#1

ミッドチルダ、クラナガン近郊廃棄地区地下水道

「なによ……これ……」

それは、芸術家の個展会場か雑貨店を思わせる有様だった
家具、楽器、食器、その他用途の分からぬオブジェの様な物まである
テーマとなる素材が“解体した人体”でなければ、
その有り余る才能は高い集客率を上げただろう

「胸糞悪いなんて話じゃねぇな……」

周囲を見渡しながらのヴィータの声は必要以上に平坦だ
ティアナやギンガにしても、
我ながら良くこのおぞましさに吐かないで居られると自分で感心するほどである

彼女たちは知らない
コレそのものはただ魔術師が知人の技巧を戯れに再現したに過ぎない事を
かつて、大儀式に関わりながら其れを一顧だにせず、
享楽のままに惨劇を繰り返した殺人鬼が居たことを

唯分かるのは、これが自分達が後手にまわった結果だと言うことだ

「生き残りは……」

「今回は居らん様だな……
まぁ居たとしても殺してやった方が情けってもんだろうが」

今回はと言うことは以前乗り込んだ時には居たのだろうか?
ギンガの問いに答える大男にそう思いながら視線をめぐらせる

「……人員を動員して現場の確保と調査、それと身元確認をします」

「良いのか?
いっそ焼き払ってやった方がこやつらのためだろうて」

確かにそうかもしれない、だがこれもまた仕事である
とにかく報告をしようと空間モニターをティアナが展開したのと同時、
剣呑な目でヴィータがデバイスを構えた

「……なんか居る」

ザワザワとした空気の中、血なまぐささに混じって何かが居るのを感じる、
キャスターの呼び出した怪物だろうかと思ったが、其れとは違うと直感が告げていた

「……」

視線を左右に振っていたギンガの目が碧から金に変化する、
シューターによる明かりでは心もとないので機人モードで視界を確保するつもりのようだ

「―――っ」

短い呼気と共にゆっくりと一つのオブジェにギンガが向き直ったと同時に
その影から何かが飛び出した

「おりゃぁぁ!!」

ギンガの動きを追って振り返ったヴィータが間髪入れずにそれにアイゼンを叩き込む、
叩き落とされて転がったのは黒衣に髑髏面の男だった

「アサシン!」

「はん! 出やがったな」

一匹居たら何とやらだな、と視線を巡らす、
いつの間にか頭上に髑髏面が複数ぶら下がっている
それが全員手に短剣を構えたのを見て取って誰かが叫んだ

「全員防御!」

真上に向けてバリヤー系魔法を各々に展開した直後、ガツンと轟音と閃光が上がり
瞬間全員が耳と目を抑えた

一体何が?

混乱する中、襟首を掴まれてティアナは何かに放り込まれた、
ついで人の気配と規則的な揺れを感じ、
彼女は自分が戦車に乗せられていることを理解した

「さっさと退散するぞ、
連中の相手をするにはここはちと拙い」

目を開けた先、手綱を握ってそう言う大男の言葉にティアナは半ば反射的に頷いた
明かりが少なく遮蔽物の多いここは音も無く忍び寄る暗殺者の相手には向いていない
そして大技で周辺一体を薙ぎ払うと言う選択肢も彼女の立場上選べない

―――少なくても、ここより明るくて広い場所に出なければ

「先行します!」

ブリッツキャリバーのタイヤを唸らせてギンガが戦車の前に出る、
殿をヴィータが務め、来る時よりも物々しい陣形で引き返す

その途中、高速で飛び回る何かに気づき、
こちらに向けて飛んでくるソレに向けてギンガは拳を繰り出した

相手の移動手段は単純な跳躍によるモノである、空中に居る今かわす術は無い
―――それ故に、拳が空を切った時点でギンガの思考は一瞬漂白された

「―――え?」

目と鼻の先に髑髏面
状況を把握できずに硬直したギンガの拳の上にソレは立っていた

リィンフォースⅡやアギトと言ったユニゾンデバイスの様な、
妖精めいた可愛らしさとは真逆の意味で“小さい”ヒトガタ
音も無く腕の上を歩いてくるそのヒトガタに対し、振り落とすと言う思考が働くより先に
呆然としたギンガの顔に向けそれが腕を伸ばす

「―――っ!」

その腕が彼女の顔に触れる刹那、ヒトガタが口を開くより先に、
横合いから飛来したオレンジ色の魔力弾がソレを叩き落した

「ギンガさん!」

「ありがとうティアナ」

すれ違いざまの戦車からの援護射撃に礼を口にしながら、加速して再び戦車の前に出る
背中を嫌な汗が流れる
あれが触れていたら自分は間違いなく死んでいた

「ギギ……」

ガンッという音に後ろに目をやると、ヴィータが新たなアサシンとぶつかっていた

「おうりゃぁぁぁぁ!!」

衝突中にハンマーフォルムからラケーテンフォルムに移行し、
そのまま噴射の勢いに任せて振り回し跳ね飛ばす
飛ばされたアサシンも不安定な体勢ながら手にした短剣を投げつけて反撃に出る
その最中、そのアサシンの手元で三角形の魔法陣が閃いた

―――今のは?

