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相手の突撃に合わせてグラウンダーの低空飛行で地面スレスレを潜りながら、フェイトは槍兵の足元をサイスにて狙う。
決して正面からはぶつからない。この男とまともに切り結んだら潰されるだけだ。
小さな跳躍でそれを透かし、刺突を飛ばそうとする槍兵。
だが上空三方向から牽制の矢を降らせ、敵の攻め手を殺ぐ魔導士。
男が射撃を弾いた一瞬の間でフェイトはミドルレンジにまで後退。
三日月の刃――中距離射出魔法・ハーケンセイバーをデバイスの先端から飛ばす。

(これは多分、避けられる……けどっ!)

それを追いかけるように飛翔する黒衣。腰の燕尾が突風ではためく。
美しいムーンサルトの機動を描き、常に死角へ死角へと回り込むフェイト。

その逃げていく金の髪をどこまでも執拗に追いかけるランサー。赤き魔槍の連突も激烈さを増す。
セオリー通りだが丁寧に、着実に組み立てられた歯切れの良い攻めを続けるフェイトに対し
常人ならば影すら見えないその軌跡を見切り、男は徐々に魔導士を追い詰めていく。

(さすが……なら、これで!)

空中で回転し、その遠心力でデバイスをアッパースイング気味にランサーに叩き付ける。
それはサイスの時には感じなかった凄まじい重さを持つ戦斧の一撃だ。

「む……!?」

間を詰めようとした男が重い一撃で後方に半歩下がる。
状況に応じて変化する武器が攻防においてこれほどに有効に作用するとは――
彼女の機動力も相まってまるで別の武器を持った何人もの敵を相手にするようだ。
当然、持ち主にピーキーな技量を要求するマルチウェポンは
フェイトを主とするならば何の不足もない性能を発揮する。

「ロックオン……バルディッシュ!!」

間髪を入れずに大砲の砲身を相手に向けるフェイト。
男に命中させるのは困難だろう。しかし―――その背後、

「!! おいライダー! 避けられるなら避けな!」

「――――、!」

男が炎の騎士と力比べをしていたライダーに向けて叫ぶ。

「サンダースマッシャー!!」

と同時に放たれたサンダースマッシャー。
同時ロックオンによる砲撃が同一軸線上に並んだサーヴァント二人を薙ぎ払う。
一人は中空。一人は必死に身をよじり、金の濁流から命辛々身をかわす。
濛々と立ち込める土煙と周囲を焦がす雷の残滓。バチバチと電磁波が乱れ飛ぶ。
必殺の雷撃が薙いだ刻印を大地に刻み付けるその矢先――

「おおおおっ!!」

「―――、!」

支えを失い宙に浮いたライダーを踏み止まらせるものはもはや無い。
捕らえられた右手ごとシグナムに振り回されるライダー。
その肉体が数回転ほど宙を彷徨い――

「、―――ッッ!」

勢い良く地面に叩き付けられる。
ゴシャァッッ、と鈍い音が辺りに木霊し、地面をバウンドして滑るその体。
衝撃に声の無い苦悶を漏らすライダー。紫の髪が泥に塗れ、無様に這ったその横で――

「おかえり。」

「…………」

槍のサーヴァントがばつの悪そうな顔で佇んでいた。

「……成果は無しですか。口だけ男。」

「―――――俺もなまったもんだぜ。」

それは千載一遇のチャンスにも関わらず
それを生かせず再び合流した事に対する苦笑いであろう。
圧倒的不利な状況へと逆戻り。後ろ手に頭をボリボリと掻くランサー。
ゴール直前で振り出しに戻る双六のやるせなさを存分に感じ取れる瞬間だった。

敵も上手い。こちらの不仲、コンビネーションの欠落を見抜き
決してばらけないように戦場をコントロールしている。
その確実さ、堅牢さはサーヴァントを以ってしても突破口を見出せない。

