omake 1 ―――

「――――時に端女。一つ言っておく事がある」

「……何? あと端女じゃないよ。」

時間は少し巻き戻り―――
二人の釣王が肩を並べて、無人の野でやりたい放題していた時の
これはとある一シーン。

「娘に毎日、キャラメルミルクを飲ませているそうだな?」

「……ヴィヴィオに聞いたんだ。……それがどうしたの?」

不意にかけられる男の言に、些かつっけんどんに答える魔導士である。
普段の彼女より当社比数%ほど不躾な返事は、彼女が完全に怒ってらっしゃる事の証明だ。
肩は怒りで競り上がっていてまるで外敵を威嚇する猫のよう。

―― 9回裏だと思ったから全力出したのに実は1回表でした(笑) ――

こんな事を言われればどんな温厚な人でも怒るだろう。
スポーツマンシップもへったくれもない。
今時、子供でも使わないやり口だ。

「ヴィヴィオが糖尿病になる―――やめよ。」

「……ちゃんと糖分計算はしてるから。」

何を言い出すかと思えば―――寝言に耳を貸すいわれもない。
基本的に誰とでも辛抱強く付き合える彼女である。
だが流石にイカサマ男と話す舌などは持ちあわせてはいないという事だ。
そんな彼女のにべもない態度に少なくとも表面上はさして気分を害した様子も無く
ズンズンと歩いて行く英雄王。
それに対してべーっと舌を出すなのはだったが、一方その思考の冷静な部分で魔導士は――

(―― この人、本当に子供は好きなんだ… ――)

などと考えていた。
信じられない事だがその一点だけは疑いようもないようだ。

「………あの、さ」

「何だ」

「もし……」

傍若無人で冷酷で
救い様の無いほどに不遜で
何度と無く刃を打ち重ねた最強の英霊。

でも、そうだ……
もし出会ったのが「自分」でなくもっと幼かった時の自分――
子供のころの自分であったなら、高町なのはとこの男は――

良好な関係を築けていたのだろうか?

……………………

などという妄想が、ふとなのはの頭を過ぎったのである。


――――――

むかしむかし――
幼くて何も出来なかった非力な少女がいました。

そんな少女がふとある日
一人のおうさまとの出会いを果たしました。

その人の大きな黄金の背中の後ろを何の気なしに一生懸命
トコトコついていくのが日課になりました。

出会った場所は翠屋――
きっかけは少年ジャンプとシュークリーム。
とってもえらそうなおうさまだなと子供心に感想を抱きました。

でも、おうさまとの他愛の無いお喋りは信じられないほどにスムーズで自然で――
ヴィヴィオの件でもそうですが、このおうさまは自分に逆らわない
自分を恐れず素直に接してくる子供にはとことん寛大でした。

だから無邪気に何の臆面も無い子供の頃に出会っていたのなら――

大人になった時、そのおうさまと少女はたとえ関係が敵同士であったとしても
戦う事なんてなかったんじゃないかと、そんな気がするのです。


―――――――

………………
………………
………………

「え………………っ!?」

――――そんなユメを幻視した


「……………え、う、?」

白昼夢から現実に引き戻され、ガマガエルのようなみっともない呻き声と共に唖然とする高町なのはである。

(な……何。今の?)

ぶんぶんと頭を振る。 何でこんな妄想――?
ちょっとした「If」を思い描くつもりが即興でこんなに具体的に鮮明に思い描けてしまった。
驚嘆の意を隠せない。こんな事が果たしてあるのだろうか――?
奇妙に歯痒い思いに身を支配され、全身で身震いする彼女。
これは、ひょっとしてデジャブとかそういう感じのものではないだろうか?

まさか、そんなバカな…? 幾らなんでも……そんな事。

温かい関係を彼と築ける? 子供の頃の自分だったなら――? 本当に――?

