それは魔法じゃない――――

ラストカードを切る最中、数刻にも満たない対話において 
静かながらもきっぱりと紡がれた否定のコトバ。
多分、それがこの戦いの発端にしてキーワード。

流せばよかった。
譲ってしまえば―――ここまでの大事にはならなかったはず。 
だけど…………

相手に譲れぬモノ、耐えられぬ嫌悪という物があったのだとしても
彼女とてその小さな体を酷使して救われないダレカを救ってきた。
全力で駆けてきた。
そのために負った傷は誇りとすら思っている。

そんな高町なのはが蒼崎青子の言葉を素直に受け入れられなかったのは―――
魔法――それが自分を変えてくれた力だから。 
高町なのはにとって魔法使いであるという事はかけがえのないもので
例え傷ついてでも守らないといけない、本当に重要な事だから。

地上に悠然と立つ相手を見る。
自分が体を削り取る程の力を出さねば着いていけない相手。
既に戦技の極みに達そうとしているこの若き魔導士をして
これほどの相手に出会う事自体、珍しくなっている昨今――――

ただ知りたかった。
これだけの強さに達するのに、この人はどれほどの強い信念を背負っていて
どれだけの高みを目指して飛んでるのだろう、と。
本当に久しぶりに………己が砲撃を以って話し合いたいと思わせる相手と巡り合う事になったなのは。

「所詮は闇の住人。救いや夢など奇麗事」と言われた時
これ程の力を持ちながら、その諦めたような態度が悲しかった。
このくらい強かったら色々な事が出来るのにと。

その瞳に真っ直ぐな光を灯しつつ
己が想いを貫く力をその手に抱き
魔導士は飛ぶのだ――――魔法使いに己が言葉を伝えるために


――――――

対して、相手の無知な物言いに一瞬、怒りを感じる魔法使い―――

上空に悠然と羽ばたく相手を見やる。 
自分とは明らかに違う、奇麗な空気を纏った白い翼。
その瞳に宿る強い意志。
そしてその細い肩に似合わぬ力。 

――――――真っ直ぐで可愛い子だ

だからこそ―――偏っているんだ

これだけのモノになるのに、この娘はどれほどの強い妄執に駆られて
どれだけの時間、どれだけの血肉を犠牲にしたのだろう、と。
魔法使い、蒼崎青子は思う。

――― 魔法使いなんかじゃない ―――

彼女の返してきたその言葉。
単なる売り言葉に買い言葉の類だったとしても、だ。
正義とか救いとか平和とかに殉ずる生き方をしている人間にとっては
自分は総じてロクなもんに見えないんだろうなと。

でもね………高町なのは――――

魔法使いってのは……そんなにキラキラしたもんじゃないんだよ?

数多くの人の死と、有り得ざる裏側の世界にその身を遊ばせ
時間すら超越して幾多のものを見てきた蒼崎青子は思う。
頑なに想いを通そうと思った事はない。
自分は世界の「法」を乱す超越した存在。
人が決して起こせぬ<奇跡>を人為的に起こせる存在。
そんなモノが正義、悪、どちらか一方に偏ったらどうなるか。

賞賛に任せて無慈悲に悪を根絶やしにする事も
闇に堕ちて茶番じみた正義を滅ぼし尽くす事も
きっとどちらも容易い――――

――――― と~ぜん。だって魔法使いなんだもん ―――――

でも、それはきっと――神とか悪魔の所業。
そんなモノに人間がなってはいけない。

時には、ささやかな正義を行い
時には、傍若無人に振舞い
時には、気に入らない奴を消し炭にし
時には、理不尽な力に蹂躙されている者を助けたり

所詮、人間のする事なんてこの程度のもので良いのだ。
同じ世界―――同じ次元・時間にいるかも怪しい他のお歴々もきっとこんな感じだろう。

超越者は超越者ゆえにこの世から解離する。
遥か上空、自分に砲身を向ける白い魔導士を背に
魔法使いは今宵も、ただ在るがままの事実を受け入れる。

これは、偶然出会ってしまった――
強大な力を手に入れ、力の限り夢を掴もうとする者と
絶大な力ゆえに、どこまでも中庸であり続ける者。

そんな二人の闘い―――――

否、些細な意地の張り合いであったのだ。


――――――

AOKO,s view ―――

うーむ…………………………

正直、事ここに至って―――


対応間違えたかなー、なんて思ったり。


何がいけなかったんだろうか……?
ちょっと上から目線過ぎたとか……?


