#1

地上本部の一件から一夜が明けた頃
休憩室に立ち寄ったヴィータはベンチに座って本を読んでいた先客に絶句した

「おいオッサン……まて、
ちょっと待て」

「うん、
おお小娘か、どうした?」

声をかけられたその大男は本から徐に顔を上げ、
そのまま無造作に立ち上がった

「…………」

立ち上がった男の服装は局員などに支給されるシャツ一枚、
それはいい、いかに大男であろうともそれだけ見ればどうと言うことは無い
問題は―――彼女の想像のはるか斜め上を行くほどに深刻なことに
男がそのたくましい体躯にシャツ一枚以外何も身に着けていなかったことである

余談だが、ヴィータの身長はおおむね小学校の中高学年程度である、
それに対して、男はニメートルを超えており、
結果として彼女の目の前には、
―――凡そ男女間の関係において最悪の光景が広がることになった

「ズボンを履けぇ!
つーかその前にパンツ履けよオイ!!」

「うん?
おぉ脚絆か、渡された袋に確かに入っておったがサイズが合わなくてな、
なに、細かいことだ気にするな」

―――かの王の時代、戦場に出るものは皆蒸れるのを嫌って
下半身には何も履かなかったそうな

言うまでも無いが、ここは彼が生きていた時代のマケドニアでは断じてない

「現代じゃそう言うのは猥褻物陳列罪っつー犯罪なんだよ」

「なんと、自然体で居ることが罪とな?
―――度し難い、いったい誰がその様な法を作ったのだ」

顔を真っ赤にしたヴィータの非難に深刻な顔で考え込むぱんつはいてない褐色の巨漢
言うまでも無く、自らの行いが悪いと言う自覚は微塵も無いらしい

―――駄目だ、殺っちまおうコレ

ゆらりとその場の思いつきに任せて凶器(デバイス)を手に取りかけた彼女の後ろから
どたどたとあわてた複数の足音が聞こえてきた

「いたぁ!」

血相変えて飛び込んでくる数人の男たち、
うち一人が持っている袋にはどうやらズボンが入っているらしい

「だぁもうオッサン、更衣室で待っとけっつったろうが!」

「あの箱ばかり並んだ殺風景な部屋で待てと言われてもなぁ、
こちらのほうが寛げるではないか」

「寛げるかどうかはこの際関係ねぇ!」

激昂する男性陣、
この世間ずれした大男をいかにもてあましているかが良く分かる構図である

「そもそもうちは女所帯だから男は肩身が狭いんだよ
もう少し“現代”常識というものをだな―――」

「しかももう手遅れだし……」

本人はさておき取り合えずヴィータに平謝りする一行、
受け流すヴィータの目は完全に死んだ魚のそれだったが

とりあえずバインドで(主に下半身を)簀巻きにして
休憩室から早々に撤収しようと結論する男性陣

ついでにいっそどこかに捨ててきてくれねぇかなと思ったヴィータが、
新たな気配を感じて振り返ると

「ヴィータ空尉、
ティアナ・ランスター執務官ただいま復帰しま―――」

何の気なしに現れたオレンジ頭の執務官が敬礼の姿勢のまま硬直していた

―――病み上がりにこれはきついよなぁ……

病み上がりでなくてもきついのだが、酷く他人事めいた感想を抱くヴィータ
その目の前で、ガシャンと機械音が響くのを聞きつけ、
その場にいた全員が硬直した

「ちょ、ティアナさんそれは拙い!」

「大丈夫、非殺傷設定だから証拠は残らない」

そうは言うがクロスミラージュは彼女の言葉とは逆に“Firing lock is cancelled”
という警告を発していた

―――まずい、殺る気だ!

「ストップストップ!
安全装置はずれてますってそれ!!」

「誰か止め―――って人呼んだらかえってマズイ!!」

「撤退、てったーい!
って、強壮結界!?」

いつの間にか休憩室が結界に覆われていた
いったい誰が―――と思う一同の目の前で、
張った本人がゆっくりと右腕をサムズアップした

「ヴィータ空尉!?」

「いいぞ、やっちまえ」

すとんと右手首がそのまま回され親指が真下を向くと同時に、
オレンジ色の魔力光が部屋を満たした




#2

十日後のミッドチルダ北部
空港ロビーに降り立った女は出迎えた人物に鼻を鳴らした

着崩した黒スーツ姿のその人物は、
サングラス越しの金色の目を彼女にむけて退屈そうに口を開いた

「あれの言うとおり大人しくしていたがそろそろ厭きた
―――よもや呼びつけておいて何も無いというわけではなかろうな?」

召喚されてからすでに七日以上、
本来の聖杯戦争の予定からすれば既に半分以上の予定が過ぎているにも関わらず、
何の音沙汰も無いとなればいい加減疑念を持つなというほうが難しい

「そう言うな、あちらにしても予定外の事が起きているのだからな、
手探りで失われた大儀式とやらを再現しようというのだ、いろいろ不都合も出よう」

話題が話題だけに場所を空港近くのバーに移す、
適当なテーブルに陣取ると居合わせた客が潮が引くように二人から距離をとった

「それで、お前から見て不屈のエース殿はお気に召さなかったと言う訳か、セイバー?」

女の問いに「強いことは強いのだろうが」と、酒をあおりながら、
黒スーツ姿のセイバーはふむと腕を組んで答えた

「あのままやって面白い勝負には到底ならんな、噛み合わなさ過ぎる
もう少し距離が―――いや、余計な荷物が無ければ話は違っただろうがな」

あの場では足手まといが多すぎた、
完全な遠距離から向こうが撃つのをかわし、いかにして肉薄するか、
という状況でもない限り一方的になるだろうというのがセイバーの見解であり、
そしてそれはおおむね事実であった

「余計な荷物といえば一人面白いのがいたな
あれが貴様の言っていた混ぜ物か?」

「混ぜ物?
―――あぁ、タイプ・ゼロか」

局基準の魔導師ランクで言えばAAの実力者であり、
かのエース・オブ・エースの教え子ではあるが、さりとて何が興味を引いたのか?

