SIGNUM,s view ―――

「ナイスショットってやつか……さて、これでようやっと二人きりだ」

「………」

優位の要だったこちらの連携を強引に切り裂いてきた敵。
再び奴と、あの真紅の槍との邂逅を果たす。
邪魔者の入らぬ強敵との一騎打ちは武人の華なれど、もはやそんなものに興じている場合ではなかった。

男の傷ついた身は人間ならばとうに致命傷。 到底、戦える身体ではないだろう。
我が全開出力をその身に受け続け、十全には程遠いコンディションである事は明白だが……

<舐めやがって……あんなザマでまさか勝てると思ってんのか?>

「アギト……ぬかるな。」

<ああ! ぶっ潰す!>

目の前の男―――恐らくは己が最強を信じて疑わぬその眼を見据える。
戦場にて背中に下りた死神をも跳ね除ける強さと傲慢さを称えた風貌には、同時に歓喜の色も伺えた。
そう、嬉しいのだろう。 愉しくて愉しくて仕方が無いのだろう。
本当に強い相手を前にすると笑いが込み上げてくる……その手の人種の持って生まれた性。
ソレを理解できてしまうのも、私が男と同類の個体であるが故。

「元より決死の覚悟でなくては倒せない相手だ……行くぞ!!」

<了解だロード! 本当に強いのはどっちか見せてやるぜ!>

何にせよ半死の男を前に剣を淀めていては剣の騎士の名折れであろう。
凝縮に凝縮を重ねた時間が私に、与えられたリミットの半分を消費した事を知らせた瞬間―――

「来なッッ!!」

「応っ!!」

ランサーの怒声に反応するかのように、爆ぜた中空の炎を纏いて私は男に襲い掛かった。

Last assault 残り時間は―――


――――――

――――――

雑巾絞りのように極限まで捻り込んだ全身が、力を集約させて放つ一撃をことごとく必殺のものとする。
まさしく死神の首狩り刃。 肘間接を支点に手首のスナップを効かせた高速の蛇剣。
ゆうに半径50m弱を扇状に薙ぎ払い、敵の傷ついた目の死角を容易く犯す。

「うらぁ!」

だがその全てを紙一重、肌一枚の域で掻い潜っている男の姿もまた健在。
下唇を噛み締める女剣士。
霞を切らされ続けて早幾合、自慢の剛剣が相も変わらず空を切る。
互いに拮抗する力の持ち主であれば千日手になるのも珍しくは無いが、今はそれではまずい。
追い詰めているようでその実、長期戦になれば確実に……である以上、この剣で一刻も早く仕留めなければならない。

「そろそろ行ってみるかよっと!!」

しかし気負いが先立ち、荒く入った横薙ぎの一閃を男が狙い打つ。
前に踏み込み、あろう事か自身の体を取り巻くように飛来する蛇腹剣の「連結刃全て」に突きを叩き込む槍兵。

「なに…ッ!?」

豪快でありながら精密極まりない連打。 彼のそれはライフルの命中率とマシンガンの手数を併せ持つ。
防御不可能の鞭が支点の全てを打ち落とされ、弾かれ、力を失って宙にたわむ。
その最前尾をガツン!と、足で思い切り踏み付けるランサー。

「しゃあああ!」

将の右手より伸びた縦横自在だったレヴァンティンの刃の先端が地面に深々と差し込まれ
あたかも天へと続く渡橋となったそれを踏み台に、ランサーがシグナムへと駆け上がる!

