第十四話 「決着」
「一体何なのかしら?」
本当に金糸雀は今すぐに公園にやってきてくれた。急かしたようで申し訳ない気持ちになる。しかしながら、仕方のない事だったのだ。
「言いたい事があるんだ」
そう、言いたい事があったのだ。だからこそ、仕方の無いのだ。あまりに急だが、今すぐ言わなければならないのだ。僕は自分自身の想いに、気が付いてしまったのだから。だからこそ、彼女に伝えなければならない。金糸雀に隣に座らせる。公園は静かで寂しく、他に誰もいない。今までに感じた事もないような雰囲気を漂わしていた。どこかしら変わってしまったかのようだ。いや、僕が変わったのかもしれない。
「今すぐ伝えたい事があるんだ」
踏ん切りがつかない。何度も何度も同じ事を言ってしまって、本題に移れない。緊張、してしまっているんだろうか。こんな経験今までにない。
「………………」
何も言わず、金糸雀が僕の肩に手を置いた。ただ、僕を見てくれている。優しい、優しい、そんな眼差し。頑張って、無理しなくていいかしら、緊張しないで。そう言っているようにも見える。ああ、僕は情けないのな。金糸雀に、こんなにも気を使わせて。
「ごめんな」
そう言って僕はまた、黙りこくった。暫く暫く黙りこくった。金糸雀はそれでも、待っていてくれた。
結局、僕が金糸雀に言いたい事を伝えたのはずっとずっと後でになってだった。
「―――金糸雀」
◆
「行くのですか」
白兎がそう語りかけてきた。此処は営業時間外のトロイメント。金糸雀と別れ、僕は此処に来た。それはある意味で今生の別れであり同時に世界全てへの別れなのだ。
「いいんだ、もう行く」「ようーやく、全部始末つけてきたですね」
翠星石がそこにいた。見た感じ、“心なしか若く見える方の翠星石”
「なーんとなしに、カラクリに全部気づいた。 お前も行くんだろう? 翠星石。」「ですぅ、翠星石もやらねばいけない事があるのですぅ。」
目を瞑って、少し上を向いて口を開いた。
「昔、家が大変だったですぅ。 何とかはなりましたけども、おじじとおばば、それに翠星石と蒼星石。 それだけじゃ手が足りない程に、大変だったです。 だから、行くんです。」
後に詳しく話を聞いてわかった事だが翠星石の家は借金の為に大変な事になっていた。両親もおらず、祖父祖母に養われていた家庭では大変な問題だった。それを打開したのが。
「あんただな、翠星石」「ご名答ですぅ」
トロイメントの二階から、翠星石が下りてきた。しかしながら、翠星石が僕の目の前にいる。その符号が示すものとは。
「随分と年上に見える筈だよ。 “過去に遡って家庭を助けた後、そのまま生きてきた”」
翠星石は、二人いた。その時代から。
「タイムマシンで過去へ戻ったんだな、僕と一緒に」「そういうことですね」
翠星石は、いや蒼星石さんや皆も知っていたのだろう。このタイムマシンが起こす物語について。
「そしてお前も」
白兎は黙って少し頷いた。
「この道化め、僕は踊らされていたんだな。 それも、恐らく僕の知り合いほぼ全員に」「よくタイムマシンについて信じられましたね」「それしか無かったからな」
白兎が黙って立ち上がった。二階へと上がっていく、僕もそれについていく。二人の翠星石も一緒についてくる。
「この一室が丸々タイムマシンです」「そいつはびっくり」
外から見ても、一見普通の部屋だ。
「必要なものは全部揃えておきましたから。 翠星石と二人で調整もすんでいます」「いつでも行けるという訳だ」「行き先は?」「知ってるくせに、小学校の卒業の日」「翠星石も同じですぅ」
「じゃあ行くぞ、翠星石」「随分とドライですねぇ」「そんなもんだよ」「この扉を閉めたら過去へと時間が進みます。 詳しい説明などは中に記しています。」「ご丁寧にどうも、参考にするよ」
じゃあな、と言い部屋に入ろうとする。その刹那に声がした。
「金糸雀」「待ってかしら、ちゃんとお別れするかしら」「お別れ? 確かにそうだが、そうじゃあないだろうに」
確かに、と金糸雀は舌を出して笑った。
「じゃあ、最後くらいは格好よく」
僕は金糸雀に近づき、静かにキスをした。軽く一瞬の、けどそれで十分。これほどの“幸せ”はそうない。
「真紅まで来たのか」「私が呼びました、彼女は何も知らないですから」
すでに翠星石が二人居る事について驚いて目を見開いている。しかし何故だろうか、白兎の声は哀しく聞こえた。
