Flame&Lancer ―――

ひん曲がったガードレールと
アスファルトに刻まれた黒く伸びるベルト状の跡
辺りに充満する焦げ臭い匂いに撒き散らされたオイル

凄惨な大事故の余韻冷め遣らぬやらぬ
この人気のない林道にて――

今、無双を誇る弐機の剣と槍が激突する

対話の時は冷淡と磊落
まるで水と油のようでありながら、、
それは互いにシンクロしているかのようなタイミングで
両者は同時に、まるで示し合わせたかのように前方に踏み込む

声もなく音もなく地面を滑るように
短い呼吸と共に迫り来るランサー

「ハァッッッッッ!」

に対し、数分の遅れも躊躇もなく
全身から炎を撒き散らし
地面を削る蹴り足と共に気合一閃の騎士もまた
最大出力にて真正面から槍の男に向かっていったのだ

互いに裂帛の戦意を以って敵と相対する槍兵と剣の騎士

馬力に換算して余りあるほどの出力を誇る彼らの激突は
MAXスピードまで加速したモーターカー同士の衝突と何ら変わらない
狭い道路上にてあっという間に互いの間合いの詰まる様は
まるで一つの線路に二両の電車を向かい合わせて走らせたかのようなゾッとする光景を思い起こさせる

そしてそんな踏み込みの元に繰り出される剣戟と槍撃
空気を切り裂き、轟音を伴って放たれるそれが――ギィィィン、!!!という
鋼と鋼が激突する甲高い音と共に交錯し、、ぶつかった!

辺りに木霊した爆音じみた残響は100里先の空気をも震わせ
凝縮し、こそげ取られた空気が周囲に弾かれ
その交差された凶器と凶器を中心にぽっかりと真空を作る

これが烈火の将シグナムとサーヴァントランサーの初撃にてのファーストコンタクト

竹を割ったかのように潔い
これぞ騎士同士の正面衝突といわんばかりの光景は
しかしそこに至るまで、互いにどのような思惑が交錯したのか―――

それを知る術はもはやある筈も無く

今はただ両者の血肉を削るであろう壮絶な激闘の幕開けに
歓喜と恐怖を抱いて震えるのみである


――――――

向かい合う私と槍の男
互いにその戦意は既に臨界を迎え
もはや交戦は避けられない現状となった

重心を低く落とし、下段の構えから真紅の槍をこちらへ向ける男――ランサー

その淀みの無い切っ先を前に
半身を切り、片手剣の姿勢で相対する私
「寄らば斬る」の一念を魔力と戦意に込め
我が剣から迸る炎にて眼前の男を牽制する

互いにやや慎重を期した立ち上がりである事は否めない

槍兵である男は当然、こちらよりリーチに勝り
先制を仕掛けるには持って来いの位置にいる
そしてこの私とて「受け」の剣士ではない
敵にむざむざと先手を与えるような悠長な事はしない

「…………」

「、、、へっ」

それも本来ならば、の話だが……

構えを一寸も崩さぬままに男が笑いを零す
それを受け、相手を射殺さんとする眼光を向ける自分

じり、と半歩―――
その総身を蒼い装束で覆った戦士に向かってにじり寄らせ、、
思い直したように半歩下がる

そう、この立ち上がりに焦燥を感じているのは他ならぬ私自身

手に持つ愛剣の柄をぎりっと握り締めながら
私はその、地面スレスレにまで重心を落とした男の
山のように揺ぎ無い構えを前に歯噛みする


――― ………打ち込めない ―――


情けないが、微塵の隙も見出せない

元来のセオリーで行くならば
このような上段丸出しの低い構えなど強引に上から叩き潰せば良いだけの話だ

ならばいつも通りに攻めれば良い――
いつも通りに圧倒的に――
従来のように制圧すれば良い――

そう何度も何度も自らの背中を押す心とは裏腹に
悠久の時を経て、研鑽に研鑽を重ねてきた守護騎士プログラムが、


――― 行くな、と言っている… ―――


敵がどれほどのものか

その「格」はいかほどのものか

それは先ほどの舌戦
邂逅からこちら、刃を交えるその遥かに前から……
実は感じていた事だった

あの一見ふざけた態度の奥に隠された
否、隠そうとしても到底隠し切れないほどの巨大な牙
こちらの身を容易く引き裂き臓物を抉り取らんと欲する魔獣の如き
男の身体から漏れ出る無尽蔵の殺気と不吉な気配

それを前にして、取りあえず仕掛けて様子を見るなどといった
生半可な仕掛けを起こすほど間抜けではない

迂闊に動けば、為す術も無く一撃で
その身体を打ち抜かれてしまうというある種の予感…


高町なのはとの模擬戦や故・ゼストグランガイツとの一騎打ち
Sランクの騎士や魔道士と相対した時の重圧は凄まじいものだが、
今、それ以上のものを……目の前の男から感じている

彼ら以上の使い手などそうそういる筈が無い
状況が状況だけに慎重になりすぎているのかとも思った

それとも本当に、、オーバーSランクを凌駕しかねない敵なのか……?