だけど出立ちや物腰とか大人しそうな顔とか見てね……
名乗ってやれば話はつくと思っていたし、脅かしてやれば膝を折ると思ってた。

それがまさか、ここまで命懸けで反撃してくるとは……凹ませば凹ますほどに反発してくる。
大人しい風貌はとんだ猫かぶり。ド根性とかソッチ系の人だった。
まったく人は見かけによらないとはこの事だ。
私、超、迂闊。

というかね。
万策尽きたからって半裸で槍持って突っ込んでくる奴の事を魔法使いとは呼ばない。断じて。
多分、あのコの防御の要であろう法衣は―――裂けて壊れてズタズタ。
打撲に火傷に擦過傷と病院直行フルコースな仕様になっていて
荒い呼吸音を喉からひり出しながら……未だ戦意を失わない。
そんな娘―――高町なのはさんを、私は目を細めて仰ぎ見る。

もう帰ろっかな……私。
一応、魔法使いの義務は果たしたし。
これだけ言っても分からない奴を更生させなきゃいかん義理もない。
でも今、踵を返したら逃げたみたいで何か癪に障る。

それに――――どの道、もう遅い。
あの体勢、恐らく一秒かそこらの後には最後の力を振り絞って私に突撃してくるだろう。
こちらの仕様、火力を知ってる以上、私にあらためて対処の猶予を与えるほど敵も馬鹿じゃない。
今、後ろなんか見せたらそれこそズドンだわ……

でもね、なのは。 
貴方の動き、スピードはだいたい見切ってる。
今まで散々、カウンターを合わせられたのを忘れたの?
貴方の纏っている鎧は傍から見てもほとんど防御機能は残ってないでしょう。
一撃でも当たればおしまいだってのは確定的に明らか。

と、いうわけで……このまま続けたら後味の悪い結末になるかも知れないよ?
こっちだってバテてるし手加減出来る余裕もない。
どんなに熱血しようが根性出そうが負ける時は負けるし―――死ぬ時は死ぬのよ?

それでも良いなら――――なのは。

いつでも………………かかって来なさい。


――――――

――――――

場の空気が収束している。

時間にして10分にも満たない闘い――
しかし二人にとっては永劫にも感じられる時間。

双方、破壊的な火力の持ち主である。
闘いが長引く事の方が珍しい両者にとってそれは立派な長期戦であった。

「は、……ぁ はぁ…」

しかし両者のダメージ総量はここに来て雲泥の差。
魔導士の荒い息がそれを如実に物語る。
ほぼノーダメージの青子に対し、相手の切り札を先に受けてしまった高町なのはの傷は決して浅くない。
次の魔法で決められなかったら―――もはや彼女に為す術はないだろう。
そしてそんな状態の相手からみすみすラッキーパンチを貰うブルーではない。
故に立ち上がったとはいえ、なのはの敗北は濃厚かと思われた。

「……………ストライクフレーム」

だが――――
この最後の攻防を決定付けたあらゆる要素がここに来て―――

たまたま施したBJの強化が、青子のラストアークを結果的に防げた事。
そしてそれによってBJがほぼ破壊されていた事。
重装甲のなのはの着衣が、ほぼその機能を失っていた事。
現在なのははACS突撃に耐えるだけの最低限のフィールドを張っているだけ。

―――運の天秤が片方、つまりなのはの方に傾いた。

「ACS…………」

<Stand by ready>

彼女の栗色の髪がその全身から放出される魔力の奔流に晒され、逆立つ。
まるで600馬力のレーシングマシンがスターティンググリップ時に吹かすアイドリングのような
危険な匂いを灯す起動音と共に、猛るデバイスとその術者。
ブルーの心境はまさに鋼の翼持つ猛牛の突進を前にしたマタドールの如し。

―――――――だが…………

「GOッ!!!!」

「……………!」

後方の空を、その蹴り足で空間ごと吹き飛ばすかのようなロケットスタートを切ったなのは。
悠々と完全迎撃体勢を取ろうとした青子の表情が―――にわかに変化する。
この土壇場で青子にあらゆる不運が重なり、なのはにあらゆる幸運が味方をしたのだ。

(あ、あれ………タイミング―――――)

コンマの位でズレる思考。
自身の高速詠唱を余裕で跨ぎ越す相手の出足。
その速さ、鋭さが――――今までよりも格段に増していたのだ!

