#1

その頃、港湾警備隊・防災課特別救助隊隊舎

「それでは、ソードフィッシュ01・スバル・ナカジマ、
本局要請を受領し、調査、防衛任務に臨時出動します」

必要な書類を提出すると、スバルは隊舎を辞し、地上本部へと向かった
ここ数日頻発する事件に対応すべく、はやての呼びかけに応じる為だった

『スバル、今何処にいる?』

「あ、シャーリーさんお久しぶりです、
もうそっちは合流したんですか?」

レールウェイのステーションで通信を受け取ってスバルは思わず相好を崩していた、
相手は六課時代のチーフオペレーターであり、
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの補佐官シャリオ・フィニーノだった

『その様子だとそっちまでニュースは行ってないのね、
私は今空港、ちょうどフェイトさんがサーヴァント
―――あぁ、事件を起こしてる魔法生命の総称ね―――と交戦状態の最中なの』

「え、そうなんですか?
じゃ、私も空港に―――」

言いかけたスバルの眼に公共放送のニュースと、局の特殊通信が飛び込んできた
公共放送の方では小規模、個人レベルのテロという内容のようだが、
局通信―――この事件の捜査チームに向けての機密情報―――には、
フェイトの苦戦と、増援になのは、はやてが向かったことが記されていた

「フェイトさんが苦戦って―――、
シャーリーさん、そのサーヴァントってそんなにすごいんですか?」

サーヴァントによって地上本部の武装隊が被害をこうむった話はスバルも知っているが、それでもまだ、オーバーSであるフェイトが苦戦する相手だとは思っていなかった

「そうか、この話はまだ知らないのね
先日、サーヴァントと交戦したのはシグナムさんの部隊でね、
―――手も足も出せずに、壊滅させられた、って」

「―――っ?!」

絶句するスバルに、シャーリーは言わなければよかったか、と少し後悔した、
しかも相手は陸戦の剣士、シグナムが手も足も出なかったということは、
実力で言えばSSクラスといっても過言ではない

とはいえ、これで怖気づいてくれるのなら、不謹慎を承知で言わせて貰えば、
それはそれで、身内が傷つくのを避けられるということではある

もちろん、シャーリーもスバル自身も、
スバル・ナカジマという人物がおとなしく引き下がる人物ではないと知っている

深呼吸で自分を落ち着けると、そちらへ向かいますと告げ、スバルはホームを移動し、
発射寸前の空港行きのレールウェイに乗り込もうとして、
ふと、その視線に気がついた

ホームの端、大型モニターを見上げていた子供が、こちらを向いたのだ
きれいな金髪にルビーのような目をした少年である
ある意味フェイトに似た外見だが、
こちらの方がより神々しい雰囲気を携えている気がする

「あれ、お姉さん今の列車に乗るんじゃなかったんですか?
急いでたように見えましたけど」

少年に気をとられ、見送る形となった列車を一度振り返り、
スバルはあぁとため息をついた、アレに乗りそびれたと言う事は、
次は各駅である、空港に着くにはしばらくかかるだろう
だが、そんなことは些細なことだと、スバルは少年に向き直った

「君―――何?」

“誰”では無く“何”と問いかけたのはいかなる本能によるものだったのか、
スバルの問いかけに少年は、あぁ、思ったよりも鋭いんですねお姉さんと、
軽い感嘆の声を上げた

「心配しなくても今の僕に害は無いですよ?
―――なんでも自分の支配の及ばない土地のことや、
取るに足りない児戯に付き合う趣味は無いんだとか」

まるで答えになっていないことを他人事のようにそういうと、
少年はモニターに向き直った
其処には子供が見て楽しいようなものは何も映っていない
無機質なニュースが流れるばかりである