……………
……………

未だ男に対する闘志は衰えていない彼女。
白黒はっきりつけようと飛び出したのだから当然だ。
今更、後に引ける筈が無いないだろう。
だがしかし――彼女は今にして
闘志とは裏腹の全く相反する思いを胸に抱くに至る。

でもどれだけ思い巡ろうと
その思いが真理に到達する事は無い。
それを構築するユメには、根本となる部分が抜けていたから。

だからそれは「自分」には決して思い出せないIF――
それはもう何の意味も為さない「もしも」――
あったかくて、でも悲しい妄想――――

それはやっぱり「有り得ない」事だから。
だって自分は今、彼の「後ろ」ではなく「隣」にいる。
肩を並べて競う位置にある。

一人の戦士として彼と出会ってしまった「自分」は
もう決してこの男の後ろは歩かない――――歩けない。

子供の頃の「自分」は物心付いてから――とある出来事を境に
何も出来ない事を呪い、無力な「高町なのは」を忌むべき存在として嫌う事になった。
頑なに皆のためになりたい。そのための力を求めた。
高町なのはにとって―――子供時代は決して思い出したいものではなかったのだ。

楽しい事もあっただろう。嬉しい事もあっただろう。
それでも自分は――早く大人になりたかった。早く皆の役に立ちたかった。
両親の、皆の迷惑になりたくないという思いが先行するばかりだった。

そして――――魔法の力を手に入れて
何も出来ない幼い自分と決別した「自分」は―――

―― いわば全く別のもの ――

エースオブエースとして異郷の空を駆け抜ける
いずれはそうなる一人の英雄の雛形として転生を果たした。

―――王の立場に立った場合を考えよう

仮に彼の前に立った者が、幼少の頃に他愛の無い話をし、世話をした子供だったとしても――
昔話に花を咲かせて手心を加えるであろうか?

きっとそれはない。断言できる。

彼は容赦しないだろう。
何故なら、彼はおうさまだから。
並び立つものを決して容赦しない。

どんな相手だろうと対面についた以上、冷酷に、微塵の容赦もなく叩き潰す。
彼にとってソレは等しく万民に対して敷く「施政」
この自分も男の前ではその対象の一つに過ぎないのだ。  だから――――――


…………ぎる、さん―――


「―――、む?」

「………っっ!!!」

それは彼女の口から無意識に出そうになった言葉。
男の耳には多分、はっきりとは聞こえなかったに違いない。
高町なのは自身ですら、それを口に出しそうになった事を心底後悔し
意味不明に、ゆでだこのように真っ赤になった顔面を両手で必死に隠している。

そんな事は有り得ない。だってそうだろう?
そんな事は「無かった」んだから――

この自分は、この高町なのはは、子供の頃に「出会わなかった」んだから。

「――――どうした? 今更怖気づいたか?」

「大丈夫……いけるよ。」

―――だからもう考えない。

振って沸いた妄執を再び、ぶんぶんと頭を振って追い出す。
例えその事実があってもなくても今、この自分がやる事は同じだ。

このおうさまに自分を――貴方の対面に立派に立っている自分を見せてあげるだけ。

――― 今はそれだけ ―――

「行くよ。レイジングハート……!」

<Yes Master>

肩に担いだ紅玉の杖と共に虚空を照らして輝く道を進む。

「―――、ク」

そんな彼女が王の目にどう映っているのか。
必死に背伸びをしてくる栗色の髪がようやく自身の肩口に届いた事をどう感じているのか。
それを伺い知る事は出来ない――

愉悦の哂いを浮かべるギルガメッシュと威風堂々と闊歩する高町なのは。
彼らが再び戦端を開き、眼前の堀という堀を掬い上げるその幕間――
次の瞬間には泡沫の夢の如く消えてしまう想いだったとしても――

