夕焼け、それは一日の終わりを告げる自然の知らせ。空はオレンジ色に染まり、太陽は無駄に眩しく輝いている。
夕方の住宅街の人通りは少ない。大抵の学生はまだ部活中で、すれ違うのはスーパー帰りと思われるおばちゃんくらいだ。
そんな中を俺とやまとはのんびりと帰宅していた。
やまとと俺は恋人同士だ。俺達は恋人になってからほぼ毎日かかさず一緒に下校している。
いつもと同じ道を通り、いつものように他愛ない会話を続けながら、いつもの場所で別れる。
手を繋いだり、腕を絡ませたり、軽く肩がふれあったりするのもいつものことだ。
楽しい時間はあっというまに過ぎてしまう。
とはいえ、土日ならいくらでもデート出来るし問題はない。
やまとと別れた後は、いつものように帰宅し、夕食を食べ、風呂に入り、しばらく机に向かって勉強し、やまとにメールして、寝る。
そんないつもと変わらない日常。
だけど今日に限ってはそうはならなかった。
ピンポーン
「しん、お母さん今、手が離せないから出てきて」
「分かった」
リビングで夕食までの暇を潰していた俺は、料理に忙しい母さんの代わりに玄関を開いた。
「はい、どちらさま。ってやまと?」
そこに居たのは、やまとだった。やまとは何回か俺の家に来た事があったけどこんな時間は珍しい。まだ制服姿なのを見るによほど急いでるみたいだ。
「いらっしゃい、どうしたの急に。何かあった?」
「少し頼みたいことがあって」
「俺に出来るならなんでもどうぞ」
「ええ、実は・・・」
そう言うやまとは、何処と無く暗い。元々無表情なやまとの雰囲気を読み取るのは、付き合い始めてから習得したスキルだ。
でも、やまとが暗いと俺まで不安になってくる。本当に何があったんだろうか。
「・・・泊めて欲しいの。今夜だけでいいから」
「やった、やまとのお弁当ゲットだぜ!」
「もうっ」
そう言って赤面するやまと。実に可愛い。普段、無表情だけにこういうのは破壊力が高い。こうかはばつぐんだ!
こんなに顔をされては・・・よし、今なら母さん見てないし――
「どうしたの、ぼーっとしてるわよ」
「はっ!いかん、何考えてんだ俺・・・」
「大丈夫?」
「な、なんでもないよ!」
「そう、ならいいわ」
またヤバイ方面に思考が走ってしまった。お泊まりというイベントのせいだろうか・・・
熱暴走寸前の頭を抱えつつ、俺は洗い終えた食器を片付けた。
しばらくたった後、俺は今やまとに着替えを渡すべく脱衣所に向かっている。
因みに風呂の順番は
『どうする?やまと先入る?』
『私、着替えが無いし、邪魔してる身だから・・・』
『着替えは母さんが何とかしてくれるってさ』
『そうなの?でも、先に入っていいのかしら』
『大丈夫だよ、嫌なら先に入るけど。あ、一緒に入るというの――』
『先に入らせてもらうわ』
と、いうわけでやまと→俺→母の順になった。
「やまとー、着替え持って来た・・・よ・・・」
「えっ、あっ・・・」
何とか立ち上がると閉じたドアから、やまとが真っ赤な顔だけ出してこっちを見ていた。
しかし、明らか怒りのオーラがドア越しににじみ出ている。
・・・俺のするべきことはただ一つ。
正座↓
「本当に!」
即座に↓
「申し訳っ!」
土下座
「ありませんでしたっ!」
あれ?なんかデジャヴが・・・
「何でいきなり覗いたりしたのよ・・・」
「の、覗きたくて覗いたわけじゃないよっ!着替えを渡そうとしたら偶然・・・」
「あ・・・そうだったの・・・ごめんなさい、いきなり物投げてしまって・・・」
「いやいや、俺が注意してたら良かったんだ、ごめん」
「今度からは気をつけてよ」
「うん、ごめん・・・はい、着替え」
俺が着替えを渡すと、やまとは、ありがとう、ただし、次覗いたら・・・と言ってドアの向こうに姿を消した。
無論、覗けるわけもなく、やまとが着替えるのを待って俺は風呂に入った。
「なんか、色々ダメだな今日の俺・・・」
風呂につかりながら呟く。
やはり、やまとと一つ屋根の下というのはなんか色々と意識してしまう。
またオーバーヒートしないように、漫画のキャラみたいに頭の中にドライアイスでもいれてみようかな。
どうやるんだっけ、たしか『カパッ』て頭を開くんだったかな。
確実に冷却出来そうだけど、命が危ない。
などと、実にくだらない事を考えながら風呂を上がる。
リビングに出ると、母さんとやまとが何やら話し込んでいた。
「・・・卵焼きはしっかりと火を通す、ただし焦げないように、ですか」