「くっ! 馬鹿なっ! レヴァンテイン!」

<ja! Schwertform!>

敵に足蹴にされた愛剣がその屈辱を拭おうとソード型に戻る。
だが一瞬早く足場となったアームドデバイスを蹴って跳躍するランサー。
跳び上がった槍兵はシグナムの頭上高くに舞い上がり、真紅の魔槍を翻して襲い来る。

<させるかよぉ!!>

刹那、剣士のものとは違う甲高い声が響く。
そして襲い来る男に対し、彼女の背中の二対の羽がオートで作動、頭上に爆炎の弾幕を張り巡らせた。
ユニゾンデバイス・アギトの支援砲火ブレネン・クリューガー。
高い対魔力を誇るサーヴァントに対して有効打とは言えないが牽制には十分。
既に剣に戻したレヴァンティンを、将は下段から斜め逆袈裟に振り上げる。
空中で交差する紅蓮と赤閃は剛と剛の鬩ぎ合い。
剣士の刃がランサーの脇腹から胸を抜けていき、男の槍の先端がシグナムの視界の右隣を通り過ぎる。

ぞぶり、と肩と、首と、頬の肉を殺ぎ落としていく互いの刃。
ことに騎士の鉄壁の甲冑――パンツァガイストがまるで発砲スチロールのようにこそぎ取られ
そのまま交差し、切り抜けていくシグナムとランサー。
炎を被って堕ちて行く男を振り返って見据えながら、自身の流血する肩口を押さえてシグナムは再び悔しげに唇を噛む。

<危ねえッ! 何やってんだよシグナム! さっきから全然当たらねえじゃねえか!>

「そうだな。」

<そうだなって……何を暢気な! 策でもあるのかよ!?>

「そんなものは無い。 より強く、より速く、だ。」

<ああもう! らしいっちゃらしいけどさぁ!!>

こちらの一撃がまともに入ればそれだけで終わる。
楽勝のはずだった……未だに敵が立っている事自体が有り得ない。
だのに、決められない。 未だ敵はそこにいて、クリーンヒットを許さぬままに地を駆け続ける。

<何が……足りないってんだ…>

この男を倒すには一体何が? 力か、技か、速さか?

「私にも分からん。」

<しっかりしてくれよ……不安だよ…>

戦いが始まってより薄々と感じていたこの相手の本質。
あるいは物理的な何かでは到底説明できない何か……
力学や常識さえも超越した神的な、一個体との戦闘というより一つの超常現象と相対しているような。

(……オカルトか。私も青いな。)

これほどの相手に見える事など一生を数えてもそうはない。
共に全てを武に捧げた者同士、勝敗を超えて通じ合う何かは確かにあった。
求めてやまぬ理想の敵との邂逅は千年を捜し求めた恋人との出会いも同じ。
ついついその語らいに特別な意味を持たせたくなってしまうのも騎士の性か。

「何にせよ、そろそろか…」

そんな自分を心の中で苦笑しつつ、己が体内時計に問いかけるシグナム。
ここに至って自分の剣は不甲斐無くも相手を捕らえられずにいる。
出来ればこの剣で決着をつけたかったが、それが叶わぬとあらば次の段階に移行するしかないだろう。

<で、でもフェイトの準備がまだ……>

アギトが上空、二つの光が消えていった空を心配そうに見上げて言う。

「大丈夫だ。 あいつを信じろ。」

それは短くも絶対の信頼を称えた言葉。

Last assault ジャスト7分 ―――


「――――ぐほおおおおっ!?」

と同時に――――男の背中に何かが降ってきた。


「見ろ。 時間通りだ」

<はは…………優等生だからな……フェイトは>


――――――

「が………こ、この…ッ」

超高度から投下されたナニかの下敷きとなるランサー。
カピバラのくしゃみのような悲鳴は衝撃音に掻き消され、突きたての餅のようにひしゃげた体が地面にめり込む。
その場に亀裂を……人二人分の亀裂を生じさせた槍兵と、ナニか。
うつ伏せに倒れ付す男の頬に、さらりと掛かる紫色の御髪が……男の口から壮絶な怨嗟の声を上げさせる。