それは王と魔法少女の休日のひとときの
運命と平行世界からの――ほんのささやかな贈り物だったのかも知れない。


――――――

omake2 ―――

更に時間は遡る。

二人の魔人が最終決戦へと赴き
下界では眼鏡のアルバイトと着物の少女が奔走し
一般人は何が何だか分からずに避難する。

そんな釣堀場全体がちょっとした騒ぎになっていた端で
人々に忘れ去られたかのように打ち棄てられた赤い残骸が――コンクリの地面に無残に突き刺さっていた。
それは一見、無造作に打ち立てられた柱のようにしか見えなくて
その実、首から地面に突き刺さったニンゲンだと一目で理解出来た者は少ないだろう。
だが今、この喧騒の中で避難もせずに、そんなモノの前で腕を組んで仁王立ちしている者がいた。

「―――随分と気前良くピエロに成り下がったものねアーチャー。」

それは正しく普通じゃない威厳と貫禄を併せ持つ。
それは目の前の歪なオブジェを蔑むような視線で見下ろしている。

「聞こえているんでしょう? いくら合わせる顔がないからって狸寝入りなんて許さない。
 まったくこの私―――遠坂凛のサーヴァントたる自覚は何処かへ置き忘れてきたのかしら?」

それはご存知、赤い女王。
このトーテムポールのご主人様。遠坂凛の御登場である。

「―――――、」

「いつまで寝てるのよ……起きなさいアーチャー!」

犬神家状態からピクリとも動かないサーヴァントに叱咤の声をあげる彼女。
赤い上着に身を包んだその姿はいつも通りの快活な美丈夫だ。
豊かな黒髪を両サイドで留め、黒のミニスカートからはニーソで覆った健康的な足が伸びる。
近寄り難い雰囲気を醸し出す切れ長の瞳も健在だった。
しかしその優雅な鈴の音のような声には、多少の苛付いた感情が混ざり込んでいた。

「―――ふう」

それを察知したのか否か、微動だにしなかったポールが声に反応するようにモゾモゾと動き出す。
枝のように見えた四肢に力を灯すソレ。
両手を地面に付き、力任せに地面から体を起こして頭を引き抜く。
ボコン!という鈍い音が辺りに木霊し、浅黒い肌と白髪が露になった。
ぐんと身を起こし、倒立の姿勢から華麗に復帰する彼――サーヴァント・アーチャー。
何事もなかったように腕を組んでニヒルに笑うこの男こそ
聖杯戦争において凛の所持する弓兵のサーヴァントである事は言うまでもない。

「まったく今回はとんだ役回りだったな。 流石の私も骨を折った……
 家で茶でも飲んでゆっくり休みたい気分だ。」

「それは災難ね――お疲れ様アーチャー」

コキ、コキ、と首を鳴らす弓兵が、白髪の上に残ったコンクリの残骸をパラパラと落とす。
ダンディな仕草なのだが……その足元には今まで自分がメリ込んでいた床にくっきりと自身の顔型を残していた。

「ところで――コメディアンに成り下がった情けないサーヴァントに敷居を跨がせる心の広いマスターがいると思う?
 ああそういえば物置にちょうど良いダンボールがあったわね………
 よかったじゃない? これで最低限の風雨は凌げるわ。」

「まあ聞けマスター。これも生前の業というやつだ。
 損な役回りばかりを引き受けてしまう性は何回死んでも直らん……
 まったくつくづく己が性分が憎いというものだ。ははは。」

体裁だけは笑顔で振舞っていた女魔術師。
そのこめかみに今、ビキキ、と青筋が浮かび―――

「……………そう。なら教えてあげるアーチャー。
 ああいうのをね――――ヨゴレって言うのよっっ!!!!!」

直後、特大の雷が落ちていた。
1km四方に届く大音量でガーッと怒鳴りつける。
口振りからすると一部始終を見ていたらしい。
プライドの高いマスターだ。自身のサーヴァントが晒した醜態にいたくご立腹であるのは間違いない。

