―――星桜にたどり着いて、最初に目にしたのは…想い人のふくれっ面だった。
「…おっそいよー、もー!」
「ご、ごめん…」
その剣幕に…というか、いつもどおりのテンションにちょっと戸惑う。
「まったく、女の子待たせるなんてサイテーだよ。好感度超ダウンだよっ」
「…面目次第も無い」
そんなもんだから、俺も普段どおりのテンションで接してしまう。
…だめだ。
ここにいるってことは、とても大切なことなのに。
「…あの」
「……おかげでさ」
かけようとした言葉は、急に沈んだこなたさんの声でさえぎられた。
「……どうやって声かけようか、わかんなくなっちゃったじゃん」
拗ねたように、こなたさんが呟く。
「色々考えてたんだよ? キミを待ってる間。なんとなく、キャラじゃないよなーって思いながら」
こなたさんの小柄な身体が、いっそう小さく見える。
ふくれっ面はいつしか消え、寂しげな表情へ。
「―――告白だって、どー言おうかって。たとえばさ、“一万年と二、三年前から愛してる”とか」
…いや、さすがにそれはどーかと。
「…うん、わかってる。こーゆーときまで、マンガとかから借りちゃダメだよね」
ちょっと自嘲気味に、こなたさんが笑みを浮かべる。
「まぁ、そんなわけでさ。ぐるぐる考えてても君は来ないし。やっと来た! って思ったら、…何言おうとしたか、完全に吹っ飛んじゃってた」
…きゅっ、と。
こなたさんの小さな手が、制服の裾を掴む。
「…だからね」
潤んだ瞳で、上目遣いで俺を見る。
「今から…言うけど。今想ってる事、そのまんま言うから。もしヘンなコト言っても…笑わないでよ?」
…俺は、頷いて応える。
笑うもんか。
どんな言葉だって、こなたさんが、俺に向かって伝えてくれる言葉なら。
「…………キミが、好き」
シンプル・イズ・ベスト。
それ以上の告白の言葉なんて、多分無い。
でもそれだけに……とてつもなく、恥ずかしい。
「……なんとか言ってよ」
こなたさん、顔真っ赤。
「…うん」
そして、俺も顔真っ赤。
「…………俺も。こなたさんのこと、好きだ」
きっと、フラグなんてのは…
とっくの昔に、初めて出逢ったあの瞬間に……立ってた。
「……ヘンだね。こーゆーの、ギャルゲーで何度も見てきたシチュなのにさ。…なんか、すごくドキドキしてる」
「それは現実だから? それとも…俺が相手だから?」
「……両方、かもね」
にぱっ、と笑う。
どちらからともなく、近づいて…
―――唇が、重なる。
花火の音は、聞こえない。
俺たちの時間は…ここから、動き出すんだ。
らき☆すた~陵桜学園 桜藤祭~ After Episode
想い出のつづき
泉こなたの場合~だれよりきみを☆あいしてる~
こなたさん―――こなたと恋人同士になった。
…だからって、何かが変わったってわけでもない。
「おはよ、ゆーくん」
「おはよ、こなた」
変わったのは、お互いの呼び方と…距離くらい。
「…って、それだけ変わってりゃ充分でしょうが」
そう言ったら、かがみさんに突っ込まれた。
「まぁ、恋人同士だからって四六時中ベタベタするもんじゃないよ。なにごともギャルゲーみたいにはいかないのだよアケチくん」
「誰がアケチか。オマエは二十面相か」
「タケヤブヤケタ?」
「そりゃ二十一面相だっ」
でも、それ以外は殆ど変わらない日常。
こうやって、つかささんがボケて、かがみさんが律儀に突っ込む。
みゆきさんが穏やかにニコニコ笑ってて、そんな彼女たちを見守ってる。
そして、こなたの傍に、俺がいる。
そんな、ゆるーりまたーりな日常。
「…そんなわけで、放課後ウチに寄ってってね?」
―――そんなもんだから。
「ん、わかった」
こなたの重要な発言も、俺たち全員完全にスルーしてたわけで。
*
「……だ、大丈夫かな」
「ゆーくん、緊張しすぎだよ」
放課後、泉邸前。
いつの間にやらこなたのお父さんに会う、という話になってた。
俺、思いっきり寝耳に水状態。
まぁ、スルーしてた俺が悪いんだけど。
「そりゃ緊張もするさ。仮にも彼女の父さんに会うんだぜ?」
「だいじょーぶだよ。いきなり結婚の許しを得たりするわけじゃなし」
しかも聞いた話じゃ、随分と娘=こなたを溺愛しているときてる。
マンガで良くある「娘はやらん!」みたいなタイプを容易に想像してしまう。
普段空けてる学ランのボタンをしっかり留めて、深呼吸。
「……OK、落ち着いた。…多分だけど」
「んじゃ、行こう?」
*
想像に反して、お父さん…そうじろうさんは温厚そうな雰囲気を纏った男性だった。
作務衣姿というゆったりとしたスタイルで、これまたえらく気さくに話しかけて来た。
「や、はじめまして」
抱いてたイメージ、一瞬で蒸発。
……ところでこの人、どっかで見たような?
なんかミスコン的な場面で。…気のせいかな?
