RIDER,s view ―――

泥に塗れた長髪……チカチカと火花が飛ぶ視界……所々がズキズキと傷む自身の肉体……

それらを呆然と見下ろして―――私はようやく自身に何が起こったのかを理解する。

「ッ――――ッつぅっっっ!!?」

無様に荒くなった吐息。 ゆっくりと大気を吸い、吐いて体を起こそうとし
全身に火箸を入れられたような感覚に身を震わせて再びその場に崩れ落ちる。

…………………そうですか………そういう事ですか……

まったくやってくれますね、と口に出そうとして代わりにゴボっと喉の奥から何かが競り上がってくる。
普段とは比べるべくもない緩慢な動作はダメージの深さ故。
軽く舌打ちが漏れてしまうが当然、相手はこちらのそんな心情に考慮してくれるわけもない。
女騎士が、その上方に抱え挙げた剛剣を携えて唸りを上げて襲い来る。

「でぇあッッ!!!」

ほどなく我が頭上に振り下ろされる刃。

「―――、くっ!!!」

いきなり自分の頭を割りに来た一撃。 それを体に鞭打って短剣で受け止める。
脇腹の損傷にズシンと響く一撃に思わず顔をしかめてしまう。
鍔迫り合いはおろか、踏み止まり押し返す事もままならず、そのままヨロヨロと後ずさりする身体。

そして間髪の入れぬ敵のニ撃目は、体ごと叩きつけるような胴打ち。
これをまた短剣で打ち返そうとするのですが……だが、やはり踏ん張りが利かない。

三合目、再び上段から降ってきた剛剣を受ける。
両足が地面に沈み込み、体が折れ曲がりそうな感覚に苛まれる。

(――如何せん…)

このガラクタのような身体で凌ぎきるには苛烈に過ぎる攻撃です。
ダメージが尾を引き、押し返せず、受け流せず、後退を続け、一太刀ごとに押し込まれていってしまう。
我が肌や髪を焼いていく炎熱の剣の灼熱の一振りは、周囲の木々をも容赦なく燃やし尽くし、辺りはほどなく火踊る赤が支配する空間と化していました。
そこはさながら煉獄山―――罪人たちを焼き殺す焦熱地獄。
暑苦しい趣向ですね……これもまた神話の再現などと銘打つつもりでしょうか?

(―――まったく熱くてかなわない…)

この身を焼く炎熱の火柱がじりじりと肉体を苛んでいく。
熱波と紅い炎に包まれた中、蜃気楼のように歪む影絵二つ。
詰める影は女の剣士。 詰められるは私、サーヴァントライダー。

このまま押し潰すと言わんばかりの、無骨な、ほとんど体当たりじみた剣戟にて
こちらに反撃、退避の余力すら与えぬままに鍔迫り合いに持ち込まんでくる。
あまりにも不利なこの状況。 全体重、全出力を預られた我が身が、後方の巨大樹に思いっきり叩きつけられる。

「く、――はッッ!?」

グシャッ、という肉のひしゃげる鈍い音と共に自身、息の詰まる声を漏らした事を認識。
剥き出しの肩に食い込む業火の剣がなおも白い肌を焼く。 その匂いが鼻腔をくすぐって不快極まりない。

「っ、―――はぁ…」

もはや隠す事すら至難になった苦悶の表情。
諸共に自身の口元から聞こえたギリっと歯を食い縛る音。
それは屈辱か、それとも窮地に立たされた焦り故か?

ともあれ今はこの目の前の剣士を突破せねばなりません。
でなければ――――

―――――――――――我が命運はここで尽きる事になるでしょう。


――――――

Fate,s view ―――

雷光一閃、フルドライブ・プラズマザンバーブレイカー。

バルディッシュザンバーの巨大な刀身から生ずる稲妻が敵を薙ぐ、私のとっておきの奥義がフィールドに炸裂した。

「はぁ………はぁ……」

両肩を激しく上下させて肺に酸素を送り込み、大魔法の行使による負荷を軽減させる。
全身にびっしりと滲んだ汗に構わず、前方に視線を向けて立つ私。

「ふーぃ…………」

やがて睨み据えた先―――男の場違いな、間の抜けた声が確かに……聞こえた。

目を凝らして見据えると、槍を両手で上方に構えて立つ痩身ながらも完璧な造形を持つシルエットが垣間見える。
そして、一閃ッ!!! バォウ、!!!という風を切る音と、それに伴うソニックブームが場に劈く。
相手が手に持つ槍を横に凪ぎ払い、周囲にまとわり付く熱気や粉塵を吹き飛ばしたのだ。

噴煙から目を庇うように見据えるその先……もはや言うまでもなく、蒼き衣に身を包む男は健在。
肉体の過剰運用によって火照った私の全身に今度は冷たい汗が滲む。
つ、――と、頬を伝う冷や汗を拭う事も忘れて睨みつけると、男は槍を構え、変わらぬ獰猛な笑みを称えていた。

(効いて、ない……?)

いや、そんな筈は無い……
渾身の一撃だった。 涼しい顔をしているけれど、よく見れば武器を握る指の何本かは歪に曲がり
巨剣を受けた衝撃で爪が剥がれて出血している。
全身から仄かに上がる黒煙は感電のダメージによるもの。 決してノーダメージじゃない……!

