「さぁここが父さんの祖先が住んでいた国、日本だ」
「へ~ここが日本。トーキョーが首都で発展してるのよね。でもこの空港は首都圏からは少し離れてるね」
「父さん、ギン姉、も~疲れた~今日はどこ泊まるの~」

三咲町の空港に降り立ったミッドチルダ人3人。おそらくは親子だろう。
体躯のがっちりとした壮年の男性と小学校中から高学年に見える青髪の少女2人。
3人の出で立ちはどうやら観光目的のようだ。リラックスした服装で沈み始めた太陽の下、
これからの行程を楽しみにしている様子であり、とてもほほえましい。

「まぁあれだ。少しばかり地方探訪もいいだろ?日程には余裕があるんだからな」
「そこは父さんの好きでいいですよ。私達は乗っかるだけですから」
「早く泊まるホテル~」
「もぅスバルったら…父さんこの後はすぐチェックインの予定よね?」
「ああ、仕方ねーな。まずはスバルを休ませてやるか」

タクシーを呼び宿泊予定のホテルに向かう。
その道すがら助手席に座ったゲンヤに運転手は陰欝な顔で話し掛けた。

「あんた観光かい?」
「まぁね。仕事も一息ついたところで娘2人と観光旅行さ」
「こんな時期にこの町にくるとは不幸なこった」
「ん?」
「知らないわけじゃないだろ?今この町は連続殺人の真っ最中じゃないか?もしかして知らないのかい?」
「あはは、仕事が忙しくてな。知らなかった」
「そうかい、可愛い娘さんがただ。あんた達に何も無いことを祈るよ」

ホテル前でタクシーを降りたゲンヤは少し盛りさがって心配気に娘らを見遣る。

「調査不足だったな」
「気にしないで下さい。殺人鬼が来ようと私がなんとかしますよ。父さんのことだってしっかり守りますから」
「おいおい俺もか~」
「そうです」

これは立つ瀬がないと肩をすくませるゲンヤにギンガはにこやかに笑いかけた。
二人の横でぐずついてスバルは不意にこちらを見つめている人影が視界に入った。
薄汚れた衣服と焦点の合わない目、だらし無く開かれた口元。
全てがスバルの嫌悪の感情を掻き立て、堪らずスバルはゲンヤの足にしがみついた。

「どうした?スバル」
「あ、あの人おかしいよ…」

スバルが指差した先の人影はたどたどしい足取りでこちらに歩いて来ていた。

「スバル、人に指さしちゃだめよ」
「…ホテル内に入るぞ…」
「え?あ、父さん?」

娘二人の手を引きゲンヤは屋内へ入っていく。ホテルに入る際、ゲンヤが振り返るとだらしのない男は依然こちらを見つめていた。

「気分の悪い奴だったな」
「はい、殺人事件とは無関係だといいですけど」
「あ…自販機、父さん、ジュース買って~」
「ん?ああ」

自販機に向かって走り寄るスバルは先程の男のことなどすっかり忘れているようだった。

「やれやれ家の娘共は食い意地が張ってるな相変わらず…」
「私もですか?」
「今更違うなんて言うなよ。お前達は本当に良く食う。俺以上にな」
「…そんなに言わないでください、父さん」

ガハハと大笑いするゲンヤを羞恥心から直視できなくなったギンガは視線を逸らし俯く。

「いいんだって。照れるな。それでこそ俺の娘だろ」

頭をポンと軽く叩かれるとギンガは一瞬顔を上げたもののすぐにばつの悪そうな顔をする。

「わっぷっ!!」

自販機に駆け寄っていたスバルの方からスバルの微妙な奇声と接触音が聞こえて来てゲンヤとギンガははっと視線を音に向けた。

「ごめん大丈夫かい?」
「う、うん…」
「志貴ったら私を切り刻むくらいすごいのに意外ととろいんだから」
「余計なこと言うなよ!この馬鹿女」

後ろから現れた金髪の女性に学生服の少年がカッとなっているという状況にゲンヤとギンガは遭遇した。
スバルは少年に腕を引っ張ってもらって立ち上がっているようで、どうやらスバルは角で少年とぶつかってしまったようだった。

「わりぃな、娘がぶつかっちまったようで」
「いえこちらこそよそ見していたんで…」
「そう、志貴が私の方をチラチラ振り返るから」
「お前が後ろ姿からちょくちょくいじってくるからだろう」
「いいじゃない私がなにしたって」
「あ、こら離せ!ひっつくな。このばか」
「ああ~お二人さんがなかいいことはわかったよ。俺らはそこの部屋なんで失礼させてもらうぜ」
「…すぐ下ね。私達はこの上にいるけど近づかないでね。あなた達のためだから」

じゃあと奇怪な組み合わせの男女は上階へ向かっていった。

「ありゃあ不倫の類か?教師と生徒か?にしても美人だったな」
「…父さんはああいう人が好みなんですか?」
「ん~俺は女房一筋だぜ」
「……」
「ギンガ、この部屋みたいだ入った入った。スバルはどのジュースがいいんだ?」

