「あなたを呼ぶ」五話
私は、ジュンが好きだわ。ジュンがいないと、私はなにもできない。さびしくて、不安でしかたがなくなるわ。でも、私は知ってしまった。ジュンにそばにいて欲しいと、呼びかける声が届かなくなったことを。けれども、違う声は届くはず。わがままな私に付き合ってくれた、笑わない私に笑顔を教えてくれた、ひとりぼっちになった私のそばにいてくれた、私の名を呼んでくれたのは、ジュン、あなただったわね。だからこそ、彼には幸せになってほしいとも思ってる。そう、ジュンの幸せを願い喜ぶ声なら届くはず。彼が彼女を選んだというのなら、ジュンと彼女のこと、笑って喜ぶべきだわ。今はまだ、無理だけれど、でも、今度会うときには、私は、笑えるようになってみせるわ。
太陽がビルの間に沈もうとしている。今頃、水銀燈は、オヤジさんと飯でも食ってるのかな。僕は、少し水銀燈に嫉妬をしているみたいだ。よろこんでやらなきゃならないのに。本当に自分で、自分が嫌になる。……紅茶、飲もうかな。僕が、やかんに火をかけようとすると、ノックの音が聞こえた。ジ「はいはい。」どこの宗教勧誘だ。そう思って、出た僕は意外な人を目にした。ジ「水銀燈?どうしたんだよ?」銀「……ご飯作りすぎちゃったの? よかったら食べる?」ジ「じゃあ、お言葉に甘えて……。 というか、時間、大丈夫なのか? オヤジさんと会うんだろ?」銀「大丈夫。 お父様来れなくなったから」ジ「……そっか、……残念だったな。」当然だけど、かなり落ち込んでる。いつもの口調じゃないし。 水銀燈の部屋に上がるのも始めてだな。そういえば。テーブルの上には、綺麗に盛り付けられた料理が並んでいた。ジ「いただきます」銀「はい。召し上がれ」料理は冷めていたけれども、ジ「……うん。おいしいよ」水銀燈は心ここにあらずって感じで、話を始めた。銀「ねぇ、ジュン。やっぱり私って壊れた子なのかな。 こんな変な髪で……。 だから、お父様は私のこと嫌いなのかな…?」僕は、彼女が髪の色を気にしてるなんて、少しも思わなかった。けれども、言われてみれば、フードつきの服。小さな会社の事務職、それらしい点はある。ジ「違う。水銀燈は、嫌われてなんかいない」銀「嘘よ。なら、なんで会いに来てくれないの? ずっと、ずっと、待ってたのに。 前も、その前も、来るっていって結局来なかった。 そうよ、私のことなんてどうでもいいのよ!」僕のことなんてどうでもいいんだ、僕が親に対して思ったことと一緒だ。けれど、否定しなくちゃ……。僕は、こんな水銀燈見てられない。ジ「違う……。」僕からやっと出た言葉は、彼女の意見を否定するのに足りなかった。銀「……ねぇ、ジュン。 この人形ね。お父様がプレゼントしてくれたものなの。 どこの店にいっても、売ってなかったくんくんのぬいぐるみが 欲しいってせがんだら、仕事先から送ってきてくれてね。」そういって、くんくんの人形を手にとった。銀「私は、すごく喜んだわ。 離れていても、お父様は私のことを愛してるって思えたもの。 けれども、だれでも持ってるようなただの人形。 たまたま売ってたから、うるさいわたしを 黙らせるために買ったに過ぎないただの人形。 私は、こんなの喜んで、ずっと大切にして…… でも、お父様は私のことなんてどうでもよくて、 ホント、馬鹿みたい。」ジ「水銀燈……」僕は、彼女の名を呼ぶしかできなかった。僕も、両親は僕のこと嫌いなのでは、と思っているから。僕に否定できるわけがなかった。けれども、水銀燈のこの姿を見ているのは、辛い。僕は、どうすれば、彼女を慰めることができるんだ?そんなことを考えてると、ふいにブチッという音が聞こえた。水銀燈は人形をバラバラにちぎってゆく音だ。ジ「お、おい」僕は水銀燈のそばによる。銀「ジュンも、私のことなんてめんどくさい奴って思ってるんでしょ? もう、私のことなんて、放っておいて! 私なんて、要らない子なのよ」そういいながら、彼女は僕を突き飛ばして外に出て行く、目には涙が浮かんでいた。ジ「おい、待てって、水銀燈。僕はそんなこと」僕は言いながら追いかけるが、とても追いつけない。なんであんなに足が速いんだよ?ジ「水銀燈っ!」僕は彼女を呼ぶけれど、水銀燈はそのまま闇に消えていった。僕は、自分の不甲斐なさを呪った。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。