会話に詰まったまま、
何も言えずに、スバルはやってきた列車に乗り込みその場を後にした




#2

一方その頃空港では、
ロビー前のロータリーに張られた結界の中で、巨人との戦いが続いていた
前線を勤めるランサーが二本の槍を巧みに使いながら戦うが、
その二振りの魔力が共に巨人の鉛色の躯を貫くにいたらず、
なのは達の攻撃も、さして効果が無い有様であった

「AAAALaLaLaLaLaie!!」

雄叫びも勇ましく、雷神の戦車が迫り来るのを見て取って、
ランサーは巨人との打ち合いを捨て置いて、戦車の進行方向から飛びのいた

「■■■■■■■―――!!!」

咆哮する巨人の豪腕はここに着てさらに勢いを増していた
神牛の一撃をいなし、横に逃れて車輪をかわさんとするその動きは
いかなる本能によるものか

「なんのまだまだ!」

だがそこで持ち直してみせてこそ騎兵の真骨頂、
崩された神牛の体勢を立て直すと、側面に折りたたまれていた戦斧を展開する
勢い良く飛び出した、それだけで人の身の丈はあるかという巨大な刃に跳ね飛ばされ、
巨人が大きく膝を付き、そのまますれ違う刹那

「はあぁぁぁぁぁ!」

御者台の後ろから、金色の光が飛び出した
ライオットザンバー・カラミティ―――
金色の巨大剣に戦車の雷光を集約し、限界を超えた超斬撃を叩き込む
ゾブリと、彼女の手に重々しく鈍い、肉を切り裂く手ごたえが返ってきた
非殺傷設定の安全装置を解除することに抵抗はあったが、
そんな甘い考えで制御しきれるほど神の雷光は甘くは無い
その体を走る紫電は、常の相棒ならば決して許すことの無い
膨大な魔力のフィードバックによるものだ

フェイトがとった策を要約するならばきわめてシンプルな方法である、
現状でもっとも効果の高い戦車の力、その雷光をバルディッシュに集め叩き込む
魔力の収束を得意とするわけではない身で、
本気を出せばどれほど威力を持つか計り知れない宝具の力、
その一端を繰り、束ねるというのは口で言うほど容易ではなく
これを成し遂げる為、フェイトは結界の維持をはやてに任せ、
リミットブレイクであるソニック&ライオットザンバーを起動させて挑んだ

「はぁ……はぁ……」

紫電を体に纏わせたまま、残身もままならず、フェイトは膝を付いて荒い息をはいた
両手で握る大剣は刃先から柄にいたるまで無残にひび割れており、
全身を襲う疲労感は通常時とは比べ物にならないものだった
だが、とにかく終わったのだ
達成感が緊張を打ち崩し、のしかかる疲労が思考を麻痺させる

―――故に、続く出来事に彼女がなんら反応できなかったのは仕方が無いこと

「■■■■■■■―――!!!」

轟と、地を振るわせるほどの咆哮が鳴り響き、
何事も無かったかのように巨人が立ち上がるのを
彼女は、漂白した頭でただ呆然と見ていた

「―――あっ」

かろうじて意識の端に何とかしなくてはという思考が浮かぶが、
疲労と仕留めたという安堵がもたらした虚脱感、
何より慣れない殺生に対するある種の逃避―――
それらがもたらした思考の停止は如何ともし難く
指一つ動かすことのかなわないまま、絶望が迫り来るのを呆然と
彼女は、それこそ素人のように無様に口をあけて見上げてしまった

戦場は、敵というものはコチラを待ってはくれない
だがこの時、なのは達もフェイト同様、安堵で気が抜けた直後であり、
征服王の戦車は転進するには体勢が悪すぎた

「あ……あぁ……」

起きた出来事に対し、脳が理解を拒否している
そういう状況だ

フェイトは間違いなくあの巨人を両断した
切っ先が肉をえぐり骨を断つ瞬間をなのははその目で確かに見ている
にもかかわらず、巨人は傷一つなく立ち上がり反撃に出たのだ
出来事の矛盾に認識が追いつかず、反射的に構えたデバイスも、
何の為に構えたのか思い出せない