ともあれ久しぶりの感覚――こんなのは、、
初手を交わす前からここまでの戦慄を感じさせてくれる相手は本当に――

「…………久しぶりだ」

既に乾いている喉からひり出される言葉は男の耳に届いたか、、

こめかみをつ、と冷たい汗が滴り落ちる

ある種の予感はどんどん大きくなる

この一騎打ちは自分が体験してきた数多の戦いの中でも最も苦しいレベルの戦いになると


飲まれているわけではない
私とて武人の端くれ
肌にビリビリとくる殺気に対し戦慄を覚えている反面、
血が滾り、どうしようもない高揚を覚えている心がある

法の担い手としてはあるまじき思考だが、そんな自分が確かにいる事は否定出来ない

戦慄と歓喜
理性と本能

行くなというプログラムの命令と
今すぐにでもこいつと剣を交えたいという
相反する心の鬩ぎ合いの果てに私は、

まるでロックオンをされているかのような刃先を嫌い
摺り足でサイドに回ろうとする足を――止めた

ここは狭い峠の一本道 
回り込めるだけのスペースは残念ながら無い
あったとしても、もはやそんな心積もりも無い

空に身を躍らせるという選択肢も今は捨てる

初めから距離を取って戦う砲撃魔道士ならともかく、自分は騎士だ
初手の鬩ぎ合いにて背を向けるなど言語道断
安い意地やプライドの問題ではない

先陣を担う騎士が初戦で前線を踏み止まらずに放棄する
そんな事をすれば陣形も戦術も立ち行かず、部隊全体が勢いを失い
そのまま相手に飲み込まれてしまう

故にまずは己が力と相手の力の真っ向からのぶつかい合いこそが
前線に立つ戦士の本分にして我々の有り様――
騎士同士の戦いの開戦の狼煙であるのだ


目の前の男は―――無言

時が来るその瞬間まで内に力を溜め
まるで彫像のように動かず、こちらを凝視

その表情……
口元がニィ、と歪な笑みを作った気がした

互いに混ざり合う思考は今
自分と相手が同一の選択肢を選んだ事を如実に表しており
夏の夜空、本能のままに蛍光灯に群がる蛾のように私とランサーをその行動へと誘っていく

―――即ち、小細工無しの真っ向勝負


クリアになっていく思考は
本能が理性を
血の滾りが戦慄を押さえ込んだ証

元より、柔より剛を旨とするベルカの騎士に後退は無く
その力を示すには言うまでもなく、、

振るうだけだ、、その手に担う相棒を――

マーブルのように溶け合う意識は
まるで念話のように互いの意思を赤裸々にし
故にこれ以上の思考の時間など無意味

弾ける戦意は同時
その身体に滾る力が灯ったのも同時

私と男――ランサーは
その勢いのままに
相手を一刀の元に叩き潰さんという意識の元に、

目の前の敵に対し
手に持つ武力を叩きつけていた


――――――

恐らくは時間にして数秒
体感にして数瞬
それは刹那の間の思考であっただろう

その意識世界の中において何かを思い
そして何に至ったのか……そんな事は今は関係ない

彼女も男も騎士だ
この局面で初めからやれる事は決まっている


―――近づいて斬る

それだけの事だった

そしてついに噛み合う剣と槍
凄まじい初撃の邂逅
互いにフルスイングで叩き込まれる刺突と打ち下ろしの閃光
サーヴァントランサーと、ヴォルケンリッター烈火の将シグナムのファーストコンタクトは――

「でぇあッッ!!!!!!」

裂帛の気合と共に、地面に叩き込まれ
そこに亀裂を作るほどに振り抜かれた剣
女剣士の武の顕現とも言うべき炎の魔剣レヴァンティンの圧倒的なパワーに打ち負け、

後方に弾かれた蒼き槍兵―――という光景を以ってその結果とする

槍を中央で構えながらに
受けた衝撃を殺し切れず
地を食んだ足が後方に押し出され
その勢いのままに5歩の間合いを身体ごと後ろに持っていかれる槍兵

「ほぉ…」

その彼が素直に賞賛の声を上げた

(よし――)

