「依然、状況に変化無し――――か」

誰に向けたわけでもなく呟いた言葉が、広い廊下に響く。書き終えた書類を眺めながらフェイトは歩いていた。

書類の作成など手馴れたものだが、早々と仕事を終えたことに達成感は感じない。依然、状況に変化無し、と付け加える以外に変化がないからだ。




半年前に起きた、ミッドチルダ地上本部―――否、時空管理局全体を揺るがす大事件。管理局の闇より出でしヒトの欲望の具現――――ジェイル・スカリエッティ。
造られし天才の暴走。否、必然。
少しでも対応が遅れていたら間違いなく時空管理局、ひいては世界の破滅へと向かっていたそれは、その破滅を予期した者、そして抗おうとした者達により決定的な引き金を引く前に止めることが出来た。


周囲はその事件の中心として動いた自分達を破滅から救った「奇跡の部隊」と称するが、
「これ」が最良の結果であったというのであれば――――頷くことは出来ない。


部隊の隊舎壊滅、地上本部への襲撃、地上部隊の実質的なトップであるレジアス・ゲイズ中将を始めとした多くの犠牲者―――――


この事態を予期した自分達が居たからこそこの被害とも捉えることも出来る。たしかに世界の破滅と比べれば安い犠牲、十分に過ぎる結果と言えよう。

だが奪われた命を、壊された未来を「犠牲」という言葉一つで終わらせるだけで果して良いのだろうか?
それに―――――世界を救った等と聞こえはいいが、新たな争いの火種となるものも多く残されている。

管理局の混乱に乗じた次元犯罪者の行動の活性化。先のレジアス中将とスカリエッティ一味との癒着―――戦闘機人のための資材、サンプルの横流し。
更に連絡が途絶えた管理局最高評議会とも何らかの繋がりがあるとされる。される、というのはこの事件の当事者におけるフェイトや高町なのは、部隊長である八神はやてですら未だ全容を把握しきれていないからである。
いや、させてもらえない、といったほうが正しいか―――――と苦笑混じりにはやてが答えていた。

とにかく、無視できない被害を被り、戦いに勝ってハイお終い、といかないことは事実である。捕らえた戦闘機人の処遇、人員、建物の被害の報告及び再編成等の事後処理に目処が付くころには既に半年が経過していた。


そうしてようやく混乱も収まり平穏が訪れようとした矢先、ミッドチルダにおいて奇妙な噂が立っていた。
曰く、猫っぽい何かが地下帝国を築いてるとか・・・・・パンダのぬいぐるみが夜な夜な徘徊してるとか・・・・・機械仕掛けのメイドが空を飛んでいるとか・・・・・・
魔導士であろうとなかろうとも道理と常識をわきまえた人間なら馬鹿らしいと一生に附す、子供の童話レベルの他愛の無い都市伝説(フォークロア)である。

ただ、今このときに限っては状況が不味かった。

意思を持たぬ機械の群れ。
空に浮かび破壊を撒き散らす戦船。
そこに佇み狂気する科学者。

人々に刻まれた恐怖を払拭するには、半年は短過ぎた。

自分達の街に正体の分からない何かがいるという不安。不安は疑念を生み、疑念から不信が生じる。そして不信に駆られた者達は狂気を他者へ振るう―――――――

そこまでの事態には至ってはいないがこの状況が続けば現実となる可能性は高い。即座にその可能性を危惧したはやての進言を受け地上本部も
「市民の混乱を主とした情報操作、工作活動」として調査を決定した。     



“パンダや地下帝国はともかくとして、夜中に猫や機械仕掛けの女性を目撃したということには一定の証言がある。
単なる噂なんかじゃない・・・・・必ず「何か」がこの街に潜んでいる・・・・”

そういった経緯で調査の指揮を務めるのが現在書類とにらみ合いをしながら歩く彼女―――フェイト・T・ハラオウンである。

どういうわけか噂の究明を任された古代遺物管理機動六課―――通称機動六課ではあるが、当然思うようには進展しなかった。
機動六課は名の通り古代遺物――ロストロギア、その中でもレリックと呼ばれる超高エネルギー結晶体の回収を専任とする部隊である。
にも関わらず「噂の究明」などという本来の任務とはかけ離れた任務を押し付けられたのである。

