天空に一条の矢が突き刺さり、鏡面のように張り巡らされた紅き結界を突き破る。
瞬く間に無数のヒビを生じさせて壊れゆく偽りのセカイ。
滅びの断末魔の叫びを上げる化生の胃袋、その只中にて―――

「やるじゃねえか……あいつら」

――――――翳した槍を懐に背負い込むランサー。
暴風のように翻る魔力は宝具発動による魔槍の遠吠え。
あの矢が結界を抜けなかった時はダメ押ししようかと思っていたのだが………その必要も無かったようだ。

「さて………そろそろ行きますか」

元の蒼さを取り戻した大空の元、無様に蹴り飛ばされた身を起こしつつ―――
猛犬は再び戦場へ還る。


――――――

悪夢の世界はようやく終わりを告げる。
邪神によって囲われた鮮血の檻はその機能を完全に停止し、世界はまるで何事もなかったかのような平静を取り戻す。

その元、対峙する二人と一体。 
フェイトとシグナム、ライダーが場に三つの影を落としている。
もはや支えも無しには立っていられないほどに衰弱した魔導士と騎士。
対するサーヴァントも只ならぬ事態に屈辱と憤怒に身を焦がしていた。

「どうした? よたついてんじゃねえか?」

「ランサー………くっ……余計なお世話です!」

ひょうげた男の言葉がその場を飾る。
ライダーに排除されて戦線離脱していた男だったが、まるで散歩から帰ってきたかのような気軽さだ。
対して身構えるシグナムとフェイトは彼の軽口に付き合える状況ではない。
今この両者に攻め込まれたら………とても応戦は無理だ!

「少し休んでろ」

だが意に反して男は呟く。
槍の穂先が虚空にふ、と構えられ、ガチン!!とライダーの短剣とかち合う。

「おう、ちょっと面貸せ」

「…………性懲りもなく貴女は…」

ライダーの髪が怒りに逆立つ。 
虎の子の結界を破られた彼女もまた、戯れに付き合う余裕など無い。
美丈夫な男の口元を釣り上げた笑みとは対照的に、再びアイマスクに覆われたライダーの表情にはありありと焦燥が浮かんでいた。

「馬鹿女と話をつけてくる。 帰って来たら続きだ」

背中越しに交わされる男の言葉は冗談のような響きを持っていたが、それが示す意味は一つ。
彼と、彼に連れ出された女怪の背中が二人の視界から消え失せる。

地面を削り取るような跳躍の跡を残して、男と女はその場から飛び荒び……
互いの武器を交錯させながら――――森の奥へと消えていった。


――――――

「………どうやら奴らが仲間ではないという、お前の見立ては全面的に正しかったらしいな」

「……はい」

フェイトとシグナムそっちのけで彼らは殺気を放ちながら針葉樹の向こうへ飛んでいってしまった。
あとに残された二人の頬を風が静かに撫で付ける。

「「…………」」

期せずして訪れた静寂。
途端、ヘナヘナとその場にへたり込み、地面に尻餅をつくフェイトとシグナム。
肩を支え合ってようやっと両の足を立たせていた二人だったが流石に限界だった。
蒼白を通り越して土気色になった顔には、敵には絶対に見せてはいけない表情がありありと浮かび、苦痛と疲労に押し潰された弱気の色を隠せない。
天を見上げて肩で息をしながら、全てを投げ出したい衝動に駆られる弱りきった心身。
食人の結界内で溺死する寸前だったその身は、あと少しでも気を抜けば魂が抜け出てしまうのでは、と危ぶむほどに頼りない。

「………大丈夫か、?」

「あまり……でも、生きてます…」

「そうか。 何よりだ」

痛みどころか寒気すら感じる最悪のコンディション。 舌すら上手く回ってくれない。
身を寄せ合う二人はまるで極寒の地に取り残されたエスキモーのよう。
地に体を沈ませて、ようやっと……ひとまずは命を拾ったのだという事を実感した。

弛緩した体に染み入る酸素がおいしくて悶えそうだった。
これで受けたダメージがすぐさま回復するわけは無いが、それでも一分、二分とこうして訪れたインターバル。
それは熾烈を極めた戦闘、張り続けた極度の緊張から擦り減った心身を癒してくれる。