問題は無い――
いける…と、いつもの感触に総身を震えさせる将

初手で完全に押し切った騎士が次なる一撃に備え、腰を捻って力を溜める

相手の一発の手応えは並の者とは比べるべくもない鋭い切っ先ではあれ
自分を圧倒するものには程遠い

錯覚だったのだろうか?
先ほどの、、どこに打ち込んでも返り討ちに合うという不吉な予感は…

「覇気は良し―――打ち込みはまあまあか」

そんな男が先の見事な一撃に対し率直な感想を述べる

まあまあ、、と…
今しがた、豪快に力負けした剣戟を指して言うにはおおよそ不遜な評価

「負け惜しみか? がっかりさせるなよ、とは一体どちらの台詞だった?」

その勢いは止まらない
間髪入れずに二太刀目を加えようと地を蹴るシグナム

「そう言うなって、、まだまだ始まったばかりだぜ」

ビリビリとその手に伝わる衝撃を愉しみながら
男は眼前に迫る猛将を前に迎撃の姿勢を取る
聊かも恐怖を感じてはいない
むしろ男の表情を彩るのは、溢れんほどの愉悦

実際、言動にも負け惜しみの要素などは微塵も無い
軽量にして俊敏を旨とする槍使いに、剣士である相手が押し負けているのでは話にならない
故に先の結果は男の期待を満たす物であれ、槍兵の不利を描いたものでは有り得ない

そして男の内心など知った事かと豪壮に踏み込んだのは初手にて打ち勝った剣士シグナム
剣を右中段に振り被って半身を切るがままに
地を這うような低い姿勢で弾丸のように迫る将

その薄い赤色の魔力の残光が尾を引き、後ろで縛った髪が勢い良く翻る

「せぇぇぇいッ!!!」

全身を叩きつけるといった表現がまま当て嵌まるような一撃にて
シグナムは男に、身を極限まで捻りこんでの逆胴を叩き込む

ゴォウ!という、鈍い音が打ち鳴らされ
槍兵の身体を根こそぎ持っていくかのような斬撃が炸裂
両手で構えた槍の中央で受けるランサーであったが
その足がまたも地面から浮き上がり、その場に留まる事適わずに後方に飛ばされる

「は、――」

思い切りの良いシグナムの攻めに対し
そうでなくては、と……
来たるであろう更なる連撃に心躍らせるランサー

だったのだが、、

相手の女剣士は、中段を放った反動を利用するや何とバックステップ
まるで一息を置くように後方に退いたのだ

(ここで追撃せずに離脱だと……? おいおい、、どうしたよ?)

それはランサーの予想を大きく裏切る悪手

初手で打ち勝ったのだ
ここは機先を制し、一気呵成に攻め落とすが常道
相手に建て直し、休ませる時間を与えるなど愚の骨頂以外の何物でもない

しかし、、、そう

そんな自分の戦術を相手に適応する事の愚かさにすぐさま気づいたのは
この槍の男もまた卓越した戦術家であるが故
後方に下がったシグナムが次に起こした行動は
期せずして男に更なる猛攻の予感を感じさせる

そして体勢を立て直したランサーの眼前に移る女剣士の姿こそ
貴様のセオリーなど何するものぞ!とばかりの――「空の騎士」のあるべき姿

初撃の剣戟にて自分の形に持っていけた事により
ようやく本来の戦い方、そのリズムを取り戻していくシグナム

「いちいち無駄口が多い……」

そう、元より二人は騎士なれど
その本質は決定的に違うモノである

それは離脱などではなく更なる攻撃の序章だった

敵を下がらせた事によって生ずる報酬はその隙と間
崩れた相手に対し、ローリスクで大ダメージを与える大降りの強打――ハードヒットの権利を得る事にある
ならば次に繰り出す剣士の一撃こそ眼前の男を沈黙させるに足る渾身の一振りに他ならない

―――だが

そこで後方に飛び退いた騎士が求めるものはそんな凡庸な強打ではない

狙うは強打を超えた超・強打――
ベルカの騎士が近接最強と恐れられる由縁となる一撃だ

体を崩され反撃の整わぬ態勢のランサーの眼前
何とシグナムは全身から魔力を放出させ、宙に身を躍らせる

狙うは跳躍しての一撃?
落下の勢いを威力に換算しての斬撃であったのか?

……違う!

