「えー、本日はお日柄もよく、と……我ながらお約束の挨拶やなぁ」

「な、なんでやねーん」

「ヴィータ~、そこ突っ込むトコちゃうよー」

独特の柔らかいイントネーションの関西弁。
機動6課部隊長、八神はやてと守護騎士ヴィータの漫談に、バス内にてドっと笑いが込み上げる。 
些か拙いやり取りと赤面するヴィータの様子からも、二人がこういう事に慣れていないのは明白だった。

「凄いお歴々が集まってくれたからなぁ……柄にもなく緊張してますー。
 ほら手汗で壁に張り付きそうや! スパイダーマンや!」

「な、なんでやねーん」

「ヴィータちゃん頑張れー!」

「う、うるせえよっ!! そこ!」

だが稚拙の中に見る愛嬌とでもいうのか苦戦するヴィータがやけに愛らしい。
こうして八神はやての開式の挨拶は比較的、温かい雰囲気で迎えられた。

ミッドチルダ時空管理局と第97管理外世界―――地球。
星間を跨ぐ広大な組織である管理局と、辺境の一惑星の中で独自の発達を遂げてきた世界。
両世界の交流が始まって幾年。 その友好と繁栄を願う声も今では大きい。
そこで今回、はやて達地球出身の魔導士が一役買って立ち上げたのが、この合同親善交流旅行である。
つまりはちょっとした慰安旅行の意味合いを込めた交流会で、寝食を共にして皆で仲良くなろうという企画だ。
参加者は1号車、2号車、3号車と分けられて現地に向かっている最中。
団体行動を嫌う連中や「サイズ」の問題でバスに乗り込めない者など、後から合流する者を含めれば信じられない大所帯になる。

「堅苦しい事は抜きですー。 今日から三日間、日頃の因縁とか放っぽって肩の力を抜いて楽しみましょうという事や。
 ほんなら次はスケジュール説明に写らせて貰います。 手元に冊子が行ってると思うんやけど……」

3台のバスが練馬インターから高速に入る中
1号車では、はやてがスピーチを終えたところであった。

激動のガチンコ交流旅行。 その幕が今―――上がったのである。


――――――

1-B ―――

バスの席は右と左の二列から構成されており、1-Bとは1号車のB席を指す。
右にA~J席。 左にK~T席という典型的な観光バスの設計となっており、それぞれ二人駆けで最大40名が乗車出来る計算だ。

「ふあーあ……」

その右から2列目のB席。 欠伸の声を上げたのは着物姿の少女だった。
遠慮のない大欠伸、それは普段から気だるげな彼女の人となりの表れでもある。

「疲れた? 両義さん」

「式でいいよ。 苗字で呼ばれるのは好きじゃない」

相席の女性が少女―――両義式を慮って声をかける。

「悪いな。 アンタの連れの話を蔑ろにしてるわけじゃないんだが、どうも堅苦しいのは苦手だ。
 学校の遠足とか修学旅行とか全くの無縁だったから」

「構わないよ。 はやてちゃんも言ってる通り、堅苦しいのは無し。
 皆で親睦を深めようっていうのが今回の旅行の目的なんだから」

「親睦ねぇ…………」

これだけの面子を一所に集めて親睦? どう見ても蟲毒の壷にしか見えないが……
第一、自分達にしても平和を守る公務員と殺人趣向家の組み合わせだ。
どう考えても同じ食卓に付ける人種ではない。

「まあ、いいや。 色々と毛色の違う奴らがいるし退屈はしないだろ。
 実際、お前も相当強いって話だしな」

「式こそ噂はかねがね。 貴方の魔眼は範囲、規模こそ最小レベルだけど
 局ではレアスキルを飛び超えてロストロギアにカテゴライズされるほどだよ」

「この眼を除けば俺は普通の人間の範疇だけどな」

(普通の人間が高層ビル間を飛び回って、敵と立ち回ったりはしないと思うんだけど……)

相変わらず「向こう」の人達は普通の基準がズレていると苦笑するなのは。
他にもこの少女、サーヴァントを100人ほど辻斬りしたとか、けったいな噂が数多くある。
物騒な話ばかりが先行していて、なのはも初めは緊張していたのだ。
だが、こうして話していると案外、落ち着いた雰囲気を持つ少女として接しても問題無さそうだった。

「………ちょっとオープンに暴れただけでガセネタ流されるんだから世知辛い世の中だ。
 常識で考えてみろ? 俺は確かにこの世界のほぼ全てを<殺せる>けれど
 目の前でガトリンクガンでも斉射されたら為す術も無くケシ飛ぶレベルなんだぞ?」