「テスタロッサ」

「……………」

しかしながらフェイトの脳裏には、先の槍の男に言われた痛烈な言葉が過ぎっていた。
本当に全滅するところだった……他ならぬ自身の甘さによって味方までをも窮地に陥れた。
自分が槍兵の命を奪えたならば、このピンチはなかったのだから。
ずっと心に引っかかっている…………それが不甲斐無い。
シグナムがこちらを慮って汚れ役を引き受けるつもりだったのも気づいていた。
それを知りつつ、何のアクションも起こせなかった自分が情けない。

「テスタロッサ……」

「……え? あ、はい! すいません……何ですか?」

「どうした?」

魔導士の深刻な表情は決して怪我の具合によるものだけではあるまい。 不振に思い、尋ねる将。

「……あの槍の人に言われました」

「ランサーか」

「はい…………シグナム。 私は……そんなに未熟ですか?」

静かに一言一言を噛み締めるように言葉にするフェイト。
先の一戦で男と交わした問答の内容を騎士に語って聞かせる。
黙ってそれを聞いていたシグナムが―――

「戯言だ。 気にするな」

一言で片付け、切り捨ててしまう。

「でも……」

「まさか、この私に慰めの言葉を期待しているのではあるまいな?」

フェイトの言葉に厳しい視線を向ける将。 声色に怒りの色が見える。
こうした弱音、自虐の念は彼女のもっとも嫌うところだ。
言い淀む執務官に対し、将が更なる言葉を紡ぐ。

「羨ましいか?」

ことに二人の関係は馴れ合いのそれではない。
烈火の将にとってフェイトテスタロッサハラオウンは10年の月日を共に切磋琢磨してきたライバルだ。
その関係を否定する類の言葉など不快極まりない。 聞きたくもない。

「答えろテスタロッサ。 人を躊躇いなく斬れる私やあの男が羨ましいかと聞いている。
 お前は今までそんな力を欲していたというのか?」

「そ、それは……」

「私やあの男のような者はな、心に鬼を飼っている。
 人の命など容易く吹き消すことに躊躇いの無い、戦場の鬼だ。
 確かに殺し合いにおいて、それは有利に働くだろうな。」

当然の理屈だ。 真剣と刃引きの剣を携えて打ち合えば、どちらが有利かなど問うまでもない。
だが、それはフェイトが槍兵に向かって叩き付けた信念にもある通り、全て覚悟の上で抱えた不利なのだ。
殺せない者が殺せる者に劣っているという考えは絶対に間違っている。

―― 殺せないのではなく殺さない ――

命を奪うための戦いではなく、明日を迎えるための戦い。
その信念の元に、争いをなくすために、争いの象徴たる剣を取るという矛盾。

――― 不殺 ―――

戦いにおいてそれが不毛であるか否か、長年に渡って論じられてきた永遠の命題だ。

「お前はそれでいい……」

騎士は静かに言い放つ。
高町なのはや自分をも凌ぐ素質と才能を持ちながら、評価ではエースオブエースに比べ地味な印象を抱かれがちな彼女。

「お前のような心積もりで戦う者がいるからこそ、我らは寸でのところで滅びの連鎖に身を堕とす事なく進んでいける。
 正しい道を示すものがいるからこそ力もまた正しい方向へと向くのだろう?」

決して戦いに向く性格ではない。
しかしながら戦いにおいてマイナスに働くとしても……それを短所として断ずるのは人として切なすぎる。
彼女の持つ「慈愛」の心。 「優しすぎる」という事。

それは――――宝だ。 決して悪徳ではない。

戦いに身を置きながら決して血に狂い、狂気に堕ち込む事なく剣に優しさを持ち続けられる者。
そんな人間だからこそ主以外で唯一、かつて罪に塗れた剣を預けるに値すると騎士は考えるのだ。

「今はお前が隊長だ。 私の剣を正しい方向へと導く者だ。
 それが外道の力に魅せられてどうする? お前の信念はそんなに安くはないだろう?」

「すいません……」

「良い……たまにはお前の弱音を窘めるのも乙なものだ。
 実は最近、お前がしっかりしすぎて些かつまらんと思っていたところだからな」

「………もう、、面白がられても困ります」

気恥ずかしさに頬を真っ赤に染める魔導士である。
ここは幼少の頃を知られているという弱み……まだまだ子供扱いされてしまうのも無理もないという事か。

(しっかりしないと……これ以上、自分に全幅の信頼をかけてくれるシグナムを失望させるわけにはいかない)