「そう怒るな凛。サーヴァントとて息抜きは必要……たまの敗戦も心の洗濯だ。
 戦いというものはな――最終的に勝てば何の問題も無い。そうは思わんかね?」

「もう二人ともアンタを置いてどっか行っちゃったわよ! 最終的もへったくれもないのよ!
 第一、人間の女に叩きのめされるのがそんなに息抜きになったワケ?」

「うむ。あれは本気で寿命が縮んだな」

「アンッッタねぇッ!!!」

主の怒りもどこ吹く風なのは相も変わらずだ。爆発寸前の凛である。

「どうした凛? 顔がブスだぞ」

「誰がブスよッッ!! まったくあの鬼ババア……
 人のサーヴァントを気安くボコスカ!
 今度会ったらただじゃおかないんだから!!」 

「鬼ババア」が誰の事を指すかなど今更言うまでもないだろう。
もし本人に聞かせたら―――ちょっとどうなるか本気で想像がつかなくて恐ろしい。

もっとも悪意の篭った口調でぶつぶつと愚痴る彼女だが
その実、この女魔術師としても弓兵がフランクな芸風を見せてくれる事に対しては吝かでないのだ。
心に大きな影を持つこの英霊の、その闇を―――
出来るだけ砕いてやりたいと思ってるのも他ならぬ彼女なのだから。

――それ自体はいい。いいのだが……

稀代の天才魔術師と呼ばれる凛も未だ発展途上の思春期の娘だった。
縄張り意識。独占欲。女が女に対して抱くちょっとした意地。
未だそういった感情から卒業し切れていない甘酸っぱいお年頃なのである。

「だいたいポっと出てきて馴れ馴れし過ぎない? アイツ…
 士郎とも随分親しげにしてるし、セイバーすらあの女に一目置いてる。 
 なんだってのよ……Sランク魔導士がナンボのもんだっての。」

彼女の妹の間桐桜なども先日、例のジャポニカ暗殺帳に無意識のうちに
とある白い空戦魔道士の名前を書いちまったらしい。

   毎晩、夢の中であの人を言葉に出来ないような凄い目に合わせてる自分がいるんです。
   ああ、姉さん……私、どうしたら――――――――くすくす

だ、そうだ。
不屈のエースは近いうちにクラゲの化け物とも一戦やらかす羽目になるかも知れない。
何たらの鍔迫り合い勃発。女同士というのは予想も付かないところから恨みを買ってしまうから恐ろしい。

「キミらはたまに真顔で冗談を言うからタチが悪い。
 が、少しでもそれが本気になる可能性があるのなら―――忠告する。
 やめておけ。我が身が可愛いのならな」

「何それ腹立つ! そりゃアイツは化け物だけど……どんな手を使ってでも勝つわよ私は?
 あのスカした顔に一泡吹かせるくらいの事はやってやる!」

だからタチが悪い。
この魔術師は言葉通りやるからにはとことんやる。

圧倒的スペックの差は承知の上で、それでも何を用意してでも勝ちに行く。
それがこの少女――遠坂凛である。
そこに妹の桜までもが加われば阿鼻叫喚――いよいよもって地球が危ない。
是非とも自重してもらいたいものだ。

「ま、いざとなったら私には頼れるサーヴァントがいるし。」

しかもいつの間にか自分も戦力に組み込まれてるらしい。

「下らん寡婦話にサーヴァントを持ち出す気かキミは?」

「あら? 今日の汚名返上の機会を与えてあげるってのよ。
 有難く拝命するのが英霊の誇りってものでしょ?」

「生憎、そんな誇りはワニにでも食わせてしまった身だ。」

からからと笑う魔術士にしかめっ面のアーチャー。
まあ、管理局との兼ね合いもある。
迂闊に局の魔導士と接触する事は協会からも厳命されているし
半分は冗談だろう―――半分は。