「そうそう、後はたっぷり愛情を込めなさい」
「あ、愛情ですか・・・」
「んー、やまとと母さん何話してるの?」
「た、大したことじゃないわ」
そう言って慌てて手元のメモのような物を隠すやまと。
何なのか気になったけど、母さんが自分の部屋を片付けなさい、と言ってきたので渋々自分の部屋に向かった。
階段の途中で母さんの、素直じゃないのね、という声がしたが何のことかサッパリ分からない。
それから、俺の部屋で遊んだりお喋りしたりして気がつけば12時すぎだった。
真っ暗な俺の部屋、俺のベッド、俺の布団の中にやまとと一緒に横になっている。
一人用の布団に二人なので身体はほぼ、密着している。普通に考えれば至福のひとときなのだが
「・・・」
「・・・」
背中合わせという何とも言えない体勢なのだ。
最初は向かいあってたけど、モーレツに恥ずかしくなってまともに寝れず、二人して反対側を向いてしまったのである。
変なとこで暴走していた頭はわりかし落ち着いている。
これは喜ぶべきなのか・・・
それでも、背中越しにやまとの鼓動か感じられるので、それはそれでいいかもしれない。
でも、もっとやまとを感じたかった。だから俺は思い切った行動にでる。
「やまと、寒くない?」
「大丈夫よ」
「俺はちょっと寒いかな」
「そう?」
「だからさ・・・」
身体を180度反転、後ろからぎゅっとやまとを抱きしめる。
「ねぇ・・・しんくん、聞いてくれるかしら?」
暗闇の向こうの顔は見えない。その声だけが俺に伝わる。
「ん、何」
「私、最近不安だったの」
「不安?」
やまとが何を考えているのか、大体分かる気がする。
不安――それは俺も、ときたま感じていたものだ。
「私はしんくんと付き合い始めてから、色々あって、楽しくて、凄く幸せだわ
でも、ある日しんくんが、何処か遠く離れていってしまうかもしれないと考えると、凄く怖い
いつか、突然、居なくなってしまうと思うと、胸が苦しいわ。
私にはそんなの耐えられない。一緒に居たい。
今の幸せをずっとしんくんと一緒に、分かち合いたいの・・・」
「俺もだ、やまと・・・」
「だから・・・」
やまとが身体を回した。暗闇にやまとの輪郭が浮かび上がる。
俺のパジャマの胸がぎゅっと捕まれる。
二人とも考えていたことは同じらしい。
「だから、もっと抱きしめて。絶対に離れないように・・・」
「やまとっ!」
やまとの目尻に浮かぶものを見たくなかったから。
何故か俺の目から流れる液体を見られたく無かったから。
俺は強く、力強くやまとを抱きしめた。
「絶対に離さない。何があっても絶対に」
「約束、して・・・」
「約束する・・・俺はやまとが大好きだから」
「私も、大好き」
腕の力を抜く。視界一杯にやまとの顔が映る。
もう何も言うことはない。
俺達はそっと目を閉じ、唇を重ねた。
大丈夫だよ、やまと。俺は何処にもいかない。ずっと君のそばにいるから。
この絆は絶対に切れないものだから。
おやすみ、やまと
また明日
朝、カーテンがあるにも関わらず眩しい日光に目を覚ました。
一緒にいたやまとは先に起きたみたいで、既に部屋にはいなかった。
パジャマの胸の生地が妙にのびている。
寝てる間ずっと掴んでいたんだな・・・
とりあえず、寝ぼけ眼をこすりながらリビングに出る。
「ふぁ、おはよー」
「遅い、もう8時よ」
出迎えはエプロン姿のやまと。朝から良いものを見た。
おかげでバッチリ目が覚めた。
「まぁまぁ、土曜日なんだしさ」
「そうね、はい、朝ごはん」
「やまとが作ったの?」
「ええ、そうよ」
「ならば、一刻も早く食べないと!」
「ふふっ」
「なっ、今笑ったな」
「これからは私がしんくんのお弁当つくるのよ。焦らなくてもいいじゃない」
「・・・確かにそうかも」
やまとのお弁当、考えただけで涎が・・・
いかんいかん。
朝食を食べた俺は今、家の前にいる。
今日はデートする予定だからだ。
空は素晴らしき晴天、降水確率ゼロ%、絶好のデート日和。
なにより朝からずっとやまとと一緒ににいられる。
こんなチャンス滅多に無いといっていい。
「お待たせ」
制服姿のやまとが駆け寄ってくる。
その手を自然と握る。
「じゃ行こうか」
「ええ」
繋いだ手を引き歩き出す。
何処に行ってもこの手は離さない。
いつもと変わらない日常がまた始まる。
歩く時の距離も、肩の距離も、顔と顔の距離も、変わらない。
でも、ほんの少し変わったものがある。
それは、俺達のココロの距離――