一瞬、見せた弱気な発言など吹き飛ばす。
そこには名執務官の表情をすっかり取り戻したフェイトの姿があった。

「さっそくですが以後の事について提案します。
 私はこのまま相手を追撃した方が良いと思いますが、どうでしょうか?」

「……てっきり退却して体制を立て直すものかと思ったが……
 分かっているのか? 我らの損傷も極めて重い。 恐らくもう長くは持たんぞ」

「理解しています……残された戦闘可能時間は少ない。 加えて確かに危険な相手ですが……
 虎穴にいらずんば虎児を得ず。 そしてスカリエッティの手がかりを掴むチャンスでもある。
 ただし様子見はもう無しです………空からのオーバードライブで一気に殲滅しましょう。」

賭けるは全額ベット―――敵との最終決戦に有り金全てを抱えて臨む。

「全開で行く以上、こちらの行動時間も限られてくる。 外せば……分かっているな?」

「承知の上の事……10分以内にかたをつけます」

力強く言い放つ執務官。 これでこそフェイトテスタロッサだ。
発破をかけた甲斐があったと内心苦笑する騎士である。

こちらが最大限有利な状況での奇襲に全戦力を投入するのは悪くない。
相手の仲間割れが続いているのなら絶好のチャンスだ。
それに後が無いのもまた事実。
先ほど自分がほのめかした一時撤退……それが無理だという事は承知している。
ライダー、ランサーの埒外の機動力を見れば、あれを振り切るのは難しい事など明白だろう。
フェイトはともかく自分が捕まる……自身の鈍足に歯噛みするシグナムである。

二人揃って生還する道は―――奴らを打破する事でしか開けない。
ならば全力で勝利の札に全てを賭けるだけの事だ。
それ故の勝負、それ故のオーバードライブ。

(隊長らしくなったな…)

幼少の頃に覗かせていた頼り無さはもはや微塵も無い。
その精悍な佇まいは、自分の剣を預けて微塵の後悔も無いものだ。

母艦のバックアップがない状態での全開戦闘は局内では基本的に認められていない。
フルドライブがブーストならば今から突入する領域は――ニトロ。
凶悪な出力を得られる代わりにガソリンと駆動系が一瞬で焼け付く類のものだ。
途中でガス欠で動けなくなればそれで終わり。 伸るか反るかの大博打……文字通りの電撃作戦となる。

「私がオフェンス、お前がバックアップ。 これは変わらずで良いな?」

「はい」

「こちらも一つ進言だ………お前のオーバードライブは一先ず温存しておけ」

「! シグナム! それは…」

「私はともかくお前の傷ではアレの制御はキツすぎる……高い確率で制御を外れ自滅するだろう。
 もしものための後詰として取っておけ。」

「…………はい」

この期に及んで出し惜しみをするわけでもない。 単に効率の問題だ。
後衛に必要なのは過剰な火力でなく正確さ―――突破力は前衛にあればいい。
同フィールド上にSランク武装隊の余剰火力を二つ重ねるのは無駄な運用と相成る。
全く同じ箇所に同時にナパーム弾を落とすようなものだ。

「分かりました……それで行きましょう」

「決まりだな。 アギト!」

将が森の虚空に向かって叫ぶと、木々の間から物凄い勢いで飛んでくる者がいた。

「馬鹿野郎……馬鹿野郎ッ! こんなになるまで放置しやがって!」

目に大粒の涙を称えて将の肩に激突する勢いで抱きついたのは――剣精アギト。
シグナム専用の融合型デバイスにして彼女に最強の力を与えるラストカード。
将の言いつけを守って今までずっと木々の高台に身を隠していた小さな妖精。
将を睨みつけて恨みがましい視線をぶつける気持ちも分かろうというものだ。

「こんな……こんな、お前! 死んじまったらどうするんだよ! この馬鹿! 馬鹿!」

「……よく動かなかった。 待たせたな。 今、お前の力が必要だ」

やがて静かに――――だが力強く呟く女剣士。 それはこの小さな戦士にとっての鬨の声。
苦痛の極みに達した我慢の時を経て今、ようやく彼女は開戦の狼煙を上げる事が出来る。

「ああ! ギャフンと言わせてやろうぜ!」

涙を拭い……スン、と鼻を吸う仕草を見せる妖精。
再び泣き笑いじみた笑みを見せて、彼女は体の前で力強く拳を握る。
もはやこの炎の妖精も止まらない。 主人を散々にやってくれた借りを返す!
敵を蹴散らすまで決して鎮火出来ない追い火の根源だ!