無論、単なる嫌がらせでもなければ当て付けでもない。
ミッドチルダに部隊を置いてるといえど、本局の息が厚くかかった自分達と地上本部との折り合いの悪さは今に始まったことではないが、
個人の感情で権力を乱用しているわけではない。彼らもこの事件はこの部隊に任せるのが適任だと判断してのことだ。

市民による数々の証言、ネコやらパンダやらの動物園状態は無視するとして、その中で捨て置けない言葉がある。

――――――「機械仕掛けの少女」

見知った者ならば当然のように嫌が応にもあの存在を意識してしまう。



戦闘機人。



人の身体と機械を融合させ、常人を超える能力を得たものたち。人の道徳と倫理を踏み越えてまで到達した存在。

確認されている戦闘機人は全員で12体。一体は停止し、先の戦いで捕らえた11体の内、罪を認め捜査に協力した7体から話を聞いた限りでは、
スカリエッティは13人以降の戦闘戦闘機人を製作していないらしい。

だが一味において重要な任務を任されていた1から4番、もしくはスカリエッティ本人しか知りえない戦闘機人が存在するのかもしれない。

疑心暗鬼に駆られた上での空想とは言い切れない。現に捕縛され管理局でも最高レベルの監獄に収容されていても、
スカリエッティは顔色一つ変えずに平然としているのだ。

あれはいつでもここを抜け出せるという絶対的な余裕の表れではないのか?

自分が捕縛された場合に備えた戦闘機人が、この地で暗躍しているのではないか―――――


そのため地上本部も迂闊に手を出す事は出来なかった。只でさえ人員不足に悩まされてるというのに更に貴重な戦力を減らす真似は遠慮被りたい。

そこで目を付けたのが彼女達の部隊である。強力――というより明らかに過剰な戦力を保有し、かつ、自分達には直接的な被害が及ばない部隊。

六課側にしても設立の目的もひとまずは達成され、表向きの目的であるレリックも最近は殆ど発見されておらず、
緊急の任務や事後処理が済んだ後はほぼトレーニング三昧―――――言ってしまえば暇なのだ。

ひとまず元は事件捜査や各種の調査などを取り仕切る「執務官」という役職に就いているフェイトを中心として調査を始めた。
だが「何かが潜んでる」ということ以外にははっきりしたことは判明していないのが現状だ。

調査などとは縁のない部署だ。108部隊からも援護を受けているがやはり経験不足は否めない。
確かに戦闘機人など無視できない問題はあるが自分達に任せるのはお門違いでないか。
むしろヴェロッサのような査察官のほうが適任とも思えるが―――そうフェイトは考えていた。


“まーこういう大きい事件があった時っていうのはいつだってヒーローを求めるものやからなぁ。いやこの場合はヒロインか?
色々都合の悪いことを隠そうと必要以上に功績者を持ち上げるっていうのは、まぁ、悪いとは言わないけどなぁ”

愚痴とも皮肉とも取れる親友のそんな言葉を聴いて、フェイトはある小説の主人公を思い出していた。


その小説はあらゆる奇跡を起こす万能の器を求め、過去に偉大な功績を残した英雄を従え殺しあうというやや血生臭い内容だった。
主人公の男は「正義の味方」だった。世界の平和を願い、少しでも多くの嘆きを減らすために
多数を生かし、少数を切り捨てるという手段で世界を回り続けていた。
その中で奇跡の器の存在を知り、戦いに参戦するといった設定だ。

同僚にお勧めされて譲り受けたものの、そもそも本を読む暇など無かったため自室の隅に追いやられていたが、
最近たまたま時間が空いた時にふと手に取って以来、少しずつ読み始めていたものだ。
内容は予想通り凄惨な描写が多かったが文章力は素人目にも非常に上手いと感じ最後は少し涙線が緩んでしまった。

