注: 


この空間は非情に不安定で移ろい易い泡沫の夢のようなもの。
登場人物の記憶や人格、人間関係など何一つ確かなものはありません。

そして明日には消え去ってしまうであろう
そんな休日の一日の出来事である事をまずはご了承下さい――――


―――プロローグ

「ハッ! どうした端女!!? また偉く大人しいではないか!?
 我を前に散々に吼え千切ったあの気勢はどこぞへと忘れてきたのか!?」


バチバチと、バチバチと―――
男達と魔道士の女性との間に火花が散っては消える。


「ふむ――確かに……我らに勝負を挑むには聊か足りんな。
 空の英雄の異名も水中までは届かぬと言う事か。」

「…………」

魔導士は終始無言 。
男達の挑発に対し安っぽく言い返したりはしない。

だが……その脇で彼女の様子を見ている者には分かっていた。
相手と目は合わさないものの、その瞳の奥にはメラメラと
彼女を象徴するかのような不屈の闘志を称えた光が灯っている事に。

「な、なのは……」

その友達を前にして傍に侍って心配そうに声をかける魔道士の友人。
顔に映るのは――世界はこんな筈じゃない事ばかり――という
誰かさんの言葉を噛み締めたかのような深い苦渋と後悔のみである。

ああ……どうして―――
何でよりにもよって―――

今日、今ここで――こんな事になってしまったのだろう。

と。

懐にしまわれた包みを握り締めながら唇を噛む
フェイトテスタロッサハラオウンなのであった。


――――――

「釣り?」 

―――我ながら唐突だったかも知れない。

なのはが自分の言葉に素っ頓狂な声で返してくる。

「うん……海鳴から少し離れるけど、凄く良い評判の釣堀があるって聞いたから…
 たまにはこういうのもいいんじゃないかなって。」

「でも大丈夫かなぁ? 私やった事ないよ?
 何か難しそう…」

当然の疑問だ。 
私となのはの間の会話ストックを洗い直しても
この十年間「釣り」とか「フィッシング」とかいう単語が出た事は無い。
なのはが唐突と感じるのも無理も無い事だ。

「私もだよ。でも大丈夫…
 初心者同士、二人でチャレンジしてみよう。」

私だって何もいきなり頭の中に釣りの神様が振ってきて
無性に竿を握りたくなったというわけではない。
むしろ―――きっかけは何でもよかったのだ。

教導に職務にとほとんど休み無しで仕事に追われ、少なく見積もっても半年近くは稼動しっ放しの友達。
放っておくとどこまでも頑張ってしまう私の大事な親友に半ば強引に休暇を取らせた。

そのきっかけは―――とある一通のメールから。


――――――

昔のように毎日顔を合わせて互いを認識できた頃とは違う。
今現在 、私となのはは互いの仕事に忙殺されていて、直接その顔を合わせる事は少ない。
寂しいけれど互いに選んだ道を進んでいる以上、それは仕方の無い事だ…

でもそんな状況下でも――

私達は互いの近況を交換し合う電子メールなどのやり取りを欠かした事は無かった。
どれだけ離れていてもやっぱり互いの事は気になったし、きつい職務の中でお互い――
少なくとも私にとってはなのはの声は疲れた体を癒してくれる最高の清涼剤だったから。

しかしそんな中、この前映像で贈られてきたなのはの顔色を見た時
思わず息を呑まずにはいられなかった…

その落ち窪んだ頬を見て先ずは絶句し――
血色の良くない肌を見て心臓がきゅうっと締め付けられる。
まるで九死に一生の戦場を連日のように駆け抜けて疲労困憊。
そう例えるより他に無い、蒼白を通り越した顔がそこにあり――

愕然とした私の脳内は暫くフリーズ。
メールの会話内容はほとんど頭に入ってこなかった。

(………何があったの?)

今の仕事はなのはにとってはそれほどキツイものじゃなかった筈だ。
ましてあのなのはが疲労を表に出すほどの状況に追い込まれているなど有り得ない。
溜まっていた疲れが一気に吹き出してしまったという可能性もある……けど、だけど――

暫く呆然とした私の脳が一刻の時を経てクールダウン。
一週目には全く吟味できなかったメールの内容を確認しようと、もう一度再生。
そして再び画面に映る痛々しい様相のなのはの口から、漏れるように紡がれたメールの内容はこうだった。

   お久しぶり…………

    ………………

   ん、?  あれ?   

   あ、そっか……

   ごめん。メールではちょくちょく顔を合わせてるんだったね。
   一ヶ月以上顔を合わせてない錯覚に陥ってしまい
   一瞬とても心細い気分になっちゃった……何でだろう?