そもそも今は憎まれ口を叩いてはいるが――
普段の凛となのはの会話にそんなギスギスした感じは微塵も無い。
「なのはさん」「遠坂さん」と呼び合い、互いに認め合う仲である。
異なる分野の天才と天才――共同戦線を張ればこの二人は無敵の紅白タッグとして周囲から高い評価を受けているくらいだ。

「………」

「―――、」

ひとしきり感情を吐き出した後で、暫くの沈黙が場を支配する。
二人、その胸中にそれぞれ何を思ったのか――
恐らくは今しがた出ていた話題のせいであろう。

期せずして二人とも同じ光景が脳裏を過ぎる。


そう、それはいつだったか―――

寒風吹き荒ぶ真冬の一夜、大雪の中で行われた――
高町なのはとアーチャーが血戦を繰り広げた時の光景であった―――


――――――

―――初めは他愛の無い出会いだったと思う

時空管理局から来た魔導士。
あの謎だらけの組織に対して協会から降りてきた言葉は「基本、関わるな」―――この一点のみ。
突如降って沸いた新規勢力に初めは上も下もてんやわんやの大騒ぎだった。
まあ、その正体を知れば誰でもテンパるか……
私もあんなトンデモ組織だと分かった時は正直引いたし。

ともあれその局魔導士の一人――高町なのは。

地球出身という事で、どうやら異星から来た物体Xでは無いらしい。
ミッドチルダ人ってのは本当に地球人と比べてまるで見分けがつかない。
冗談かと思うくらい生態も習慣もこちらと瓜二つなのだ。(たまにケモノに変身する奴もいるが)
交配も可能みたいで地球とミッドの合いの子なんてのもいるらしい。
先駆者は勇気あるわね……未知のウィルスで地球が滅びたらどう責任を取るつもりだったのやら。

―――話を戻す
彼女に関しては初めは別段、余所者の一員という以上の認識は無く
諸々の都合で何度か共に戦った事はあるけど、その付き合いもあくまで仕事上のそれ以上には発展しなかった。
トシも向こうが上だしどこか堅い感じの彼女に対して私もあまり深く踏み込んでいかなかった。
一定以上の距離を開けてのやり取りはむしろ自然の事だったと思う。

だから断言する。
むしろ不自然なのはコイツらだ…

何で……何で士郎は出会って数回にして彼女とあんなに親密に付き合っているのか?
私の知らない所で何やら親交を深めているとしか思えない。
この前なんか彼女の教導とやらを受けてきたらしく、その話で盛り上がってたのを確認した。
こういう事に真っ先にヘソを曲げるセイバーまでが何故か彼女絡みでは大らかな態度を取る。
それが彼女の人徳の為せる業だとはいえ、疎外されてる気分になりちょっとムカついた事もあった――

そんなこんなで初期の認識はその程度。
ちょっと気になる程度の、つかず離れずのお付き合いだったと言っておこう。
そんな彼女の内面に――――

深く触れる事になったのが忘れもしない。
あろう事かその魔導士とウチのサーヴァントが――

マジでケンカをしやがった時の事であった。


――――――

「ホント前時代的な話よね。決闘ってアンタ……」

あの一見おっとりした魔導士が、ナカにあんな溶岩のような激しさを眠らせていたなどと誰が予想しえようか。
どう見ても文系かと思ったらバリバリ体育会でした、と。
人は見かけによらないとはまさにこの事。

その戦いがどのような理由で起こったのか凛は詳しくは知らない。
他ならぬ当人同士――なのはもアーチャーも自分から語る事はなかったので
周りが深く追求するのを避けた事もある。

分かっていたのが、勝負を申し込んだのが高町なのはの方。
そう仕向けたのが恐らくアーチャーだったということ。
以前からチクチクと何やら彼女を突付いていたから間違いないだろう。
まるでかつての士郎とアーチャーの関係のようだった。
何か嫌な予感がする、と思ったらコレである。