―――――余談だが、その小説は元はその筋には人気のノベルスゲームの外伝作であったらしく、
そちらもこっそりと購入し全ルートをクリアしたのだが、やはり他人には見せられない描写が多く入っており
親友にも現在は隠し通している状況である。「多分生涯で一番恥ずかしい買い物」
とは後の本人の弁である。以上、余談終わり―――――

その中で男は、英雄を戦いの愚かさを覆い隠し、血を流すことの邪悪さを認めないものどもと糾弾していた。
当時でも印象に残っていた言葉だが、今になって改めてその意味を考えていた。

古来より争いで疲弊し、恐怖した人々は大きな拠り所を求める。その多くは戦いにおいて武功を立てた者、
崇め象徴される者に向けられる。
迫る恐怖を打ち崩し、攻め入る軍勢を薙ぎ払い、兵を、民を、国を勝利へ導く御旗の担い手。時として人はそれを英雄と呼ぶ。

だがそうした華やかな武勇譚の裏で、都合の悪い事実を闇に葬るのも事実。管理局に入ってから10年の間、
フェイトもそうした組織の暗部を幾度と無く垣間見てきた。それは今回の事件も例外ではない。

今回の件で漏れ出した闇も上層部は揉み消すだろう。その判断は正しい。明るみになれば
間違いなく時空管理局という組織全体が瓦解する。それでは本末転倒だ。

なら自分達の行いも、所詮は都合のいいプロパカンダにしか過ぎないのだろうか。都合の悪い事実を覆い隠すための見せかけの正義でしかないのか――――――



“・・・・・馬鹿な。何を考えているんだ、私は”



頭に浮かぶ黒い思考を振り払う。良くも悪くも物事を深く考えすぎとは周りからの彼女の評価だ。

そんな考えを巡らしながら歩けばどういった事になるかは押して知るべし。
ましてや廊下の曲がり角から現れた人影には反応など叶わないだろう。


そうして待ち構えていたとばかりに、フェイトの身体に衝撃が走った。


誰かとぶつかった――――慮外の不意打ちであっても宙に待った書類をそのままキャッチしたファインプレーに安堵する間もなく、
周囲の確認を怠っていた自らの迂闊さを悔いた。

「すみません!だいじょうぶで――」


だが果たしてそこにいたのは制服に身を包んだ局員ではなく、

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

無言で立ち竦む少女であった。
ヴィヴィオよりも少し年上、ちょうど十年前の自分程だろうか。
青い長髪、濁りはおろか、光の無い、赤一色の瞳。何より特徴的なのはその服装、正しくは服の色だ。
大きなリボン、ロングコートにロングスカート、靴の全てが黒一色に統一されていた。それを不釣合いと思うこともなく、
人形のような小柄さもあいまってお世辞抜きに可愛らしい。いや、ヴィヴィオの方が可愛いけど。


「君、どうしたの?どうしてこんな所に―――」

ここは六課の隊舎内、ただでさえ市外からは離れている上に
先の事件を受け警備も強化されており、一般の子供が入れるような場所ではない。

あるいは自分の娘が学校の帰りに友達でも連れてきたかとも思ったときに―――その違和感に気付いた。


少女は先ほどから一言も発さず、表情一つ変えない。十歳余りの少女とは思えない程の落ち着いた反応。
それよりもその小さな身には余る魔力の反応、そしてかつて傍らにいたパートナーと同じ感覚は―――

「―――――――――使い魔?」

「―――――――――――――」

その言葉を受けて、初めて少女が反応らしい反応を見せた。

死亡した動物に人造魂魄を憑依させることにより生まれる魔法生命。
今は離れているがフェイトもアルフという使い魔と契約している。だからこそ気付いたが、
そうでない者が一目見ただけでは、この子を使い魔と看破することは難しいだろう。

魔力反応の大きさもそうだが、なにより造りが「巧い」。
使い魔というよりは人を造る目的で生み出された様な緻密さだ。使い魔の性能の高さは、製作した魔導士の能力に比例する。