「何で……ここに来て速くなんのよ!?」

盛大に毒づくも後の祭。
決して懐に入れぬ通さぬ、マジックガンナの矜持は―――
ここにあっさりと破綻し、打ち砕かれていた。

魔導士の盟友、フェイトテスタロッサハラオウンのソニックモード―――
その原理はBJを軽量化する事により、限界を超えた速さを捻出するというものだ。

ならば重装甲魔道士が同じ事をすればどうなるか―――

重いボディを膨大な出力で高速飛行させていた高町なのはから
その重さを剥ぎ取ったらどうなるか―――

是も非も無く、切り札の大砲すら破られた砲撃魔導士が最後に繰り出すのは 
己の身を砲弾と化したファイナルアタック。
軌道も回避運動もなく一直線。
まさに一条の白き流星と化したそれは蒼崎青子の計算を遥かに超えた速度で
無限回転と称された高速詠唱の暇を一切与えず―――  

全てを終わらせる。


――――――

エースオブエース・高町なのは――――

その強さ。その所業を称える言葉は枚挙に暇が無い。

曰く、不沈の防御壁
曰く、破壊的な火力
曰く、卓越した空戦能力
曰く、それらを均等に運用出来るセンス

それらはどれも正しい。
だが、それら全てが二次的なものに映るほどの要素―――

「それ」を人は称え、なのはの今まで歩んできた道。
その戦績、偉業は、時にこう評される。  

――――   奇跡、と   ――――

易々と使う言葉ではない。
実際それは、この魔導士の卓越した性能・戦略によるものが大きいのだろう。

だが事実として、なのはの関わった事件・作戦には
そのスペックを大きく超えた結果がしばしば出る事が多いのも事実。
その「力」の源は――――ついには理論や理屈では解明されぬものであった。

しかしてバケモノじみた強運。
それが常に因果律によって為される人知の及ばぬモノであるとは限らない。
彼女の呼び名―――――「不屈」のエース
そう、異常なまでの不屈が場にたゆたう運命の天秤を強引に傾かせ、己が方へ勝利を呼び込む力となる。
これが性能を大きく超えた彼女の力の大元。
最強にして最後の武器なのだ。

――言葉にしてしまえばあまりにも稚拙で安易。

だが果たして、それを完璧に実践出来る者がどれだけいるか?
戦場で、災厄の中で、窮地に陥る。
それは即ち、死が間近に迫っているという事。
そんな中、心弱き者は意思が折れ、恐慌状態に陥って自滅する。
勇猛な者は自らの命を捨て、一人でも多くの敵を打ち倒そうとする。
奸智に長けた者はあらゆる物を利用し自分の生還を計る。
その中にあってすら――――彼女の魂は異様なまでに崩れない。

自らの生還。 
戦いの勝利。 
他者の犠牲を出さない。
その全てを――迷わず掴みにいく!

本当の最善を目指し、一切の妥協を許さない。
当然、力及ばず取りこぼす事もあるだろう――― 
それでも、傷つき血を流しながら―――その目はひたすら「最善」を目指す。

「覚えておいて。自分より強い人に勝つには、その人より強くなくちゃ駄目なの」

なのはは教える。
教え子が絶望的な状況に置かれた時、絶対に生き残って欲しいという想いを込めて。
その万感の想いを、果たして何人の人間が理解しているだろう。

蒼崎青子は言った。
貴方の力はそれが限界――本物の奇跡には及ばないと。

確かに世界の法則を捻じ曲げるほどの理外の力に対し
なのはのそれは一見、当たり前の人知の範疇の稚技に見えるかも知れない。

弱々しく、脆弱で、矮小で、か細く、不確かな人間技―――― 

しかし、そのか細い力が時に―――
超越した存在を穿つ事が現実に起こりうる。

99%負けるであろう勝負から
1%に満たない勝利の扉を強引にたぐり寄せ
全力全開でこじ開ける―――故に勝利の鍵。

自分を遥かに超越した存在。
世の理すら曲げる相手を前に決して折れない―――故に不屈のエース。

今宵、高町なのはが魔法使い蒼崎青子を完全に上回ったのはその力ゆえ――
その在り様こそ――― 
人の身で起こし得る最上の奇跡であったのだ。


――――――

AOKO,s view ―――

「勝手に負かすな。人を」

つくづく聞きたいんだが………
どうしてそのミラクルパワーを私が受けなくちゃいけないのかって話で……
いつから主人公に倒される中ボス的な何かになったのよ私は?