宝具ですら「線」を通せば殺せる直死の魔眼ではあるが、単純なスピード・パワー・技巧はあくまで人間レベル。
そこに敵との差があれば一撃必殺の刃も用をなさない。 線を通さねば直死は成らないのだから。
故に「 」と接続しているならばともかく、銃弾並の速度で動くサーヴァントを虚仮にする力など持っている筈が無いのだ。

「別のトコに、のこのこゲストで出向くと色々やらされるって良い例だ。
 ピンク色に塗装された客寄せパンダか? 俺は」

シートにもたれ掛かって愚痴をこぼす魔眼の少女。
口を尖らせる仕草が可愛くて、なのはもついクスっと笑みが漏れてしまう。

「笑ってるけど、お前の方こそ悠長な事言ってる場合か?
 凄い噂が飛び交ってるぜ。 管理局の白い悪魔さん」

式の反撃。 なのはが「うっ」と言葉を詰まらせる。

「友達や部下や娘まで容赦なくケシ飛ばしたんだってな。 恐ろしい女だ……
 俺もこうして普通に話しているが、実はちょっと緊張してるんだ」

どうやらお互い様だったようである。 居心地悪そうに赤面する教導官。
そう言えばこの前、シャーリーの拾ってきた動画にも凄いのがあった。
「うふふふ……今度はこの星にするの♪」 などと言いながら、惑星破壊クラスの砲撃を撃ちまくる
どう見ても自分にしか見えない―――白い魔導士の創作物が出回っていた。 ……酷い。

「悪魔でいいよ―――」

ボソッと少女の口から出る言葉。 思えばアレが発端か。

「……神様だって殺して見せる」

しかし、なのはも負けずに返す。
何とも言えない沈黙が二人の間に流れるのだった。 つくづく言葉の力は恐ろしい……
そういえば信長の「第六天魔王」も、元は彼が洒落で言った言葉が収集付かなくなった結果だとか。


「何てこった。 俺とお前がこうして並んでしまった今、三千世界がピンチじゃないか。
 どうする管理局? 世界の危機だぜ?」

「サーヴァントの知名度補正ってこういう風に付くものだったんだね……」

「こりゃいいや! 今度、一緒にどこかの神様でも殺しに行くか?
 手始めに外宇宙から来るアレとかコレとか」

「たはは……遠慮しておくよ。 これでも一応、公務員だから」

「懸命だわ。 お互い、発言には気をつけましょう」

口調が一転、女言葉へと変わる少女。 クスリと漏らす小悪魔チックな笑みに中世的な魅力が垣間見える。
からかわれた、と思うも後の祭り。 酷い自虐ジョークもあったもんである。
お互い、苦労しているんだなぁとしみじみ思わせる会話だったが、事のほか楽しい時間が過ぎていく。

「ぶーぶー! さっきから聞いてれば余所行きも甚だしいわよ式!」

しかして突然、後ろから入る茶々。

「彼女相手にあまり迂闊な事言ったら駄目よ魔導士さん。 
 貴方の方はどうか知らないけれど、コレに対する噂は往々にして洒落にならないものばかりだから。
 アナタ、楽しめると見るや私だって殺しかねない殺人鬼でしょう?」

「何だいきなり……………まあ、そうだな。
 お前程度の神様だったら100体でも200体でも殺してやるよ」

「…………言ったな、コノー」

乱入したのは明るい女性の声だった。
肩越しに振り返る二人。 すると後ろの座席と眼が合う。

式に茶々を入れたのは素朴な白の上着と紺のスカートで身を包んだ―――
その素朴さでは到底、覆えないほどの美しさを備えた女性であった。
荘厳と言っても過言ではない、西洋の切れ長な瞳と鼻立ち。 
王族の姫君と言っても差し支えない気品を、天真爛漫というアンバランスさでぼかした歪な美。

そして高町なのはもまた、その人と眼が合って微笑む。 
姫君の隣に座す、自分が最も信頼を置いている細身の男に対して。


――――――

1-C ―――

「ふーんだ!」

北欧系の眉目秀麗な顔立ちがふくれっ面を作っている。
何と可愛らしい事か。 奔放に振舞う月の姫は、まるで駄々をこねる子供のようだ。
相席の若者もこれには苦笑するしかない。

「それにしても八神はやてだっけ? そちらの部隊長さんはハッキリ凄いわね。
 曲がりなりにもこれだけの面子を集めちゃうなんて……一体、どういう手を使ったのかしら?」

「行動力で、はやての右に出る者はいないからね。 あと人脈と人徳かな」

「人徳かぁ……」

「こんな面子」の最たる存在である姫君からの最大級の賛辞。 冥利に尽きるというものだろう。
確かに、若いながらも八神はやての徳―――器は誰もが認めるところだ。
歴史上、大徳とも呼ばれる器になると、武も知もそこそこでありながら国を治める王になった輩が数多くいる。
夜天の書に齎されたレアスキルよりも、初めから持ち得た人間性こそが彼女最大の武器であろう。

