―― シグナムVSセイバー・オルタ ――

「―――来るがいい、一時戯れてやる」

それは、このベルカの騎士を前にしての台詞とは思えない傲慢な宣言だった

「私がやる、お前達は下がれ」

十重二十重に黒騎士を取り囲んでいた人の波がその一言で一斉に退いていく

降りぬくは剛剣、その戦技は無双、紅蓮の双翼を持って天を翔る美しき騎士
かつては畏怖を、今は敬意をこめてその人の名を呼ぶ

「騎士シグナム」と

黒騎士の足元に無造作に転がるのは、彼女に挑み一太刀の下に切り捨てられた
地上本部の精鋭である
ランクも実力も決して本局と引けを取るものではないと自負し、
轡を並べて共に戦ってきた同胞である
それを路傍の小石と同列に足蹴にする黒騎士への怒りを胸に宿し、一歩近づく
怒りは太刀にこめる思いであるべきだ、それを動きにしてはならない
―――目の前の相手は、そんな安い剣で倒れてくれる相手ではない

彼我の距離が10メートル程に狭まったのと同時、
申し合わせたように互いが膝をたわめ、ついで同時に地を蹴っていた

ゴゥ!と鳴る音はもはやヒトガタが発するとは思えないほどの力の発露
互いに5メートルの距離を一足で詰め、すれ違うなどと言う考えなど微塵もない
正面からの渾身の一撃がぶつかり合う

その一撃の重さに互いにたたらを踏み、
弾かれた切っ先の重みを引き絞る力に変え切り返す
そこに余分はなく、互いにこの一太刀でそのクビを落とさんとする暴風のごとき一撃を振るいあう

その打ち合いが10を超え、20を超えた辺りで待たしても互いに申し合わせたように、
打ち合わせた剣に弾かれたように間合いを離す


「その程度のなまくらで打ち合ってみせたのは褒めてやろう
だが、我が剣は破城の鉄槌、何人も受けきれぬと知るがいい」

大きく空中へと跳び退った姿勢で、
シグナムは黒騎士の言葉に奥歯を鳴らして唇をかんだ

計算されつくしたかのような絶技の剣舞、一見五分のようでいて、
その実、離れた間合いが互いの優劣を物語っていた

高さを含めた直線距離にして凡そ10メートル
始まりと同じ距離のようでいて、実際には大きく違うその距離は
割合にして7:3でシグナムのほうが多い

それは、仕切りなおすのに両者が必要とした余裕の差をそのまま表したかのようだった

愛剣を握り締めた手に力が篭る
剣士として長年連れ添った半身を愚弄されて
心中穏やかにいれるほどシグナムは気長な性格をしていない

「ならばそのなまくらが如何程か、その身で確かめてみるがいい!
―――レヴァンティン!」

ガキリッ、と号令にカートリッジを吐き出すと、構えられた魔剣に紅蓮の炎が走る
紅蓮の双翼も勢いを増し、身を翻すと、砲弾と化したかのように一直線に切りかかる

「紫電―――、一閃!!」

二の太刀など要らぬ真に渾身の一撃で、その鉄槌ごと両断せんと迫るシグナムの眼前で
黒騎士は、無造作に右手に持っていた剣を左手に投げ寄越し、

「―――ふんっ」

これまた片手で無造作に、ただ棒を振るうかのような動きで、荒々しく強引になぎ払った
ただし―――その切っ先はシグナムの剣に宿る紅蓮を嘲笑うかのような膨大な魔力の嵐に包まれていた訳だが

「―――っ!!」

シグナムには悲鳴を上げる余裕すらない

紫電一閃―――ベルカ騎士の魔力付与攻撃の基本にして奥儀たる一撃が、
無造作に唯魔力をこめただけの一撃で返されるなど、
過去の彼女の経験にも数えるほども存在しない
否、防がれた記憶すら数えるほどしかありえない
故に、次の出来事に
曲がりなりにも対処できるだけの冷静さを保てたのは奇跡と言えよう