その「飛ぶ」は「跳躍」という意味でのものでは断じてない
それは文字通りの「飛翔」――飛行と呼べるもの
跳躍した身体は一瞬で更なる魔力の奔流に打ち上げられるかのように上昇し
何とランサーの遥か天高く――上空10mにまで浮かび上がる
そしてその身を宙に躍らせたシグナムの肉体が
まるでジェットコースターが山なりの頂上を通過したかのように急上昇から急降下へと移行
そのまま猛禽類が獲物を仕留めるが如く、鋭角の軌道を以ってランサーに突っ込んでいったのだ

これには些か驚いた男
何せその生涯を戦に費やした彼をして
斜め上空から鷲や鷹のごとく叩きつけるような剣を振るう相手は見た事がない

宙空に身を躍らせるという行為は一見勇猛に見えるが決して賢い行動ではない
大地から離れた四肢は思うように身動きが取れず
万全の体制にて地で構えるものにとっては格好の餌食にしかならないからだ
そのセオリーは卓越した能力を持つサーヴァントでも例外はなく
宙に浮かんだ身体で、満足にその性能を発揮できる者は少ない

だがそれは―――翼持たぬ者の見解だ

一度、宙空を自由に駆け、大気を切り裂く 「羽」 を得たならば
地を這うに過ぎなかった猛獣は一転、空の王者・荒鷲の如き空戦能力を持つに至る

連撃で攻め落とすなど生ぬるい―――

「受けろランサー……! 我が業火の太刀をッッ!!」

立ち塞がる者は何であろうと一撃でブチ抜く!
これこそがベルカの騎士の真髄
その最強と謳われた烈火の将の剛剣であったのだ

「先の剣の威力に更に落下の衝撃を加え、無双の一撃と為す
 なるほど……一発に賭ける型ってか」

その初めて出会うタイプの騎士を相手にする男

「悪くはねえ……悪くはねえんだが、、」

その顔は未だ笑みを崩さず

急降下による乱気流と共に空気を裂く轟音を伴い
まるで百舌鳥のように地上目掛けて突進してくる騎士

「ッッッ!!!」

着地の事など考えていないのか?
まるでそのまま地面に突き刺さるのかと錯覚させるような女剣士の軌道
角度も速度も申し分無し
猛き咆哮と共に炎が翻り、その上から叩きつける剣は、、

「―――やっぱ俺にとっちゃ、そいつは悪手だ」

しかし、、どれほどに速かろうと威力があろうと――


テレフォンパンチに過ぎない


秒にして1を過ぎるか否かというこの鬩ぎ合いは
サーヴァントの崩れた体制を建て直し、迎撃の姿勢を取らせるには余りある間であり
その一撃にどれほどスピードを乗せようと、、

彼らは至近距離から音速で迫る銃弾をも切り払い、回避する埒外の力を持った存在である
そんな遠距離から助走を付けて振ってくる剣など……

――隙がありすぎる
――絶望的なまでに

炎熱の魔力を迸らせたシグナム
当たれば間違いなく肉も骨も根こそぎ断ち切るであろう一撃を、今

「ハァァッッッ!!!!!!!!!!」

地上の男に叩きつける

豪ッッ!!という大気を根こそぎ持っていくかのような凄まじい斬撃
煮え滾るマグマの如き熱を放つ魔剣の剣風が空気を、地を、思うが侭に蹂躙し焦がす

その当たれば骨ごと断ち切るであろう一撃は――

直撃寸前、、
そのぎりぎりまで引き付け、、

すんでの所で半身を切ったランサーの横を空しく通り過ぎ
空を薙ぎ払い、地面のみを叩き潰す結果となった…


――――――

「―――、、!!」

人の目には、一寸レベルでの凄まじい見切りなれど
サーヴァント、しかも三騎士に数えられるランサーにとっては
この程度の芸は朝飯前以前の些事である

無双の一撃とは単に威力があれば良いというわけではない

当然の事ながら、相手に当たらなければ意味が無い
故に白兵戦を旨とする戦士は己が技から生ずる無駄を必死の鍛錬において削り
予備動作をなくしていくのが必須事項…

それをあんな遠くから助走をつけて攻撃するなど……いくら何でも稚技に過ぎる

(終わっちまうかな……呆気ねえ、、)