見知ったそれに違和感を感じるより先に、
二つ三つと周囲から飛来した白い光球をかわすヴィータ

「ヴィータさん、今の……」

「あぁ、射撃魔法はともかくナイフを投げるときに展開してたのはベルカ式だ、
間違いねぇ」

明らかに今までは確認されなかったタイプである
と言うよりも、サーヴァントの理屈からは考えられない

「つまり、増えておると言うわけだな?」

「あれが変身魔法で化けてるので無ければ」

こちらの混乱を煽るのならその可能性もある、だが、サーヴァントはサーヴァントを知る
ライダーの見立てによるとあれは本物と見ていいらしい

「まぁとりあえず、
その辺は外に出てから考えるとしようではないか」

口調は気安く、
しかしその顔に軍略家らしい思慮深さを覗かせつつ言うライダーに同意する

あれこれ考えるにしろ何にしろひとまず外の空気を吸いたい、
でも中の危険度考えたら少なくてももう一度行かなきゃなんないんだろうな
などと思いながらティアナはデバイスのカートリッジを取り替えた




#2

ティアナたちが去った後

「ギギ……」

暗闇の中、彼女らによって蹴散らされ、倒れていたアサシン達が身を起こす

“彼ら”こそ『百の貌』、個にして群なるものと評されたハサン・サッバーハである
―――まだ多重人格と言うものが病理であると定義されていなかったその昔
一つの躯に幾つもの“同居人”を持つことは一つの能力であった

英霊の宝具とは、生前成し遂げた伝説の拡大解釈に他ならない
『妄想幻像』と言う名で呼び著されたその異能は、
霊としての格を細分化することによって個を群に変える宝具であった
無論、細分化される数が増えれば増えるほど個体の質は落ちる
サーヴァントとして最低限の実力は保有しているとは言え、
A以上のランクを持つ魔導師であれば太刀打ちは十分可能である

「それで、あれらは使い物になりそうか?」

総勢で八十にも及ぶ人格全てを正確に把握している個体は存在しない
加えて異界の俗世に触れているうちに内より新たな人格が表出しはじめており、
もはや細分化されすぎた存在は人の知性さえ持たぬものまで居る始末である

「如何とも、む―――?」

今回魔導師たちと事を構えたのもそうした“頭の悪い”個体の一人である
さてどうしたものか―――思案しようとしたものの目の前で、
影から這い出した腕に一人が貫かれていた

「魔術師の工房に長居しすぎたか―――いや……」

“自分”を貫いたのが他ならぬ“自分”たちの一人であることを見て取って、
彼らはまた新たな同胞が生まれたことを理解した

「ギギ……」

その“新たな自分”は、貫いた“自分”から心臓を引き抜くと其れを一飲みに飲み下し、
ついで首を巡らして別の固体へと目をつけた

「『妄想……心…音』」

ぎこちなく振り上げられた右腕―――細長く節くれだった体躯の中でも異常に長い
―――を伸ばし、狙い済ませた一体から心臓を引き抜き、またしても飲み下す
再び首を巡らして得物を物色し始めるそれにハサンらの何人かが身構え、
内一人、現界時点から存在する古株も手にダークを構えようとしたところで、
影から誰かが声をかけた

「喰われるモノは捨て置け、間引きにはちょうど良い」

そう言ったのはギンガを襲った小柄なハサンであった、
言う間に数人を捕食したそれは人心地が付いたのか大きく息を吐いた

「いやすまぬ、見苦しいところを見せた」

「かまわぬよ、有象無象ばかりよりは個が強い者が居たほうがよい」

ひとしきり“共食い”を終えたことで人の知性を得たのか、流暢に話す“新入り”と
とかく御主は自己改造に余念がなさそうだな、とほくそ笑む小柄な“自分”に対し、
古株の一人は恐怖にも似た何かを感じた

―――これらは“自分たち”とは違う異物ではないか?