「火竜一閃!」

不完全な魔力刃による突発的で無理やりな術式
中距離殲滅用の魔法をそこまで強引に発動させた理由
今しがた自分の奥儀を打ち払った斬撃が、
そのまま―――唯振り戻すだけという、
あまりにも理不尽な形でもう一度振りぬかれるという現実
コレがまだ相手がシグナムに倍する体躯を持つ巨人によるものならば理解できる
だが、この烈火の将を片手であしらう黒騎士の躯は
彼女の頭半分にも届かない背丈しかない矮躯の少女に過ぎない
心身、魔力を総動員し
無理を重ねて不十分な形ながら無理やり数節程の連結刃を魔力で作り上げ、横なぎに払う
だが、そんな小手先で返せる業ならば、もとより打ちのめされることなど有り得まい
暴力的な魔力刃に小枝の如くあしらわれ、続く三撃目を文字どおり無様に転がってかわし、
シグナムは片で息をしながら立ち上がった

片手、それも無造作の極みの様な一撃で地に伏せられるなど今まで経験したことも無い
もし、相手の一撃が自分の紫電一閃と同じく両手による全力の振り抜きであったなら
両断どころか跡形も残らなかったかもしれない

満身創痍でそれでもなお戦意だけは失わぬ瞳で次の手を模索し、
シグナムは、唇をかんでそれを実行に移した

上空高く飛び上がり、レヴァンティンの柄頭と鞘の鯉口を打ち合わせ、
一瞬にして弓へと変じたそれに、紅蓮の矢を番える
残されたの魔力の全てを載せた最大出力のシュツルムファルケン
これが効かなければ後は無い、―――否、通じないはずが無い

「翔けよ、はや―――」

彼女が地上から飛び立ちシュツルムファルケンの準備を終えるまで実に十秒
弓を組み上げるだけであれば2秒に満たぬ神速と呼ぶにふさわしい手際であるが
かの剣と打ち合うに置いてそれはあまりにも遅すぎた

ゴウ!と吼える魔力のうねりは最早暴力ですらない
シグナムをして絶望の二文字で脳が麻痺するほどの現象

破城の鉄槌などという言葉など生ぬるい
オーバーS相当の広域殲滅魔法に匹敵する魔力が目の前で咆哮をあげていた

―――それは最早、真竜の咆哮そのものだ

「―――総員、退避!!」

いまだ遠巻きに取り囲んでいる局員達に叫ぶ

「約束された―――」

振り抜かれれば防御魔法では防げないだが、果たして
たかがニンゲンに光がかわせるものか―――

「間に合え―――!!」

歯を食いしばって渾身の矢を放つ、
魔力が底をつき、飛行を維持することすらままならない状況に陥る間際

「勝利の剣!!」

絶望が、その全てをなぎ払った




―― ヴィータVS4thb ――

さて、それと同じ頃

地球の怪談で言うところの怨霊と言うのはこういうものだろうか?
とヴィータは思った

「……ar……er……」

ゆらりと立つ、幽鬼としか形容しがたい『何か』
人型をしているのは分かるのだが、その詳細がどうにも判別できない

「ヴィータ空尉……」

「得たいが知れねぇ、
エリオ同時に行くぞ、ありゃなんかヤベェ」

何か言いかけた
―――ついこの前まで自分の方が見下ろしていた気がする少年の言葉を遮り、指示を出す
人語を解するかどうかの前に、先ず取り押さえなければヤバイと本能が告げている

「……ar……er……ッ!!」

首をゆっくりとめぐらせていた幽鬼がコチラを見つけ低いうなり声を上げる

「行くぞ!!」

「はい!」

ドンと駆け出す若き雷光と緋色の鉄槌、
エリオは地を這うように低く、ヴィータは弧を描くように高く飛ぶ
上下からの強襲、シンプルであるが故、回避も困難な突撃と言う戦術
幽鬼が手にするはへし折れた鉄棒一つ、
ベルカ騎士を相手に、それは何の気休めにも成らない
―――そもそも気休めと言う言葉自体、理性があってはじめて意味を成す言葉であるが

だからこそ、その気休めにもならぬ鉄棒一つ、理性無きままに振るわれる腕の放つ
―――流麗にして苛烈な斬撃が、
雷光を切り伏せ、鉄槌を打ち返すなど誰が想像しえただろうか