「どうにもならんな。いよいよ持ってジリ貧か…」

空中でこちらを包囲するように旋回する赤と金色の軌跡。見上げて男が呟く。
まるで意志を持った流星のように空に尾を引いて飛ぶ相手の何と華麗で力強い事か。
槍兵がいよいよいちかばちかの覚悟を決め、騎兵が何とか窮地を脱出しようと画策し――

Last assault 4分経過 ―――


追い詰められているのはサーヴァント。
しかして背水の陣を敷いたのは――

じりじりと相手を攻め立てながら「時限付き」の攻勢を消化していく魔導士と騎士。

焼け付く体内を推しての戦いはなお続く。
圧倒的火力で捻じ伏せに行き、退路を断って撃ちまくり――


―――しかし未だに決定打を奪えない。


牽制は意味を成さず、大きいのを放っても悉く空を切る。
ならその上を―――回避の余地の無い、それでいて必殺の一撃を持ってこなければ彼らを倒せない。

上空、フェイトとシグナムが短いアイコンタクトを交わし、再び英霊たちに襲い掛かる。
彼女らに残された時間はあと6分足らず。
それまでに―――それまでに敵を沈黙させねば……


――――――

「提案があります。」

「あとにしろ。」

聖杯戦争に招聘されたサーヴァントである――ランサーとライダー。

神話において数々の伝説を持つ両者……であったのだが
この戦いはそもそも伝説とかいう前に初歩的な部分で蹴つまづきがあった。
言うまでもなくチーム戦では個々の能力よりもパートナーとの相性が重要となってくる。

故に思う―――
やはりというか予想通りというか―――
つくづく相性が悪すぎる、と。

敵同士とはいえ火急の事態で共闘を余儀なくされるケースは決して少なくはない。
先ほどまで本気で殺し合っていた者同士が新たな敵に対して見事な連携を見せて戦う。
戦場においてそういった光景は珍しくはない。
例えるならばここではないどこか――
直前まで剣を交えていた騎士と魔導士が意気投合して強大な王と対峙したように。

しかしながら二人は思う。
こいつとは……どんなに戦いを通じても―――駄目だろうな、と。

「提案があります。」

「うるせえな! 今忙しいんだよ! さっさと言え!」

「では言います。これでは埒があかない。
 死ぬほど嫌ですが貴方に私と協力する権利を与えましょう。
 何とかして彼女らを分断し、一対一へと持っていく手助けをしなさい。」

「オマエな……脳みそ湧いてんのか?
 第一、協力などせんでも……うおっとぉ!」

頭上を通り過ぎていく火竜の尾を屈んで交わす二人。
背中の肉が焼け焦げて削れる。
もう―――長くは持ちそうにない。

「協力などせんでもお前がどっか行きゃ済む話じゃねえのか?」

「済みませんよ。フェイトの射撃は明らかに私と貴方を離脱させまいと放たれています。
 どうやら向こうは我々が敵同士だと気づいているようですね。
 袋の鼠は一緒に叩く――彼女らは実によく分かっている。」

目の前であれほどの不仲を演じたのだ。
こちらの内情など既に知られていて当然である。

「感心してる場合か阿呆!
 敵の思惑が分かっていながらこっちは足を引っ張り合って何も出来ねえ。
 これじゃネズミ以下だぜ……俺たちは。」

「このままでは二人揃ってここで倒されますね。
 サーヴァントが文字通り雁首を揃えて敗北――
 初戦敗退の不名誉と相成って後世に恥を残す事に。」

「………」

自嘲気味のライダーの言葉が胸に刺さる。
流石にそいつはいただけない。
英霊と言っても千差万別個人差はあるがそれでも彼らには一様に誇りがある。
召還された自分が取るに足らないサーヴァントだったなどという不名誉は彼らにとっては耐え難く――
そんな無様な結果を残したくないという感情は全サーヴァント共通の本能のようなもの。