「オ・マ・エ・な・あッッッ!!! 何やってんだこのボケェ!!!
 そこまでして俺の邪魔して楽しいか!? ええッ!?」

「怒鳴る事はないでしょう……我ながらよく頑張った方だと思うのですが」

バリバリと放電し、ところどころを雷の矢で貫かれた騎兵の肢体……
上空で空戦魔導士とやりあったのだ。 その痛手は推して知るべし。

「何で宝具を使わねえ! アレ出せば空中戦だって負けねえだろ、お前は!」

「そんなものを使うまでもなく一度はこの手でフェイトに肉迫し、拘束したのですよ。
 それで彼女の怯えた顔を見ていたら少々、欲にかられまして……
 いや、窮鼠猫を噛むとはあの事ですね……凄まじい逆襲に合いました。」 

嫌われたものです、フフフと澄まし顔でのたまう神話の怪物。
何でこんなモノと組まされたのか、今一度、天に問いかけずにはいられない男だったが―――

「……て、やべッ!」

血の気が引くランサーの相貌。 あの相手がこんなおいしい機会を見逃してくれる筈が無い!

「おおおおおおおおおおおおっっ!!」

臓腑の奥からひり出すような咆哮を上げる火竜!
たゆたう四枚の羽が全長10mにも達し、場に彼女の最大出力を現出させる!
融合した三者のコアがレッドゾーンにまで吹け上がる!
魔力を極限まで燃やし尽くした騎士が全身から山吹色の炎を発し、吼え盛る火飛沫が空一面に広がった。

直視可能なほどの騎士の全開魔力の顕現。
その凄まじさは下手をすればあのセイバーの全開魔力放出にも匹敵する!


――― 大爆撃が始まった ―――


――――――

範囲攻撃魔法に匹敵するユニゾンシグナムのラッシュが地表を覆い尽くす。
明らかに今までのものとは違う、ある種の決意を含んだ攻撃がサーヴァントにダメ押しの一打を浴びせる。
己が肉体のそこかしこでぞぶり、という異様な感触を認めたランサーとライダー。

「くそ………派手な女だぜ」

「まったくお里が知れますね……」

濛々と立ち篭める硝煙と焦げた臭いの充満する大地に投げ出されるのも何回目か。
軽口を叩く両サーヴァントの有様は、もはや余裕など一片も無い。
逃げ惑うサーヴァント。 その後を追うように炎熱の剣が燃え盛る。

「―――――あん?」

しかし、サーヴァントをして「ここまでか」と覚悟を決めざるを得ないこの状況にて
後ろ手に垣間見た槍兵の視線の先に―――既に炎の騎士の姿はなかった。

撤退? ここまで敵を追い詰めておきながら?
未だ爆炎の余波冷めやらぬ中で怪訝に思うランサーだったが―――

「―――ランサー。」

「何だよ。」

「泣きっ面に蜂、という言葉を知っていますか?」

隣にいるライダーの言葉を受けて、事の顛末を正しく理解するに至る男。
炎熱の代わりに今、目に映るのは………ざわめく曇天。

雲の上でパチパチと放たれるプラズマ。
先ほどの爆炎攻撃の破滅の予感を遥かに凌ぐ―――

「知るわきゃねえだろ馬鹿。」

―――――――――――空一面に広がる雷雲を見上げながら……


男は、現界最期になるであろう悪態を場に残すのであった。


――――――

Last assault 残り3分20秒弱 ―――

「はぁ……はぁ……」

上空にて―――息も絶え絶えながら直下を見据えて佇むフェイト。

恐るべき捕食者の魔手に蹂躙されかかった体は、BJのところどころが裂けてズタズタ。
スラリと伸びた金の長髪に、顔に、体の至る所に牙で掻き毟られたような後が残る。
首筋に立てられた凶牙ごと相手をを引き剥がした事による出血が肩口を朱に染める。
辛くも敵の撃退に成功したが、見るからに紙一重……あと一歩の所で彼女は女怪の供物となっていたに違いない。

改めて騎兵のおぞまじき所業に身震いするフェイトだったが、すぐさま時に備えて雲下を見据えると―――

――――――――果たして「それ」は確かに魔導士の総身に届く。

「!!!」

雲の上と下、姿は確認出来ない状況でありながら、互いの息吹・魔力の迸りだけを頼りに行うノールックコンビネーション。
その要である「爆炎の狼煙」を確かに確認!
故に絶対の確信と自信を以ってフェイトは詠唱を開始する!