「シグナム…頼りにしてます」

「任せておけ」

かつてない強敵を前に彼女達はついに全戦力を投入する時が来た。
空気が震える。 戦意が高揚する。 嫌がおうにも緊張する心胆。

「テスタロッサ……死ぬなよ」

「貴方も」

Sランクオーバーが最大戦力を解放した時、町一つを容易く焦土と変えるほどの破壊を齎す。
文字通りの破壊神と化す、その身が捉えるは殲滅すべき敵の姿のみ。
戦いが始まればもう、近づくどころか念話で言葉をかわす事さえ困難になるだろう。
故にこれがこの戦い―――フェイトとシグナムが交わした最後の言葉となる。

「……………ユニゾン」

シグナムが澄んだ泉のように静かなる面持ちで――言葉を発す。
途端、融合型デバイス・アギトが騎士の胸に重なり、その身がゆっくりと同化していく。
幻想的な光景はやがて眩いばかりの光によって視覚を遮られ、変わりに周囲に撒き散らされるのは身を焦がされるほどの凄まじい熱気。
まるで太陽を前にしたときのような触れるもの全てを焼き尽くす恒星の如き熱と光を称え―――

彼女の背中より生えた鋭角的なフォルムの翼が場に翻る。
今――最強のベルカの騎士が戦場に降り立った。

襲撃者に炎熱の鉄槌を下すために、愚かなる敵に審判を下すために
周囲数10mの大木を、その余波で瞬時にケシズミにして―――

真なる烈火の将が、再び空に舞い上がるのであった。


――――――

「どうした? 足に来てるぜお前?」

「貴女の……知った事ではありません」

「ま、お互い様だな」

戯れに幾合か打ち合った後、既に息を切らしているライダーが盛大に吐き捨てる。
自分の全魔力を注ぎ込んだ神殿を破られたのだ……痛手で無いはずがない。

「そんなザマで俺に勝てる可能性など万に一つもあるまい。 このまま殺してやろうか? ああ?」

「森の奥で漁夫の利を企んでいた犬畜生がよく吼える……
 貴方如き一瞬で灰にする切り札を私が残しているのを忘れたのですか?」

「忘れちゃいねえさ……んで、それが正真正銘お前さんの打ち止めだって事もな。
 どうする? それを使った後、追いかけてくるあの二人に倒されるかい?」

憮然とするライダー。 男の言葉はいちいち図星なのだが、やはり心情的に素直に頷けるものではない。
そもそも横槍を入れて戦いを中断してきた意図が見えない。

「やはり、なーんか違うんだよなぁ。 なあ、ライダー……一旦、落ち着く気はねえか?」

そんな男は頭をぼりぼりと掻きながら、今一釈然としない様子だ。

「何がしたのですか貴方は?」

「それが分かれば苦労しねえんだよ」

「発言が莫迦丸出しですよ…? 頭のネジでも飛びましたか」

「取りあえず今したい事はある。 お前なんぞと組んで敵と戦え、なんて抜かした阿呆を頭のネジが飛ぶまで殴ってやりてえ」

「その時は私にも殴る場所を残しておいてくれませんか?」

何の因果でいけ好かない奴と組んで戦わねばならないのか?
一糸乱れぬコンビプレイを見せる強力な敵に対して、一挙一足が互いの足を引っ張るこちら側。
これでは個々の戦力で上回っていようと勝てるものか。
こんな命令をシャレ以外で下すボンクラマスターなど死んでしまえば良いのだ。

「それだ。 俺はな、自分トコからこの事を聞いた覚えが全くねえ。
 覚えが無いまま戦ってきた。 強烈に戦意を掻き立てる何かに従ってな
 お前はどうだライダー? あの餓鬼から何と言われてここに来た?」