「狂化していたとはいえアレを徒手空拳で一人で押さえ込んで見せたのだぞ、
円卓の騎士どもでも出来るのはせいぜいあの男一人であろうことだ
―――最も、いかに生き汚くとも腹に風穴が開いては当分役にはたたんだろうが」

なるほど、それも不機嫌な理由の一端か―――と彼女は思った
タイプ・ゼロの功績自体は高く評価しているが、
結果的には敗北―――それも半ば無駄な自爆でとなれば戦うわけにもいかない

「そこいらのごろつきや兵卒どもでは食い足らん
慣らしという意味でもはじめに会ったあの騎士位がちょうど良いんだがな」

「騎士シグナムか―――
あまり無茶をしてくれるな、アレは存在そのものが文化遺産だぞ」

純正古代ベルカの騎士を模したプログラム
そういう意味ではサーヴァントに近いものがあると言える

「召喚早々で力加減が判らなかったからな、
今ならもう少し面白い勝負になる」

とは言えそのシグナム自体は未だベッドの上だ
もともと持ち合わせていた再生能力等が著しく低下しているらしいことから、
一朝一夕には回復するまい

「代わりといっては何だがな―――」

周囲から見えないよう加工された空間モニターを数枚展開する

「ミッド海上の特別保護施設に戦闘機人が数名収容されている、
そのうち№9はタイプゼロの同型だ、
それと―――」

モニターのうち一つ、金髪と黒衣を翻し鉛の巨人に挑む女性を指す

「こちらの執務官は騎士シグナムとは剣友でな、
ミッド式ながらなかなかに使える」

「ほう―――」

興味深げに写真に見入っていた口元が不意にいびつな形でつりあがった

「いいだろう、どこぞの下郎を探して街中を徘徊するよりよほど有意義だ」

「こちらとしてはもう暫くは大人しくしていて貰いたいがな、
何か必要なものはあるか?」

「無いな」

そっけなく言うと立ち上がり、
カウンターにチップを放り投げるようにして店を出て行く
荒っぽい行動ながら先ほどまで座っていた席が丁寧に片付いているのは育ちのよさゆえか

こちらもあまりのんびりもしていられない、
後を追うように店を出るとすぐ横の路地から声をかけられた

「誰か?」

「報告があります」

路地の闇にわだかまるようにして白い髑髏面が浮かび上がる

「キャスターの所在がわかりました、北廃棄地区の地下水路です
現在3人程見張りにつけておりますがいかがいたしましょう?」

ミッドの廃棄地区は広大な規模に及ぶ、
其処を不眠不休でしらみつぶしにしたとは言えコレだけの期間でやってのけたのは、
ひとえに“彼ら”の数と能力あってのことである

「やはり先日の地上本部襲撃に全軍を向けるのではなかったな、
それまでの拠点を引き払うとは思っていなかった」

ここ数日のうちにさらに増えた犠牲者を思い返しつぶやく
状況のかく乱とセイバーの関心を誘うために野放しにしていたがいい加減目障りだ、
そろそろ始末したほうがいいか

「それで、局のほうは?」

「まったく持って気づいていない模様ですが、
いかが致しますか?」

何もかも手探りでは仕方あるまいなと思いながら、
ふむと手をあごに当てて黙考する

「監視役に局のセンサーに二、三度引っかかるように伝えてやれ、
その後は引き続いて監視するだけでいい」

アサシンは当面各地の諜報役の仕事が残っているし、
こちらの把握しているサーヴァントが引き受けるかは判らない
それにどうせ局の方も追っているのである、押し付けてしまえばいい

「承知しました」

「あぁ、
―――それと四日後に聖王教会本部に行く、
ついでにそちらにも数人監視を置いておきたい、選出しておけ」

「はっ」

髑髏面が音も無く路地の闇の中に消える

「さて―――」

五月蝿い長老集の無駄話を聞きにいくとしよう
もはや真偽のほども判らない『聖王時代の栄光』を語るだけの老人達
教義や信仰どころか今の世界情勢さえ見えていない過去の遺物

派閥内部がどう変化しているかさえ見えていない、
遠からず、この構図自体変えねばなるまい

―――そもそも、アレらにはもはや躯そのものが無いがな

靴音を低く鳴らし、路地から遠ざかる

数日後、とある聖王教会支部にて、
破壊された生体ポッドと人の脳らしきものの残骸が発見され、
世間をにぎわせることとなるが、
それが『誰』であり、何の意味があったのかは、誰も知らない

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最終更新:2010年02月04日 14:13