「第二ラウンド突入か。 そちらは選手交代って事でいいのかい?」

ブスブスと肉の焦げた匂いを醸し出しながら、不敵にも歓喜の表情を絶やさない敵。

「っ………はぁ!!!!」

そんな彼に対して自ら仕掛けたのは私。
詰めるなら敵にダメージが残っている今こそが望ましいと判断したためだ。

「バルディッシュ!」

<Yes sir ――Acceleration...>

思い切って男の間合いに入り、デバイスを振るう。

「むうっ!?」

男の顔色が変わる。  
ソニックムーブとブリッツアクションによる超加速を伴った手と足が繰り出す巨剣の斬撃。
初見で対応できる人なんてそうそういないと自負出来る。

シグナムがライダーに止めを刺す間、敵にその背後をつかせるわけにはいかない……
ここで何としても食い止めなければ!
不退転の覚悟の元、私は烈火の将をも圧倒した槍の魔人に近接戦を挑む。

「はっ! 上等ぉぉぉおッ!!!」

相対する、狂おしいほどに凶暴な男の怒声が―――――――場を震わせた。


――――――

SIGNUM,s view ―――

(………テスタロッサ)

背中に感じる激戦の気配―――
震える地面。 大気を切り裂くソニックブームの余波がここまで響いてくる。

はるか後方で戦っている戦友に思いを馳せる。
言うまでもなく、バルディッシュザンバーは接近戦特化のスタイル。
敵との距離を一気に詰めて切り伏せる、いわば短期決戦用の武装。
その凄まじさはこの身を以って知るところであるが……
同時にあの武装の特質、欠点というべきもの――――それもまた、この身が十二分に識るところ。

何にせよ、あのランサーと正面から斬り合うのは危険過ぎる。
でありながら、あいつは他ならぬこの私の背後を突かせないために……相手に近接を仕掛けざるを得ないのが現状だ。

(故に……ここでもたつくわけにはいかん……!!)

「お、のれ―――ッ!」

木に寄りかかりながら片足で、私のどてっ腹に前蹴りを叩き込む敵。
死に体で放たれた一撃は、手の三倍の力を持つ脚によるもの。
む……凄まじい威力だな……小型のショベルカーくらいなら蹴り飛ばしてしまうのではないか?
桁違いの脚力。 普通ならばこちらもただでは済むまい。

「…………!」

だが万全で無いその身で、我が騎士甲冑を抜くには大いに不足だったようだ。
分厚い城壁を蹴ったような感覚が逆に相手に自らの足をヘシ折るほどの反発を与え、彼女の体勢を大きく崩す。

「ぬあッッ!」

そしてその隙を見逃すほど私も呆けてはいない。
すかさず奴の双剣を渾身の力で跳ね上げると、敵の上体が更に崩れる。
無様に体を起こされてガラ空きとなり、その空いた胴体目掛けて私は全体重を乗せたショルダータックルをぶちかました。

「―――ぐ、ふッ!!!!!」

ミチミチと潰される肉の感触。 骨が砕ける鈍い音を確かにこの肩越しに伝える。
奴の両足が一瞬、宙に浮き、指先までビーンと伸びる。
そのショックで四肢がビクンと跳ね上がり、内腑を押し潰された敵の口から吐き出された真っ赤な吐奢物が我が顔を汚す。

だが、まだ終わらぬ……
痙攣がニ、三度続き、ほどなく黒い薄布で覆われた彼女の腰がガクンと落ちる。
そしてずるずると木に寄りかかりながらに崩れ落ちる敵の上体の更に内側に我が身を滑り込ませ
だらしなく上がった相手の顎目掛けて、肩の甲冑で思いっきりカチ上げた。

「かっ―――ッ!?」

ガチンッッッ、という、上歯と下歯が無理やり噛み合わさる音が響く。
弛緩した敵の両足が今度は上方にと伸び上がり、倒れる事も許されぬ肢体が無理やり立ち起こされる。
顎部を硬いショルダーで打ち上げられたのだ。 
アイマスクに覆われていてその表情は読めないが、もはや視界、意識共にほとんど機能してはいまい。

「覚悟……!!」

そしてほとんどグロッキー状態の敵に対して今、下方から剣を跳ね上げる。
狙いは首………一刀の元に終わらせてくれよう。
翻る肢体。 相手の女を物言わぬ躯にする最後の動作を機械的に実行に移す。

――――この姿だけは正直、主にも友にも見せたくはない

森の奥の深い闇の中で一つの命を終わらせる。
木々が醸し出す闇よ……愛する者の目からこの醜い姿をせいぜい隠しておいて欲しい。
そう切に願い―――私は、躊躇う事なく殺戮の刃を振り上げた。

「―――私の首を……刎ね、る…?」

その時―――相手が断末魔の代わりに……


そんな呟きを漏らした気がした。


――――――

弱りきった彼女の、木にもたれたままの最後の言葉。
その声には紛う事なき恐怖の感情を映し出していた。

遠い昔の記憶―――
己が首を刈り、晒し者のように持ち歩く若き英雄の姿を幻視する。
ギリシャ神話に小賢しく名を残す、生涯を祝福に彩られた英雄。
その懲悪譚の一説において若造の添え物とされた彼女は「ゴルゴンの盾」などという
最大級の屈辱を浴びせられながら誰にも振り返られぬ悲しき生涯を終える事になる。

――― 無礼な………不躾な……ッ ―――

地の底から響くような怨嗟がライダーの身体から溢れ出す。
サーヴァントがその身に逆鱗を持つとすれば、それは己が非業の最期を思い起こされる事に他ならない。
なればこそ、今、シグナムは間違いなく――――彼女の逆鱗を逆撫でした。