「………一回だ。
 ……一回だけ協力してやる。」

このままでは宝具さえ満足に使わぬままに自分たちは討ち取られてしまうだろう。
こいつの前で隙を見せてたまるかと互いの顔に書いてある通り
宝具はそれを放出した瞬間、彼らに大きな隙を生じさせてしまう。
隣にいればその隙に乗じて相手を刈り取る事など容易い。ことにサーヴァントなら尚更だ。
故にその警戒をどうしても捨てきれない時点で―――このチームの敗退は初めから決まっていたのだ。

「決まりですね――私はあの金色の娘の相手をします。
 文句は無いでしょう?」

「好きにしな。こちらも好都合だ。」

鉄の結束を見せるライトニングの二人に対してのハンデ戦。
今にも止めを刺されそうになって、ようやく精一杯の譲歩を見せた両者にインスタントな絆が芽生える。
期間限定で心を通わせる即席コンビがこの差し迫った状況に何を齎すのか――
ともあれ相変わらずの機動力を生かして飛来する騎士と魔導士に、同時に照準を合わせたのがこの瞬間――

「おらっ! 今だ!」

相変わらず間断なく降らせられる剣撃の雨あられ。
触れれば即、体のどこかを持っていかれる苛烈な攻撃を掻い潜り
その中の一撃を選んでまずはライダーがアクションを起こす。

シグナムの横薙ぎを避け損ない、紫の肢体が無様にきりもみ状に吹き飛ばされた。
相手の攻撃によって宙に浮かされ――ついに捕らえた騎士の剛剣が強敵の片翼をなぎ払っていたのだ。

「―――、」

否、そう見せかけて―――自分で飛んだ。

重爆撃のような衝撃に逆らわず
身を預けるように宙に浮いたライダー。
その彼女に向かって槍の男が駆ける!

「……!?」

一足飛びで騎兵に肉迫する蒼い肢体。
上空、騎士と魔導士の顔色が変わる。
今までとは違う動き、違うリズム。
何より互いに敬遠し合っていた相手が初めてその呼吸を合わせたのだ。

無様に飛ばされた筈のライダーがそれを見越したかのように反応。
自在に空中で姿勢を変え、駆けつける槍兵に両足を向ける。

「飛ぉべぇぇッッ!!!!!!!」

空中で吸い込まれるかのように合身した両サーヴァント。
ランサーの飛び蹴りが突き出したライダーの足に炸裂!
両雄の足の裏側―――蹴り足が見事に重なりミシミシ、と音を立ててめり込む。

その接地面に何キロ……いや何トンの衝撃がかかっている事か。
やがてその恩恵を受けたライダーの身体が
ピストンで打ち出された弾丸のように暴発じみた速度で――打ち出されるっ!

「なっ!?」

爆発的な加速で射出された騎兵の髪が尾を引いて流れ星のように宙に軌跡を描く。
だがその様を、場で視認出来たものはいない。
二人の英霊の脚力によって齎されたロケットじみた初速、加速は当然のように視認不可能。
今の執務官をも遥かに超えた速度にて一瞬で空の相手の間合いを犯したライダーが――己が獲物に組み付かんと迫る。

それはニ敵を射抜く見事な軌道。
強力なサーヴァント達が初めてチームとして機能した結果だった。
先ほどライダーに阻止されなれば実現したかも知れないゲイボルクの軌跡が
皮肉にも邪魔した本人を砲弾としての投擲にて再現される。
改めて空の敵を射殺そうと放たれたあれこそ本当の紫電の煌きというものだろう。
ライトニングの二人をして、相手のこの即興のコンビネーションは計算していなかった。
いなかったが故に―――回避が間に合わない!