   何も変わった事はありませんか?
   元気でやってるのかな…?
   何故かとても不安になってしまい、こういう出だしにしました。


   私は近頃、夢見が悪いかな。
   誰か、顔も知らない人と戦っている夢ばかり見ます。

   朝起きるといつも疲労困憊。
   汗びっしょりでまるで寝た気がしません。

   あと、ここ最近で分かった事があるの…
   それは「英霊」なんてなるものじゃないという事です。

   フェイトちゃんは気をつけてね。
   執務官という特質上、色々なロストロギアに遭遇する事もあると思うけど
   特に「聖杯」とかそのテの物に突き当たったら―――全力でスルーして……お願い。

   それと――悩み、というほどの事ではないけれど
   近頃、周りから将来が不安になるような事ばかり言われます。

   どうやら他の人から見て私はとっても「磨耗」しているらしく
   果ては廃人か正義の味方、といった具合に噂されているようです。

   たはは……そんなに退廃してるかなぁ……私?

   ところでフェイトちゃん……夢を覗かれた事、ある?

   あれはとても恥ずかしいです。
   覗いた人をぐーで殴ってしまいました。
   猫の使い魔には気をつけてください。

   じゃあ、色々と愚痴っぽくなっちゃったけど…
   体に気をつけてお互い頑張ろうね。

   P.S 金という色がとても嫌いになりました。
   特に金の鎧を着た人には二度と会いたくありません。


……………

………わけが分からない。

三度、四度と再生してみたけれど、なのはが何に苦しんでいるのか微塵も理解できなかった…
十年来の友人の胸の内が全く分からない事に少し情けなくなる。

でもとにかく今分かる事は、そんな状態のなのはに無理をさせるわけにはいかないという事だ。
友達が限界に差し掛かってる時にブレーキをかけるのは周りの仕事。
その信号に気づかずに――あんな思いをするのはもうごめんだよ…

だから―――


――――――

時は三月中旬――それは期せずして訪れた二人だけの時間。

フットワークに定評のあるフェイトテスタロッサハラオウン。
彼女は思い立ったらとにかく速い。
その日のうちに強引に休みをとって、なのはにも日時を合わせるように段取りを施した。
はやてやヴォルケンリッターの皆にも協力を仰いでシフトの穴も埋めた。

「あとで好きなだけおっぱい揉んでいいから!」

「ちょ、人を好色魔みたいに……………ま、どうしてもって言うならなー。
 ヴァイスくーん、28日の艦内浴場を私の貸切にしといてな♪」

「模擬戦100連発、血反吐吐くまで付き合います!」 

「ほう……言ったな。後戻りは出来んぞ。」

「ガリガリ君1か月分で!」

「安っ!? バカにしてんのかっ!
 ………たく、なのはは任せたからな…」

「うん! 任された!」

「マムシドリンク下さい!!」

「な、何する気よ……フェイトちゃん。」

「ワン!」

「…………」

そう、あくまで合理的に最短距離で埋めた。

最初は友人の強硬手段に対して驚いていたなのは。
しかしそのあまりの勢いと熱意に負けて、休暇などほとんど取った事の無い教導官が
ついにはニコリと優しい微笑と共にフェイトの申し出を承諾する。

舞台は整った。 本当にたまの二人っきりの休日だった。

ボーリング等の体を動かしてリフレッシュする。
そんなアクティブなコースを回る選択もあったし
やはり女性らしくショッピングで責めるのもいい。(共に流行には疎い二人だったが)

でもそれだと彼女――高町なのはの体を休めるという目的にはそぐわない気がした。
映画、ショッピング、ピクニック。
共に周囲の喧騒が邪魔をして疲労に疲労を重ねた心身を癒すにはそぐわないのではないかと……だったら――

「釣りなんかどうッスか?」

執務官にとって全く馴染みの薄いこんな言葉が出たのは本当に些細な事。
最近、ナンバーズの姉妹ともよく話をする機会があったのだが 、その一人が何の気なしに言った言葉である。

何でも姉妹の何人かがアロハシャツを着た男の人――
その道のプロと噂される凄い釣り師に出会い、色々と話を聞いているらしい。
紅い槍を持っているという言葉が少し――いや、とっても気になったが
それは後で突き詰めていけばいいとして…

釣りという行為に抱く一般的なイメージは、水面と向き合って静かな時間を過ごしながら日を終えるというもの。
本来ならば若い女性の休日のチョイスとしてはまるで相応しくないものであるが―――

(………それだ。)

そういったゆったりとした時間が欲しかったフェイトにとっては天恵のような言葉。
今の疲れ切ったなのはには静かな空間で心と体を休める事が必要だと思ったし
何よりも今回は――今回だけは二人の時間が欲しかった。
だから組み立てたのだ。
フェイトテスタロッサハラオウン・プロデュース――高町なのは慰安計画wp。

抜かりは無かった 。執務官仕込みの下調べも聞き込みも万全。
決して華やかではないけれど、静かで穏やかな時間を二人で過ごし
そしてその日の最後には――
とにかく計画通りにいけば何の問題も無い 。
そんな一日限りの幸せなひと時――

神様も粋である。

その一言に尽きる。

それはもう温厚な執務官が天に向ってザンバーをぶち込みたくなるくらいには――

まさか自身・完全監修の慰安旅行の先にとんでもない地雷が埋まっていたなどと―――


流石の一流執務官にも読める筈もなかったのである。

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最終更新:2010年11月29日 16:44