#1

数日後の日本、冬木市

「お疲れ様でした」

「はい、おつかれさま」

アリシア・テスタロッサはアルバイト先を辞し家路についたところだった
亡き母と、生活の支援をしてくれていた神父の残してくれた生活費はあるが、
それに甘えるのは良くない、少しずつでも自立しなくてはいけないと
中学卒業を気にアルバイトを始めたが、高校生との二重生活はなかなか厳しい
いっそ中退して働くべきかとも考えたが、バイト先の皆や中学時代の担任にも異口同音に

「少なくても高校は出た方がいい」

と言われて思い直したものだ
自立するにも学歴が無ければままならないのだから仕方あるまい

「―――どうしたんですか先輩、こんなところで?」

「あ……」

ヴェルデの前を通りがかったところで難しい顔で考えて事をしている衛宮士郎を発見し、
先日と構図が逆だな、などと思いながら彼女は声をかけた

士郎によれば海外留学の下準備で渡英中の遠坂凛が自分に用事があるとのことで、
探していたらしい

「遠坂も一人暮らしで言峰が後見人だったからな、
その辺りで何かあったのかもしれない」

「そうなんですか?」

それなら帰国してからで十分ではなかろうか、
なぜ士郎に伝言を頼む必要があったのか

「あれ、
フェイトちゃん?!」

首を傾げたところで声をかけられそちらを振り返ると、
小首を傾げながら見慣れない女性がこちらに歩いてくるところだった
あれ? と苦笑しているところを見るとどうやら人違いだと途中で気づいたようだ

「ごめんね、
あんまり似てるから、知り合いと間違えちゃった」

「あ、いえ……」

気にしないでくださいと続けようとして、
今度はアリシアが目を丸くして隣のポスターと女性とを見比べる
どうしたのかと士郎もそちらに向き直り、ポスターを見て―――

「……なんでさ?」

二人がその事実に気づいたことを見て取って
えへへとどこか子供っぽい笑みを浮かべながら女性を胸を張った

「クリステラ・ソングスクール校長兼、クリステラソングス会長
フィアッセ・クリステラです、よろしくね」

「あ、は、はい、
アリシア・テスタロッサ、です」

「衛宮士郎です」

差し出された手を握り返す、
握りながらフィアッセは士郎の名をうれしそうに繰り返した
何でも子供の頃から交流のある父の友人と同じ名前なのだとか

「勘違いだったけど、なんだかうれしいな」
「そんなに似てるんですかその子?」

「うん、もうそっくり、
双子って言われても信じちゃうぐらい」

ポケットを探って写真を取り出す
翠屋という看板を掲げた店の前での記念撮影らしい
その中のちょうど士郎達と同年代と思われる何人かの中に、
確かにアリシアそっくりの少女が写っていた
写真の端に書かれた日付から一年ほど前のものの様だが、
コレで見分けろと言うのは確かに難しい

「これは……」

遠坂が彼女を確保しろと言ったのはコレと関係あるのだろうか?
口にしかけた疑問をかろうじて飲み込むと、士郎は視線を感じて後ろを振り返った

「先輩、どうしました?」

「其処の物陰に誰か居る、
―――おい、用があるなら出てきたらどうなんだ?」

アリシアに答えながら二人を背中に庇うようにしつつ声をかける

あまり友好的な雰囲気ではないのは夜という状況だけではないだろう
この距離で視線を感じるほどに悪意ある相手と考えた方がいいかもしれない

士郎の懸念通り、現れたのはいかにも何かありそうな揃いの黒スーツを着た
三人の男たちだった

「―――アリシア・テスタロッサだな?」

開口一番の威圧的な確認にアリシアが身をすくませる
こちらの声に姿を現した割りに士郎たちを無視したかの態度からして、
マトモな相手とは思えない

「なんだお前ら?」

後ろ手に二人を庇いつつ問いかける、
状況を飲み込めないながら、あまり良くないと理解できたのか、
フィアッセがアリシアを抱き寄せるようにして後ろに下がった

「我々は当局のものだ
―――十年程前、そいつの母親は凶悪事件を起こして逃亡中でな
そいつ自身も不法滞在者という訳だ」

「証拠はあるのか?」

びくりと肩を震わせるのを感じながら
士郎は男たちの説明が不十分だと感じて言い返した

「部外者にこれ以上の説明が必要か?」

「当たり前だろ、
お前らの説明だけじゃ詐欺師と替わらないぞ」

仮に不法滞在者というのが事実だとしても、それはまず日本の警察や裁判所の仕事である
流暢に日本語を話しているが、どう見ても彼らが日本の司法組織の人間には見えない
そもそも当局とはなんのことかという説明が何も無いのだから、
これで彼らを信じろと言うのが無理な話である