ホテルの夜が静かに幕をあげる…

「確かにさっき女の人綺麗だったね」
「お、スバルも女についてわかるようになってきたか父さんは嬉しいぞ」

ジュースを煽りながらスバルがゲンヤに話しかけるとゲンヤは膝を叩いて相槌を打った。

「父さんは女性の話になるとほんとに饒舌なんですから」
「ほ~じゃあ男の方の話をしようか。眼鏡の彼の方だ。眼鏡を取ればなかなかいい男だぞあれは。
現に金髪の姉ちゃんはあの坊主にぞっこんのようだしな。ギンガもそう思わないか?」
「私、ですか?」
「そうだ、お前もそろそろ恋の一つや二つするころだ。あの坊主は見所あるぞ」
「へ~ギン姉好きな人いるの?」
「別にいないです」
「そうムキになるところが最近怪しいと踏んでるんだけどな。スバル、発見したらすぐ俺に報告だ」
「りょーかい」
「はぁ…」

ゲンヤとスバルの会話にギンガはため息をつく。
ゲンヤはゲンヤでギンガの反応を楽しみつつ、酒を取り出すと窓際に立った。
外はもう暗くなっており鳥の鳴き声だけがうるさく響いていた。
そう、とてもうるさく。

「嫌な感じだな…」
「父さん…確かに異常な気がします」

そっと隣に立ったギンガも窓の外の様子に怪訝な顔を隠さない。
その時階下より悲鳴と思われる叫び声が三人の耳に入った。
『私達はこの上にいるけど近づかないでね。あなた達のためだから』

「あの女が…まさか…」
「いえ、それなら上から来て私達が真っ先に襲われるはずです」
「それもそうだな…」
「父さん…ギン姉何…何なの?」
「二人とも静かにするんだ」
「はい」
「う…うん」

数分…十数分…下から聞こえる唸り声、悲鳴、壁を穿つ音、何かを引きずる音、かみ砕く音
それらは次第に確実に登ってきていた…

「窓から飛べ!お前達ならできるっ!」
「父さんもっ!」
「…まぁ格好が悪いが頼むか…すまねぇな」

だがすでに窓は黒く染まっていた…それは夜の闇でなく獣獣獣獣…黒いケモノ…

「助けにいかないのか?」
「なんでいかなきゃならないの?少しでも体力を回復したいのに。
それにもう二つ下まで来てるわさっき会った三人も間もなく襲われるわね」
「なんだって!?まだ娘さんは幼いんだぞ!」
「な~に志貴はあの子達が小さいから助けたいの?」
「当然だろ!」
「え…?」
「俺は行くぞ」
「ちょっと…志~貴~?」

黒い塊は窓、ドア両方から室内になだれ込んだ。数は、多い。一体一体が食欲に突き動かされ牙を剥く。

「戦うな!逃げろ!窓を抜けろ!こいつらは俺がなんとかする!」
「父さん駄目!」
「馬鹿ヤロウ!スバルを連れてさっさといけ!うごぁ!?」
「「父さん!!」」

震えて言葉を失っている妹を守るために黒い塊をいなしているが
父親を助ける手は届かない。救えるのはギンガ一人、けれど捕獲者の量のために二人を同時には守れない。
そして、今彼女の父親は黒い群に飲み込まれた…

「ああ…あ…と、父さん…」

体を砕く、貪る擬音が眼前の塊から響いてくる。その光景にギンガは呆然と肩の力が抜けた。

「ギン姉!危ない!」

手強かった標的の異常を捕食者が見逃すはずなどない。五匹六匹となって飛び掛かる。スバルの叫びも虚しくギンガは黒い塊に押し倒された。

「ギン姉ー!!父さん!!うう…誰か…誰か…助けて…」

助けにきてくれるはずの魔法少女はここにはおらず、また世界も異なる。
であるならば彼女を救ってくれる人物もまた別人で。

「こいつは醜悪だな…」
「お兄さん危ないよ!」

室内に突如現れた少年、ナイフを片手に眼鏡をもう一方に持ち獣に対し嫌悪の表情を示す。
当然獣達は猛然と飛び掛かるも少年のナイフの先で次々と消滅していく。
別段早いわけでも力強いわけでもない。けれど心強い。少年の青く輝く瞳にスバルは引き込まれ、その動きを追い続けた。

「さっきまで怯えてたのにどういう変わり身なの?志貴」

腕を組不満げにドアにもたれながらアルクェイドはぶーたれる。

「そんなのわかるわけないだろ。ただ小さい子が傷つくのは嫌だったんだよ」
「ふーんまだ親玉がいるからその意気で頼むわね」

「あ、あの」
「お父さんとお姉さんは無事だよ。なんとか間に合った」
「お兄さんの名前は?」
「俺の名前?遠野志貴だよ。じゃあね」
「う、うん」

憧れたのは、私の命を救ってくれた人。夢に見たのは、その人みたいに強くなること。ずっと憧れて、夢に見て、目指してて
だけど、数年越しの再会では、あんまりにも変わっていて まだ、なんにもわからなくて でも、きっと、
志貴さんのために何かができる。そんな気がするな。
『月姫2』冒頭語り(嘘)

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最終更新:2009年06月15日 19:24