

それは魔力を帯びた圧倒的な光!
大気を完全に遮断した半径30cmほどの空間は真空を形成し、巨人の息吹を疎外する!
更に叩きつけられた魔力の光がサーヴァントの目を焼き尽くす!

「えーーーーーーーーーーーーーー!????」

「なるほど、あれはああいう技だったのか」

アインスとツヴァイ、両融合機が驚愕と感嘆の吐息を漏らす中


――― 刹那、狂戦士は完全に敵の姿を見失った ―――

彼女を捕らえようとした腕が空を掴み、拳士は霞のように懐から掻き消える。
前かがみ気味の体制になった巨人。 そしてオリヴィエは――――?

「頭上!!!!! 頭上ですっ!! 
 朝聖王(四股名です)、宙に身を躍らせて平良呉巣(四股名です)の背後を取ったーーー!」

待って耐えて訪れた機。 逃がす彼女ではない!
バーサーカーを見下ろすように、中空に舞うオリヴィエ! 
胡蝶乱舞―――まさに天女の如し!

力、速さは用を成さない―――極められた技の前では。

場に新たに示された理。 それは全ての者が等しく抱く驚愕と、目を奪われるほどの美技と共に心に刻まれる。
前方に全ての力を叩き付けたバーサーカーに対し、彼女はその後頭部を軽く触れて後押ししただけ。 
それだけで―――力学では説明のつかない衝撃が狂戦士の延髄から脊椎を繋ぐ急所に叩き込まれる!

「■■■■――――ッッ!!!!?」

「バ……!?」

イリヤが絶句し、息を呑む。
呂布に続き、自身の突進力を利されたサーヴァント。 
流石の巨人をして踏み止まる事叶わない。 そのまま―――


――― ズドンッッッッッッ!!!! ―――

場に快音が轟くのだった…………!


――――――


直下型の地震の如き振動が客の体をフワリと浮かせる。

その光景はまるで空手家が演舞で叩き割る氷柱の末路か―――

「タ、タイタニーーック……」

または行司の呟き通り、沈没中の豪華客船の光景さながらだ。

土俵が中央を支点に真っ二つにぶち割れていた。
地盤沈下のように両端が競りあがり、まるで英字の「V」の如き様相を見せる、さっきまで闘技場だったソレ。

相撲の決まり手はサークルアウトだけではない。
土俵に足の裏以外をつけた瞬間においても力士の敗北となる。

ならば濛々と立ち込める粉煙の中に示されるは奇跡の逆転劇。
土俵中央にて頭から叩きつけられ、土俵そのものを砕き割り
更に大地に上半身ごと埋め込まれたのは最強のサーヴァント―――

そして満身創痍の王が――――

息を切らせながらも、ほんの少しの茶目っ気を称えた微笑と共に佇んでいたのだった。


――――――

「奥義開眼ーーーーーーーーーーっっ!!! 朝聖王(四股名です)、まさかの逆転勝利っ! 
 信じられんものを見た……あの平良呉巣(四股名です)を、はたき込みで地面に埋めちゃったよ!?
 行司はこ、興奮して舌が上手く回りませーーーーん!! つうか、どんだけ猫騙し好きなんだよ!!」

タイガー行司が勝者の名を称える。 
無双の英霊相手に2連勝。 快挙を超えた奇跡に場のボルテージは最高潮。
不可能な道筋を切り開く偉業こそが英雄の所業ならば
今、自分達は確実に神話を目の当たりにしているのかも知れない。


そして絶対の勝利を信じていたサーヴァントの敗北を……
感情の消えた表情で見つめている少女の姿が1人、対照的だった。

放心状態なのか、事態を飲み込めないのか定かではない。
俯き加減に、自分のサーヴァントを見据える少女。
そんな彼女に些か申し訳無さそうにペコリと一礼をし、確たる足取りを以ってオリヴィエは次の土俵へ向かう。

その後姿を、イリヤは呆然と見送る―――

(負けてない……バーサーカーは負けてない……!)

