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それは、彼女の日課だ。もはや誰も咎めだてすることなく我が家のように振る舞うことこそ自然。
むしろ、他人行儀などとろうものなら、それこそこの家の住人達は訝しむだろう。
だから、チャイムは鳴らさない。ここが自分の家だと感じられる理由を大事に思いつつ。

始まりは偽り事であっても今心にある想いはきっと本物。
汚れきったこの病み袋が初めて手にした一般人も患うであろう熱病。
強くも脆い心には赤髪の少年は眩しすぎた。
手放したくない、と病状が急速に悪化するのに時間はかからなかった。
けれど病の感染源は彼女の想いには気づかない。決して離したくない掌の珠は
この家の中にこそあるというのに。
その想いの届かない理由と原因を彼女は一つの事実としてすでに知っていた。

だからそれが彼女の日課。

「こんばんはー」

のんびりとした声が屋敷に現れたなら衛宮家の夕餉の時間、
すっかり餌付けされた某リッターは喜んで迎え入れるし、
家主もまた血が通った肉親と変わらない扱いをする。
新しく加わった騎士も彼女には悪い印象はないようだ。
割合、穏やかな表情で小さく会釈し桜を迎えた。
桜に第一声をかけたのは赤い少女。ヴィータはテーブルに肩肘つきながら
シグナム、セイバーと共に居間に座して桜を迎えた。

「お、桜か、今晩は桜に夕飯頼んだらいいかもな」
「…そうだな…桜、今晩は夕飯頼めるか?」
「はい?いいですけど。今晩ははやて先輩の担当だったと思うんですけど、私が
やっちゃっていいんですか?」

普段ならありえない展開に桜は首を傾げながら問う。
桜のなんの気なしに口にした言葉に答えたのはどこか元気のないシグナムだった。

「はやては体調不良で士郎はその看病。つまり誰も飯を作れない」
「シャマルさんは…?」
「サクラ…私はその手の冗談は容認できない。それにシャマルも体調不良で
寝込んでいる」
「す…すいません。私が悪かったです…」
剣の英霊の凄みは強烈だ。桜は頷くしかなかった。

「…先輩ははやて先輩の看病ですか?」
「ああ」
「そうですか…じゃあ、今晩の夕食は私がやらせてもらいますね」

ガッツポーズで気合いを入れると桜は厨房に入っていった。

「また、無理をしたろ。痩せ我慢をさ。さっきの説教の間、みんなお前を心配してたぞ」
「士郎に無理するな、なんて言われてもな。その言葉そっくり返したなるよ」
「軽口言ってないで寝てろ、それ以上無理してみろ本気で怒るからな」

有無を言わさぬ士郎にはやては無言の抗議をする。

「きっと明日の登校は無理だぞ」
「む」
「俺も学校へはいかないでお前の看病するから。戦いが終わるまではさ」

士郎の提案にはやては喜び半分といった様子。

「……遠坂さんとはあんな関係になってもうたし
学校も損壊させてもうた…確かに学校へは暫くいけんかなぁ。
本来なら私達逮捕ものやしな。…せやけど、士郎が看病してくれるんやったら
悪ないか。ありがとな」
「今更だろ。気にするなよ」

床につきながらか細く零す病人の呟きを聞きながら
冷たい水を濯ぎ、ひんやりとしたタオルをその額に載せた。

「ん!……そや、あと、な。大河が今日、学校に来なかったこと
気になっとるんやけど士郎はどう思う?」
「…俺も気になってはいたんだ。俺達に何の連絡もないなんて藤ねぇらしくない。
ただ、今日は色々あったら…考える暇がなかった。けど…まさか…」

はやての言葉を聞いた後の士郎の顔には後悔と焦りの色が浮かんでいた。
もしかしたら…十年来、姉と慕っていた人に対して、この戦争が牙を剥いたのでは、
という考えが脳裏を掠めては彼は冷静ではいられなかった。

「…!っ…今からでも雷画じいさんのとこに電話を!」
「あ、士郎、待ってや」

立ち上がろうとする士郎を見上げる。

「なんだ?」
「電話するんやったら、気になってたことが一つあるんや。
今日、慎二がな、いっとった。昨日の夜、大河と会っとったって。
参考になるかはわからんけど」
「…わかった。慎二にも聞けばいいんだな」