彼女の白い首に絶死の刃が触れる瞬間―――――


騎兵は手を翳す…………


―――――――――その顔を覆う……………アイマスクに


――――――

レヴァンティンの最後の一振りがここに下される。

ホースのように吹き出した大量の血と共に跳ね上がった敵の凄惨な生首。
今まで切り結んでいた生命力を持った肉体がその瞬間、ただの肉隗と化してカクンとその場に崩れ落ち、地面に投げ出される。
長く美しい髪を伴った「ソレ」が、無造作に地面に落ちてごろごろと転がり、自分の足元に落ちる。
その見開かれた瞳が怨と恨の念を以って、物言わず静かに自分を見上げている。

かつて飽きるほどに繰り返してきた工程。
その感触も、その光景も、むせぶような血の匂いも自分には慣れ親しんだものに過ぎず
故に私は、その一秒先には訪れているであろう未来の情景をここに幻視し、予め受け入れて――――



―――――――そして、その光景が現実のものとなる事はなかった。


思い描いた幾多の凄惨なる未来。 


―――その全てを掻き消すように眼前に現れた
―――紫水晶の如き妖艶な瞳の奥にある立体的なスクエア

―――ああ…………そういえばこの相手……目隠しをしながら戦っていたのだったな


ゆったりと、自身の思考がそんな事実に思い至り
両の目が今、相手の女のアイマスクのずれた中から覗いているモノをしかと見据える。


その―――キュベレイの魔眼と呼ばれる光を瞬きも忘れて見据えていたのだ。


――――――

「……………あ」

――― まるで石にでもなったように ―――

間の抜けた声と共に自身の動きが止まった。

――――――全てが凝固した。

剣を相手の喉下に突き付けたままに、肉体も、思考すらも。
一体何が起こったのかすら、この時の私は理解していなかった。
何かの冗談で、時そのものが凝結してしまったとすら思ったほどだ。

そして―――そんな私の時間を強制的に引き戻したのが、スルリと伸びた相手の女の爪が私の首に食い込んだ時。

「なっ!? が、ぐっ!???」

正気(?)に戻った……いや、苦痛に無理やり呼び戻されたといった方が正しいか。
凄まじい握力のままに喉をワシつかみにされたショックが、全ての機能を停止した我が身体に再び意思を灯す。

「あ、がっ!?」

しかしてその口から漏れる呻きに反して身体は壊死したかのように微動だにしない…!?

(何が……一体、何が、起こった……?)

どうして相手の首はまだ繋がっている!?
どうして自分が組み伏せられている!?
何故、騎士甲冑が何の機能も果たさず相手の魔手の侵入を許したのだ!!?

その疑問を口にする暇も無く、ギリギリと食い込む爪は容易くこの身の喉を潰し、気道を絞り上げる。

「あ、あ"ああッがぁ……!」

視界がぼやけ、目の前の女の表情すら霞んでいく。
その歪んだ視界に映った紫の女怪がペッと、口から血の塊を吐きながら
目に当てていた布を静かに戻した事など――今の私にはどうでも良い事か。

首を掴んだままに私の体を宙に持ち上げる女。
長い髪が奴の心情を表すように一本一本、生きた蛇のようにザワザワと蠢いている。

容赦も油断も無く確実に仕留めるべく相対した筈なのに……不可解………あまりにも不可解!

<Ein Meister!!!!>

「……ぁ、ぐ……レ、ヴァ…ッ!」

「貴方とはあまり優雅に踊れそうもありませんね………………死になさい」

気道の締まる感触に咽ぶ私を上目に相手の全身が凄まじいほどの躍動を見せる。

「―――――ふ、ぅぅ……」

ゆっくりと息を吸い、吐く毎に、豹のように均整の取れた総身―――
足先、ふくらはぎ、太腿、腰、腹筋、背筋、胸筋、後背筋、肩、腕、その全身の筋肉が残らず蠕動する。
それは不機能で不恰好なパンプアップとは一線を画す、内に凝縮されたダイヤのような筋肉が醸し出す本物の膂力の発動。
人間には決してなし得ぬ、神に許されたとでも言うかのようなハイスペック身体能力。
其を有する肉体の超膂力のままに、奴はこの身を強引に引き回し、玩具でも扱うかのように振り回し始めたのだ。

「な…? く………はッ、」

ぐん、!と身体が根っこから持っていかれるような感触。
視界が初めはゆっくりと……徐々に、徐々に速度を増して流れて行き
肉体がGを感じ始める頃には、もはや凄まじい速度で振り回されていた。
さながら陸上の砲丸投げのように。

振り回し、振り回し、振り回し、振り回し、振り回し、振り回し
振り回し、振り回し、振り回し、振り回し、振り回し、振り回し
振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振り回し振、―――

ゴガグシャァッ、!!!――

「が、ぁぁッッ!!!!!」

周囲の木々に衝突し、粉々に砕かれる大木と自身の肢体が奏でる歪な音が辺りに響く。
紫の髪を振り乱し、スラっと伸びた四肢を、細く引き締まった肉体をフル稼働させて、ヒトをモノの様に力任せにぶん回す。
それは正しく純暴力とでも言うべきか……
紫紺の女を中心に起こる竜巻の如し円運動に巻き込まれた私の身体が、大木を次々とぶち折りながら宙に舞う。