「でも私と式を一所に集めるなんて、あまり趣味が良いとは言えないわね。
 危険物を一緒にして監視されてるようで今一、気乗りがしない~」

「それは俺も同じだ。 少し黙ってろ吸血鬼」

「<志貴>なら全然OKだったんだけどなぁ。 これ多分、貴方のせいよ式。
 気乗りがしないなら今からでも帰れば? そこの窓から飛び降りて」

「お前が飛び降りろ化け物。 高速の真っ只中だが、タンクに轢かれてもお前なら全然、余裕だろ」

「まあまあ、僕じゃ役不足かも知れないけれど、せめて向こうへ着く間だけでもエスコートするよ。
 書庫で学んだ事とか、子供の頃に回った遺跡の話とかネタは残ってるんだ」

「うん……しょうがない部分もあるからね。 それに星の外に広がる世界の話は楽しいし興味あるよ」 

真祖の姫君アルクェイドブリュンスタッドの相席に座る若者の名はユーノスクライア。 
高町なのはの魔法の師匠であり、かけがえの無い友達の一人だ。

「優しそうな人でよかった! 少しの間だけど、よろしくね、ユーノ!」

奔放な吸血鬼を相手に司書長も上手くやっているようである。
彼を一目見た両義式の 「コクトーに似てる……」 という呟きが表す通り、相手を選ばぬ社交性が彼の魅力だ。
怒らせたら英雄王以上にやばいと噂される地球最強の個体が相手といえど、ユーノならば決して間違いを起こさないだろう。

「よーし、たまには浮気しちゃうぞー! せいぜい嫉妬するが良い志貴ー!」

「……………おい、いいのかアレ?」

「まあ、ちょっとドキドキするけど………ユーノ君なら安心だ」

うんざりしながら後ろを指す魔眼の少女だが、なのはの瞳には微塵の憂いもない。
彼に揺ぎ無い、全幅の信頼を置いている―――そんな眼差しだ。

「―――――――綺麗なもんだ……」

「え?」

「何でもない」

不貞腐れたようにそっぽを向く着物の少女。
対象を殺しかけ、身投げしてクルマにハネ飛ばされて、ようやっとマトモな関係を築けた輩にとって
こういう健全な奴らは眩しくて堪らない。

こいつとは深い部分で一生理解し合える事は無いだろうな、と思いつつ
殺人鬼は、殺人衝動とも殺し愛とも無縁な公務員との道中に身を委ねるのだった。


――――――

1-K ―――

「ふう……」

ゆっくりと息を吐いて自分の席に戻った八神はやて部隊長。
キャリアを積んだ高位の魔導士として演説慣れしているつもりだったが、流石にバスガイドの真似事をした事は無い。

「おう、ご苦労であった!」

そしてそれを出迎える相席の声は、はやてよりも頭一つ……いや、ゆうに三つ分は高い所から発せられる。

「あ、イスカさん。 どうも~。 いやぁ、界隈に名だたるお偉方を前にしての挨拶や。 凄く緊張したなぁ」

「確かに壮観の顔ぶれではある。 これほどの手勢を配下に収められれば、どこまで征服出来るか想像もつかぬわい」

言うまでもないライダー、征服王イスカンダル。
この親父は相変わらず、頭の中は征服蹂躙で一杯だ。

「もっとも最果ての海など知り尽くし、星の海にすら進出している輩も多いからなぁ……
 こやつらを導くには、どこを目指すとぶっちゃければ良いか本気で悩んでおる。
 のう、お主はどう思う? 夜天の王よ」

「そうやなぁ……宇宙の果て、なんて良いのとちゃいます?」

「それだ!」

明確な目標を得た豪傑の双眸が紅蓮に燃える。
彼ならばいつか本気で真空の海を越えて、宇宙の最果てへと辿り着くだろう。 ……多分。

「いや、しかし先ほどのすぴーち……なかなかどうして見事なものだった。 
 その若さで国随一の紅蓮隊を指揮するだけの事はあるわい」

「そうやろか? いっぱいいっぱいの漫談やったけど……そう言って貰えると嬉しいなぁ。
 あと愚連隊とはちょう違いますから……」

「だが言わずもがな、一端の王の宣託にはほど遠い。 まだまだ遊びが足りんわ!」

2mを超える巨体の男が悪戯小僧のような顔をすると、はやても負けずに不適な笑みを返す。

「相当遊んだつもりやけど……あれでまだ足りないん?」 

「足りぬ足りぬ! 王の宣言とは、これ一種のえんたー、ていめんと、よ!」
 何せ言動の悉くが歴史に残るのだ。 ああも、しゃっちょこばっていてはとても後世には残せんわ!
 ―――――――兵の指揮もまた然りであるぞ!」