「………行こう。 バルディッシュ」

焦燥に焦燥を重ねた肉体を引き摺るように、彼女は今、ラストアサルト最後のトリガーに指をかける。


――― アルカス・クルタス・エイギアス ―――


歌うように紡がれる言霊。
それに導かれるように彼女の周囲に次々と現れるフォトンスフィアの射出口。


――― 疾風なりし天神。 今…導きのもと撃ちかかれ ―――


ただしその数が、規模が、馬鹿馬鹿しいほどに今までとは違う…!
吼えるプラズマが、現出するスフィアが「所狭し」と彼女の周りを埋め尽くす!

それはかつてのフェイトの最大最強の広範囲殲滅掃射魔法――
かけがえの無い育ての親である母の使い魔から受け継がれた力。
10の年月をかけてその威力も規模も桁違いに磨き上げられた雷神の怒りの豪雨。


――― バルエル・ザルエル・ブラウゼル ―――


これぞ防御も回避も為し得ぬ切り札。
相手を問答無用で倒し得る絶対決戦魔法。
圧倒的な装甲の以外では防ぎようの無い、その破滅の名は―――


――― フォトンランサー・ファランクスシフト! ―――


「打ち砕け………ファイアッッ!!!!」

迅雷の闘志を秘めた叫びを受け取った彼女の眷属たち。

主の命を受けた稲妻たちが次々とその意思を持って直下の雲を突き破り―――放射された!


――――――

「………」

<シグナム……シグナム!>

「…………ああ……すまんな…………もう、しばらく……」

時間をくれ、と言おうとして、彼女は激しく咳き込んだ。
戦場から一間ほど離れた宙域に身を移した騎士。
オロオロと心配する妖精の言葉は当然届いていたが、その意を汲んでやれぬほどにシグナムは消耗していた。

<無理しすぎだよ……>

「……ここまでの限界出力は久しぶりだったからな」

こけた頬、落ち窪んだ目尻に、かつての自分のロードの姿を重ねてしまい悲壮な表情を見せるアギト。
自身の魔力の許す限りの猛襲撃を地に降らし、相手の動きを止めた所で離脱。
確かに作戦通りで、己がすべき役目を果たした烈火の将に落ち度はないとしても、だ。
落ちかかるブレーカーを必死に支えてやっと立っている様相を見せられては、抗議の一つも入れたくなるのがデバイスの心境というものだろう。

「………始まったな。」

崩れ落ちそうになる身体を必死に支えながら遥かに離れた大地に見るは―――天変地異の具現。

フェイトのフォトンランサーのバリエーションにおける最強にして究極の姿。
40以上のフォトンスフィアより毎秒7発という間隔で繰り出される一点集中高速連射撃。
その合計、ゆうに1000発を軽く超える雷の矢を場に叩きつける、文字通りの魔導士の切り札。
もはや虫一匹の生存を許さぬ雷神の怒りの鉄槌。
雲霞の向こう―――遥か上空から無限の如く降り注ぐ雷の豪雨が大地を焼き、剣山のように突き刺さってプラズマ流を場に発散させて消えていく。

<す………凄え…>

アギトが改めて絶句する。
恐らくは時空管理局の魔導士の中においても威力、範囲共に最大クラスの大魔法。
これを幼少の時に体得した彼女の才覚にも驚きだが、Sランクとなったフェイトが放つそれは幼い頃のものとは比べ物にならない。
炎による蹂躙から雷の殲滅へと至ったこの樹峰は、もはや1000年は復元不能な荒野となってしまうだろう。
まさにライトニングの全戦力を投入したフルバーストがこのフィールドに――敵のサーヴァントに降り注ぎ―――