「う、、……お、ぁ…!」

振り回され、振り回され、ひたすらに丸まって耐えるしかない私。
無理やりに魔力を注ぎ込むと、全身の謎の麻痺が心なしか和らいだ気がしたが……この状況、もはやそんな事は些事。
食いしばった歯の間から赤い吐奢物が漏れ出し、次第に意識が薄れていく……

「ふッッッ! 逝きなさいッッ!!!」

私を存分に叩き付け、モノのように振り回した女が下半身のスタンスを目いっぱいに開き、その回転を強引に止める。
地面が力場に耐えられず、ぎゅるりと歪に歪むほどの力。 その腰を極限まで捻り込んで地を食む奴の両足。
短い腰巻きから伸びた大腿を惜しげもなく露出させ、しなやかに捻り込まれた肢体は究極の機能美を思わせる。
そして軸足が地面を抉り取るほどに溜めた力を一気に上半身に送り込み―――この身を宙へと投擲したのだ!

「ぐ、ああっ……!!」

放物線をまるで描かず、地上から30度の角度で弾丸のように上空へと打ち出されるこの肉体。
空戦に慣れた筈の体が感じる軋み、負荷……制御出来ぬGの洗礼を受けるこの体。
空気を切り裂いて、木々を打ち倒しながら、自身が女を追って来た道を帰るように森の外へ投げ出されていく……

くそ……何という不覚だ……この烈火の将ともあろう者が。

テスタロッサは……向こうはどうなった……!?


――――――

LANCER,s view ―――

結論から言うと、だ。 ボコボコにされた。

マジか……何だこりゃ…?って感じだった。
信じられねえ。 この俺が全く受け流せねえ。
軽量の身体が地面を食む足ごと宙を浮き、詰めた距離の数倍を数える距離を無様に吹き飛ばされる。
ゴム鞠のように吹き飛んだ肉体がようやっと着地したと思えば、あの金髪の譲ちゃんが既に目の前にいやがる。
必殺の間合いの突きよりもなお速く翻る剣に打ち負け、力負けし、まるで雷を纏った巨大な扇風機のような剣戟にタコ殴りと来た。

この攻撃……刀身を考えれば当然だが、下手をすれば先ほどの女騎士よりも重い!
白兵戦では使い勝手の悪い、ヒトならざるものを相手に猛威を奮う特殊武装……
それをここまで縦横無尽に振るうだと!? まるでバーサーカーじゃねえか!?

「ぐ、おっ――!?」

受けきれない何発かが高圧電流を伴い、俺の肉体のところどころに食い込んだ。
麻痺効果の伴う雷撃を叩き込まれ、全身に痙攣が走る。
敵の面持ちからするに、俺を足止めしようっていう断固たる決意を感じるが――――

(………あれ……これ俺、負けちまわね?)

―――足止めどころか、このまま倒されかねんぞ……

と、そんな情けないザマを晒している俺だったが、

(……………あの左肩)

既に受ける事30合―――突破口は案外、近くにあった。
嬢ちゃんの間合いの中で、ろくに地に足も付けられないまま滅多打ちにされつつも、こうして改めて見るとよく分かる。 
構え、重心、足の位置―――初めの一撃から始まって敵の打ち込みを受け続け……確信に至った事実。

(肩を………痛めてやがるな……) 

恐らくはライダーとの戦いで負った傷だろう。
先の初撃、宝具級の一撃に対して何とか残せた理由がこれだ。
左肩を無意識に庇った大剣振り下ろしが、僅かに真芯を外してしまっていたのだろうよ。
運の悪いこった……戦で負った傷とはいえ、それがなけりゃ俺を倒せていただろうにな。

(て、おい……ちょっと待て……という事は何か?)

つまり目の前の嬢ちゃんは今の今まで、ほとんど片手であの剣を振っている。
あの凄まじい乱舞をほとんど片手でやってのけてるってこった。
あり得ねえ……色々おかしいぞ……どう考えても。
と、突っ込み所は満載だが、まあ弱点が分かった以上は突かせて貰おうかね。
やられっ放しってわけにはいかんわな……俺にも英霊としての意地がある。

「抑えるんだバルディッシュ! 何としてもここでっ!」

<Yes sir...>

やっこさん、俺が気づいた事に気づいたな……剣に些かだが焦りが出始めた。

巨大な刃が縦横無尽に跳ね上がり、黒衣が目にも止まらぬ速度で翻る。
視界に辛うじて残す金の髪が残影となって場を描く。
実際の時間にすれば未だ一刻。 されど濃密に圧縮された攻防は千の挙動をゆうに超え
雷迅の鉄槌が次々に繰り出され、対して相手の左の死角に回りつつ紙一重で受ける俺。
一撃一撃ごとに火花が飛び散り、バチバチと放電した音が場に劈く。
受身に回る俺の防御ごとこじ開けようとする、それはまさに天空を支配する雷神の猛りそのものだ。

「はぁぁあああッッッ!!!」

「――――、シィ!」

「たぁぁッ!! はッッ!! はあああっっっ!!!」

ほう……強引さに磨きがかかってきやがったぜ。
あくまで短期決戦。 俺の防御が硬いと見るや、この手に持つ武器そのものを狙ってきやがった。
即ち武器破壊―――あの巨大な剣ならば、こんな細っぽい槍一本、簡単に折れると踏んだか?

(セオリー通り……だが!)