そしてその戦いもまた――

衛宮士郎と英霊エミヤの一戦に匹敵するほどの苛烈なものとなったのだ。


――――――

真冬の雪の夜にて――その戦いは始まった。

立場的に敵対したわけでもない。
止むに止まれぬ事情から、というわけでもない。
要は白黒はっきりつけたいってだけ――

本来ならばマスターとしてサーヴァントにそんな私闘を許す事は無い。
しかし事情が事情だけに、やりあうと言ってもせいぜい五分以下の手合わせじみた物にしかならないだろう――
そんな程度に考えていたのだ。私は。
むしろそんな自分が馬鹿の極みか……二人の目の奥に灯る、炎のような感情に気づけなかったのだから。

―――結論から言うとそれはガチもガチ……手加減無しの本気の勝負だった

当代最強クラスの射手同士の戦いは初手から様子見無しの殴り合いとなり
凄絶を極める弾幕の張り合いの、爆音と破壊音と炸裂音がライブハウスのように鳴り響き
互いに叩きつけるように交わす二人の言葉のほとんどを私達の耳に届かせる事はなかった。
うっすらと積もった雪を火砕流のように巻き上げて戦う二人。
視界はほとんど遮られ、ヒトの目には赤と白の閃光が高速で絡み合っているようにしか見えない。

「シロウ、リン――下がって下さい。」

その動きが見えていたのは私と士郎を護るように前方を固めるセイバーのみだろう。
アーチャーはその時――紛う事無く「全力」だった。
先ほどは士郎とアーチャーの戦いの如くと言ったが、違う所があるとすればソコだ。
アーチャーは英霊として培った全てを駆使して女魔導士に相対していた。
格段にスペックの劣る筈のニンゲン相手に合わせてやる?
そんなゆとりは彼女を前にして微塵もない。

――― 潰される ―――

情けない事にマジでそう思った。
空を翔ける白い戦闘機の縦断爆撃は点でなく面を制圧するに足る凄まじいもので
ネズミ一匹生き残れないだろう光景を場に映し出す。

二桁を超える魔弾の雨を掻き分けながら地を駆け疾走する弓の英霊。
魔導士相手に空を取らせればどうしたってこうなる。
その相手をするのがサーヴァントだとしても――空戦魔導士の優位はやはり絶対なのだ。

そして見る見るうちに追い詰められていく私のサーヴァントが
宙を旋回する彼女に向けて偽・螺旋剣を構えた時―――

「アーチャーッッ!!!」

真っ青になって叫ぶ私。
その声が届かぬと分かっていながら。

宝具――壊れた幻想

人が受ければどうなるかなど想像に難くない。
しかしこの戦況で魔導士相手に逆転するにはそうするしかない。

だとしても、だ…………
そこまでやらなきゃいけない理由なんてないでしょうが!

身体に風穴を空けられて物言わぬ肉隗になる女魔導士の姿を想像してしまい――

私はもう一度、アーチャーと――
なのはの名前を絶叫交じりに叫ばずにはいられなかった。


――――――

人間が英霊と決闘するのも――
英霊が人間相手に宝具を向けるのも――

こちらの界隈ではあまりにも馬鹿な光景。アンバランスな事象に他ならない。
故に純正魔術師のサラブレットである遠坂凛の頭が目の前の光景に追いつかないのも無理も無い事だった。

目前で当たり前のように殴り合うヒトとサーヴァント……
これが冗談でなくてなんだというのか?
しかもこの命がけの戦いが単に互いの意地によってのみで行われているのだとしたら
それは漢同士の「拳で語り合って何とやら」の世界だ。
魔術師であり同時に女である凛には彼女――高町なのはの思考が分からなくて当然である。

   彼女が、かつて救いたくてどうしようもなかった相手と友達になるために
   全力で戦い、全力でその手を差し伸べたという事実も今の凛は知らない。

そして彼女にこれ以上の思考に至る余裕を全く与えないままに
弓兵の手から放たれるAランク宝具の射出の轟音が――

空を切り裂いて彼女の鼓膜を貫いたのである!