地を駆けた少年の動きは人に捕らえられるものではなく、
鉄槌の一撃は断じてたかが鉄棒に受け止められるものではない

「にゃろう!」

打ち返されたまま宙空でトンボを描き、体勢を立て直したヴィータの眼前

「―――っ、ナニィ!!」

飛来したそれは間髪いれずに投げつけられた、
今しがた迄幽鬼が持っていた鉄棒

反射的に展開したパンツァーシルトにそれが突き刺さったのを見て、
ヴィータは考えを改めた

―――こいつは、どんな物でも魔力を通して武器に使える希少能力者だ

「エリオ、一旦引け!」

「はい、―――うわ!!」

切り伏せられ膝を付いた姿勢から飛び下がろうとしたエリオが、
何か強引な力で意図しない方に引かれ、そのまま投げ飛ばされる

原因は立ち上がり跳躍しようとした彼の手にあった愛槍ストラーダ、
その石突を幽鬼が無造作に掴み、引き寄せたからに他ならない

即座に受身を取って立ちあがったものの、得物を奪われた形となり歯噛みするエリオ
それだけであれば、まだ問題ではない
魔導師の使うデバイス、特にインテリジェントデバイスは優れた自己判断能力を有する
使い手でないものが手にしても即座に待機状態に戻り、自ら悪用を防ぐことも出来、
システムに介入してソレを解くにも、それ相応の技術と設備を必要とする

だが相手はレアスキル能力者、
葉脈か蜘蛛の巣を連想させる黒い魔力が幾重にもストラーダに絡み付き、
たちどころにその自我を奪い去る

幽鬼が自らの得物である鉄棒を投げると言う愚挙に出た理由
それは断じて唯本能に突き動かされてのことではなく
目の前にある、より優れた武器に持ち替えるための予備動作であったのである

「一旦どころじゃねぇな、退がってろエリオ」

「……はい」

丸腰で勝てる道理はない、唇をかんでエリオが距離をとる、
幽鬼の視線はヴィータに釘付けであり、既にエリオは眼中に無いのか
低く唸りながら彼女を見上げるばかりで動こうともしない

「……ar……er……」

「アーアーうるせーんだよ、言いたいことが有んならはっきり言いやがれっての!」

少し離れた所に着地し、愚痴をこぼしながら
ヴィータは頭をフル回転させていた

相手の能力から言って武器に触れられることは絶対に避けたい
だからといって遠距離戦は却下、
もとより自分はベルカ騎士、己が得物と技量を自負せずなんとする
とは言え相手の手に全うな武器が渡ったのは痛い
ならば武器ごとたたき折るまでと言いたいが、
相手の技量は鉄棒一つで一流のベルカ騎士二人係の一撃を苦も無くあしらう猛者
いなされた挙句グラーフアイゼンまで奪われては目も当てられない
エリオからストラーダを強奪する手際の一部始終を見届けているが故に
ヴィータにはその可能性を一笑に付すような楽観的な思考は存在しなかった

一撃で、決める!

「アイゼン、フォルム・ドライ!!」

ギガント・フォルム起動の指示にあわせ
ハンマーヘッドが一瞬にしてその体積を数倍に膨張させる
遠巻きに様子を見ていたエリオが顔を引きつらせた気がするが、
この際あきらめてもらうより他無い
まぁツェアシュテールングスフォルムではないから大丈夫だろう

「ギガント……ハンマー!!」

跳躍から全身の筋肉を引き絞り体ごと振り下ろすような全力の振り下ろす
万物全てを打ち砕く破壊の鉄槌の真骨頂

「……ar……er―――!!」

それを―――

「な……に……」

迎撃に繰り出された槍の一撃は薙ぎでも払いでもなく刺突
それも振り抜かれる直前の柄を、二股に開いたストラーダの穂先の隙間で受け止めるという、狙い済ましてできる芸当では決して無い神業で止めるなど、
だれが予測できたか

「ざっけんなぁぁぁぁぁ!!」

捻りを加えて振りぬこうとするヴィータの瞳が鬼神の色を宿す
踏ん張るものの無い空中からの一撃は本来、
地上のそれとは比べ物にならない軽いものに成るものだが
その様な物理的な常識など、この騎士には通じない

振りぬいた鉄槌は、立ちふさがるもの全てを砕く巨人の一撃
打ち下ろされれば幽鬼は間違いなく叩きのめされていただろう

だが―――エリオは見た
感情を爆発させ視野狭窄に陥ったヴィータと違い
離れた事で冷静に事態を観察できてしまっていた
ストラーダのツバの一部が引き込まれ、
変わりにその場所と石突きから、推進器が顔を覗かせるその瞬間を

「ヴィータさん!!」

エリオが念話だけで無く声に出して叫ぶのと、
金属同士がこすれあいみしみしと悲鳴を上げたのはほぼ同時だった

ようやくにしてヴィータも気付いた、咆哮をあげて押し返す槍の姿、それが―――

「フォルム・ツヴァイ?!」

デューゼンフォルム、推力による強引な機動と怒涛の力業で、
限定的な空戦さえも可能とするストラーダの第二形態

其処まで乗っ取られたってのか!?