この世にひしゃげ、壊れぬ武器などない? ――――否。
武器を壊せば投降させられると踏んだ相手の思考を嘲笑い、巨大な剣を受け止め、往なし、ビクともしない
この槍こそはノーブルファンタズム―――尊き幻想。

――― 宝具と呼ばれる神造兵器 ―――

この世の理から外れた神秘の具現。 アーティファクトと呼ばれるものに他ならぬ。
折れねえよ………折れる道理がねえ。

「―――らぁっ!!」

そして、そろそろ亀みたいに縮こまってるのも飽きてきた。

いや、俺よりもこの槍がな……もう我慢出来ねえってよ。
何せケンカを売られたのは俺じゃなくコイツの方だしな。
この真紅の牙を容易くブチ壊せると思い上がった認識不測―――許し難い無礼を改めさせてやらねばなるまい。

(――――そろそろ行くぜ…………!!)

赤枝の騎士の誇りと名誉にかけて――――

猛犬と魔槍ゲイボルグが推して参るッッッ!!!


――――――

既に殺陣にして80合を超えた頃―――

「なあ…」

徐々に戦況を押し返し、威力と速度で押し込んできてた嬢ちゃんを俺は技術と速度で押し返す。
そんなこんなでようやくある程度の余裕を取り戻しつつあったわけだが―――
故に気づいた事実が高揚に高揚を重ねていた俺の気勢に冷や水をかけた。
場違いな、緊張感のない声を発する俺。
互いに空気の摩擦で身から蒸気を発し、荒くなった息を整えようともせずにその会話は行われた。

「……聞こう」

「さっきの騎士の姉ちゃんと変わってくれねえかな」

ガィィィン、!と互いの剣と槍が交錯し、鍔迫り合う相手に対し、こんな提案などをしてみる。

「どういう意味だ……?」

「言葉通りの意味さ。 いきなり相手が変わっちまって済し崩し的に相手をして来たが……
 俺としては引き続き、さっきの女と続きがしてぇ」

「ふざけた事を言う……済し崩しも何もいきなり襲ってきたのはそっちじゃないか?」

「あ? ああ、そういやそうなんだがな……ともかくチェンジだ。 さっさとあいつを呼んで来な」

いきなりの申し出に戸惑う相手。 
侮辱と受け取ったのか、その視線が鋭くこちらを睨み付けてくる。

――― だが生憎……侮辱しているのはどっちかね? ―――

「私では役不足とでも言うのか……?」

「役不足というより、恐らくは趣向が合わねえ。
 男と女でも気心の知れない者同士では付き合えんだろう? まあ、そんな感じか。」

「貴方とそんな関係になるつもりはない」

「例え話じゃねえか……ムキになるなよ」

少し頬を染めながらもクールに答える嬢ちゃん。 今の表情いいな。

「下らない挑発をする人には見えなかったけれど私の買いかぶりだったようだ。
 こちらの機先を制するための言葉だとしたら、無駄な事だよ…」

「見た目に寄らず気が強いな。 ならば言わせて貰うが………何で剣に殺気を篭めねえ?」

「……………」

沈黙。 一瞬だが、言葉に詰まる嬢ちゃん。

そう、ぶっちゃけるとこの女の剣には「やる気」がねえ。
斬撃、技、苛烈な踏み込み、全てが超一流でありながら、殺し合いにおいて一番肝心なモノが抜け落ちている。
どれだけ凄い力だろうと必殺の気の篭らぬ一振りなど少年兵のそれにも劣る。
こんな事を一から説明しなけりゃ分からんほど未熟な使い手には見えないが……

「込める必要が無い。 悪漢とは言え、無意味な戦闘、それに相手を必要以上に傷つける事を私は望んでいない。」

「……………意味が分からんぞ。 俺はお前さんを殺すつもりで戦いを挑んでいるわけだが」

「それでも、だ。 時空管理局の魔導士の使う魔法は相手を殺傷せずに無力化させるもの。
 私達は相手を殺すために戦っているわけじゃない。」

「………………あっそう」

はぁ…………現代に召還されて話には聞いていたが………
どうやら近頃は殺られたら殺り返す、という思考すら悪徳になるらしい。
法治を司る部隊が、暴徒を鎮圧する時ですら一人でも殺せば大騒ぎ。
過剰防衛、過度の威圧、先制攻撃、全てご法度。 シンブンとかいう会報紙を読んで愕然とした記憶がある。
どうやら目の前の女の思考が、それらに類するものから来ている事を薄々と察知した俺。

参った………ならば、この相手は根本的に自分には相応しくない。
雷撃を操り、この槍の英霊をてんてこ舞いさせる。
それがどれほどの技量を以って為されているのかなど語るまでも無い。
だが、その有り余る才能の大半をこの娘は「相手を殺さずに制する」事に注ぎ込んでいる。

俺の生きた時代では「不殺」は正義ではなく、むしろ悪徳。
全身全霊を以って相対し、互いの命を奪い合うのが戦だ。
相手の命を奪った時、その愛すべき敵の人生の全てを我が背中に背負い込んで
そして殺した者の魂と共に歩むのが戦―――神聖なる儀式。
だから俺は自分の息子さえその手にかけてなお後悔の念など微塵も無い。

不殺とは、その真逆だ。
戦った相手を受け入れる覚悟が無いという事であり、己を辱めると同時に敵をも侮辱する戦士にあるまじき行為だった―――筈だ。
それが時代の流れとは恐ろしいねぇ……1000年2000年を隔てると戦の姿形ですらこうも変わってしまうもんなのか?