「……フェイト……ちゃん」

ようやくクリヤーになった思考が一つの言葉を紡ぎだす
それはまだ感情の乗らない平坦な声だったが
絶望に凍りかけていた思考だからこそ、それに答える声は良く響いた

「なのは!」

あらぬ方向から聞こえた声に振り返ると
ランサーに抱きかかえられる形で、フェイトはかろうじて難を逃れていた

そのまま離れないのは、
―――幾分かは、魔貌の影響もあって彼に甘えていると言うのもあるだろうが、
フェイトが力尽きたことを意味していた

「あかん、どないしょうか?」

ランサーの攻撃や自分達の魔法はほぼは通用しない、
ようやく通ったはずのフェイトの攻撃から
何故か何事もなかったかのように立ち上がる巨人を見て取って、
はやては夜天の書から魔法を検索しながら唇をかんだ

「ライダー、ひとまず彼女を戦車に」

「うむ、仕方あるまい
―――しかし、自動蘇生か、アレが奴の宝具の本来の能力となれば、
いよいよもって対城宝具がいるかもしれんな」

余の戦車で何処までいけるかと征服王が手綱を引きながらうなる
ことここにいたっては最早周囲の被害を考慮している余裕などないと
その鋭く巨人を見据える瞳が告げているのを、
力なく御者台の片隅に座りながら、フェイトは頷くよりなかった

彼女は知らない―――その身が成し遂げたことが、どれだけの困難であったかを、
巨人の命数を一つ討ち滅ぼすと言うことがどれだけの奇跡であるかを
彼女に理解できたのは、ただ足りなかったと言う事実、それだけである

『フェイトさん!』

「キャロ?!」

無力感に打ちひしがれかけた彼女の耳を音ならぬ声が打つ
声は結界の外からの念話であり、
その主は、元六課の召喚魔導師キャロ・ル・ルシエのものであった

「キャロ、今何処に?」

『空港です、今そこでシャーリーさんに会って、
フェイトさん、大丈夫ですか?』

大丈夫とは少々言いがたい、傷こそ負っていないが魔力は底をつき、
正直念話さえ聞き取りづらい状況だ

「キャロ、ちょうえぇか?」

横合いからはやてがその念話に割って入った
次々とページを捲り、式を組み上げながらはやては続ける
彼女は既にこの状況を征服王の戦車にかけるしかないと判断していた
それほどに、書に記された魔法における“神秘”と言うものに確信が持てない
なのはの収束砲『スターライトブレイカー』であればあるいはとも思えるが、
そこから立ち上がられればフェイトの二の舞である
現在戦車の使用に待ったをかけている理由はここが狭い結界の中であり、
かつ公共物の多いロータリーであるからだ、ならば―――

「空港の滑走路側に結界とその中の人間を全員転移させる、
いきなりで悪いけど転移座標のサポート頼めるか」

『は、はい!』

転移魔法は複雑な式と、多くの魔力を必要とする
個人の転送クラスなら可能な魔導師でも複数人の転移は出来ないことが多い
そして長距離よりも短距離の方が精度を上げるのに必要な難易度は実は高い
困難な術式だが、それをなしてこその『夜天の主』、
そしてそれを可能にしてみせてこそ、転移、召喚をつかさどる召喚魔導師の真骨頂

「そう言う訳やから、ランサーさん、アレの足止めよろしく」

「承知した、押さえ込んでみせよう」

はやての意図を汲み、二槍を手に槍兵がかける
転移の精度を上げるなら中にいるものは無駄な動きを抑えるべきだ
味方はともかく、理性の無い敵にそれを求めるのはこくな話である