ワタシダッテ、セイギノタメニ、タタカッテルン、ダゾー。

うわ、無理ありすぎ……ダメね。
悪の女帝ってのソソるものはあるけれど。
主人公の勇者が苦労して立てに立てまくった勝利フラグを最後、バッキバキに折って全滅させてやるの。
理想の悪ってのはそうでなくてはいけない。正義に楯突く輩が馬鹿で無能じゃ駄目でしょ? 
ここ、割りと真理だと思うんだけどどうよ?  

―――――――――まあ、それはさておき………

私は今、とてもピンチだ。
マジで死んだかも知れない。

どんな力を持ってても負ける奴は負けるべくして負ける。
どんなに力で下回ってても勝つ奴は勝つ。
簡単に奇跡なんてモノで片付けられたら正直、後味が悪い。

私の落ち度ってほどの事でも無いけれど………くっそー。
つくづく庇い手なんて出そうとするんじゃなかった。
あの子が一瞬、気を失っていた数秒の間に容赦なく追い討ちかけていれば
こんな事にはならなかったんじゃないだろうか。
まあ、こっちもバテててそれどころじゃなかったんだけどさ。

しかし、それにしてもあの魔導士のリカバーは速かった。
完全にKO並のダメージを与えたはずなのに
意識を取り戻して、姿勢制御して、槍を構える―――その動作の早いこと早いこと………
私の詠唱スピードならば、その時に十分な迎撃体勢を整える事も出来たのだけど
その時、私は相手のタフさに完全に言葉を失ってたんだから高速詠唱もへったくれもない。
動かないハズのモノが動いて不意を突かれ
一瞬とはいえ私は完全にあのコの目――その気迫に飲まれた。

まあ言い訳はしないわ。
加えてどんな作用が働いたか知らないけれど、ヨーイドンでやったとしても
最後の突撃はカウンターでいなせる速度じゃなかった。

まさに、や~られ~た~ってやつ?
見事、世界でも大変稀有な魔法使いの田楽刺しの出来上が―――


「って……んなワケ、あるかーーーーーー!!」


シャレにもならない愉快な妄想を頭から追い出した!
そう簡単にモズのはや贄えになるつもりはないのよっ!

なのはの刀身――それが私を貫く一歩手前で止まる。

保険で張っておいた<鏡>
ブロウニング・スターポゥが何とか防壁の役割を果たし
なのはの突進を妨げ、刺突を止めていたのだった。

言ったでしょ。
勝利フラグをことごとくヘシ折る空気の読めない敵役―――それが私。
これで負けたら私、果てしなくカッコ悪いじゃないの?
通りすがりの魔法少女に説教くれたら返り討ちに合いましたってか?
自殺モンだ………明日から大手を振って表を歩けない。

だがなのはを受け止めた<鏡> 実はこういう風に使った事はほとんどない。
何せ基本的に「壊す」以外のの魔術はてんでダメだし、守りに入ったらジリ貧なのよね。
まあ、形振り構ってられる状況じゃないけれど……
ほんの少し。一秒でもいい。
あのコの動きを止めてくれればその間に迎撃体勢を取れ――

「んんッ…………やあああッ!!!」

ピシ――――――パリーーーン!!!

「ぶっ!?マジでっ!?」

早っ! モノともしないよこの子!?
突撃槍を構えて特攻してくる物騒な奴が気合一閃すると
私の鏡は文字通りのガラス張りさながらに脆くも崩れ去る。それはもう呆気なく。

「チッ………このっ!」

「ッッッッたああッ!!!」

ススだらけの顔して、元気ハツラツなアイツ。
この娘、私の切り札食らってんのよね?
何食ったらそんなに頑丈になるのよ……!?