腕力に槍自体の推力が加わり次第に幽鬼の方がヴィータを押し返し始める
金属同士のあげる摩擦音が次第に大きくなり、ついには耳障りな悲鳴と化す

ココまでか―――

押し合いをあきらめヴィータは仕切りなおすべく幽鬼から距離をとった
アイゼンに目をやると
槍の構造上最も鋭利な部分にさらされ続けた柄には無残な皹が入っていた

手ごわい―――ケモノ同然の様相でありながら、其の実力は一流と呼んで余りある
正直、同じ状態に陥って、あそこまで戦える自信はヴィータには無い

とりあえず、アイゼンを直す時間を稼がなきゃな

この調子でぶつかり合えば数合と持たず柄が折れる
ヘッドを失っては戦えない、そして其の隙を逃す相手でもない
一緒にいるエリオは使いものになる状態ではなく
ストラーダの出力次第によっては上空に逃げるのも有効とはいえない

―――しょうがねぇ賭けるか

「アイゼン、カートリッジ!!」

弱音を吐く前に力づくで叩きのめす
直す暇が無いのなら、壊れる前に片付ける他に無い

「ギガントシュラーク、ぶっ壊せ!!」

サイズ拡大は控えめに、変わりに前面に魔力を集中させた変型のギガントシュラーク
それでも人一人を叩き潰すには大きすぎる大きさの鉄槌を容赦なく振り下ろす
相手もストラーダで押し返すが、
こうなってしまえばデバイス同士の地力の違いでヴィータのほうが有利である

「ぶちぬけぇ!!」

鉄槌に載せられた魔力を炸裂させダメ押しする、
グラーフアイゼンにも相当の負荷がかかるが、
損傷した柄はぎりぎりで其の衝撃に耐え切った


「どうだ、この野郎」

片で息をしながら相棒を戻すと、出来上がったクレーターには、
派手に大破したストラーダが残されていた
アイゼンが呼びかけた範囲では幸いにしてコア部分には致命的な損傷は無いようだ

「いねぇな、逃げたのか?」

「分かりません」

探索魔法をかけながら見渡してみてもそれらしい姿は無い
どうやら取り逃したとみてよさそうだ

「仕方ねぇ、
とりあえず、地上本部か近くの隊舎に行くぞ、こいつらを治してやらねぇと」

其の言葉にエリオが頷いた所に、通信が飛び込む
送り主は―――八神はやて


「はやて、こっちは今化け物を取り逃がしたとこ、
今から戻るけど、何かあった?」

『そうか、それは良かった、
そっちは何とか片付いたんやね』

吉報とは呼べないながらも、事態が片付いていた事にはやてが安堵の息を漏らす
其の表情に影が差していることに気が付いてヴィータは訊ねた

「あぁ、そういやシグナムは?
部下連れて西の廃棄地区に行ってるはずだけど」

ヴィータ自身合流するつもりでいたのだが、
偶然こちらに来ていたエリオの連絡を受けコッチに回っていたのだ気にはなる

「文字どうりの完敗や
出動した陸士26名、航空魔導師22名の内、
シグナム含めた16名が重症、13名が意識不明の重態
―――其のうち8人はICUの中からでてくることは無いやろな
重傷者の方も現場に戻れるのはシグナム含めて片手で足りるくらいや」

はやてが読み上げる人数は数が合わない
―――それはつまり、それだけの数が帰ってこなかったと言うこと

「二人とも、ひとまず地上本部に集まってくれるか
この事件、デカイやまではすまん見たいや」

「了解」

通信が閉じられる
地上本部へと足を向けながらヴィータは空を振り仰いだ

「暗いな……」

陰鬱に暗い空は、昔戦乱続くベルカの空を飛んでいた頃を思い出す
それがこの上なく不吉に見えてヴィータは知らず、胸を押さえた

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最終更新:2010年02月04日 08:26