大地を焦がし、文字通り小規模な焦土と化した地面
軽い地割れを作った女剣士の絶死の一撃は
男にとってはまさに止まっているも同然――

その大降りを、 無駄のない最小の動きでかわしたランサーが
今度は絶好の反撃の機会を得る

間抜けな横っ腹を晒した騎士
その側面にて十全の体制にて槍を構える槍兵
誇張でもなく、本当に――
男にとっては、相手を百回は殺せる局面だ

もはや様子見の必要も無い
ここまで無様な隙を見せる相手の、これ以上何を見てやろうというのか…

流れるような無駄の無い動きでそれは行われた
その真紅の槍は何の抵抗も無く
相手の剣士の頚動脈に数分の狂いも無く突き入れられ―――そのまま首筋を横に断ち切っていた


常人の目には一瞬の出来事
紅い炎と蒼い影が凄まじいスピードで交錯し
互いに互いの脇を擦り抜けたようにしか見えなかっただろう

だが、、、その一瞬の邂逅で勝負は決した

結果は今記した通り……
すれ違い様に頚動脈を抉り切られたシグナムが
首から大量の鮮血を撒き散らし――地面に倒れ伏す

もはや男にとっては、改めて後ろを振り返り
確認するまでもない光景であった

―――男の表情には落胆の色があった

―――少しは楽しめそうかと思ったが、、

結果として、この最速の槍の相手にするにはまるで足り、、―――


…………ズシャリ、、、、


「―――むっ!?」

次の瞬間、男が驚きに目を見張る

後方で……音がした
既に物言わぬ躯となっている筈の相手がいる方で、だ
勝負を決めた確信を以って向けた背中に感じる、その大気の振動
違和感を感じ、背中越しに見やる男の視界に映るは―――

鮮血に塗れ血に伏している筈の女剣士が再び宙に舞い上がり
纏った炎を剣に集約しながら今まさに二度目の降下を開始したところだったのだ

青の体躯の脇を通り抜けた赤の閃光
空を駆ける炎の騎士によって起こる気流の乱れで
ランサーの後ろで留めた髪がたなびく中、、
剣士の薄い赤毛のポニーテールがかかった首筋には………一寸の傷もない

剣と槍の壮絶な乱舞は終わらない
新たな局面へと誘うは烈火の将の更なる苛烈な一撃

「ちぃッ!」

事もあろうに相手の絶命を確かめもせずに矛を収めるという
有り得ない失態に自ら舌打ちをする男

(バカか俺は、、新兵みてえなミスを…)


舞踏に乗り遅れた槍が後方に向き直り迎撃の姿勢を取るも――時既に遅し
炎を纏いし猛禽の爪はすぐそこに迫っていた

期待が失望に変わった事も手伝ったのか
呆気ない幕切れに消沈し、思考を止めてしまったコンマ一秒が
相手に再び必殺の一撃を放つ機会を与えてしまう

確かにこれは、この男らしからぬ凡ミスだ
そもそも武の頂に至った槍兵の両手が確かに認めた、相手の急所をはすり…抉り取った感触、、
その手応えからして違える男では無い筈だ

ならば――何かが起こったのか?
通した筈の男の槍を通さなかった何かの存在?

だがとにかく今はそれに思考を巡らす時ではない
剣士の攻めは当たればデカイ一撃必殺
対して槍兵が自分から攻め込めない宙空からの攻撃
今の時点ではランサーに不利な要素が多すぎた

「ピョンピョン飛び回りやがって…… 
 両の足で大地を駆け、敵を蹂躙するのが騎士ってもんだろうが?」

「ならば覚えておけ――ベルカの騎士とはこういうものだ」

「は、、カトンボみてえに敵の手の届かぬ空をフラフラしてんのがベル、、
 その何たらってのの真髄かい?」

「ベルカの騎士だ……行くぞ」

男の目と鼻の先に迫る猛禽の爪
地を這う獣の遠吠えなど大空の王者、鷹や鷲の耳に届く筈も無く
その翼持たぬ哀れな獲物に己が凶器を突き立てるのみである

「笑わせるんじゃねえ!」

だが、それでも地行くものは獰猛に唸る
決して一方的に切り裂かれる恐怖に弱々しく喘いだりはしない
たとえどんな状況であれ、この男をただ狩られるだけの存在と断ずるなど
愚かを通り越して罪過ですらあるだろう

確かに相手の二度目の強襲に対し
迎撃姿勢は遅れ、先ほどのようなスレスレの回避は難しい

だが、、それだけだ

相手の剣士の軌道は先とほぼ同じ
速度もまた同様であり、あろう事か女剣士はサーヴァントに対し
既に見切られ返されたはずの攻撃を再び行うつもりである
そんなもの、例え体勢が不十分だったとしても物の数ではない
今度こそ打ち落としてくれると気色ばむランサー

であったが、、

「紫電―――」

それは逆にこのシグナムという騎士を甘く見すぎた見解だった

「!!」

劣勢にありながら、まだどこか余裕を称えた男の表情が今度こそ固く引き締まる

その剣士の増大する戦意と
相手に与えるある種の気配は
あるいはサーヴァントにおける宝具の発動に通ずるものがあった

その声は、高速飛行中に彼女の口から漏れたもの

叩きつける暴風に遮られて決して音にならぬ音でありながら
その威厳を以って放たれた言葉は空を、、男の鼓膜を確かに揺らす

そして紡ぐ言葉は言霊となり
言霊は確かな力となって手に持つ魔剣に注ぎ込まれ、大気を震わせる
デバイスが起動し、使い手である彼女の魔力を加速度的に吸い上げ始める魔剣レヴァンティン
それは常人ならばその行使だけで体中のエナジーを吸い尽くされてしまうほどの貪欲なる魔力暴食