「……真紅、今生の別れだ。ごめんな」「ジュン」
真紅は何か言いたげそうに見えたが、何も声が出なかった。全ては終わった、本当に別れだ。翠星石はすでに部屋の中にいる。
「……………………」
流石にちょっと緊張したが、さっきよりましだ。今度こそ。
「お別れだ」
軽く手を振り、僕はドアを閉めた。
――――過去への道中
「いいんですか? あんな軽いお別れで」「いいんだ、どうせまた会う事になるんだ」「相当な覚悟ですねぇ、翠星石はずっと時間をかけましたのに」
それは覚悟までの時間。いきなり未来からの自分が現れた翠星石の衝撃はとんでもないものだったろう。その後の人生をも変える、出来事なのだから。
「なぜ、蒼星石は一緒に来ないんだ?」「……老いるのは、姉の私一人で十分ですぅ」「……いい姉だ」
本当に、蒼星石の事を愛しているんだな。
「さて、説明などを読んだら冬眠しよう。 何年もこの部屋で起きていたら、気が狂ってしまう」「全くですね」
普通のベッドが何組か置いてある。ただのベッドのように見えるが、これで人口冬眠できるらしい。もっとも、体は老いるし、意識を絶つだけのものだが。
「おやすみ」「おやすみですぅ」
―――過去。
目が覚めた時には翠星石はいなかった。先に出て行ったらしい。彼女も、急がなくてはならないと切羽詰っているのだろう。此処はもう過去らしい。部屋の外を見ると、かび臭い。どうにも、此処は空き家のようらしい。都合が良い、これからは僕の家なのだから。壁についている鏡の僕を見ていると、成長していて少しショック。成長といえば聞こえはいいが、一気に老けたなぁ。
さて、行くか。二度目の決着をつけに。僕の人生を始めにかかろう。そうやって、家を出ようとした刹那、小さな段ボールを見つけた。開けてみると、思わず笑いが出た。これからは僕がこれを着ていくんだな。
それは、白兎のマスクと衣装だった。タイムマシンに乗ってきた僕――というのは言い辛い。
やはり、白兎という名称がしっくりくるなぁ僕。白兎、僕は僕自身を導いていたのだ。それに導かれる僕はまさに道化だ。どんな顔していたんだろうなぁ、あいつめ。いずれ何年も経てば、鏡を見ればわかるのだろうけど。
外へ出た光景はやはり昔だった。といってもそんな大昔じゃない。小学校の卒業の日。金糸雀と再会した時のように桜が吹雪いている。
「ああ……」
僕の人生は、この卒業の時に大きなものを失ったのだ。金糸雀、勇気のないガキ時分の僕は思いを伝えられなかった。そして、こんなに近い距離なのに会う事もなくなった。そして、空虚になっていった。そして、今に至るのだ。
「見えてきた」
学校から多くの親子が出て行った。この姿に変な目を向ける者が多い。……この白兎の格好はとても恥ずかしい。折角なので着てみたが。勝負服のようなものだ。しかしいずれあんな風になるのかと考えると悲しくなってくる。多分気に入ってくるんだろうな。思わずため息を漏らす。
金糸雀だ。僕と一緒に居る。何気ない会話をして、そして暫く会わなくなるのだ。いや、金糸雀にとってはそうでもないが。にしても、情けない話だ。小さな僕が離れていった。金糸雀は一人、親の元にここから帰るのだろう。僕は金糸雀に近づいていく。とても驚いている、そらそうだ、白兎なのだから。マスクを外す。更に驚いている、ぽかんとしている。二十代半ばなんだよな、見た目。それでも僕ってわかってくれたのか。僕は思わず微笑んだ。そして開口一番、かつて卒業式で言えなかった事を。今になってようやく言い始めた。
「お疲れ様ーっ!」
クラッカーで爆音を鳴らす水銀燈と蒼星石が一階にて待ち構えていた。本当にお疲れ様だ、ようやく全部が終わったのだから。仕掛け人の皆さんもご苦労だ。
「ふぅ……」
白兎のマスクを脱ぎ捨てる。横にいた真紅が驚いている。……本当に申し訳ない。
「これで全ては終わった。皆ありがとう」「こちらこそ」
この壮大なタイムマシンのストーリーを知る皆。色々と世話をかけたなぁ。
「金糸雀、今までありがとうな「どういたしましてかしら」「―――金糸雀」
そして僕は、かつて卒業式と、タイムマシンに乗った日に伝えた告白の言葉と同じ事を言った。
「愛してる、これからも一緒にいておくれ」
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