「………」

槍を肩に抱えて途端に鋭い視線を騎兵に向け、探るような目つきで問いかける槍兵。

――― 違和感 ―――

無言のままに長い髪を掻き揚げるライダーもまた―――言いようの無い居心地の悪さに気づく。

「――――はて、?」

「ケッ……俺の頭のネジが何だって?」

妙だ………これではまるでノータリンそのものではないか……

「確かに記憶、状況に不都合があるようですね。 それは認めましょう」

ノータリンでなければ意思を剥奪された傀儡だ。
自分たちはひょっとすると何か別の意図を持つ者の術中に既に落ちているのかもしれない。

「まあ、それはこの戦いを終わらせた後で考えても遅くありません。
 取りあえず私はあのフェイトの元に早く戻ってやらなくては……」

「えらくあの嬢ちゃんにご執心じゃねえか?」

「―――どうやら一目惚れをしたようです」

言って唇を艶かしくペロリと舐め上げるライダー。

「イヤだねえ……本能が食欲にのみ直結しているやつは」

「粗野な野犬に極上の美酒を見つけた時の感動など理解できませんよ。
 私の趣向など貴方にはどうでも良い事。 違いますか?」

違わなくは無いが、冬木の地でもこの女は気に入った人間(あくまで味覚的に)をストーカーしまくってノイローゼにしてしまった前科がある。
グルメの貪欲さは他の追随を許さないというが、犠牲になったのが密かにランサーも狙っていた良女だけに苦々しい思いを拭えない。

「そんな事より気乗りのしないランサー……貴方はどうするのです?」

「ううむ……まあ、いつもは敢えて考えないようにしてるトコあるんだけどな。
 何せウチのは性根が腐ってやがるから。」

「奇遇ですね。 私も大半は思考を切って行動していますよ。
 ウチのも頭が腐っていますので。」

他の家ではマスターとサーヴァントは大概、上手くやっているというのに
恋の花を咲かせたり結婚しやがった奴までいるのに……とんだ貧乏くじである。
顕現した時から不幸が決まっているなんてあんまりだろう……
額に手を当ててくっ、と地面に涙を落とす両サーヴァント。
こうなっては伝説の英霊もうらぶれた日本のサラリーマンと変わらない。

「コホン………と、とにかく貴方はどうするのかと聞いているのです。
 仮にも音に聞こえた槍の使い手が戦いを放っぽり出しておめおめと帰りますか?」

「生憎、この槍に誓っちまったんだよなぁ……」

―――アトゴウラ
―――四枝の浅瀬
この誇りにかけて必ず、敵か己の死を以ってのみ戦いを終わらせる―――赤枝の騎士の大禁戒。

これを男は既に発動させてしまっている。 故に帰れない
その身は誓いを果たすまで強制的に戦場に留まらざるを得ないのだ。

「何ですか……回りくどい事を言っておいて結局それとは」

「確かにな。 余計な息継ぎだった。
 どの道こいつを相手にブチ込まずには帰れねえんだ………なぁ?」

言って肩越しに上空を見上げ、空に佇む好敵手に同意を求める。

愛すべき敵は既に其処に居た。
こちらの様子を猛るでも憤るでもなく静かに見下ろす空の雄、ベルカの騎士シグナムその人だ。

「共食いは終わりか?」

「ああ、紆余曲折あって何とかな。
 待ってろって言ったのにわざわざ出向いてくれるとは……まさか俺が恋しかったってんじゃないよな?」

「いや、焦がれて狂うかと思ったぞ。 私の生涯であれほどの施しを受けたのは初めてだからな」
 こちらもあまり気が長い方ではない。 その槍にも隣の女にも随分と世話になった。
 一刻も早く返したいのだが…………もういいか?」

「律儀な女だぜ……いつでもいい―――――来な」

「大きな口を叩く―――――私の胎内で死に掛けていた者が。
 猶予を与えてやったのだから、その隙に尻尾を巻いて逃げれば良いものを……」

もっとも逃がす気などありませんが、と付け加えてライダーが嘲りの笑いを漏らす。

「尻尾か」

デバイスを中距離形態―――シュランゲフォルムへと変容させる将。

「ならば竜の尾の一撃、受けてみるか……?」

空恐ろしいほどに低い唸るような声で彼女は静かに呟いた。
途端、広がる空を一面の焼け野原のように薄橙色に染め上げる。
其は彼女の抑え切れない炎熱の魔力。

「まずは返すぞ…………剣閃、」

<ほい来た烈火!!>

<Max Macht!!!>

異なる三つの意思が重なり、溶け合い、剣へと集中していく。
轟々と空の大気を震わせ、体の周囲を歪に歪ませる騎士の様相。

騎兵も槍兵も馬鹿ではない。
この尋常ではない気配、肌をチリチリと焼く殺気、脳に警鐘のように鳴り響く危機感。
間違いなく来る………先の矢に勝るとも劣らぬ―――――宝具級のナニかが!!!