次いで灯る感情は耐え難き憤怒。

楽しみにしていた……負けるわけの無い勝負だったので興が乗らない部分もあったけれど
いつも苦労ばかりかけているサーヴァントにせめて晴れ舞台を与えてやりたいと常から願っていた。
それはセイバーと士郎の睦まじさを見てより育った彼女なりの思いやり。
教導で相手の顔を立て続けて我慢していた鬱憤もあった。
密かに凛の仇も取ってやろうと子供なりの義侠心を秘めてたりもした。

それを――――飛び入りに全部、台無しにされたのだ。

あんな女の添え物に、よりによって自分のサーヴァントを……
このバーサーカーを引き立て役にしたというのか……
許せるわけがない。 プライドの高い少女にそれが耐えられる筈が無い。

「――――――バーサーカー」

電池の切れたロボットのように動かないサーヴァント。
上半身丸々、地面に埋め込まれた無様な肢体。
そんな狂戦士に彼女は今、再び命を下そうとする。

令呪―――本当に本物のバーサーカーの力をあの憎き女に叩き付けてやるために。

(あんなひ弱な奴――――本気出せば一瞬で肉隗なんだからッッ!!!!!)

負の感情の抑え切れない昂ぶり。
諸共に彼女の全身に紅い令呪が浮かび上がり―――そして   


「駄目じゃないか……イリヤ」


「――――え?」

オリヴィエに刃を振り下ろそうとしていた少女が―――――その思考を完全に、止めた。


「これは殺し合いじゃなくて試合……聖杯戦争とは違うんだよ。 
 互いの健闘を称え合い、相手を尊敬するスポーツだ」


「――――――――すぽおつ?」

聞いた事の無い言葉に目を白黒させるイリヤ。
否、士郎達と暮らすようになってから、その言葉の意味だけは学習していたが………


「巡り合わせや運が無くて相手に軍配が上がる事もあるだろう。
 そんな時、一時の感情で全てを滅茶苦茶にしてはいけない。 
 そんな事をすれば一生懸命、戦ったバーサーカーの健闘も含めて全部、台無しにしてしまう」


それは一生、自分に縁の無い世界。 画面の中の世界の出来事。
この身には生涯、無縁のものだと――――


「そんな事はないさ……さっきはちゃんとルールに従ってやれたじゃないか? 
 イリヤがこの先ずっと楽しく生きていくために、周りの大切な人を悲しませないために
 その気持ちはとても大切なものだ。 今日、出来た我慢を決して忘れてはいけないよ」


「………………」

硬直したように動かない少女。 体に浮き出た令呪も既に消えていた。


「―――――――――良い子だ……偉いぞ、イリヤ」


聖王を崇め、狂喜乱舞する大衆の声が場内を震わせる中
ポツンと佇む少女がハッと正気に戻り、辺りをキョロキョロと見回すが――もう声は聞こえない。

その声の主を見つける事は――――出来なかった。


――――――

「イリヤちゃーーん!」

喧騒を掻き分けてキャロルルシエがこちらに駆けてくる。

「お疲れさま! その……………残念だったね。 
 9分9厘、勝ってたのに……本当に惜しかったよ」

息を切らせながら、こちらを慮るその表情。
自分を慰めてくれているのだろうか?

「………」

もし怒りに任せて相手の女を叩き潰していたら―――
この友達の顔も曇らせてしまったのだろうか?
せっかくの楽しい旅行を台無しにするところだったのだろうか?

「ありがとう、キャロ。 でも、バーサーカーの―――ううん、私の負けよ」

冬の少女は、今もなお口惜しさを残したまま。 敗北を甘受するにはその思考は未だ幼い。

でも、そんな複雑な胸中のままに、少女は無理にでも笑みを浮かべる。
それはキャロに対する精一杯の強がりでもあり、彼女をこれ以上心配させたく無いという思いやりでもあり―――


後にこれが苦笑いというものなのだと―――――少女は今日、初めて知るのであった。


――――――

「さっきのは聖王の技じゃない」

少女が呟いた。 少し憮然としているのは気のせいか?
何にせよ周囲の絶大な喝采を受けて更なる土俵に向かうオリヴィエを見据える高町なのはと―――少女。
その背中は信徒の期待を背負うほど雄大に、だけど張り詰めた風船のように儚くも見える。