でありながら騎士は更に―――ガシャン、ガシャン、!という外部供給
カートリッジによって供給量を二倍三倍に上乗せする

馬鹿げた魔力放出を伴い、 恐ろしいほどに吹き出す炎
それはもはや剣などと呼べる代物ではなく
煮え滾る溶岩の塊の如き熱量を持った何かとしか記せない

直下してくる赤き裂光は白熱に至り
問答無用の力と化して今、、、

槍持つ男に降り注ぐ!

「一閃ッッッッ!!」

鬼すらも震わす怒号!
炎の騎士がその渾身を以って繰り出される
これぞシグナムの誇る奥義、、

紫電一閃――

その姿は直下する雷鳴の如し
二の太刀要らずと断ずる閃光の剣閃

噴火し、降り注ぐ火の玉をを思わせる烈火の将の無双の一撃は
槍を構え、先ほどと同じタイミングで回避しようとしていた男の頭上に
男の予想を遥かに超える速度と伸びを持って叩きつけられたのだ


――――――

中華鍋に油を落とした時のような爆炎、、と比喩するより他に無い炎の柱が
数Km先からでも分かるほどの巨大な規模で立ち昇る
それはさながら小型のナパーム弾を投下したかのような威力であり
まさに天を焦がす、と言うに相応しい光景だ

その炎熱の只中、

(決まったか…)

柄に残る確かな感触
いつも通りのソレに唇を舐める騎士

この手応え、、間違いなくクリティカルヒット
彼女の奥義を真っ向から受けては、受身の取れた取れないに関わらず
無事に立っていられたものなど今まで一人としていなかった
故に、今の騎士の胸に去来する思考は 「殺してしまったかもしれない…」 という相手に対する心配と危惧のみだった

そう、、その手応え―――

「……………」

その、「未だ残る」手応え、、、

「………、、、なっ!??」

熱気と硝煙と粉塵で1m先すら見えないこの状況の中
それでも確信を持っていた

目の前に既に倒れ、地に伏す蒼い男の姿を
もはや抵抗の力を宿さぬ敵の姿を、、、

ならば―――今、手元に残る……この手応えは何だ?

シグナムの全身に電流が走る
既に何の障害もなく地面に振り抜かれていなければならない魔剣
それが未だ宙空、、、

ちょうど――成人男性の面の部分で止まって、、否、阻まれているという事実

それが己が秘剣を叩き付けた相手が沈黙か健在かを
いち早く剣士に報せる結果となった

熱気渦巻く粉塵が晴れ、一四方先の光景が目に映る
その最初にシグナムが見たものは――
自身、数え切れぬほどの敵を薙ぎ倒してきた剛剣を
上段受けに構えた槍の中央で真っ向から受けた、、、男の姿!

その槍の柄の中央でギチギチと金属の擦れる音と共に阻まれた
一閃の太刀の姿だった

(馬鹿な………)

ギリ、と奥歯を鳴らす女剣士
二の太刀要らずの奥義を正面から、力で受け止められた
しかもこんな受け方で―――槍が折れていない、、?

魔道士のシールドの上からデバイスとBJを両断する一撃必殺の剣が
こんなか細い槍一本折れなかったというのか?

未だ硝煙は晴れず
男の表情は土煙に隠されたまま

だがその額の部分からつ、、と紅い液体が落ちるのが見えた
流石にこの一撃を受けて無傷では済まなかったランサー
剣を止めてなお降り注ぐ剣風による衝撃は槍の下で守られた男の額を割り
圧壊の剛剣の衝撃によって男の両足が深々と地面にメリこんでいる

「――――こいつはいい、、」

「!?」 

だがそんな傷よりも、赤く染まった額よりもなお紅い
土煙に阻まれた向こう側から煌々と光る猛獣の瞳、、

「先に傷を負ったのは本当に久しぶりだ……
 やるじぇねえか、、<セイバー>の姉ちゃんよ」

セイバー……剣使い
それは相手を一流と認めた事による呼称なのか
それともとある儀式におけるクラスの一つとして相手を認めた事による詐称なのか

「ちっ!」

ともあれ戦慄を覚え飛び退ろうとするシグナムだったが
この距離、この間合い――
真正面に捉えた女剣士に対して向けられた切っ先

外さない……外しようが無い

この男が、完全に己が間合いに入った獲物を突き損ねるほどに凡庸な筈が無い

―――二撃
―――もはや同時としか言い様のない速度で
―――剣士の鳩尾と眉間、

両の足を地面から抜き去るなり
男の手から放たれた紅い光が線となり点となり
彼女の急所に容赦なく打ち込まれていたのだった


――――――

(さあて……どうなる?)