これに伴い、中断していた「戦場指揮とは何たるか」の議論も再会だ。 
征服王イスカンダルとの同席―――これほどの英霊と問答出来る機会はそう無い。
自身の指揮能力の未熟に悩んでいたはやてにとっては彼と相席になった事は僥倖であった。

「せやけど、指揮官として人の命を預かる人間が遊び好きというのはどうやろ?
 冷静な判断力と思考を常に望まれる大将はむしろ、徹底的に無駄を省いた用兵を心がけるべきやと思います」

まずは正論。 軽いジャブだ。
管理局でも彼女達はそう教育された。 常に最速、最善。 遊びや洒落の入り込む余地は無い。
ある種、機械的な冷徹さを備える事こそが指揮官に求められる要素。
極論だが、目の前で身内が落とされようと顔色一つ変えず、決して崩れない鉄壁さが求められるのだ。

「キカイ―――ふん、感情を廃したキカイに己が大望を預けて付いて行こうとする者などおらんわ」

だが、そんな現代の指揮官に対して渋い感想を抱く古の王だった。

「間違わなければ、それで良いというものでは無かろう? 
 戦場で己が命を預けても良いと思える将……その者に何よりも必要なものはだな――――面白さよ!」

「面白さぁ? これはまた、けったいな……」

はやてが目を見張り、首を傾げる。 当然、局の教えにはそんなセオリーは絶無だ。

「やれ正確、やれ正解と躍起になった挙句、部下に不安を持たせて破綻してしまう輩も多い……あれは少々いただけんな。 
 あくまで我らが率いるのは人間だ。 怒り、恐れ、慄き、喜び勇むヒトなのだ。
 そこに、クソ面白くも無い規律で兵を雁字搦めにして、理屈で動かそうとするのは無粋だと思わぬか?」

大将が兵を動かすのではない。 大将の背中を見た兵が、各々の意思で動く。
無双の軍勢とは皆が一つの細胞として機能しなければ成り立たない。
最強を誇った王の軍勢――今で言う多国籍軍を意のままに操ったライダーの用兵論がこれだった。

「頭が完璧たれ!、と気張りすぎると大概、長続きせずに破綻するものよ。 
 軍の戦闘に立つものは豪壮に怒り、狂い、猛り、その意を後に続く者に示せば良いのだ。
 冷徹、冷静はむしろ参謀の役目―――つまり大将を長く続けたければ優れた女房を娶れってこった」

「おい、イスカのオッサン! そりゃちょっと違……」

「ヴィータ」

反論しようとしたヴィータをはやてが制する。

(何で止めるんだよ、はやて! このオッサン、戦争と治安維持の違いを分かってないぜ!)

(イスカさんがそんな馬鹿なわけないやろ。 時代や背景に違いがあるのは百も承知や)

戦乱における行軍と、治安維持を旨とする管理局の人員配置の差異。
攻めて制する侵略戦と、守り救う防衛戦。 それらが水と油だという事を二人は当然、理解している。
した上で理屈をぶつけ合っているのだ。 鍔迫り合いを楽しむかのように。

(でも、ライダーの言う事にも一理あるわ……
 私は起こった問題を全部、自分の手で解決しようと躍起になりすぎて正直いっぱいいっぱいやった)

その挙句、勇み過ぎてレジアス中将と話し合う余地を残せず
6課を一度、壊滅の憂き目に合わせてしまったのだ。

(女房役かぁ。 今にして思えばグリフィス君に相当助けられとったんやな……私は)

自分の未熟な部分、足りない部分をあの副官は全てカバーしてくれていた。
レアスキル任せで高ランク指揮権を取得した自分とは違う、地に足のついた指揮能力―――
冷静さも正確さも彼は自分より遥かに上だった。
ならばいっそ、沈着な処理という面では彼に全任してしまえばよかったのではないか?
自分はもっと違うアプローチで部下に接していれば、まるで違った用兵展開が出来たかも知れない。
無双の軍勢―――イスカンダルのアイオニオン・ヘタイロイのように。