――――――

一瞬で全身から血の気が引いていくのが分かった。

協会から禁令が降りている手前、局の魔導士――
しかも英雄視されている高ランク魔導士に害を与えたなんて事になったら唯では済まない。
いや、いや……そんな形式上の問題ではなく………
仮にも何度か共に肩を並べて戦った仲だ。情が全くないといえば―――嘘になる。

それを―――殺してしまうわけには……

私の焦燥も制止の声も、だけど二人の戦いの速度にまるで追いつかなくて
言葉が届く前には事が起こってしまった後だった。

投影した宝具を使い捨ての矢として撃ち放つアーチャーの規格外の投擲。
それは並のサーヴァントなら一撃で滅殺する威力を持つ。
螺旋剣の投擲は前方全てのモノを空間ごと巻き込み、雲を突き抜け
天を貫き、成層圏を抜けて――その魔力が尽きるまで音速を超えて飛び続ける。
空に一直線に伸びた捻れた空間の残滓。それだけがかの宝具が通り過ぎた道を現世に残すのだ。

息を飲む私と士郎。セイバーも厳しい目を向ける。
空を見上げる三者の瞳は純粋に彼女の身を案じてものだ。

しかし―――

その絶望的な現状に、焦燥の光を灯した私達の眼が
やがて驚きに見開かれるのに然したる時を要せず――
白い魔導士、高町なのはの健在を私達は確認する事となる。

カラドボルグが生じさせるコークスクリュー型の力場に逆らわず、身を預けるように直進してきた彼女。
接触後、まるで洗濯機に放り込まれた衣服のようにその体は巻き込まれ、弾かれて、飛ばされたように見えた。
しかしきりもみ状に吹き飛んだかに見えたあの女はほどなくして姿勢を取り戻し―――
今もなお上空にて高速で飛び続ける……

「凌いだって言うの……? アレを?」

「同じ事を私もやられました。」

馬鹿みたいに口を空けて唖然と空を見上げる私と士郎を尻目にセイバーが呟く。
戦闘力では魔術師を大きく上回るとされる管理局魔導士。
その大きな要因の一つである、彼らが持つ防護フィールド。
それは鋼鉄の頑健さと柔軟さを併せ持つオーバーテクノロジーの結晶だと聞いている。
フルオープンで三重の防壁となるそこに、熟練の腕を持つ魔導士の手腕が加われば――

「直線的な攻撃で空を飛ぶ彼女を一撃で打破するのがいかに至難の業か―――我が剣も存分に味あわされました。
 高町なのはを堕とす、という事の難しさを。」

宝具ですらが致命の一撃にならないというのか――

いや、もしかしたら――

それが分かっていたからアーチャーも躊躇い無く宝具を抜いた?
これで……この程度で堕ちるアイツじゃないって信じていたから…?

そりゃ確かに遠目で何度か、戦車砲やらレーザーやらを弾き返す彼女を見た事はあるけど…
なのはが無事な事に胸を撫で下ろす反面、こうも簡単に宝具を凌がれた事に対して、何か、こう、、
言い知れない屈辱のようなものを感じてしまう…
空中で舞いのようにくるくると(空戦で言うところの何とかロールっていうらしい)回転しながら
矢の衝撃を受け流したなのはがアーチャーに向かって滑空してくる。
真っ直ぐに、一直線に。
射手が自ら間合いを詰める事に一瞬戸惑ったけど、すぐに思い立つ。
あれも確か、見た事がある。

――――自らの装甲を全開にしたフル加速で相手を吹き飛ばすアイツを

確かストライクフレームとかACSとかいうやつ。
あれでガジェットをガンガン落としてたっけ…… 

って事は――――ヤバイッッ!!
そんな高町なのはに対してアーチャーは双剣を構えて断固迎撃の姿勢を取る。
一歩も引かない気だ。 だけど――

「あれでは駄目だ」

セイバーの言葉に賛成。
もはやあれは近接を仕掛けるとかそういう類の技じゃない。
いわばライダーの「騎英の疾走」と似たり寄ったりの技だ。
圧倒的質量、出力を内包したタックルで対象を吹き飛ばす荒業。高火力、高出力に任せた力技。
セイバーやバーサーカーの剛剣ならばともかくアーチャーの双剣では――
あれを砕くには単純な膂力が足りなさ過ぎる。
それが分からないあいつじゃないっていうのに…?