士郎が慌ただしく立ち上がり、身を翻し、これまた慌ただしく
襖を開くと、驚いて目を見開いた紫髪の少女、桜がいた。

「せ…先輩…どうしたんですか?そんなに慌てて?」
「桜、来てたのか、少し電話してくる間、はやてのこと任せてもいいか?」
「あ…は、はい」

真剣な様子に呆気に取られたたどたどしい返事を聞くと
士郎は居間へと消えて行った。

「先輩…何か急いでましたね」

居間に向かう士郎は確かに必死の形相だった。
桜にとって士郎の本気の顔はあまり知らない。知っているとすれば、
一度だけ見た夜の鍛錬の時の姿とあの昔の懸命な姿だろうか。

「大河が今日連絡なしで学校休んでたんで、あ、いや
学校には連絡しとったかもしれんけど私達にって意味やけど」
「…そうですか、それだけであんなに必死になれるなんて流石、先輩ですね」

士郎の去っていった方向を柔らかい眼差しでみつめる桜。

「あ、すいません、はやて先輩。タオルはちゃんと冷えてますか?」
「大丈夫。今、替えてもらったばかりや」

はやての横に座ると桜ははやての容態を粒さに観察する。

「…先輩、かなり顔色悪いです」
「…せやろな」
「先輩も我慢する人ですよね。私は知ってますから。病院には行かないんですか?」
「行っても原因不明でなんともならんやろな」
「ですよね。このまま我慢しちゃってください」
「桜ちゃ……?」
「はやて先輩お腹減ってますよね。私、ご飯持ってきます!」

立ち上がり、廊下へ向かう桜の足取りは軽やかでどこか嬉しそうにみえた。

桜が居間に着くとそこには元気に闊歩する虎の姿があった。
大河は何もなかったように振る舞っているが、首に付けられた二つの傷が
何かがあったということを衛宮家一同に確実に印象付をする。

「慎二じゃないんだな藤ねぇをやったのは?」
「やーね士郎は友達をそんな悪くいっちゃだめよ。
あと私の教え子なんだから間桐君はそんなことしませんよー。
ちょっとスレンダーな美人に噛まれちゃっただけなんだから。
これも私の魅力ね」
「そんな話じゃないだろ…」

心底心配している士郎にとって大河のおちゃらけた
態度に頭に来るのは時間の問題かと思われた、が

「…大丈夫よ、士郎。警察には届けてあるし。士郎が気に病む必要はないんだから。
それでも心配かけてごめんね」

そう真顔になって微笑みながら喋る大河には士郎も黙るしかない。
一同もとりあえずそれでこの話は締めることに決めたようで口を挟むものはいない。

「では、大河もきたことだし夕飯にするぞ。大河には私の分を分けてやる」

シグナムが呼び掛けると思い思いに皆テーブルへと向かう。
シグナムが言葉通り行動するのか疑問を抱えながら。



全員を家に送り届ける頃にはすでに日が暮れていた。
最後に送り届けた蝉菜マンション在住の二人には
二人と同じく、クロノが蝉菜マンションに住んでいる理由を尋ねられたが
彼に他意はなくあくまで、偶然であったので答えようもなかった。
そう、煮え切らない受け答えをし続け、二人の女性から問い詰めを受けるという
現場を十数分重ね、そろそろ近所迷惑を考えなくてはならなそうなという頃
少し勘違いをしていると思われる少年に、罵声を浴びせられる始末。
少年はどうやら、目の前の少女、綾子の身内のようで
ま、うちの姉ちゃんみたいのに手を出せるのには感心しますけど
という発言を最後にクロノの視界から強制的に消し去られた。

「改めて言うけれど…あまり外にはでないように。
これから二週間くらいは危険だ。家族にも伝えた方がいい」

ちらりと綾子とその脇に抱えられた少年を見遣る。
その視線に綾子は挑戦的に答えた。

「で…クロノさんは自宅に帰らずなにすんの?仕事は首になってんでしょ」
「違いない」

あの傲慢な男の気まぐれでいつの間にか首となったが
その響きは社会人であるクロノには多少チクリとくる響きを持っている。
顔を…しかめる。

「…知り合いの神父に少し話しがある。言峰教会まで出向こうと思う」
「なるほどね。そこでなんだけど、あたしも一緒に行かせてくんない?」
「不同意」

クロノの答えはここでは明確。

「…わかったわよ。確かにクロノさんはそういいそうだよね。
でも、あたしは少しくらいは腕に覚えがあるってことはおぼいといて」
「だからと言ってついてこないで欲しいんだが」