故に断言できる。この使い魔の作り主はかなり優秀な魔導士であり、そしてこの使い魔に深い愛情を注いでいる。



一般的に使い魔というものは一定の目的を果たすために作成されその目的、
すなわち契約が終了した場合には契約を解除、消滅するという使い捨ての存在だ。

なにせ存在しているだけで魔力を消費するのだ。そして高性能な程その消費量も増えていく。
場合によっては意志や自律的行動を封じて命令だけを受け付ける機械のような扱いを受けることもある。


「・・・・・・時空管理局機動六課、フェイト・Tハラオウンです。先ほどは失礼しました。
 差し支えなければ、君の所属部署、もしくはマスターの名を教えてほしい」

先ほどとは改まって丁寧な言葉で対応する。使い魔で、しかもこの場にいるというなら管理局に所属してる者という線が一番妥当だ。
地上本部か、それとも本部からやってきたのか。もしそうだとしても六課隊舎に一人でいることには疑問を抱くが・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

だが少女は相変わらずの無言で、ただ首を左右に振るばかりだ。
警戒してるというよりも、始めから言葉を使う選択肢を破棄している。少なくともフェイトにはそう感じた。


「教えられない、ということですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


またしても、無言。


“・・・・・・困ったな。管理局に所属していない?それじゃあ・・・・”

全く意思の疎通がままならない会話、否、一方的な質問に途方に暮れるフェイト。
意思を汲み取れない自分を不甲斐無く思いつつも、フェイトにも僅かながらも警戒心が芽生える。

はっきりと管理局所属と身分を明かした自分に何の反応も見せない以上何処かからのスパイという線は薄いが、
このまま素通りして放置しておくには不安要素が多い。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

少女はこちらをずっと見つめている。未だ口を閉じたままだが、その目には何らかの意思が感じる。
何かを伝えようとするような目だ。念話をかけようとしてるのかと思ったがそうではない。
だがそんな目を受けてフェイトに一つの考えが浮かんだ


「―――――――――――あ、」



実践で培った執務官としての経験則か、それとも言葉足らずとも子の意を理解する母親の勘か。

難しく考えることはない。
任務であろうがあるまいがこんな人気のない場所で立ち往生してるということは―――――


「ひょっとして・・・・・・・迷子?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


初めて首を上下に振る少女。どうやら正解らしい。
少し困ったような顔をしている。ようやく見せた年相応の態度にフェイトは苦笑した。


「・・・・・・そう。じゃあ私も司令室に行くから、一緒に行こうか?」

始めのように柔らかい口調で提案をするフェイト。今の彼女には目の前の少女に対する警戒心はすっかり立ち消えていた。
というか使い魔といった事さえも少し忘れかかっていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

返事は返ってこないが不満そうには感じない。どうやら承諾したようだ。

「うん、それじゃ行こうか。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


この子が犯罪組織の諜報員とはとても考えられない。だとしたらあまりにも無駄が多すぎる。
本当にたまたま迷子になっただけの可能性の方が高いのだ。
あるいは、何処かから流れてきた時限漂流者という線も捨てきれるものではない。

それになにより――――――小さな女の子を一人にしておくのは、
どういう事情にせよ見過ごすことはできなかった。


“やっぱり子供に甘いのかな、私って”

親友から受けた自分の子供に対する評価を思い出し、一人苦笑する。

少女はフェイトの少し後ろを付かず離れずの距離で付いていく。子猫みたいだな、とフェイトは思った。


そこでようやく、初対面の相手にまず聞くべきことを忘れていたことに気付いた。
返事が返ってこないことは予想は付くが、それでも礼儀として聞いてみる。

「そういえば聞き忘れてたけど―――名前ぐらいは教えてくれるかな?」


「・・・・・・・・・・・・・・」


案の定、無言という静寂が、廊下を包んでいた。


まいごの まいごの こねこちゃん

あなたの おうちは どこですか

おうちを きいても わからない

なまえを きいても わからない

 ・・・ ・・・ ・・・

 ・・・ ・・・ ・・・

だまってばかりいいる こねこちゃん

いぬのおまわりさん こまってしまって

ワン ワン ワワーン

ワン ワン ワワーン

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最終更新:2009年05月27日 23:40