「ア、……!」

こちらが声を発する暇も無かった。
白い重戦闘機と化したなのはが地面を削るように
降り積もった雪を上空に3mほど舞い上がらせながら低空飛行し眼前を通り過ぎる。
鷹や鷲が地上の獲物を捕獲する時の軌道に似ているが、その迫力、風圧はケタ違いだ。
舞い上がる粉塵に煽られ、両手で顔を覆いながら何とか事態を見据える私の視界に
辛うじて、その滑空で弾き飛ばされる赤い外袴の姿が見えた。
まるで凄惨な交通事故……ニンゲンが10tダンプに撥ねられたような光景だった。

「アーチャーッッ!!!」

無様に宙を舞う弓のサーヴァント。 やはり話にならない……
セイバーの剣すら推し留めるあのフィールドだ。
弓兵の軽い剣であの鉄壁の盾、鎧を切り裂ける筈がない。
そして、宙に跳ね上げられてしまったら――空戦魔導士たる彼女のハイ・タイムの始まりだ!

「シューートッッッッ!!」

予想通り、すかさず魔導士の声が飛ぶ。
上空に浮かされ死に体のアーチャーに対し、なのはは自身の魔力弾を微塵の容赦なく叩き込む。
四方八方から滅多打ち…! 空中の敵を打ち据えるその光景。
まるで無抵抗な人間をハチの巣にする無慈悲な暴力。

糸の切れたマリオネットのように上下左右に弾け飛ぶアーチャーに間断なく叩きつけられる空中コンボ…!
ていうか一瞬で60HIT超えてるぞアレ…!
私のサーヴァントを殺す気かーーー!!?

瞬く間にボロ人形のようになる、空中で全身をなますにされるアーチャー。
このレベルの射手同士の戦いは一旦形成が傾いたら一気に持っていかれる。
武器も持たぬ両手で最低限の急所を庇ってはいるが――もはや誰の目から見ても反撃の術はない。

もう見ていられなくて思わず懐の宝石を握り締める手。
無意識に二人の間に割って入ろうとする私だったが――
ここで割って入ったら自分のサーヴァントの負けを認める事になる。
アーチャーの誇りに泥を塗る事になる。己がサーヴァントを信じ切れなかった事になる。
そんな思いがぶるぶると震える手にストッパーをかけた。

でも、死んでしまう…!
手遅れになってしまうっ!

あんな「丸腰」で相手の攻撃を受け続けるアーチャーに余力なんて……
逆転の目なんて――

救いを求めるようにセイバーの表情を見る。
すると彼女は鷹のように細めた両目で、虚空を―――
あらぬ方向を見ていた…………………?

「まだ大丈夫です。リン」

……………え?


―――― 力、山を抜き 


丸腰――?
素手――?

遅まきながら私も気づく。

あの双剣が―――アーチャーの手に握られていない事に。

はは、、そうだ……
そうだった…

アイツ―――転んでもただでは起きない奴だったっけ。

デバイスから何らかの警告を受けたのか
高町なのはが杖に目を向け「それ」に気付いて行動を起す、よりも尚早く――
あらぬ方向から飛来した白と黒の夫婦剣が舞い上がる雪を隠れ蓑にして―――

―――魔導士の背中を十文字に切り裂いていた


――――――

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最終更新:2010年11月29日 17:12