――――――――全てを終わらせた……


――――――

LANCER,s view ―――

ゆうに1000発を超える雷の矢が眼前に迫る。
戦を終わりへと導くに十分な、過剰ともいえる火力。
対して俺は―――俺の右足は、先のシグナムの爆撃で膝から下が炭化しちまってる。

こいつはいけねえ……足がオシャカになった歩兵なぞ何の価値もねえ。

俺の目から見ても、神代にすら見劣りしない大魔術。 空を覆い尽くす雷の矢。
こりゃいくら何でも全部叩き落とせるわけがねえ。
初戦敗退……不名誉極まりない結果だが、いよいよ受け入れざるを得ない結果に終わりそうだ。


…………………………………………………………………………………………ん?

…………………………………………………………………………………………矢?


「……………」

いやホント、生まれつき生き汚い性分なのかも知れんな俺は……
戦いの中で死ぬは本望と言いながら、その身に宿った何かが何時だって俺を生還させてきた。
その度に味方ですら、バケモノを見るような目で見やがったものだが……

ともあれ、俺は千の矢を眼前に躊躇う事無く身を躍らせる。

――― 矢避けの加護 ―――

俺が先天的に身に宿していた、飛び道具に対する神性防御スキル。
投擲型の攻撃に対し、使い手を視界に捉えた状態であれば余程のレベルでないかぎりこの身を貫く事はない。

雲の上にいる金髪の嬢ちゃんが、己が射撃で雲霞に穴を開け、その姿は俺の視界に余さず入っている。
広範囲の全体攻撃に等しい射撃の雨あられが、まるで俺の体を擦り抜けていくかのように通り過ぎていく。
己が意の外から拾った生存に素直に喜べるほど目出度くはねえし
コレを潜り抜けたところで、この足じゃ遅かれ早かれトドメを刺されて終わりだろう。

それでもなお―――生存本能に付き従うままに、俺は雷の雨を掻い潜る。


……………ああ、そういやライダーは?
金の豪雨で視界も定まらないままに周囲を見渡すが、あの馬鹿女の姿はついぞ見つからなかった。
俺と違って、あいつに神聖なる加護が付く筈もない。 
今頃、この身が逸らした矢まで一手に引き受けているに違いないだろう。 不幸な話だ。 
流れ弾に当たって死ぬ奴の気持ちなんぞ一生分からんが……まあ、一応謝っとくわ。 

さて、無限に続くかと思われた雷雨だが、そろそろ終わりの兆候を見せてきた。
その全てを掻い潜り―――――俺は再び、何事もなかったかのように奴らの前に躍り出る。

焦げた足を引き摺って上手く着地出来ずに地面を転がり、片膝をついたままに再び敵と相対する俺。

「なっ……………」

「嘘…………こんな……あ、有り得ない……」

驚愕に見開かれるシグナムと嬢ちゃんの瞳。
すまんな……自身の変態体質は変えようも無いんだわ。
お前らに取っちゃ難儀で理不尽な話だろうが、納得してくれや。 

………………それに――――

「ランサぁぁぁーーーッッ!!!」

―――――どの道、これで終わりか……足に力が入らねえ。

鬼気迫る表情で上空から迫るシグナム。
極太の山吹色の光を背に担ぎ、翻る炎熱の将。
その光景―――恐らく、この現世で最後に見るものであろうが……

「が、ぐっ――――!!」

肉体が爆ぜた。

「ぐううう、おおおおおお――ッ!」

まるで踏ん張りの利かぬ両足は地面を食む役割を何ら為さず
一撃を何とか受けるも、衝撃をほとんど吸収できねえ。
軋む手足が、焼かれる肉体が、紙人形のように力なく投げ出される。