「自身を超える化物を相手に3連戦……どう考えても無茶。
 まともにやっていたんじゃお手上げ。
 どこかで大きく張って勝たないといけなかった……」

少女の言葉、その観察眼はもはや疑う余地が無い。
多くの人間が眼前で起こる神懸り的所業を奇跡と断ずる中で
彼女だけはその神技を術技と捉え、とにかく冷静に目をむけていた。 どこか冷めたような感じさえある。

そう、それは完璧な組み立てによる綱渡り―――
出来るか出来ないかはさておき、オリヴィエと同じ立場に立ったなら教導官も同じ選択をした筈だ。

3連戦を制する第1歩は、1回戦の如何による。 
ことにあの面子を相手取るならば初戦は瞬殺狙いより他に無い。 
故に自身の手の内を晒さぬうちに相手の弱点を一挙集中して撃破する。
寸でまで引き付けての柳受けに小手返し(既存の武術に相当する技としての例)。
完璧に相手を捕らえたように見えたがその実、オリヴィエが吹き飛ぶ確率は5分5分だった。
だがその賭けに勝ったが故に、次の2戦目に繋げる事が出来る。

そして2回戦。 初戦を無傷で終えていなければあのイリヤ・バーサーカー相手に勝率すら叩き出せない。
そこに全戦力を注ぎ込み勝利する。 結果は見ての通り。
彼女の戦術はついにここまで一度の破綻も見せず、余人の瞳には奇跡の体現としか写るまい。

言い伝えでは聖王は決して出力や資質に恵まれていたわけではなかったという。
拳技における破壊力、戦闘力で彼女を上回る王はいくらでもいたらしい。 
だが彼女は、その誰との戦いにおいても遅れを取る事はなかった。

相撲という競技は奇しくも騎士の戦いに似たところがある。
力の限りぶつかり、押し合い、捻じ込む事に特化したベルカ式。
そんなオフェンスに特化したベルカにおいて唯一、受け技と柔法を極めたのが彼女、オリヴィエゼーゲブレヒトだと綴る史書家も多い。

曰く、彼女は拳法における化剄に相当する技の使い手という説。
フィジカルの弱さを埋める様々な護身技。 膂力どころか魔力すら捕らえて柳の如くいなし、合わせ、迎撃する。
その究極の発露こそ、修験の果てに彼女が纏った王気―――聖王の鎧。

防御・受けに強い者ほど連戦、長期戦に長けると言われている。
戦乱において王という立場に置かれた彼女の在り様を考えれば納得か。
自分よりも強い相手に勝つには、相手よりも強くならなければならない……その究極の形がそこにある。
あらゆる剛拳を、怪力を、閃刃を悉く退けた伝説の王。
自分では説明どころか想像すら及ばない何かが確かにあそこにあるのだ

(だけど流石にもう限界だ……)

そしてなのはをして叩き出せる予想戦果はここまでだ。 
3戦目に勝機を見出せる要素がどこにも無い。
敵に弱みを見せないよう微笑を崩さない彼女だが、満身創痍なのは明らか。 
先の2人との勝負でさえ薄氷を踏むような戦いをものにし、それを2回続けて成し遂げた事が既に異形。

「!」

まただ………また聖王がこちらを見て微笑んだ。

一体、彼女は何を思い、そして何を伝えようとしているのだろうか?
そして大衆の、なのはの見守る前にて彼女は最後の土俵に上がる。
東場所の中心に位置する、灼熱の巨神の座する戦場へと。

「もしもし……もしもーし! 貴女、もう絶対に止めた方がいいって。
 ここで止めても誰も貴女も笑わない! 
 馬鹿な事はお止しなさいよぅ……タイガー魔法瓶あげるから」

「陛下……………無茶です」

その言葉を遮るようにサークルに上がるオリヴィエ。
待ち受ける巨人はただそこに在って、感情の読めぬ表情で王を見る。

これが―――次の、玩具……?