綾子の申しでを即決で断り、クロノは綾子と鐘に背を向け、歩きだす。
そんなクロノを見送る綾子の目はある種のやる気に満ちていた。

「やめた方がいいと思うぞ…美綴嬢」
「衛宮やはやてが関わってるのは確かなんだし、あいつらのためにもここであの人を
追っかけるのは価値があるとあたしは思うわけだ」
「やれやれ、止めたいが止まらなそうだなこの女丈夫は」

苦笑を浮かべる鐘に綾子は目配せで答えてみせた。
クロノに続いてさりゆく背中に鐘は小さく呟く。

「まぁ、あの人の腕なら美綴嬢一人くらいはおそらく守ってくれよう。SFは信じないが」

クロノへの信頼を示すと鐘は綾子が残していったものを引きずりつつ家路へと就
いた。




葛木宗一郎を連れて屋上についたときには一面に広がっていたはずの
血の海は一辺足りとも残さずどこかへ霧散していた。
あまりのことに一成は口を大きく開いたまま固まる。
対する宗一郎といえば屋上のただ中へ進みでて辺りを見渡していた。

「何も無いようだが」

一面赤く染まっていた状態を見ていない宗一郎には一成の驚きは理解できない。
けれど、宗一郎も一成の様子が尋常でないのは理解できた。
おそらく、ここで一般社会から隔絶した異常が起こったのだと彼は彼なりの価値観で認識した。

「キャスターに相談してみよう。それでいいか?」
「はい…」

一成は数分前にこの屋上にいた女のことさえ思い出させないくらいに思考力が低下していた。
彼のこの日の夕刻は前代未聞の体験をもって終わった。




「聖杯戦争が始まったというのに一般人を連れまわして夜遊びとは
随分余裕ではないかクロノ・ハラオウン」

穏やかなようでいて、どこか高圧的な声の主はいつのものように礼拝堂に佇む。

「彼女は別に僕の連れじゃない」
「まぁいい。それで何用だ?親交でも温めに来たのか?酒は相変わらず置いてあるから
その点に関しては十分に答えられるがな」

屋内で話しをしてるのは言峰綺礼とクロノだけだが
入口の外にはもう一人おり、聞き耳を立ててるのは明らかだった。
彼女には残念なことに結界のために中の声は全く
違う内容に置き換えられて聞こえるわけであるが。

「聖杯戦争の情報が欲しい。衛宮士郎の説得にはいくらあっても足りない」
「衛宮はやてを放置したままでいると黒い書物が暴走して、星を飲み込むだったか」

思案顔になり真面目になろうともこの男はどこか食えない雰囲気を絶やさない。

「強引に彼女を連れ去って凍結させるのも、命を奪うのも手段としては容易だ。
けれど、できるだけ強行的な手段はとりたくはない。
できれば、衛宮士郎に納得してもらって彼女を引き渡しもらいたい」
「仮に聖杯戦争の情報を提供したとして、はたして衛宮士郎はお前の話しに乗るのかな?」

言峰は口に見透かしたような笑みを浮かべる。

「確かにあれは頑固者だが…あるいは」
「本当にそう考えているのか?私にはお前が衛宮士郎を聖杯戦争のただ中へと
誘導して、戦いの中で死んでもらいたいと思っていると踏んでいたのだが」

男はまた、見透かしたような
笑みを浮かべる。




桜が持って来た食事に少し口を付けただけではやてはすぐに眠りに就いた。
今日昨日あたりから急に体に力が入らなくなり、眠りも深くなってきていた。
夢をよくみるようにもなってきていた。
夢に出るその人は長い銀髪と赤い瞳をしていてこないだ会った
小さな雪の娘、切継の娘に似ていた。

(イリヤスフィール?のお母さん?やろか)

が、すぐに気づく。ヴォルケンリッターと同じ存在だと。彼女の紡ぐ言葉で。

(主はやて…もう時間はありません。蒐集しなければおそらくお体は)
(あんたはもしかして…)
(闇の書、人はそういいます)
(ほんまに?)
(お急ぎください。魔力の補充をするか蒐集するかどちらかを…)

次第にその姿は朧に霞んで消えていく。

(待ってや!)

はやての声は届かず相手も振り返らない。


 わくわくざぶーん

「目覚めたか…さて、これで楽しみが一つ増えた。今回の聖杯戦争は我にとって
集めるものが多くて結構なことよ。
セイバー、夜天の魔導書。全て…クク、我の物よ」

わくわくざぶーんの一室で金の男は整った口端を吊り上げ
ただ、一人笑いつづけた。