何にせよ、こんな相手にゲイボルグを振るえるわけがねえ……
殺気持つものと持たぬもののワケの分からん戦い………
否、こりゃ単なる茶番だ。

「さっきの剣士は凄え殺気だった。 対してお前の剣からは何も感じねえ。 
 言っちまえば腑抜けなんだよ……はっきり言って勝負にならねえ。」

「負け惜しみにしか聞こえない。 貴方の槍はまだ一度も私に触れてさえいないというのに」

「チッ……分からず屋が……」

まあ、当然だわな。 さっきまであれだけタコ殴りにされてたんだ。
そんな奴がいきなりこんな事言い出したって、相手には寝言にしか聞こえないだろうよ。


仕方ねえな……気は進まんが―――

――― 見せてやるぜ………違いってやつを ―――


――――――

――――――

その時、騎兵が新たな動きを見せた――――

その場で無造作に槍を振るい、己が足元に四つの傷をつけていく。
カツ、カツ、と乱暴に穿った箇所が赤い歪な光を放ち、男の周囲を赤く染める。
何かの儀式か詠唱かは分からないが、ともあれ男の施す何らかの攻撃方法には違いない。
いつでも、何が来ても斬って落とす……その気勢と共に身構えるフェイト。

そしてそんな彼女に向かって、赤い魔方陣から一歩踏み出した槍兵。
彼はあろう事か、そのままズカズカと無造作に! フェイトの方へと歩み寄ってきたのだ!

「な……!?」

歩み出し! 歩み出し! それが助走のように次第に速度を強め!
そのまま弾丸のように地を蹴り、己自らを槍と化して彼女に向かって突進を開始する!

息を呑むフェイト。 突然の問答からこちら、何をするかと思えば無謀な特攻?
正気の沙汰とは思えないが、しかし男の野獣のような相貌が危険な光を灯して煌き
その殺気は相対するだけで心臓を握り潰しかねないほどのものだ。
それが超速でこちらへと突撃してきたのだから、相手の目には巨大な魔獣か、千の軍隊がこちら目掛けて突撃してきたようにも感じた事だろう。

「おおおおおぉぉぉおおおおおおあああッッッッ!!!!!」

そして戦場を切り裂く裂帛の咆哮を挙げて駆けるクランの猛犬。
明らかに先ほどまでとは違う気勢。 勝負をかけてきたのは明らかだ!

(呑まれるなっ!)

敵が来るというのなら望むところ!
強大な力を放つフルドライブだが、時間の縛りを鑑みればここでの決戦は願っても無い。
Sランク魔導士の誇りとプライドにかけて、真っ向から受けて立つだけだ!

「バルディッシュ! 敵のMAXスピードに合わせて誤差修正!
 マルチタスク二番解放………サンダーフォールッ!!」

<Yes sir...ThunderFall set up>

敵との会話中、ただ呆けているほどこの執務官は間抜けではない。
備えは十分。 デバイスに溜めておいた広域自然干渉魔法を男の突進に合わせて抜き放つ。

「轟け……サンダーフォールッッ!!!!」

直後、フェイトの周囲に特大の電磁波が巻き起こり、天空に発生した雨雲が雷を招来。
招き合う二つの稲妻が呼応するかのように互いを呼び合い、その姿を求めて飛来する。
そして轟・雷・飛・散・ッ!!! 場を劈く幾条の落雷が男に降り注いだのだ。
黒衣の魔導士の金髪が、暴れ狂う電気の中で生き物のように逆立ち、戦女神の如く翻る。

「っっっ!? な……!?」

だが、フェイトが雷神の女神ならばランサーは神の喉笛を食い千切る魔犬だった。
彼は稲妻群の爆撃の中、微塵も臆さず引かずに……こちらへの最短距離を駆け抜けてくるのだ!
真紅の光をその身に宿す狂戦士。 彼女の召還した雷は男を少しも退ける事はない!

「おおおああぁぁぁああああああっっっ!!!」

全身を貫く雷は一つや二つでは効かぬはず! なのに全く歩みを止めず、行軍に些かの陰りも無い!
カウンターで決まったAAAランクの稲妻が足止めにすらならないというのか!?
あの男の纏う、赤き光が肉体的な防御を高めている? 
そう分析するしかないフェイトだったが、だが否―――異界の魔導士よ。 あの光に物理的な加護など何一つ無い。

あれは四枝の浅瀬―――アト・ゴウラ
決して引かず、決して逃がさぬ、赤枝の騎士の不退転の意思の体現にして敵を必ず殺し尽くす、槍兵の大禁戒だ。

「ザンバー最大出力! 疾風迅雷ッ! 迎え撃つッッ!!」

<Yes sir...>

ここに来て最大の正念場。 
通常の戦いなら、こんな突進飛んでかわしてしまえば良いのだが今はダメだ。
ここを抜かれるわけにはいかない……抜かれてシグナムの背後を突かせるわけにはいかないのだ!

<Just Shoot it...>

一条の槍のみで落雷の渦を駆けて泳いで、止まる事のなかった超人が今、彼女の間合いに足を踏み入れた!

「はぁぁあああああッ!!!」

十分な体勢で、最速で最強の一撃を見舞うフェイト。

(直撃……入るっ!!)