「あなた方の言う凶悪事件というのは
『プレシア・テスタロッサ事件』のことですか?」

「―――あ、あぁそうだ」

士郎が男達と睨み合う中、
アリシアを抱き寄せた姿勢で事の成り行きを見守っていたフィアッセが口を開いた

「知ってるのか?」

聞き覚えの無い事件の名前に士郎が問う、
男たちの反応とアリシアの驚いた顔から、
プレシア・テスタロッサと言うのが彼女の母親のことなのは間違いないようだ

頷いて、一度アリシアに微笑みかけてから、
フィアッセは懐から携帯電話を取り出した

「この携帯には、貴方達が言うところの『当局』の偉い人の番号が登録されています」

フィアッセの物言いに全員が困惑する、普通であれば一笑に付すべき所だが、
『プレシア・テスタロッサ事件』の名を彼女が口にしたことで、
一気に信憑性を帯びてしまった為である

「馬鹿を言うな!」

「そう思うなら、試してみましょうか?」

困惑から、立ち直ってフィアッセの言葉を否定する男に対し、
彼女が携帯のアドレス帳をスクロールさせながら答える

その指が発信ボタンに掛かるのと、
男の一人が懐から金属製のカードを取り出すのとはほぼ同時だった

「動くな」

言いながらカードを構えた男の手元で、カードが一杖の杖に変化する、
他の男たちも舌打ちしながら同様に杖を取り出すと、
足元に幾何学模様を浮かび上がらせた

「魔導師……」

アリシアが震える声でそう言い、躯をこわばらせる
見たところ銃器には見えないが、
士郎達に対し、男たちが実力行使に出ようとしているのは確かだった

―――やるしか、ないか
一般人の前で使うべきではないのだが、二人を傷つけるわけにはいかない

躯の内側、魂に仕掛けられた撃鉄を一つたたき起こす

「動くなといった!」

踏み出そうとした士郎の動きに男の一人が威嚇のため光弾を撃つ
それに対し、かざした右手に白い短剣を構えると、士郎はそれを叩き落した
切っ先が衝撃でひび割れ、白い剣―――陰険莫耶が霧散する、

「逃げろ!」

「うん!」

士郎の言葉に頷くと、フィアッセが強引にアリシアの手を取り走り出す
こういう状況に慣れているのか、士郎を信用してなのか、
フィアッセの動きには迷いが無かった

「追え!」

男の一人がそう言いながら光弾を数発ばら撒くように発射する
横っ飛びに転がってそれをかわすと、撃鉄をもう一つたたき起こす

「投影、開始」

立ち上がり様両手に双剣を投影し、追いかけようとする男達に投げつける
片方はまっすぐに飛んで一人を直撃し、もう片方は男の張った障壁に受け止められた

「小僧、ふざけやがっ―――」

障壁で受け止めた男が反撃に出る前に踏み込むと、
解いた瞬間に顔面に強化をかけた学生鞄を叩き込む
鼻の骨が折れたのか鈍い手ごたえを感じたが、
先に手を出したそちらが悪い、と開き直ると
士郎は男の取り落とした杖を拾い上げ、悶絶する二人を殴り倒した

「まだやるか、
言っとくけどこっちも容赦しないぞ」

杖の構造を解析しながら残った一人に警告する
電子機器に近いが、打突には十分に使えるのは見ての通り、
安定性で多少不安のある投影よりは手ごろな得物だろう

「ちぃ―――」

舌打ちして、歯軋りしながら残った一人が逃げ出す
倒れた二人は捨て置くつもりらしいなと思いながら、士郎は息を吐いた

サーヴァントのような出鱈目さや言峰のような実戦慣れしたもの特有の威圧感
そういったものは感じられなかった
暴力を振るう経験はあっても反撃を受けたことはあまり無いのかもしれない

手ごたえの無さにそんなことを考えた瞬間だった、
男の逃げ去った方向から青白い魔力光が瞬き何かが空に舞い上がった

「何だ―――?」

疑問を口にしながらも踵を返す、
逃げ去った方向から来た光である以上先ほどの逃げた男がなにかしたのは間違いない

つまり―――逃げたのはフェイントという訳である

飛んでいく方角からして未遠川の方である
おそらくフィアッセたちもあちらの方角に逃げたのだろう

こうしてはいられない、
光の飛び去った方に向けて、士郎もまた走り出した

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最終更新:2010年08月31日 15:36