「うーん、せやけど私は昔からポーっとしてるからなぁ。
 怒り、猛り、かぁ……とてもイスカさんのようには出来へんよ」

「出来んと思うから出来ぬのだ! 試しに想像してみよ! 己が号令を心待ちにする部下たちの姿を。 
 千の軍勢を前に悠然と立つ自身の姿を思い浮かべるのだ!」

小難しい理論や理屈など二の次―――
その者達の心胆を奮わせる魂の怒号を発するが大将の務めなれば―――

「その時が来れば自ずと腹の底から滾る思いが湧き出して来ようぞ!
 炎を吐き出すように叫べば良いのだ! さあっ!」

「ようし……」

スウっと肺一杯に空気を入れたはやて。
顔を真っ赤にしながら、自身の滾る想いを溜めて溜めて―――


「聞けい! 下僕共ぉぉぁああ!!!!」


夜天の王が全てを一気に吐き出した。
ヴィータが飲み掛けのジュースをブッと噴き出す。

「我が求むるは完全無欠の揺るぎ得ぬ勝利のみ! 敵は有象無象の塵芥っ!
 重きも速きも我の前には用を為さぬ。 ふはは、制圧前進こそ我が真髄っ! 
 我に付いて来い下僕ども! 砕いて拉いて進むのだぁぁーーーーーーーーーー!」


……………………

突然の部隊長の怒号――――――否………乱心だった。


「「「…………」」」


車内が凍りついたように静まり返っている。


後部席のなのはが硬直したまま、持っていた携帯をポロリと落とす。
更に後方、金髪の少女の碧眼が目を見張り、唖然と口をパクパクさせていた。

「はぁ、はぁ、…………ど、どうやろか?」

えへへ、と顔を紅潮させて―――上目使いに男に問う八神部隊長。
羞恥と慣れない怒号にむせて上気している顔にはある種の達成感。
はにかむ仕草が殺人的に愛らしい。  だが、しかしながら―――――

「………そりゃ、駄目だろ」

目が点になったまま暫く硬直していた巨躯の王が、はやての渾身を一刀両断する。

「そ、それはあんまりやよ……私なりに精一杯、頑張ったつもりなんやけど」

「………おい、念のために聞くがな……それは一体、ナニを参考にした?」

「あ、分かります? えへへー……私の知る限り、最も偉そうな人の芸風をパクってやったんやけど」

(やはり、か……)

ライダー、極め付けに渋い顔。 目尻を抑え、深い苦悩に苛まれる征服王であった。
何故ならば、この愛らしい少女に一瞬、いけ好かん野郎の面影がちらついたからだ。

「いかん! いかんぞ年若き王! あんなモンの影響を受けて良い事など一つも無い! 
 ここは一つ、余とじっくり話し合うとしようぞ!」

「イスカさん目が恐いわ……」

(案の定、前途有望な若者に悪影響を与えまくっているではないか! あの金ピカは!
 有害図書野郎が……次に再戦する時こそ、何としても我が手で叩き潰さねばならん!)

人類の起源とのたまい、広めてきたあの芸風を是正しておかなければ、今を生きる若者の未来は無い。
新たな使命感に燃えるライダーと八神はやての予想だにしなかった凸凹コンビは
まあ―――それなりに上手くやっているようである。


(そうだ………今ので思い出したわ)

1号車はこんな感じで概ね平和であったが、他はどうなっているだろうか?
はやてが後方の2号車に念話を送る。


――――――

??? ―――

「ゲートオブ―――――バビロォォォン!!!!」

「うわ、出たぞGOB!」 

「つくづく馬鹿の一つ覚えよねぇ……ペガ○ス流星拳かっての」

「黙れ雑種ども! その使い古した十徳ナイフでも見るような目は何だ!?
 常に究極の一を備えているが故に我は偉大なる王。 故に無敵! どこに目新しさを求める必要があるっ!?」

「凛! 士郎! 逃げて下さい! 確かに飽きの来る展開ですが
 アレが脅威である事に変わりは無い! 初撃だけは何としても私が―――」

決死の覚悟で王の財宝の前に立つセイバー。
例え自身が串刺しになっても、守るべき主だけは守って見せると立ちはだかる剣の英霊。

「セイバー!」

「シ、シロウ!? 何を――!?」

「づおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」

カキンカキンカキンカキンカキン―――!

息を呑むセイバー。 凛もだ。 最強のサーヴァントであるセイバーを事もあろうか押しのけて立つ彼。
言うまでもない無茶無理無謀の3、3、7拍子を起源に持つ男、衛宮士郎である。
間違いなく自殺行為でしかないと思われた士郎の蛮行だったが、何と次の瞬間、皆が言葉を失った。
愚行の主は何と宝具斉射に真正面から突撃し、全弾切り払ってしまったのだ!