「まぁま、そんなカタくならんと。こなたと同世代の男の子と話す機会なんてめったになくてね」
そう言って互いの自己紹介から始まり、自分の仕事のこと(小説家やってるのは初耳だった)や、学内での俺のことなど、こなたを交えて軽い談笑が続いた。
最初は一人称を“僕”に代えていたのが、いつの間にか“俺”に戻ってしまうくらい、自然な会話が一通り終わったあたりで、そうじろうさんが急に真顔になった。
「…ところで」
その声で、いよいよ本題に入ったことを察した俺は、若干崩していた相好を直す。
「……こなたの、どこに惚れた?」
「ちょ、おとーさん!?」
なんとも直球な質問に、こなたさんも慌てる。
「……」
じっと、そうじろうさんの目を観る。
本気の問いだ。
「…どこって言われると、正直答えられません」
「……キミにとってこなたはその程度だと?」
眉根が釣りあがる。
「……全部、好きだからです」
これ、正直な話。
「…ゆーくん」
「どこが好きってワケじゃありません。もし、どこか欠けたとしても、俺…僕は、こなたさんを好きになったでしょうし」
そうじろうさんが、俺を射抜くように見る。
「たとえば、ちまっこいトコとか、胸が小さいトコとかも好きですよ」
視界の端で軽くこなたさんが傷ついてたが今は無視。ごめん。
「でも、僕はそーゆーパーツでこなたさんを好きになったわけじゃない」
今思えば、いわゆる“萌え”っと思ってしまうところはいくつもあったけど。
「僕が好きになったのは、“泉こなた”です。それ以上でも、それ以下でもなくて」
そうじろうさんが、大きく息を吐いた。
「……本当に好きなんだな、こなたが」
「…はい」
今度は俺が大きく息を吐いた。
一番肝心な言葉を、言うために。
「俺は、世界中で一番…こなたを愛してます」
「……ふぁっ」
こなたが、真っ赤になった頬を手のひらで押さえた。
「…………そうか」
重々しく呟くように、そうじろうさんが頷いた。
俺が言った言葉を、噛み締めるように。
・
・
・
「……だが」
「?」
「こなたを世界一愛してるのは俺だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そうじろうさん、いきなり咆哮。
「いくらお義父さんでも、そこは譲れないっスぅぅぅぅxッ!!!」
負けじと俺も。
「だれがお義父さんかぁ! 一億と二千年早いわぁぁぁぁぁぁ!!!」
「八千年過ぎたころからもっと恋しいンですよぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ワケわからんわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
子供のような不毛な言い争いは、こなたの必殺お玉クラッシュによる両成敗に終わるまで、小一時間続いた。
*
「…もぉ、おとーさんもゆーくんも。ご近所迷惑ってゆーか恥ずかしいよ」
「ごめんごめん」
こなたの自室で、反省会。
「まぁ、思ってたより平穏に終わってよかったよ」
アレを平穏と言っていいのかこなたくん。
「前に『彼氏でもつくって思い出づくりしよっかな~?』なんて冗談で言ったらマジ泣きされたことあったもん」
…なるほど。
「ってかさ、結局そうじろうさんは俺のコト認めてくれたのかな?」
「んー…多分」
「多分って」
よいしょ、とベッドに腰掛けた俺のひざの上にちょこんと乗っかるこなた。
二人きりのときの、これがデフォルト。
「だって、『絶対ダメ』とは聞いてないよ?」
……なるほど。
「それに、嫌ってる人に向かって『今夜メシ食ってけ』なんて言わないでしょ?」
「そりゃそーだ」
外を見ると、もう冬の星座が降りてきていた。
「……ね」
「ん?」
背を俺に預けながら、こなたが問いかける。
「さっき言ってたこと、本気?」
「何が?」
「トボけないでよ」
何を言いたいかは解ってる。まぁ、ちょっと照れくさいからさ。
「ん。本気も本気、大本気」
こなたの華奢な身体を抱きしめる。
「……まったく、キミは素直ヒートの鑑だねぇ」
「褒めてんのそれ?」
「一応ね」
てゆーか素直ヒートって何だ。
「~~~~♪」
薄い蒼紫色のロングヘアを撫でる。気持ちよさそうにこなたが顔をほころばせた。
ふわり。
ふと、レースのカーテンが風に舞う。
…あれ?
今、窓閉めてるよな?
―――ゆうき、くん。
声が、聞こえた。
「…え?」
「何?」
「…今俺のこと呼んだ?」
「んーん?」
気のせいかな…?
―――ゆうきくん。
いや、気のせいじゃない。
こなたさんには聴こえないのか、リアクションをとる気配は無い。
ふわり。
また、カーテンが舞う。
気付くと、うっすらと女性の姿が浮かんでいた。
底抜けの優しさと、一抹の寂しさをたたえた瞳。
その姿は、こなたに良く似ていて。
―――こなたを愛してくれて、ありがとうね。
人影が、穏やかに笑って言った。
―――この子には、私以上に幸せになって欲しいから……。
こなたの頭を優しく撫でる。彼女は気付かない。
…あぁ、そうか。
この人、こなたの……
―――こなたのこと、お願いね。
そう言うと、その人は現れたときと同じように、いつの間にか消えていた。
「……はい。きっと、幸せにしてみせますよ」
その想いを、しっかりと受け止めて、俺は頷いた。
「……誰と話してるの?」
頭越しに、こなたが問いかける。
「ん…ナイショ」
ごまかす様に、頭を撫でる。
「いつか教えるよ」
……俺が、俺自身の力で。
キミを一生幸せにできるようになる、そのときに。
「……こなた」
「んー?」
「だれよりきみを、あいしてる」
「……うん」