私の張った我ながらヘタクソな防壁を、文字通り紙の盾の如く掻き分けてくる白いラッセル車。
破られ、壊された鏡の上にまた鏡って感じで、こちらも継ぎ接ぎのように防壁を上張りし
なのはの突進を遅らせるしか術がない。
他の事をしてる余裕なんてない。
一瞬でも防壁を遅らせたら槍の穂先が胸板に突き立って終わりなんだから。

あ、もう一つ――――今の状況で大事な事言うの忘れてた。

まるでフィールド中央。
互角の押し相撲を展開してるように説明していたけれど――
私はこの時、相手の槍の刃の部分を体に届かせないよう必死で押し返してるだけ。
故に「他の事」に気を回す余裕なんてなかったわけで。

まあ考えてみて?  
相手は重武装戦闘機。こっちは生身の人間。
そんなもんと互角に相撲なんか取れるわけがないでしょ?
圧倒的に質量の違うもの同士が激突した場合、どういう事になるか。
例えば、踏み切りに閉じ込められて電車に巻き込まれたクルマね。
激突したからといって電車は止まるか? 当然、止まらない。
質量の小さいクルマは一方的に、線路上をグシャグシャになりながら
50m、100mと無残に押し出されていくワケ――――

まあ、要するに―――だ。

向こうが電車で私がクルマだとして―――

こうやって解説してあげてる自分を褒めてやりたいくらいに―――

「私は今、後方にぶっ飛ばされてる最中なワケよぉぉぉーーーーーーーー!!?」

哀れな人力が戦闘機にケンカを売った末路であった、まる


――――――

NANOHA,s view ―――


負けない…………通すッッッ!!!!!


ここまで来たらただ、往くだけ!


――――――

AOKO,s view ―――

ずるいぞコラッ!
面倒な解説は全部、私任せかいっ!

向こうさんの主張通り、相手はもはやイケイケ。
あとは私をブッスリやる以外に特記する事は無いのだろう。
従って引き続き、私のターン。

ていうか、こりゃ、貴重な体験……
飛行機に轢かれる人間の気持ちが分かったわ、うん。
………………さあ、気が動転してるぞ落ち着け私。
普通に生きていて人間が飛行機に轢かれる局面なんてあるワケないでしょうが。

体にごっつい圧力が掛かっていて、鏡を形成する以外の行動が取れない。
私のか弱い足じゃ踏ん張りなんてきくわけも無い。
そしてここがカラハリ砂漠のド真ん中とかだってなら良かったんだけど
残念ながらこの一帯は岩壁の突き立った渓谷。
2~30mほど、微塵も勢いを殺せないままズリズリ後方まで押し寄られ―――― 

「っっっっっっが――――――――!」

当然、私はそのままどっかの壁に叩きつけられる。

(いっつぅ…………)

口の中に胃液が込み上げてくる。
ヤバ、詠唱が途切れちゃう。
しかも今のでまた目の前の刀身が近づいた。

特攻野郎、もとい魔法少女の勢いは止まる所を知らない。
人を壁のオブジェにしてくれただけじゃ飽き足らず、そのままグーリグリと――
決して柔らかくない、石と砂くれで出来た壁に私を押し潰してくる。

いた、あいた………アイタタタッ!
背中がメリメリと埋まっていく。
いだだだだだだだ! ちょ、マジ痛いって!!?

くそう、ギャグ漫画の連中が羨ましい。
あいつら、壁にメリ込もうが突き破ろうが無傷なのよ? 
信じられない。こんなに痛いのに。 
頼むからその背筋に仕込んだチョバムアーマーを今度、私に換装して欲しい。

完全に岩壁に押し付けられた私は後ろにも下がれず、逃げ場無し。
そして当然、背中にそんな圧力を受けているワケだから
正面の刀身が押してくる圧力は相当なもので―――

槍が私の胸部に突き刺さるまで――――あと10ミリ。

私、ピーンチ!


――――――

NANOHA,s view ―――


「レイジングハートッ! カートリッジ…………ロードッッ!!」

< Yes master cartridgesystem stand by >


――――――

AOKO,s view ―――

……………
………いや、別に良いんだけどね。

さて、私の鏡なんてお構い無しに突き進んでくる槍の先っちょ。
刃の部分とか羽の生えてる辺りを手で引っつかんで全力で押し返してみるんだけど
ビクともしない。あと9ミリ。

何かガシャコンガシャコンと、8ミリ。

杖にあるまじき豪快な装填音が、7ミリ。

轟く度に迫ってくる、6ミリ。

私のか細い腕も、もう限界、5ミリ。

くっそ………腕立て伏せとか、やっとくんだったなぁ、4ミ……

あらヤダ、一気に来た。
尖端が私の胸の中央にザクっと突き立つ。
死んだわコレ。

…………………

「…………ん?」

だけど―――――いつまで立っても痛みは来ない。

怪訝に思い、間抜けな声をあげる私。
しかしてそれは胸を貫くことはなく………切っ先は寸前で止まっていた。

ガス欠かと、相手の顔を見やると……………

果てしなく目がスワった女の顔がそこに――――


――――――

NANOHA,s view ―――


「エクセリオン……ッッッ………」


通す……………

これで………トドメッ!!!