「な、な………ッ!?」

ワナワナと震える英雄王。 

「な、何してくれちゃってるのよ士郎っ!? アンタ頭おかしいんじゃないの!?」

王が言葉を発するより早く、仲間の凛から批難の声が上がる。

「…………ま、まずかったか?」

「当たり前でしょうが! アンタ、自分で何をしたか分かってるワケ!?
 これじゃ、バランスブレイカーもいいとこじゃないの!」

「何故か今日はイケると思ったんだよ……天恵って言うのかな?
 無理を通して道理を蹴っ飛ばす感じで突撃してみたら案外、出来ちゃった、みたいな」

「何でセイバーに出来ない事をアンタが鼻歌交じりに出来るのよ!?
 映画でちょっと良いカッコしたからって主人公補正で片付く限度、超えてるわーー!」

「……シロウ……私の立場をどうしてくれるのです……?」

批難轟々の衛宮士郎。 涙目のセイバー。 サーヴァントを泣かせる主など最低である。

「そ、そうだ! 俺に出来るのならセイバーだって軽い筈だ!
 もう一度来い英雄王! どうせ宝具の貯蔵は十分なんだろう!?」

「了解だシロウ―――ならば英雄王! 今一度ッッ! カモン!」

「ぬ、ぬう………ゲートオブ――――バビロォォン!!」

「であああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」

カキンカキンカキンカキンカキン―――!

「……………で、出来た」

セイバーも難なく切り払い成功。
無尽蔵の宝具が力なく場に散らばっていた。

「やった、士郎! やりました! 私にも出来ましたよっ!」

「何だ本当に大した事なかったんだ。 よし! 
 次、アーチャー行きなさい! モチ、固有結界ナシで!」

「ふむ、メッキの剥がれた王の末路か……では私も期待に答えるとしよう。 
 さあ英雄王! 宝具の貯蔵は――――むしろ、そんな装備で大丈夫か?」

「ゲ………ゲートオブ―――」


――――――

2-G ―――

「お、おにょれ……おにょ、れぇぇ……っ」

2号車右側の7列席―――苦虫を噛み潰したような表情でうなされ続ける男がいた。
彼の名はギルガメッシュ。 言わずと知れた人類最古の英雄王である。
しかし男の今の様相はまるで、堀に突き落とされた裸の王様が棒で突付かれ虐げられているかのような―――

「ガッ―――――!?」

男が、短い怒声と共にビクンと覚醒する。 
たった今まで最悪の悪夢にうなされていた紅蓮の双眸が、極限まで見開かれていた。

「夢――――? 寝汗だと……? この我が?」

何だ? 何だ今の冗談は? サーヴァントは夢など見ない。 
ならばあの悪夢のような光景は一体?

「……大丈夫か? 随分とうなされていたようだが」

相席から辛気臭い(男にとってそうとしか思えない)女の声がかけられる。
荒い息を整えるように意識を覚醒させていく英雄王。

(―――コレ、か……)

すぐに悪夢の出所が分かった。 隣に座ったコレの仕業だ。
といってもこの女がこちらに害意を催したのではない。
内に秘めた強大な力を抑え切れず、その残滓がこちらに影響を与えているのだろう。
大方、他人に夢を見せるなどの下卑た機能でも有しているのだろう。 この魔道具は。

「ふん……」

問答を受けてやる気分でもない。 男は彼女の声を黙殺する。

「気分が優れないようだな……ガイドの者よ。 すまないがエチケット袋の用意を」

「―――――待てい」

おもむろに車内前部に手をあげて合図する女を、灼眼の瞳がギロリと睨む。

「貴様……よもやソレで我に何をさせようというのか?」

「無理はしない方が良い……道中は長いのだ。
 幸い、私は極小単位での防音結界の作成が可能だし、音が外部に漏れる心配は」

「うつけがっ!! 古書風情が下らぬ戯言を弄するでない! 
 これ以上、王を愚弄するならば跡形も無く消し炭にしてくれるぞ!」

「……すまない」

「――――チッ」

怒鳴り散らす暴虐の王が、再びそっぽを向いて目を瞑る。 
先ほど見た悪夢の口直しだろうか? 女は然したる覇気もなく頭を垂れる。

「今度は良い夢を見られると良いな」

「黙れ」

「……すまない」

「後ろ……悪いが、もう少し静かにしては貰えんかね?」

「……すまない」

隣から前の座席からとフルボッコ。 気の弱そうな女は先ほどから謝り通しだ。
しかしながら―――誰が信じられよう? 
この気弱な女性こそ2号車の治安を単騎で引き受ける、6課最強戦力を持つ個体であると。

「お待たせ―――ヘド袋がご入用と聞いて」

ガイドの女がバス旅行の必需品を引っさげて来た。
くすんだ黄金の瞳がG席の男と女を見下ろしている。
カソックに身を包んだ、透明な印象を受ける女の神父だった。

「シッ……今、眠ったところだ。 悪いがそれは不用になった」

「そう―――普段、偉そうな王様がどんな情けない面でゲーゲーやるのか楽しみにしていたのだけれど」

神の使いが酷い事を言う。 捻じ曲がった趣向の持ち主である事は疑いようがない。

「それにしても貴方、大したものね。 コレ相手に破綻もせず、まっとうに相手をしながら他の席にも気を配っているなんて。
 普通の人間なら、とっくに胃が溶けて無くなってるところだわ」