現にこれらの個体は“かつて存在した”山の翁の奥儀をその身に宿して―――否、
“彼ら”以前にその役に任ぜられた歴代のハサンそのものである

恐ろしさに冷や汗を流しながら思い出す
その昔、“彼ら”がまだ人であった頃、
狂信の果てに過去に存在した十八の長の奇跡を、全てその身に宿した者が居た

今“自分達”の身に起きているのはそれ以上の異端ではなかろうか

宝具とは伝承の拡大解釈であり
古来より、多重人格とは憑依の類と同一視されてきたモノである
その内より“ハサン・サッバーハ”を多数作り上げてきた結果が
古の“ハサン・サッバーハ”そのものを形作りあげたと言うことだろうが、
いずれにせよ彼らには知る由も無い

「そろそろ引き揚げるか、
長居すればキャスターなり管理局なりが戻ってくるやもしれん」

状況から言っても長居するメリットは少ない、
鉢合わせて消耗するのなら、向こうが勝手にやっていればいい話である
頷くと、髑髏面たちは相次いで闇の中に消えていった


#3

聖王教会・騎士カリム執務室

「成る程―――確かにあのセイバーもまた、
私と考えて間違いないでしょうね」

通信をつないでの臨時オンライン会議で、見せられた映像にアルトリアは頷いた

『しかし何だな―――その女物の衣装はともかく、
開き直った結果があの金ぴかの猿真似というのは余としてもどうかと思うぞ?』

「征服王、その物言いは甚だ遺憾だ、
いかにまかり間違おうと私があの英雄王の模倣などありえない」

ライダーの物言いを否定する、あまりその金ぴかに良い印象が無いのか
アルトリアの顔は露骨な不快感を露にしていた

『ふん、つまりあれか、
結局お前さんの王道はどこまで行っても“理想”に他ならん訳か』

鼻を鳴らして返すライダー、
いろいろと言いたいことはあるが一先ず置いておくといった感じだ

「話はそれ位にして、それでカリム、予言のほうはどうなん?」

全員の視線がカリムに集まる、
こと予言、卜占等に対する関心はこちらより強いのか、
心なしかアルトリア達の表情も硬い

「それが……詩篇そのものはあるんだけど、
まだ解読らしい解読は出来てないの」

カリムの予言とは、『プロフェーティン・シュリフテン』と呼ばれる希少技能で、
最短で半年、最長で数年先の未来を詩文形式で書き出すと言う形をとるものである
ただし、ミッド上空の二つの月の波長が合わないと使えない為、
出来るのは一年に一度だけ、
しかも自動筆記で詩文の内容は本人の意思とは無関係なうえに書式は古代ベルカ語、
つまり書きあがったものを四苦八苦しながら訳すほか無い上に、
その内容が期待できるものとは限らないのである

それでも予言される出来事自体は本物ということもあり、
時空管理局でも内容の解読を行い、その内容を関係各所に公開している
ただし、古代ベルカ語自体の解釈は千差万別であり、
誤訳を含め、その信憑性は“割りとよく当たる占い”の域を出ない為、
本格的に解読、翻訳が行われるようになったのは三年前のJS事件以降なのが実情だった

とりあえずミッド語に仮翻訳したものを見せてもらう事にする
事件の内容が内容だけに、ライダー等の方が何か気づくことが有るかもしれない

「えっと、何々―――」

―――体は剣で出来ている

血潮は鉄で、心は硝子

幾たびの戦場を越えて不敗

ただの一度も敗走は無く、ただの一度も理解されない

かの者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う

故にその生涯に意味は無く

その体は、きっと剣で出来ていた―――

なんやこれ? とはやてが首を傾げる、
詩文の内容はどうにも予言ではない別の何かを書いている気がする
解釈が進まないのもその違和感が原因だろうか

「あぁ―――なるほどな」

一通り、詩文に目を通してランサーが鼻を鳴らし、
なにやら思い当たる節があるらしく、アルトリアも眉間に皺を寄せる

「マザーカリム、恐らくこの詩文をどう解釈したところで意味はありません、
これは―――予言とは別のものです」

「心当たりがあるの?」

「まぁな、
今まで確認されたサーヴァントの中にアーチャーは居たか?」

居ただろうか?
アルトリアとランサーの言葉に首を傾げる、
呼び出した資料にも弓兵とされるサーヴァントの表示は無い

『おったぞ、但し―――』

「第四次聖杯戦争のアーチャーが、という訳だな征服王?」

アルトリアの問いに頷くライダー、
教会が騒動になっている間に遭遇したらしい

『オッサンが言ってるのはこいつのことか?』

モニターの向こうでヴィータが何かを操作し、
ややあって画面に一人の少年が表示される

「ギンガの報告にあったランサーさんの宝具と同じ槍を持っていたって言う少年だね」

なのはがキーを操作すると、
“記録:ギンガ・ナカジマ”と言う表示と共に黄色い短槍と
少年に関するいくつかの情報が追加で表示される
とはいえ弓兵かと問われれば首を傾げるデータばかりであるが