――――――

AOKO,s view ―――

ちょっといい加減にしなさいよアンタっ!!! 
そっちも仕事しろ!
何でこの私が自分がやられてる場面の解説をネチネチしなきゃいけないのよ!

盛大に目の前のコイツに不平を言ってやるが聞く耳持たず。
そうこうしてるうちに、槍の先端から盛大に不吉な気配が漂ってくる。
えもいわれぬ力がその切っ先に収束していき―――

(何考えてんのこのコ……)

悪魔かこいつは………
このまま刃を突き入れても勝てるでしょうに、まさか撃つ気? 
この距離で? 跡形もなくこちらを消し飛ばそうって魂胆?

「こんの……調子に乗りすぎ。」

冗談じゃなくてやばいわ。
何か技術とか魔力とか以前にモチベーションで負けてる気がする。

こういう時はどうすればいいか――――
私も何かこう、死んだら悲しむ人の顔でも思い浮かべてみよう。

…………………………

(あ、あれ? 爆笑してる奴の顔しか浮かばない。)

日頃の行い、か。
本気で凹む。

特にあのメガネ女なんて、私の死骸で型取って人形作るに違いない。
んで、毎晩オモチャにして遊ぶんだ。ダーツの的とかにするんだ。
それだけはマジ耐えられない。
へっへーんだ! だが、ざまーみろ!
多分、この死に方なら私の遺骸は跡形も残るまい!
型取れるもんなら取ってみろっての!
うむ! 死して悔い無し、屍拾うもの無し!

……………………………


何か――――――――


本当に腹が立ってきた。


妄想終了。
集中力が切れそうだ。
もう、これでいいや……

以上、即席にして簡単ながら死ねない理由が出来ました。

…………目の前のコイツ、むかつく。

つうことで、早々にぶちのめしてやりたいという理由が。
安いなぁ……
まあ、こんなもんでしょ。私の人生なんて。

「ねえ」

先生モードはおしまい。
私だって観音様じゃない。
自分が死んでもいいから出来の悪い生徒に教えを諭すなんてのは論外だ。

「もう、いいわよね? ぶっ飛ばしちゃっても」

―――――――反応なし。

完全に自分の世界に入っている白い娘。

さて、次の瞬間にはゼロ距離で大砲撃ってくる、この白バカをどうするかというと―――

私もそれに合わせてぶっ放す。
これで決まり。

スヴィアブレイク―――いや、もうそんな上等な術式にならないか。
さすがに詠唱が間に合わない。

無様だけど両手に集めた全魔力をただ叩きつける。
これでどれだけ相殺出来るか……
うゎ、でもコレ確実に両腕は消し飛ぶわね。
バイバイ両腕。 安心して……仇は取るから。

今、同時詠唱してるゼロ距離の三発目はギリギリ間に合う。
相手の砲撃を相殺後、右足でのスターレイ。
これを逆にゼロ距離でぶっ放す―――手加減無しでね。

「ブレイクゥゥゥゥ………」

さて……いきますか。

「聞こえてないようだけど、一つだけ言わせて」

互いの魔力がギシギシと鬩ぎ合い、折り合い――
まるで電磁波のように周囲に飛び荒んでいく。

「私ね―――キレたもん勝ちの勝負に負けた事ないの。」

「シューーーーーーーートッッッ!!!」

私は両手に集めた全魔力を相手の魔力に叩きつけ―――

そのツインテールを土星の彼方まで蹴っ飛ばす――――


――――――

――――――

超至近距離での砲撃の撃ち合い―――

胎動する互いの魔力は灼熱の白と波動の桃色。
二つの力は絡み合い、蹂躙し合い、竜巻のように上空に押し上げられ
戦場となった谷の雲高くに舞い上がる。

天高く突き立った魔力に巻き上げられた粉塵や岩砂が
渓谷全体に降り注いだのを最後に―――
景色はその、元の静けさを取り戻しつつあった。

即ちそれが――――――決着の狼煙である。


――――――

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最終更新:2010年02月27日 17:51