「火竜………」

この日、初めてサーヴァントの二人の表情が戦慄に凍る。
その場から踏み込まずに横薙ぎのフォームから放たれるそれこそ
烈火の将シグナムが剣精アギトとユニゾンした時にのみ可能とされる最強を超えた最後の一撃!

「いいいいいいっせんんっ!!」

それを今、眼前に向けて薙ぎ放ったのだ!!!


――――――

火・竜・一・閃・!!―――

連結刃の広大な範囲全てを薙ぎ払い、焼き尽くす炎帝の業火。
アギトとレヴァンティンが思考を同化・同調させて膨大な炎熱を変換、加速して放たれるそれは
近距離特化型であるシグナムが剣精との出会いで新たに手にした究極の刃である。
と同時に、初めて己が全てを引き出してくれる主と出会えたアギトの秘めた力の発現でもあった。

「はっ、こいつは――!!!」

シグナムの咆哮と共に振るわれる炎竜の尻尾。 舞い上げられた槍兵が絶句する。
薙ぎ払われた森は一瞬で焦土と化し、アスファルトは焼け焦げて剥がれ落ち、下の地面を地層レベルにまで抉り取る。

「火力と範囲、共に対軍宝具並ですか。」

未だ収まらぬ大破壊、ライダーもその威力に驚愕せずにはいられない。
これほどの巨大な牙を今の今まで温存していたのか……あの剣士は!?
刃が通り過ぎた大地に魔力の残滓が火柱となって巻き上がる。
それは正しく煉獄の炎。 草木一本残さない炎熱地獄の具現だ。

―――――、、、、……

虫一匹逃がさないとはこの事か。
シグナムの一撃によって地形は大きく変貌し、突起に富んだ峠道は一瞬で平坦な焼け野原となってしまった。
これが―――――これがSランクオーバーの全力。 戦略兵器とまで比喩される彼女らの本気の力であった。

何とか直撃だけは免れたサーヴァント達が、何も無い大地にぽつんと地に伏せながら将を見上げる。
煽られる熱気、超広範囲にまで及ぶ炎の蹂躙によりチリチリと肌を焼く感触に不快感を露にする二人。
何とか即死だけは防いだ二人だったが……何の障害物も足場も無い状況で空を飛ぶ相手を前にした時の絶望感たるやどうだろう?
一発で仕留められなかったとはいえ、将の一撃はこの戦の天秤を確実に傾かせてしまったのだ。

だが――― 燃え盛る炎の怒りはこんなものでは収まらない! ―――

「おおぉぉぉおッッッ!!」

<一閃だけど一閃じゃねえんだなこれが!!>

シュランゲ=フォルムで横なぎに振るわれた鞭の様な炎を再び、今度は頭上にたゆませて――

「火竜一閃ッッ!!!!」

将は熱帯びる蛇腹剣を再び、一気に振り下ろしたのだ!

「っ! 連打だとぉ!!!???」

「馬鹿な―――!?」

灼熱の鞭が今度はランサーとライダーの頭上から襲う。
これほどの火力、これほどの出力、これほどの範囲の攻撃を連続で振るうなど考えられない!?
それぞれ左右に分け放たれる形で横に飛び、何とか黒焦げになるのを免れた両者。

終末の炎が場に降り注ぐ。 彼らを分け隔てるように地面に突き立った炎の壁はゆうに上空20mにも及び―――
ニ閃によって槍兵、騎兵共に腕、足の感覚が奪われてしまっていた。
ジリジリと肌を焼け爛れさせる熱気だけでも人を殺傷するには余りある。
人外のサーヴァントは今、炎竜の巣穴にこぞって放り込まれたようなものだった。

「驚いたねこりゃ……力だけならマジでサーヴァントを超えてやがる。 まともに向き合えば焼き鳥だな。」

「ホットドッグの間違いでは?」

「洒落を効かせてる場合か! 来るぞ!」

衝撃に弾かれ、左右に分け放される両者を見下ろして――――


「今度は私が二人同時に相手をしてやる……纏めて来い。」


一騎当千の英霊を前に――――
ベルカ最強の騎士が雄々しく言い放つのであった。

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最終更新:2010年08月02日 12:49