やべえ……浮いた。

こりゃいよいよ持って、潮時かね――――――


――――――

FATE,s view ―――

自身の切り札ですら決め手にならなかった―――
その事実に呆けていたのも一瞬、ハッと我に返る私。
シグナムの搾り出すような魂の叫びに心身を揺り動かされ、眼下に捕らえた光景。
それはついに火竜の尾が敵を捕らえた場面だった。

「は……ぁ…ッ」

求めていた手応えにようやっと辿り着いたシグナムが嗚咽を漏らす。
ガクガクと揺れる四肢はもはや限界を超えていて……ッ!
口の端から漏れる赤の混じった液体は命の危機を報せる警鐘に他ならない!

「シグナムっ!!!」

「……あと一押しだ!! これで決めるぞッッ!!」

Last assault 8分経過 ―――

「はい!! バルディッシュアサルトッ!!」

搾り出すようなシグナムの声に、今はただ全力で委ね、全霊で答えるしかない!
再び巨大な魔力刃を形成したバルディッシュを肩に抱え上げ、私は飛び向かう! 宙に踊るあの蒼い肢体に!

「…………くっ!」

敵はもはや死に体で、自分達に負けず劣らずボロボロだ。
私はそんな満身創痍な相手を宙に浮かせて、無抵抗なままに追い討ちをかけようとしている。
本来ならこんな過剰な武力行使はしたくない………したくないけど!
シグナムが骨身を削って掴んでくれた好機を無駄になど出来ない! ここは私も鬼になるしかないんだ!

「許しは……請いません! はぁぁぁぁぁッッ!!!!!!」

渾身の力を込めたアッパースィングで雷の巨剣を振り上げ、槍の魔人を下から叩き上げる。
巨大な鉄板を思わせる剣の腹でカチ上げられた肉体が感電しながら更に上空へ……!
既に必殺の剣を打ち放つべく上昇を開始していたシグナムに向けて絶妙の位置へ相手をトスする!

待ち受けるは烈火の将の最強奥義―――紫電一閃! これで間違いなく……決まるっ!

<魔力エンプティだ! ユニゾンが切れるぞッ!!>

「持たせろアギト!! あと一撃だッッ!!」

既にユニゾンが切れてもおかしくない状況で、シグナムが叫ぶ!
確固たる決意が、炎のデバイスに最後の動力を開けさせた!

Last assault 残り1分 ―――


――――――

――――――

ランサーを打ち上げたフェイトも、今まさに止めを刺そうと迫るシグナムも、まるで野生の獣の如き形相だった。
見る影も無いほどにボロボロの敵。 対する自分らも普段の面影などまるでないボロ雑巾。
近年においてもそうは無い死闘に苛まれた彼らに余裕などある筈がない。

「ランサー…………もらうぞッッッッ!」

そこへ突進をかけるシグナム。 狙うは紫電一閃。 
間違いなく止めとなる……否、ならなければいけない一撃。

故に行った―――正面から。 
既に出力の切れ掛かった身体を推して。 

今ここに槍の魔人に最期の刻を突き付けるために!

Last assault ??? ―――


――――――


「あーあ……」

最後の最後で………………勿体ねえ


――――――


……………え?

その呟きは
戦闘時とは思えぬほどに
間の抜けた響きを以って――

彼女の口から紡がれた。


――――――

、、、、、、、、、、、、、

それは一部始終を見ていた魔導士の眼前で――――起こった。


相棒の騎士が敵に止めを刺そうと飛び掛る。
上空に浮いた槍の男に最期の一撃を浴びせようと剣を振り上げる。

相手は既に半死半生。 烈火の将最大の斬撃、紫電一閃。
もはや逃れようの無い、敵の最期の光景を唇を引き結んで見つめるフェイト。
抱いた感情はやはり「命を奪いたくは無い…」だった。

出来る事なら死なせたくはないという感情は心優しい彼女をして決して消せるものではない。
揺れる心の狭間にて、だからこそ彼女は今、目を逸らした。
敵が切り伏せられるその結果から視線を背けた。