「ぐ、あっ!?」

<シグナム…!? うわぁ!??>

薄紫の髪をはためかせて空を切り裂く騎兵ミサイルがまずはシグナムに追突し
あの重厚な空の騎士をあっさりと吹き飛ばす。
高熱で形成される四枚の羽の一枚を難なくぶち砕かれ、バランスを崩して墜落状態に陥る将。
きりもみしながら地面に激突しそうになり必死でリカバーする。
だが意識の大半を持っていかれるほどの衝撃は彼女に瞬時の戦前復帰を許さない。
そしてシグナムを抜いた騎兵が真に狙うは――

「貴方ですよ――――フェイトッ!!」

後方の司令塔フェイトテスタロッサハラオウンに他ならない!
敵のまさかのアクションに圧倒的に反応が遅れたのは彼女も同じ。
ソニックでの上方への回避行動を辛うじて行えただけでも魔導士の埒外の反射・行動速度を褒めるべきだろう。

紫と黒が光の速さを彷彿とするかのように交錯。
一瞬で頭上へと上昇した魔導士が、あっ!?と息を呑んだ時には――
既に相手が思うままの成果を得た後だという事に気づかされていた。

「っ!」

体の中心をブチ抜かれる最悪の結果は何とか回避した。
だがジャラリ、と……右足に生じた違和感。
それはすぐに忌わしき毒蜘蛛の縛鎖が足首に巻きついているという事実を認識させる。
アンタッチャブルの領域に達していた執務官が英霊のコンビネーションによって犯された瞬間だった。

捕まる=捻り潰される―――それが今の自分の仕様。
罠にかかった猫の如く、ほとんど反射的に最大出力で空中に舞い上がるフェイト。

(ここで撃墜されたら全てが台無しになる…!)

バックアップを失った前衛では、あの速い相手を時間内に仕留められる確率は五分以下に落ち込んでしまうだろう。

Last assault 5分経過 ―――

雷光がライダーを振り剥がすべく、最大全速にて雲を突き抜け離陸した。


――――――

「……ナイスショットってやつか。」

瞬く間に視界から消えていった金色と紫の残光を遠目に見つめて男が呟く。

「さて。これでようやっと二人きりだ。」

「…………」

色々と苦労した。
だがその甲斐あって男は再び己が望む戦いに戻って来た。
邪魔者の入らぬ強敵との一騎打ちこそ武人の華。
この槍を向けるに相応しい相手との邂逅を再び果たしたのだ。

深く傷ついたその身は人間ならばとうに致命傷――到底戦える身体ではないだろう。
十全には程遠いコンディションだが、あの雷の援護さえなければ戦いにはなる。
既に切れるカードはほとんど無い。しかし両の手は健在で両の足がまだ動く。
そして一振りの刃がその手にあればそれは万全と同じ事。
彼の戦が終わる要因など何一つとしてありはしない。

打ち倒される前にこの槍を叩き込めるか否か――要はそれだけだ。
これぞ戦――これぞ一騎打ちの醍醐味。
ビリビリと身を震わせる緊張感と共に決死の戦場に赴くその背中に後退の意思などは微塵も無い。

<舐めやがって……大した自信だぜ。
 あんなザマでまさか勝てると思ってんのか?>

「アギト……ぬかるな。」

<ああ! ぶっ潰す!>

そんな男に対し己が支配する炎熱の空にて悠然と構えるベルカの騎士。
体内が過剰出力によって蝕まれていく苦痛などその顔におくびにも出さない。

「出来れば二人纏めて倒しておきたかったが……虫の良すぎる話だったか。」

目の前の男――己が最強と信じて疑わぬその眼を見据えて呟く。
戦場にて背中に下りた死神をも跳ね除ける強さと傲慢さを称えたその風貌には、同時に歓喜の色も伺えた。

そう――嬉しいのだ。
愉しくて愉しくて仕方が無いのだ。
本当に強い相手を前にすると笑いが込み上げてくる。
その手の人種の―――持って生まれた性。
その想いを理解できてしまうのも彼女が男と同類の個体であるが故。