鏡の世界の住人は創造主たる少女の望みのままに
楽しく、愉快に、放られた玩具で遊んで見せるだけ。

「……ホントにやらなきゃいかんの? 知らないぞー!」

そして、立会い――――

今まではいなしの構えに一貫していた聖王が初めて、どっしりと腰を落として臨む。
その差違に気づいた者がどよめきを漏らす。 

あれは―――――


「…………魔力、集束……!」

乾いた喉で―――なのははその言葉を搾り出した。


――――――

あと1人―――

あまりにも当たり前のように英霊を抜き去って行く彼女。
それはこの王の過ごした日常、その生涯を如実に表している。
即ち、戦乱を生きた彼女の道程の再現だ。

既に多数の傷を負っている彼女。
先の2体が無双ならば今度の相手はチートだ。
あのアインスですら勝てなかった、なのはですらもう無理だと思わしめる絶望的戦況。
そんな中、王が最後に取った構えこそ―――!

「そ、そうか……初めからそのつもりで!」

偶然か必然か、彼女が選んだ切り札は高町なのはと同じ集束魔法。
3戦目は初めから真っ向一撃粉砕。 それがオリヴィエの選んだ戦法だった。
ここに全ての力を使い切ってなお、最強の一撃を放つ方法がある。
散った魔力を再び放つ最終兵器!

取り組みが始まったら、タメの大きい技は一切使えない。
リィンフォースですら、その巨大な力を発揮出来ずに敗れた。
されどミッド、ベルカ共に最も力を発揮出来る技はチャージ後のタメ打ち。

「そしてこの立会いの間こそ………絶対の勝機……!」

そう、何を呆けていたのか? 自分もこの祭の熱に当てられてしまっていたとでもいうのか?
それは過去、教導官がここぞの勝負で選んできた戦術と同じではないか。
聖王がわざと自分と同じ戦闘スタイルを選んだ? そう考えるのは自惚れなのか?

「……………」

集束砲は確かになのはの得意技だ。
しかし眼前で行われているソレは自分などとは比べ物にならないシロモノだった。

鳥肌が止まらない……メルトダウン寸前の核融合炉を前にした時のような恐怖。
時空が歪み、次元にすら干渉しかねないエネルギーの奔流がオリヴィエの懐に集約されていく。
その収束された力はあのエクスカリバーと同等か―――それ以上かもしれない!

「はっけよぅい…………あれ、これ何かヤバくない?
 あの、アナタ達。 言っておくけどコレお祭だからね?
 もう少しゆとりを持った取り組みをお願いしたいなー、なんて思うわけですよ行司的に」

「……………」

「■■■―――」

(き、聞いちゃいねぇ……)

カウントダウンを終えた核兵器が2つ、既に発射体勢に入っていた。

足のスタンスを広げ、体を極限まで沈み落とした聖王。 
笑みを捨てた彼女が双眸に写すは戦乱の光。
金の髪を逆立たせ、肺の底から極限まで絞った息吹をゆっくりと吐き尽くし、巨人を睨み据える。

対して低く、重く、天を劈く咆哮をあげる巨人。 
自身の立つ大地と同化し、静かに鳴動させるはジャバウォック。
赤子の如き思考回路が確たる脅威を前に、危機感から防衛本能を呼び覚まし、遊びは闘いへと変化する。
その姿はまさにガイアの具現のよう。 幻視させるは終末の巨神兵か。

楽しい祭がいつの間にやらハルマゲドン突入。
目の前でヴァン神族とアース神族が刀を振り上げたままで開戦の合図を待っている。
この手を振り下ろせば――――ボン!だ。

「あー、もう知らないからね! どうにでもなれ! のこっ………にょえええっ!?」

「ししょー!」

チンクがタイガーの胴体を抱え上げ、土俵の外に飛び退る!

と同時―――


「■■■■――――!!!!!」


明確な敵意を抱いた巨人の殺意ある一撃!
この世に砕けぬものなど無いと言わんばかりに唸りを上げて敵に迫る。

その破滅の具現を前に――――


「破ァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!」


オリヴィエもまた渾身の咆哮にて敵を迎え撃つ!


発気裂帛ッッ!!!!!! 

虹色の魔力が彼女の全身から立ち昇り、捻りこんだ痩身から放たれるは奥義という名の切り札に他ならず
巨人……その向こうにあるナーサリーライムの干渉をも打ち抜かんと翻る、その拳こそ―――


――― 無銘・双掌・次元干渉破砕拳 ―――


世の理を大きく逸脱した2つの力の塊が――――今、激突す!!


――――――

  目次  

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最終更新:2011年01月20日 17:01