「随分縮みやがって、相変わらず何でもありだなあの野郎」

憮然と言いながら、こいつは脇に置いてだなと、モニターの画像を払いのけるランサー
今は関係無いと言う訳だろう

「しかし―――予言でこんなものが出てくるとなると
あまりありがたくはねぇな」

「確かに、彼が“本来の役割”に従って現界することは絶対に避けなくては」

顔を見合わせてアルトリアとランサーが頷く
どうやら彼らが言う方のアーチャーの“本来の役割”と言うのは忌避すべきもののようだ

『おい騎士王、その弓兵ひょっとして守護者なのか?』

だとすれば“本来の役割”で現れるのはごめんこうむりたいわなぁ
と、二人のやり取りから事情を察したのか一人で勝手に納得するライダー

『何だよその守護者って?
名前聞いた感じだとマズイもんには聞こえねーけど』

ヴィータの疑問はもっともである、
守護者―――護る者が現れるのを避けるとはどういうことか

「確かにそうですが、守護者と言っても人の為の守護者ではないのです」

『“人という種の守護者”ではあるがな』

「それは同じではないのですか?」

「違うな、騎士カリム、
“人類を護る”と言うだけなら個人の都合など関係あるまい」

黙って話を聞いていたユスティーツアがカリムの疑問を否定する

「外科手術にでも例えれば分かりやすいか―――
あれは治療と言うが実のところ患部を切り捨てているだけだろう、つまり」

人類全体を護るために“滅びの原因となるモノ”をその周囲のものごと滅ぼす
其れが守護者と言う存在

「そう言う訳だ、
―――ここまで“世界”ってものの認識が広がっちまった形だと、
星の一つや二つ滅びるかもな」

ある程度次元世界に関する知識を持っているのかランサーが言う、
仮に守護者が現界するとなれば、それは“次元世界”全体を滅びから救うためになる
全体の滅びを回避するために個々の世界が滅ぼされる危険性は十分ある

「一気に話の規模がでかなってしもたな、これは……」

「ロストロギアの暴走が星のひとつくらい吹き飛ばすのは今に始まった事じゃないよ
そういう意味では、やっといつも通りになったって事かな」

引きつった顔を浮かべるはやてにわざとらしく不敵な発言で応じるなのは
武官の心得を分かっておるなぁと、
征服王のなのはを見る目が変わったことに気づき、ヴィータが隣で眉を顰めた

「いずれにせよ、解決は早いほうがよさそうですね、
―――そう言えば、聖杯そのものは確認されているのですか?」

「そう言えばそんな報告は聞いてないね、
まだ本格的に稼動していないのかな?」

サーヴァント事件そのものはロストロギア『カレイドスコープ』による上、
個々のサーヴァント自体の魔力反応は別々である為、
関連付けられるような魔力反応の特定は難しい状態である

『すいません、発言いいですか』

追加されたモニターに映った青年が、手を上げる
アルバート・グランセニック、『カレイドスコープ』に関わってこの時代に飛ばされた
平たく言えば未来人である

『俺らの時代で『カレイドスコープ』の本体があった無人世界―――
アレを調べてみるのは?』

アルバートの意見に頷く、
現状起きているのは『カレイドスコープ』の端末による事件だ、
ならば『本体』を調べるのが早いと言うのは一つの真理だろう

「それは此方でやっておこう、
それよりも―――大本の聖杯とやらを探した方がいいのではないか?」

大掛かりな調査となれば人手が居るし、本局に次元艦の手配をするには手間がかかる
本人に含むところはあるがユスティーツアの申し出を断る理由は特に無い
そうなれば―――

「大本の聖杯か、地球のどの辺りにあるのかな?」

空間モニターに地球儀が表示される、
何度か聖杯戦争のシステムについては聞いたが、そもそもの開催地は聞いていない
儀式の系統からして欧州だとは思うが

「そうですね―――」

表示をまわしながら問うなのはに答えアルトリアが口を開く
直後、口にした街の名に何人かが目を丸くした

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最終更新:2010年04月01日 01:32