「元より決死の覚悟でなくては倒せない相手だ……行くぞ!!」

<了解だロード! 本当に強いのはどっちか見せてやるぜ!>

何にせよ半死の男を前に剣を淀めていては剣の騎士の名折れであろう。
凝縮に凝縮を重ねた時間が彼女に与えられたリミットの半分を消費した事を知らせた瞬間――

「来なッッ!!」

「応っ!!」

ランサーの怒声に反応するかのように
爆ぜた中空の炎を纏いてシグナムは男に襲い掛かった。

Last assault 残り時間は―――


――――――

それはさながら黄色の蛍光ペンで思うがままに描いた子供の落書き――

天空に浮かび上がった文様は偏に見た人間がそう表現するしかない
歪な光の残滓によって形成されたスケッチブックであった。

魔導士が宙空にて最大全速で金色の魔力光を振り乱し、狂ったように飛び続ける。
敵――サーヴァントライダーを振り払うために我武者羅に。
その足首を女怪にしかと掴まれている。凄まじい握力によってミシミシとフェイトの足甲に魔の爪が食い込む。

―――あっという間の出来事だった。

足に鎖を繋がれたフェイトが上空で何とか敵を振り放そうと
飛びながら追随してくる相手に射撃魔法を撃ちまくる。
だが宙で行動を制限されているにも関わらず、魔道士の一斉射撃がライダーの肉体を捕らえる事はなかった。
それは一つに相手の埒外の身のこなしによるものだ。
体操選手のように体の捻りや遠心力を駆使して空中で姿勢制御や軌道変更を行うのは不可能な事ではない。
その長髪が身体を捻る度にゆらゆらと揺れ、まるで揚力を意のままに操る魔術師のように宙を舞う。
重力にその身を縛られているにも関わらず、魔導士の射撃の照準から逃れ、回避する離れ業。
全サーヴァント中もっとも空中戦の得意なライダーであるが故に可能にした彼女なりの飛翔術。
空戦魔道士相手にそれを常々行う事は不可能であろう。だがここ一発――
一度限りの意表をつくくらいにはこの騎兵の空に対する地形対応は決して低くは無い。
そしてもう一つ――

「なまくら―――デウスの雷を思わせる手管ももはや見る影もありませんね。」

「くっ………!」

そう、本来圧倒的有利な空戦においてフェイトが飛べない相手を撃ち損じる筈が無い。

――――――精度が、落ちてきている。
そう、それは魔導士当人の抱える問題が起こした結果に他ならない。
当然だ。サーヴァントの苛烈な攻撃に晒され続けながらもうどれほどに全力で動き回ったか。
人間が全開で動ける時間は驚くほど短い。
それは魔力補助を受けた体であっても例外ではなく
折れかかったアバラや左腕の痛みは今や痺れに変わってきている。
全身に刻まれた傷跡は治癒魔法が鎮痛の役目も果たせぬほどに体の芯にまで行き渡り
かざした手すらガクガクと震えて照準が定まらない。
ガタの来た精密機械ほど当てにならないものはない。
シグナムの危惧した通り、もはやフェイトの戦力は通常の全開状態と比べて半分以下にまで落ち込んでしまっていたのだ。
故に毒蜘蛛が足に巻き付けた糸を凄まじい速さでよじ登ってくるのを全く防げぬままに――
魔導士は再び絶体絶命の窮地に陥ってしまう。

「このっ………はぁッ!」

無軌道に狂ったように飛び続けるその姿は普段のエリート執務官からは想像もつかないほどにラフで乱雑。
もっとも死神の爪が己が足に手をかけているのだ。もはや格好など気にしていられない。
不自然な体勢から彼女は黄金の刀身で足元をなぎ払う。

「―――、!」

―――そして形振り構っていられないのはライダーも同じ。
音速を遥かに超えた飛翔に食いつく右手はまさに藁をも掴む思いで掌握した愛しき獲物の右足だ。
逃がさない………絶対に。上下左右に飛び狂う遠心力。
Gによってミチミチと軋む腕の第二第三間接の限界をほぼ無視し、魔導士の焦りの反撃を顔を付して待つ。

(―――、!)