――― 故に当然、その間に起こった出来事を説明する事が彼女には出来ない ―――


「……………」

閉じた瞳は凄惨な結果から逃れたい心の表れでもあり、相手に対する黙祷の意を含んだものでもあった。


「……………え?」

しかして、その呟きは戦闘時とは思えぬほどに
間の抜けた響きを以って――彼女の口から紡がれた。


「………あ」

2秒か、3秒……短い間に過ぎぬその間、閉じていた目を再び開けた彼女が
その光景を眼球に捉え、情報を脳に送り込んで、なお―――――


――― フェイトテスタロッサハラオウンは目の前で起こった光景を暫く認識できない ―――


――― 槍が…………シグナムの胸に突き立っている、という事実を ―――


――――――

「………」

氷のように固まった魔導士の表情の、唇だけがみるみるうちに乾いていく。
絶対に有り得ない事でありながら、それは不思議と予定調和の如き自然な光景。
呆気ないほどに当たり前の事に感じられる事実に寒気すら覚える。

――― やがて静止した体内時計がゆっくりと動き出す ―――

フェイトの唇がわななき、下腹部が締め付けられ、全身から血の気が引いていく。
震える両手がデバイスを取り落としそうになる。
やがて半狂乱の叫びを口が紡ぐ前に彼女は、空中で絡み合った剣士と槍兵に向かって飛び向かおうとした。

「うぐっ!!?」

だが、そんなフェイトの体を何かが拘束する。
首と胴に巻き付いた金属のそれが相棒に駆け寄ろうとするフェイトの身体を留まらせ、場に組み伏せる。

「―――失念に失念を重ねる………英霊を相手にそれでは詮無い。 勝てる勝負を取りこぼすわけですね」

その声は聞き違いようの無いおぞましさを孕んだ声だったけれど、そんな事はどうでもいい。
全身をハチの巣にされて倒されていなければならない筈の敵が、再び自分の事を捕らえていたのだけれど、そんな事はどうでもいい。

「教わりませんでしたか? 蛇はしつこいのですよ。 もっとも盾がなければ流石に持たなかった。」

何かがあれば隣の男を盾にして逃げおおそうと狙っていたのだろう。
女怪はあの時、ランサーを盾にして死角に身を窶し、殲滅から滅びを免れていた。
槍兵ですら気づかぬ身のこなしで男に影のようにへばり付き、矢避けの「盾」の恩恵で飛来する雷撃のほとんどをやり過ごしたのだ。
そして今の今まで短時間ながらも体内活動を休止させ、最期の締めを行うに足る余力を回復させながら雌伏して待ったのだ。
獲物と再び、二人きりになる瞬間を。

「駄犬が最後の最後に役に立ってくれましたね……理想的な展開です、ランサー。 
 あとは地獄で意中の相手と続きをするといい。」

言葉と共に一瞥したその先で、蒼い槍兵と炎熱の騎士が揚力浮力を失い、絡み合いながら
カクン、と重力に引かれて崖下へと堕ちて行く。

「あ………ああ…!!!」

自身に巻き付いた縛鎖が喉に、胴に食い込む事さえフェイトの頭にはない。
莫迦みたいに前に伸ばした手は当然、相棒の腕を掴む事などかなわない。

ようやっと心内から吐露された絶望が確固たるカタチを以って彼女の心身、表情に作用し――――

「シ……シグナムッ!! シグナムーーーッッ!!!」

彼女に絶叫を上げさせる頃には、左胸を貫かれた騎士と男は奈落へと飲み込まれ
彼女の視界から消えていた。

「あ………あああああああっ!! いやあああああああっっ!!!!」


フェイトの涙に咽ぶ声が、やがて慟哭となって――――

―――――――――――相棒を飲み込んだ渓谷に木霊するのであった。

  目次  

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最終更新:2010年08月02日 12:54