「丈夫なだけが取り得なのだ。 それに普通の人間でもない。
 だが、悉く彼の不興を買ってしまう……上手くいかないものだな」

シスター―――カレンオルテンシアはそのサーヴァントのマスターでもあった。 だから英雄王の心胆も大方の予想がつく。 
この王にとって彼女のようなタイプはやりにくいのだ。
自身に匹敵(あるいは凌駕)するほどの力を持ちながら、ここまで低身低頭、腰を低くされては突っかかりようが無い。

まるで暴虐の対にいるような女―――彼女はそこにいるだけで、王の傲岸不遜を上手く相殺していたのであった。 

(これを狙っての配置だとしたら、八神はやてという娘……相当のやり手だわ)

「おお……我が友よ――――セイバーも、近う……」

……どうやら今度は当たりを引いたようである。 
王の天使のような寝顔が横にあった。

「きもちわる……」

「シッ………」

侮蔑の言葉は、唇に人差し指を当てられて制されてしまった。
悪魔のような羽と退廃的な銀髪を称えた、その相貌にまるで相応しくない―――

――― 貴方、ベビーシッターみたい ―――

カレンが思わずそう呟きそうになるほどに、温かい風を纏う彼女こそ
かつては闇の書―――今は祝福の風の名を持つ魔導書の管制人格であった。

(それにしても見るに耐えないマヌケ顔……醜態もいいところだわ)

己のサーヴァントが、赤の他人に子守をされてホイホイ寝こけている光景はやはり面白くない。
せめて一言、何かを言わずにはいられなのだが、この子守に分かる言葉を紡ごうとすると制されてしまう。 
故に、ここでカレンが口に出す言葉は一つしかない。

「ポルカ・ミゼーリア」

「どういう意味だ? それは」

「親愛なる者に畏敬や尊敬の念を込めて……そんなニュアンスの言葉。 
 貴方も今度、使ってみるといいわ」

「そうか……それは良い事を聞いた」

祝福の風リィンフォースは柔らかく微笑む。
彼女にとってそんな言葉を送れる相手は一人しかいない。
丁度、今その主に念話で定時報告を飛ばしていたところだった。

取りあえず今は―――

「良い夢を―――始祖たる王」

優しい夢に包まれて寝息を立てる隣人の夢を妨げないようにするのみである―――


――――――

2-F ―――

「なあ、ガイド……納得いかんのだがな」

後部席とのやり取りが終わって定位置に戻ろうとするカレン。
眼鏡の理知的な女史がそんな彼女に声をかけた。

「何かご不満でも?」

「あるとも。 まずは車内分けがどういう基準で為されたかを聞きたいな。
 右を見ても左を見ても、死人と、死に損ないと、外道と、化け物と、死にそうにない連中しかいないのだが?
 何故、私がそんなモノの中にカテゴライズされている?」

「驚いた……貴方、自分がまともな人間のつもりなのね?」

「血も吸わなければ宝具をぶん回すわけでもない。 首を?げば普通に死ぬ。
 どう見たって善良な一市民だろうが? 私は」

「2号車を化け物の巣窟というカテゴライズで集めたわけではないの。 
 3つに分かれた割り振りの基準は……基本、<絶対に出会ってはいけない者>を区分して分け隔てている。
 このグループ間には相当強い結界が為されていると聞いたわ。 それこそアストラルサイドにまで根を張る極め付けのやつが」

「ハッ……狂犬同士が噛み合わないよう、檻に囲われての親善旅行か。
 交流を深めるとぶち上げた割にはしょっぱい事するねぇ」

「気持ちは分かるわ―――私も、この狂乱の宴の末に子羊達がどんな結末を迎えるかが楽しみで同行したのだから」

「なるほど……2号車は総じて人外か、人間のクズが集められたというわけだ。
 ついでによく分かった。 要は私はあのバカの煽りを食ったという事だな。
 ―――タバコ、吸っても良いかね?」