果たしてそれは遠くないうちに訪れる。
精彩を欠く斬撃が頭上から振り下ろされた。そのサイスの刀身を―――

「あっ!?」

驚愕するフェイト。
ドシュッッ――!!という鈍い、りんごを串刺すような音が響き
その視界に移ったのは何と……光の刃を掌で受け止めた紫の女怪の姿!
刃は彼女の手の平を完全に突き破り、鮮血を空に撒き散らす。
だが彼女の手の肉を貫通した刃の根元――バルディッシュの核の部分をしかと握り締めたライダー。
その壮絶な笑みを自身の血が紅く染め上げる。
その壮絶な光景に蒼白になるフェイト。そんな彼女が一瞬、硬直した間をも逃さない。
魔導士の体を片腕で毒虫の如く攀じ登り、一気に這い上がる騎兵。

(し、しまったッ!)

蟷螂や蜘蛛が蝶を捕獲し、止めを刺す光景。
それを己が肉体で演じる事になったフェイトの心中はいかなるものか。
しなやかな太腿をフェイトの胴に絡ませて強烈にロックし、ギリギリと締め上げるライダー。
まるで大蛇の抱擁――魔導士の喉の奥から声にならない悲鳴が漏れる。
ほとんど用を成さなくなったとはいえBJの恩恵が無くば一瞬で絞め殺されていただろう。
ギリっと歯を食いしばるフェイトの直上、騎兵のもう片方の腕に握られる尖突の短剣が翻る!
狙いは頭部か―――頚動脈ッ! いずれに被弾しても一撃で終わる急所だ!
反射的にほとんど動かなくなった左手の神経に魔力を叩き込み、首から上をカバー!

「っ……ああッ!!!」

その赤い手甲に刃が突き刺さり、フェイトの腕に凄まじい激痛が走る。
左腕を貫かれたのだと思い至る余裕も無い。
宙で絡み合う二人の美貌の戦士による仕留めるか逃れるかの決死の戦いは続く。

「はぁ、……は、……はぁ、……ッ」

「――――しぶとい。
 漁師が巨大な鯨を水揚げする時の気持ちとはきっとこういうものなのでしょうね。」

「は、……く、鯨なんて……狙う漁師は現代にはほとんどいない…!」

「そうですか。いえ、前に読んだ本にそういう物語があったものですから。」

美しき捕食者が蝶を仕留めんと上から覆い被さる。
互いの得物を互いの腕で寸止め、絡ませ、
両手は塞がれたままに組み付いて飛ぶ二人の女神。

その金と紫の髪が中空で絡み合って溶け合う様はイソギンチャクの交わいのように妖艶で
息のかかるほどに接近した両者の息遣いは双方共に荒く乱れ、必死の形相を互いに隠そうともしない。
腕力・体力ならば圧倒的にライダーが上だ。だが明らかにフェイトよりも消耗の度合いでは勝っている。
それに加え、なにぶん上下左右に揺れ動くGが邪魔をして力を発揮出来ない。

(ここまで来て……ファイト一発、ですよ私。)

緊張感の無い、どこぞのTVCMの文句を心の中で口ずさむ騎兵。
普段は見せぬ芸風が彼女のいっぱいいっぱいぶりを存分に表している。
だが血が足りない。魔力が足りない。眼前に相手の肉体を見据えて両手両足は塞がれている。

(これでは互いに攻め手がない―――ここは一つ。)

獲物を捕らえたはいいが八方塞がりのこの状況で何かを思い立つライダー。

(……く、来る!)