コンマ一秒以下の刹那の攻防が互いの目にはスローモーションに見えた事だろう。
必殺の一撃がゆっくりと、ゆっくりとランサーの右の胴体に吸い込まれていき―――
ぎぃぃぃぃぃぃんッッ!、という、閃光が空を切り裂く独特の音が空間に木霊する。

…………………………、、、


巨剣を横薙ぎにて振り抜いたフェイトが、後ろ手にザンバーを放ったまま立ち尽くす。

その表情は硬く、目は極限まで見開かれていて―――


「………そ、」


わななく口からようやっと震える声で―――


「………そんな馬鹿な…」


―――それだけを言った。


「だから言っただろうが? 格下の相手をあしらうのとはワケが違うんだ。」

その声は果たして彼女の抜き放った黄金の刃の―――先。
ザンバーの巨大な刀身の腹の部分に悠然と立つ蒼い死神から発せられた言葉だった。

「極限の殺し合いにおいてなるべく傷つけないように戦うだぁ?
 そんなブレた刃で―――――俺を斬れると思ってんのか、たわけが!」

ギリッと歯を食い縛るフェイト。
そんな事は言われなくても理解している。
理解した上で彼女は時空管理局の局員を―――「魔導士」の道を選んだのだ。

「はぁぁぁあああッ!!!」

故に動揺など微塵も無い。 巨大な刃を跳ね上げて男を振り落とそうとする。

「遅えっ!! いつまでも不得手な近接で俺を押さえ込めると思ってんじゃねえっ!」

「なっ!?」

「お前さんの弱点はとうに見切った! 嬢ちゃんの剣は<一方的>に斬り伏せるためのもの!
 斬り<合い>はむしろ専門外――――違うかっ!?」

その言動に今度こそ、総身から血の気が引くフェイト。
この無謀な突撃はそれを見破ったが故のもの?
短い打ち合いの中で、男はフェイトの近接の弱点を見切ったというのか?

フェイトテスタロッサハラオウンは―――剣士ではない。
彼女はあくまでもミッドチルダ式 「魔導士」 なのだ。
どれだけ近接が出来ようと、本来は騎士とまともに打ち「合える」人種ではない。
装甲が違う。 膂力が違う。
彼女お得意とする戦法はあくまで中~近距離からの速度を生かした一撃離脱の切り落とし。
このフルドライブ・バルディッシュザンバーこそ、その体現。 それは、れっきとした「近距離魔法攻撃」
それがたまたま「剣」という形を取っているが故に「剣技」に見えているだけに過ぎず、彼女のそれは本来「剣術」と呼べる代物ですら無いのだ。
ならば元より純正の騎士相手に斬り合いなど出来る筈が無い。
セオリーに当て嵌まらぬ速効、猛攻が、コテコテの騎士であるランサーの読みの外を突き、最初は本当の意味での「奇襲」と相成ったが、それも束の間。

ザンバーが魔導士の手によって動く前に、男は既に巨大な刀身の上をスライディングしながら滑り降り、一直線にフェイトの眼前に迫る!

「ごめん! バルディッシュ…!」

滑空しながらフェイトの眉間に狙いを定めた槍の穂先が彼女に到達する―――その前に!
魔導士は躊躇わずに大剣の柄を離して柄先を思いっきり蹴り上げる。 
刀身が裏返り、バランスを崩す槍兵。 つくづく秀逸の反応だ。 
少しでも躊躇えば回避は間に合わず、フェイトの額には穴が開いていただろう。

そしてバックステップし、距離を離した魔導士が男に向かい手をかざし、詠唱を始める。

(サンダースマッシャー……!)

ここで、ここで撃ち抜かなければ倒される!
一瞬にして絶体絶命の窮地に追い込まれたフェイトが、ここを勝負所と見定め放つは得意の砲撃魔法。

「………良い動きだ―――悪足掻きにしちゃ、なッ!」

だが……頼みの武器を手放した時点で勝負は決まっていた!
詠唱など許す筈が無い。 最速の英霊が、のしかかる巨剣に無様に潰される筈も無い。
必殺の誓いを立てたその体はどこまでもどこまでも獲物を求め、敵にその牙を突き立てる。
決して逃がす事無く、離す事無く。 彼女の翳した掌―――その視界の内側に「既に」潜り込んでいた槍兵。
息を呑み、紛う事なき死の予感に顔を歪めるフェイトの眼前。

――― 殺せる時に殺さない奴は必ず後悔する ―――

殺気持たぬ戦士に対し、戦場に生きた伝説の具現として、男は戦の理を実戦する。


「か、ふッッッ!!!!!???」

密着する蒼身と黒衣。
フェイトの挙動一足を微塵も許さずに放たれた槍の柄による突き上げが
その体中央―――鳩尾を深々と抉ったのだ!

「…………は、ッ…」

彼女の細い顎が上がり、半開きになった口から弱々しい嗚咽が漏れる。
くの字に折れ曲がるフェイトの肉体がランサーに寄りかかるようにしなだれ、弱々しく弛緩していく。
フルドライブの行使、デバイスを離した事によるBJの軽減により、打突の衝撃は余す事無くフェイトの横隔膜を貫き
ズル、と力なく崩れ落ちる魔導士の肉体は今、完全に戦闘不能状態と化した。

近距離の組み打ちは、体勢を崩されれば一瞬で勝敗が決する。
刃の部分で貫かれるという最悪の事態は免れたものの、そのまま彼女の左手が槍の動く方へと捻られ、巻き込まれて露になる。
それを槍兵は脇に抱え、フェイトの関節をがっちりと極めてしまっていた。

「きゃあッ! ぅあああああッ!??」

フェイトの左肩に先の負傷による激痛が走り、視界がパチパチとシャットアウトする。
左腕をかんぬきの様にギリギリと締め上げられ、苦痛に顔を歪める執務官。
もはや全くの無防備となった彼女をそのまま―――その場で思いっきり振り回すランサー。

「あ、うああああああッッッッ、」

まるで力の入らない状態でフェイトの体が浮き上がり、男の膂力に任せて振り回される。

回す、回す、回す、回す、回す、回す、回す、回す―――
回す、回す、回す、回す、回す、回す、回す、回す―――
回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す――!