「遠慮して頂戴」

納得したのか諦観したのか、シガーケースを取り出す人形遣い蒼崎橙子。
次いで隣に喫煙の許可を求めるが、相席の妙齢の女に断りを入れられる。

「………備え付けられた灰皿が見えないのか? これがあるという事は喫煙OKの場所だ。
 私がタバコを吸うのを妨げられる理由は何かね?」

「申し訳ないけど私は貴方の言った<死に損ない>なの。
 死期の近い病人が隣にいるのに毒煙を撒き散らすのはマナーに反するわ」

「そういう輩はまず外出を控えるのが筋だろうが?」

「こんな茶番に興味は無いのよ。 でも、集まる知識は見過ごせない。
 もしかしたら、あの子を生き返らせる術が見つかるかもしれない……」

へぇ、と……当代一の人形師はほくそ笑む。
誰が考えたか知らないが、この女と自分を相席にした奴の捻じ曲がり具合は相当だ。

「運命の悪戯か……そういう事なら、いの一番に私と相席になったのは貴方にとって僥倖ではないか?
 貴方の欲していそうなモノを私は数多く有しているぞ。 無論、ただとは言わないが―――」

「人形はいらないわ」

まずはケチケチせずにタバコくらい吸わせろ、と要求する筈だった橙子だが
その一言にピシっと心の中の入れてはいけないスイッチが入る。

「―――人形に文句があるのか?」

「別に……もう失敗作は沢山というだけ。 本物よりも遥かに劣化した人形なんかに用は無いの」

「それは単に貴方が本物の人形を知らないだけだろう」

「人形なんて皆、本物の劣化コピーでしょう? あの娘の優しい笑顔も仕草も何一つ再現出来ない紛い物よ」

「はっはっは……面白い事を言うねぇ」

あくまで余所行きの皮を被っているつもりだったが―――人形使いの眼鏡の淵が光る。 
丁度良い……暇を持て余していたところだ。 この無礼な女を懲らしめてやろう。

「狭量な見解だな。 大方、死者蘇生か何かに御執心の様子だが……
 これまた単純無比にして、人の願いの原初に位置する命題だ。
 神界、冥界あらゆる自然の摂理に喧嘩を売る、人間が踏み越えてはいけない域だ。
 シケモクの煙にさえ怯むような女に、そうそう超えられる壁だとは思えんね」

「もう少し……もう少しで………」

うわ言の様にブツブツと口ずさむ幽鬼のような女。
ヒューヒューと呼吸音がかなり怪しいが、構わず橙子は続ける。

「第一、何を以ってホンモノと言い、何を根拠に偽者と断ずるのか……確たる論拠も無しに
 砂利を漁るように知識だけを求めるなど、私に言わせれば飢えた餓鬼と変わらんよ。
 傍から見てこれほど無様でみすぼらしい事も無い。 自分の様を少しは理解しているのか? 貴方は」

「…………」

一気にまくし立てる橙子。 
オリジナルが死して魂が抜け落ちた時点で、その肉体もまた土塊以上のものではない。
その後、いかな技術を駆使して作り上げたモノであろうと、この女の理論で言うならば―――
全てが偽者。  全てが人形という事になってしまうではないか? 
彼女は己が言動の矛盾にすら気づいていないのだ。 これが笑わずにいられるか。

「クローン体の生成……記憶の転写……実際、大したものだよキミらの技術は。
 こちらの科学力では、まだ確立の目処すら立っていないオーバーテクノロジーだ。
 だがしかし、使う人間がトチ狂っていては宝の持ち腐れだな。 そもそも肉体と魂の定義とは―――」

これからが良いところだとばかりに、ビシっと人差し指を突き立てる人形師―――で、あったのだが……

「……………」

「…………おい」

―――その弁を聞く者は居なかった。

「……………おい、私は今、凄まじく重要な事を言おうとしているのだが……」

手を開け閉めしながら、パクパクと開いた橙子の口。
所在無く指した親指がプルプルと震えている。

「普通、寝るかっ? ここでっーーー!!!」

久しぶりに歯ごたえのありそうな相手と激論を戦わそうと思ったのも束の間
彼女は既に電源が落ちたように寝息を立てていた。
きっと本気の言い合いは色々やばいのだろう。 余命とか。

「…………ふ」

知識を求めると言っておきながら、封印指定の人形使いをアウトオブ眼中とは……
して、力いっぱい振り上げた拳の置き所はどこへいけばよい?
彼女はもはや、死人のような、寝息すら立てずに眠る女を忌々しげに見下ろすより他に術が無い。

(トドメ刺してやろうか……この女)

「あの……少し静かにしては貰えないだろうか?」

「分かっているっっ!!」

後ろの羽の生えた化け物から注意が飛ぶ。 
それに忌々しげに答えつつ、人形遣いはシートにドッカリと寄りかかるのだった。

つまらない道中になったものだ……洒落も色気もありゃしない。 
おまけにタバコも吸えないと来た。 カリカリと禁煙パイポをかじりつつ―――

(くそ……あのバカのせいで……あのバカの!)

人類の至高の域に達した頭脳と技術を持つ者同士―――初日、全く噛み合う事無し。

殺気を辺りに撒き散らしながら……橙子は寝た。


――――――

  目次  

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2010年11月29日 16:16