視認不能の刺突
流麗に打ち込まれた二擲は先ほどのすれ違い様のそれと同じ
数分違わず急所を穿つ絶死の凶刃

これで終わり――本来ならば
かわせぬ間合いで受けられぬタイミングで
この二撃を捌ける術は無い

まさに読んで字の如し
針の穴を通すほどに正確なランサーの切っ先は剣士の命を軽々と摘み取り
その槍に新たなる血の記憶を擦り付ける事だろう

故に、――

今こそランサーは目を見開き、ソレを凝視する
決められた場面で決まらなかった要因
摘み取った筈の切っ先が届かなかった原因
先ほど己が攻撃を妨げた、、何かの正体を――

「なるほど――そういう仕様か」

両目をナイフのように鋭利に細め、納得の声を漏らすランサー
結論、その二擲は先と同様
相手の女剣士の肉体を穿つ事は無かった

放たれた切っ先が女の体に届く寸前
本当にその肌に届く一歩手前で、、
槍は剣士の全面に展開された見えない力場によって阻まれていた

その膜のような何かが、特殊なフィールドとなって盾となり
先と同じように自分の槍を防いでいたのだ

力場によって槍を弾き、その反発で後ろに飛び上がる女剣士
彼女は後方宙返りをして男の頭四つ分上空にその身を置いた

見上げる男の視線、見下ろす彼女の視線――共に鷹のような鋭さを秘めている


好敵手――

ここまで記した戦い、邂逅は本当に一瞬の出来事で
時間にしてまだ数分と立っていない

にも関わらず剣士と槍兵はその刃を交え、多くの思惑と戦意と、技巧を交錯させた
濃密で凝縮されたかのような時間の中、双方の胸に去来するのは歓喜か恐怖か戦慄か

ともあれ高町なのはとセイバーの戦いがそうであったように
究極の神秘の具現であるサーヴァントがその卓越した能力で相手を驚愕させるならば
ミッド世界の魔道士、騎士達はその最先端の技術と技能を融合させた戦技によって相手に洗礼を与える
両世界の邂逅はとどのつまり、常にこの図式に集約されている

ほくそ笑むは槍の男、ランサー

一発の重さと堅牢な装甲に任せた一撃離脱の戦法
例え相打ちになったとしても、あちらの鎧がこちらの攻撃を弾き、同時に手を出しても自分だけが直撃を食らう
そういう相手は大概、機動力に難のある……つまりは鈍重な重装歩兵の場合が多いのだが
この相手は速度も技能もかなりのレベルにあり―――しかも飛べると来た

初手から厄介極まりない――申し分の無い強敵だ、、


「貴様がどれほどのものかは知らんが……
 あまり私を舐めるな、槍の戦士よ」

それに対し、静かながらに憤りをぶつけるシグナム

その男の、一つ一つこちらを吟味するかのような切っ先、視線
本気なのか戯れているのかすら分からない相手との一騎打ちは
曰く、戦闘マニアの彼女にとってはただただ不快だ

「別に舐めてるわけじゃねえぞ? つまらん戦いはしたくないってだけだ俺は」

それに対し、槍片手に心外だというポーズを取るランサー

「まあ正直、こちらもお勤め中だ 
 相手が愚にも付かぬボンクラだったら一思いに殺してやろうと思っていたが…
 どうやらお前さんは俺と十分ヤれるレベルにある
 その事が今は嬉しくてな、、つい口元が緩んじまうんだ」

「それは舐めてるとは言わんのか?」

「お前だって人の事言えねえだろ、、姉ちゃんよ?」

(…………)

両者の間に流れる沈黙の空気
ややもして、フッ……と
口に不敵な笑みを浮かべるシグナム

自分もまた、その力の大半を隠しているのを相手に見抜かれている事に対する苦笑だった

その会話の端々にまで駆け引きを要求される相手など
この将にとっても本当に久々で、、
男と同様の感想を相手に抱かずにはいられない

既に並の戦士であれば双方共に1,2回は命を落としているそんな激闘は
しかし二人にとっては互いに手札を隠した、、グローブを嵌めた状態での殴りあいに過ぎなかったのだ
これは相手を侮っているからではなく、むしろ一息にねじ伏せられる様な容易い相手ではないと互いに認めたからに他ならない