相手の息使いから、敵が何らかのアクションを仕掛けてくる事を察知したフェイト。その身が固くなる。
四肢を押さえ込まれた状況では魔導士に取れる行動などほとんど無い。
相手の束縛が緩んだ瞬間、アーマーバーストで吹き飛ばすのが最善だが――
最小のBJしか纏っていない自分のパージで果たして相手を吹き飛ばせる出力を得られるのか?
絶体絶命の状況に冷たい汗が全身から滴り落ち――

「ひゃっ!???」

その右腕に生じた異なる感覚に思わず黄色い声を出してしまう。

「………!!!?????」

高速CPUの如く回り続ける思考に割り込んできたバグのようなソレ。
目を白黒させたフェイトが目の前の相手を見る。

「な、何を…して……?」

すると唖然とする彼女の目前。
ライダーがこちらの貫かれた左腕から滴り落ちる血に口付けをして――舌を―――這わせていた…

「まあ斃してからいただくのといただいてから斃すの違いですから。」

艶かしく動く紫色の唇から這い出るように蠢く舌。
それがチロチロと――フェイトの手甲の下の傷口を掻き分け、まさぐる。

「っ…!!??」

強烈な悪寒に支配されるその全身。
戦闘の最中だというのに思考が凍結し、状況を完全に失念。
自身の腕に吸い付くライダーのどこかうっとりと上気した表情を眼下に見据え
絶世の美貌を持つ相手のこの妖艶なる所業を不覚にも数秒間、許すがままに硬直してしまうフェイト。

「面倒です。止めと補給を同時に済ませましょう――」

自分が何をされているのか――
どういう状況なのか――
ここまではっきりとした意思表示をされても――
フェイトは相手がこちらに顔を近づけてくるその瞬間まで「それ」を理解出来なかった。

女の甘く、甘美な香りが魔導士の鼻腔をくすぐる。
全身がマヒしているのは傷口から浸透してくるこの騎兵の何らかの媚薬めいたモノによる作用か。
そういえば聞いた事がある――捕食者の甘き毒は獲物を弛緩させ麻痺させる効能があると。

捕食者――捕食………?

極度の疲労も手伝い、得体の知れぬ脱力感に沈みそうになるフェイトの心胆。
それを無理やり引き起こしたのは、その言葉の持つ猛烈な嫌悪と寒気を称えた響き。
下腹部から競り上がってくるおぞましい感覚と、魂まで犯されていくような恍惚感が彼女の中で鬩ぎ合う。
敵の美貌に称えられた、今は隠された両の瞳は―――

ああ、そうか……
ようやっと分かった。
比喩でも何でもなく――

本当に―――

――― この人、私を食べる気なんだ…… ―――

両の瞳はきっと―――獲物を飲み込む時の鰐とか鮫とかの目と同じように
獰猛で冷たい光を放っているのだろうとはっきり分かってしまう。

「!!!!」

冷水を浴びせ掛けられたように強制的に覚醒した魔導士。
その眼前、口元に二本の鋭い牙を除かせた化生の相貌がフェイトに迫る。
接吻をする時のように角度を少しずらして騎兵の口喉が向かう先には自分の頚動脈が――

その恐怖は今までフェイトが味わった事の無いものだった。
戦場で敵と刃を交える恐怖ならば彼女はとうに克服している。
ならばそれは生物が当たり前のように抱く本能に根差した恐怖――

「あ……ッ!?」

食物連鎖の下になった瞬間――
捕食される、ということ―――

「は………」

もがき、暴れようとする魔導士の肢体は既に押さえつけられていて首から下は動けない。

怖い――恐い――慄い――

ゆっくりと迫る毒牙が凶暴な光を放って迫り来るのに何も出来ない。

やめろ――やめろ――やめろ――

空を切るようにバタつかせる足は
完全に密着した敵の身体を蹴り上げる役目すら担えない。

フォトンランサー、バリアバースト、ソニックインパクト――

一度、動揺して乱れた思考が織り成すあらゆる術式は
この状況にとても間に合わない。

「はっっっ………ッ!」

わななく唇が、震える手足が、見開かれた両目が――
相手から離れようと仰け反り続けた上半身が未だ味わった事のない恐慌と共に――

「離れろーーーーーーっ!」

爆発する感情を吐露した悲鳴となって場に響き――

ごむっっっっ!!!!!!

、という―――

………形容し難い鈍い音が中天に響き渡るのだった。


Last assault 残り、―――