遠心力で気が遠くなる魔導士の意識。 景色が高速で流れていく。
竜巻に巻き込まれた人間の見る景色とはこんな感じなのだろうと感想を述べる余裕など彼女にあるわけがない。

「甘かねえんだ。 戦場は」

そしてその回転は速度を増して、増してっ! もはや小規模の竜巻すら場に発生させるに至る!
そして完全に意識を失いつつあるフェイトに、更に追い討ち。

「っっっは、うぅッッ!??」

無防備となったその背中目掛けて、男は自ら槍を中心に駒のように回転!
遠心力を利用した凄まじい蹴りを叩き込んだのだ。
ゴチャッ、!!という歪な音を己の体内で聞いたフェイト。
脊椎から全身に痺れが走り、球体のように流れた景色が今度は凄まじい速度で後方に流れていくのを見る羽目になる。
まるでサッカーのゴールキックのように上空高く吹き飛ぶ己の肉体を、定かではない意識にて感じつつ――

(リカバリィを………シ、シグナムッ!!)

その意識を、森の奥にて戦っている戦友に向けるのだった。


――――――

蒼と紫の破風渦巻く竜巻―――それはまるで示し合わせたように起こった。

片や林道の中心地。 片や森林の奥深く。
同時に発生したそれは、まるで左右対称のシンメトリーの如く猛威を振るい
それぞれアスファルトを、森の木々を吹き飛ばし、上空に乱気流を巻き上げて山道にて暴れ狂う。
そして二つの竜巻に巻き上げられ、弾き飛ばされるように投げつけられたモノが凄まじい勢いで飛来する。

ソレらは人間であった。
弾道ミサイルのように打ち出された二人の人間。 シグナムとフェイトだ!

「……ッ!!」

「………ぐっ!」

偶然か必然か対面方向、衝突の軌道に乗った両者が互いを認識するのにかかった時間は僅か1秒弱。

「テスタロッサッ……!」

迫り来る双方の姿を見据えるシグナム。
そして後方からは凄まじい速度で迫る蒼と紫の敵。 当然の事ながら敵の追い討ちだ。

――――絶体絶命。

前門の魔犬。 後門の大蛇。 
進退窮まる絶死の状況にて―――

「飛べッ! 上だ! テスタロッサ!」

迫る烈火の将が絶叫し、両の腕を構える。

「うう……シグナムッ!?」

言われるがままに身を預けるフェイト。
二つの弾丸と化した両者が接触、破砕する直前、フェイトは余った力の全てを逆噴射に当てて減速してパートナーに両足を向ける。
シグナムは殺し切れないエネルギーを全て、フェイトの向けられた足に叩き付ける。 戦友を上方に打ち上げ、逃がすために。

「ん、うッ!!?」

シグナムによって乱暴に投げ上げられたフェイトの体が一瞬で天高く舞い上がる。
バレーのレシーブに似た体勢であったが、そんなお優しい扱いではない。
まるでカタパルトに打ち出されたような衝撃にフェイトの息が詰まる。

「…………あ」

彼女の肢体はそのまま遥か上空に。
そして期せずして自身の下方、今にも接触する三つの影を捉えるに至り―――

「……シ、シグナムッ!」

フェイトの表情が絶望に青ざめるのだ。

(仕留めろ……いいなッ!)

念話で紡がれた言葉に二の句が繋げない執務官。
その言葉の意味を履き違えるほどに愚鈍な魔導士ではないが故に。

(駄目です! そんなっっ!!)

フェイトの叫びはもはや状況を覆す何の助けにもなりはしない。

――― このまま将をデコイとし、上方から砲撃で敵を薙ぎ払う ―――

戦友を犠牲に勝利を拾うという選択を取る以外の余地がここに残されていない事に
フェイトは引いた血の気を戻せぬままに叫ぶのだ。

先の槍兵に諭された言葉を噛み締める余裕も無い。
もし自分が最初から「殺す気」で男を叩き切っていたならば、こんな事にはならなかったと考える暇すらも。

フェイトの眼下、中央に位置する女剣士が剣と鞘を分離させて二刀に構え、左右から接近する敵に相対する。
どれほどにベルカの騎士甲冑が堅牢でも、あの化け物二体の攻撃を同時に食らってはただでは済まない。

悲しいかな、長年の訓練の成果か。 高速で己が果たす役割を、その工程を、身体が勝手に構築していながらも―――

「ーーーーーーッッッ!!!!」

自身のデバイスに編み込んだ最大の砲撃魔法、トライデントスマッシャーを下方に構えながら
フェイトは眼下に広がる光景に声無き非業の声を上げるのだった。


金属と魔力の衝突する甲高い音が――――

――――――――――――――――場に響き渡った。

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最終更新:2010年08月02日 13:01