「とはいえ、、」

男が流麗にして華麗な仕草で槍を中段刺突に構える

「探り合いばかりじゃ芸がねえ…
 お次は俺が手の内を晒す番かねぇ――」

ピリ、と空気が変わる
ゆらりと揺れる紅き切っ先が
男の言葉を受けて新たなステージへと二人を誘う

一見、脱力したかのような緊張感の無い男の姿は
その実、しなやかさと柔らかさを併せ持つ武における理想の構え
それを難なくやってのける相手に対し、シグナムもまた迎撃の体勢を取る

こちらは相も変わらず対照的な、業火纏う戦意の塊のような佇まい
その体が二倍、三倍にも膨れ上がったかのような闘気を醸し出し
いつでも来い!とばかりに男と対峙するシグナム

カミソリのように洗練された槍兵の気配と
全てを焦がす業火の如き剣士の闘志が交錯する中、、

男がニィ、と歪に哂う

「――――そらよ」

破顔した男が無造作にフ、、と動いたその時――

セカイを取り巻く、、音が死んだ


――――――

それは音断ち、と呼ばれる現象

音速を超えた鋭利な物体が大気を、空間を裂いた事により生ずる
一切の音が空気を渡れずに耳に届かない無音空間
物体がマッハの壁を越えるという奇跡の元に起こる
様々な現象のうちの一つ

人の身では到底適わぬ
人力では到底届かぬその境地

、、、

紅くて細いその何かが通り過ぎた瞬間、確かに――音は死んだ


――――――

そして時が止まっていたかのような場が再び動き出す

「――――、、」

まず動いたのは赤毛の女性の顔

しばらくは呆然という感情を貼り付けた顔が、、
その後、目を見開き
驚愕の表情を作っていく

そして震えるように動いた唇から紡ぎ出された――

「な、、に……!?」

唖然という感情を意に示した言葉

それはランサーが無造作に動き、この光景に至るまでのその過程、、
その一切の動作が――まるでコマ落としのようにすっぽりと抜け落ちたようにしか見えなかったという
有り得ない現状に対してのものだった

そして微かに顔を歪ませる彼女、、その頬に伝わる痛み――

顔の横を通り過ぎて、今まさに横目に映っている槍にはすられた右の頬
そこから伝う血がシグナムの首を、肩を濡らす

この現象――というより状況を手っ取り早く説明するならば剣術の居合い抜きであるが
その練度はそんな凡庸なものとは一線を隔して余りあるものだった

ランサーの中段構えから放たれた一撃は
何の予備動作も予兆も生じないままにシグナムの間合いを犯し
まるで視認を許さぬままに彼女の眼前の横を通リ過ぎていったのだ

まさに居合いのそれを凌駕する刃
ソレに対し、シグナムの右下段から抜いた剣は間に合わず
条件反射で顔を庇った左手は手工ごと手首を大きく切り裂き
将の抜く手を速度で遥かに上回った電光石火の突きが彼女の顔面を穿ったのだ

一瞬、フィールドによって止められたが故に辛うじて反応できた剣士
条件反射で顔を逸らしたが故に、槍はその横を通り過ぎ
頬の肉をそぎ落とすのみに留まったが、、、

「う、、く……」

そうでなければ、今の一瞬で……勝負は決まっていた

顔面を串刺しにされた彼女が、、無残な躯を晒していただろう

ニ~三歩、後方にたたらを踏む騎士
驚愕に見開かれた双眸
からからに乾いた喉からようやっと搾り出す、焦燥の吐息

剣の試合でいうならば今のは完全に一本だった
反応が遅れた、、などという生易しいものではない

――見えなかった

――その軌跡すらも、、

「宣言通りだ、姉ちゃん
 んじゃ、ま……ぼちぼち見せてやろうか、、」

流麗で物静かささえ醸し出していた男
それはあるいは、社交的で好感の持てる好青年であったのかも知れない

だがその言葉にはどこか緊張感が欠落していて、、
まるで今までのは 「始まってすらいない」 という傲岸な響きさえあった


「本当の――――俺の槍をなぁぁぁああッッ!!!」


そう、、、、、今までは………である

ランサーの表情が鬼貌に歪む、この瞬間までは


途端、その気配――
今まで男の心中で押さえつけていた何かが一気に噴き出した

そう、その異名は初め
決して勇名として馳せたものではなかったのだろう

あまりにも凶暴にして蛮勇に過ぎる戦い方
敵味方共に恐怖の対象、、

千の敵をその蛮勇にて貫き続けた男―――


――― 「クランの猛犬」


自らを律する首輪を、鎖を、
今、己が牙で引き千切った人喰いの魔犬が、、
文字通り咆哮を上げながらに烈火の将シグナムに、、


飛び掛っていたのだった

――――――