―――転移の際には必要になる

バインド魔法を準備しながら、なのはも援護に回るべく
桜色の翼を羽ばたかせた




#3

一方、地上本部では

「まだかよ、チクショウ」

「ヴィータさん落ち着いて、どうどう」

いらだった様子のヴィータをなだめながらアルバートは唇をかんだ
いまだ確かな信用を得ていないのと、検査の為デバイスを預けているのもあって
自分達は動けず、ヴィータのアイゼンも今だ先の戦いからのダメージから回復しておらず、
技術局に預けたままだ

放って置くと―――いや、放っておかなくても
このままだと技術部に殴りこみそうなヴィータをなだめるのも正直限界である
戦況を確認するたびに絶望的な報告が返ってくる
相手が陸戦であるが故に直接的な負傷者はまだでていないが、
攻撃が通らない―――通っても倒せないとなれば、精神的な消耗具合はかり知れない
フェイトのとった手段が事実上無意味に終わったことで、
心理的な負担は倍増ししていると言っていい
人の精神は見返りのない徒労を続けられるようには出来ていないからだ

はやてが戦場のスペースを広げることで選択肢を広げるつもりのようだが、
正直言って、それで取れる選択肢が何処まで通じるかと言えば、
何も通じない可能性すら存在するのである

「スバルはどうした、
あいつ空港に向かってるんじゃなかったのか?」

怒鳴りつけられたオペレーターが、その剣幕におびえながらスバルの様子を確認する
常ならばシグナム辺りがブレーキになるべき状況だが、
生憎ながらここには今現在、彼女どころかヴィータより上の階級が一人もいなかった

「ヴィータ空尉……」

「なんだ!?」

焦りがそうさせるのか、ヴィータの声は完全な怒声になっている、
まだ入局から日が浅いらしく、ひぃ、とすくみあがった声を上げながら、
そのオペレーターは絶望的な報告を上げた

「レールウェイの線路上にサーヴァントが出現、
現在ナカジマ防災士長が応戦中」

モニターに映し出された青い魔力光はヴィータの良く知るスバルのものだ
人命救助の申し子とまで言われ、その第一線で働く彼女が
脱線し、横転した列車からの救出活動を後回しにしなくてはならないような状況
それは―――

「ヤロウ……!」

靄のような魔力に覆われ全体像が掴めない長身
それは、つい先日、ヴィータがグラーフアイゼンとストラーダ、
二機のデバイスを大破させ漸く退けたあの幽鬼に違いなかった
それでもスバルがあたったのはまだ不幸中の幸いだったに違いないとヴィータは思った
相手の希少技能(ランサーによればあの霧もあわせて宝具らしい)が、
手にした物を強化して武器として用いることが出来ることであることは分かっている
体に直接装着する具足型デバイスを用い、徒手空拳で戦う彼女であれば、
少なくても、戦闘中に武器を奪われる心配はない

「おまたせ!」

状況に手に汗握っていた一同のところに、明るい声が響く
本局精密技術官でありデバイスマイスターでもあるマリエル・アテンザが
デバイスを抱えて現れたのである

「よっしゃ、こうなったらお前らにも来てもらうぞ、いいな?」

「「はい!」」

ばたばたと自分のデバイスを手にしながらヴィータの指示に頷く
そのヴィータはと言うと、グラーフアイゼンを引っつかむや否や、
空間モニターでヘリポートを呼び出し「アルト!」と叫んでいた



『はい、こちらJF-704・108-3番機アルト・クラエッタ一等陸士、
発進準備出来てます』

「よし、こいつら乗せてスバルの援護に向かえ、
あたしは自前で先行する」

了解と答えるアルトに通信を切り、ヘリポートへ向かいかけたその足を
別のモニターを見ていたユイが呼び止めた

「ヴィータ空尉、
どうやら何人かはコチラに残した方がよさそうです」

「何―――?
ちぃ、そうみたいだな」

どこのB級映画だこりゃようとヴィータの言うとおり、
モニターには地上本部に向けて進行する
頭の上半分が無い骸骨の群れと、応戦する地上本部の魔導師たちが映っていた

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最終更新:2009年02月04日 12:35