『涙のちエプロン』
『涙のちエプロン』「じゃあ、カナ、行ってくるね」 午前7時30分。いつものようにみっちゃんが金糸雀に声をかけます。「みっちゃん、いってらっしゃいかしら…」 金糸雀もいつものように言葉を返しますが、今日はその声にちょっと元気がありません。 今日は日曜日。 いつもならみっちゃんは会社がお休みで、金糸雀と一緒に朝ごはんを食べている時間ですが、今日は休日出勤でお仕事に行かなくてはいけないのです。「みっちゃん…」 みっちゃんが玄関のドアを開けた時、金糸雀は小さく呟きました。「今日も遅くなっちゃうのかしら?」 最近みっちゃんはとても忙しくて、平日も夜遅くにならないと帰って来れない日が続いているのです。「うーん、夕ごはんの頃までには帰れるかなぁ。 今日はカナの大好きなロールケーキ買ってくるから待っててね」「うん…」 ロールケーキという言葉に一瞬輝いた金糸雀の瞳でしたが、またすぐに俯いてしまいました。 その様子を見たみっちゃんが金糸雀の髪を優しく撫でます。「ごめんね、カナ。最近ずーっと一人でお留守番してばっかりだもんね。淋しくなっちゃうよね…。 でも来週はお休みがもらえそうだから、そしたら一緒にお出かけしようよ。 だから、その時までもう少しだけ我慢してね?」「…っと…えっと……」 金糸雀は少し考えると、みっちゃんの目を見てこう言いました。「心配しないで、みっちゃん。こう見えてもカナは結構強いのよ。 百人乗っても大丈夫なくらいに素敵で無敵な鋼鉄乙女なんだから、一人でのお留守番だって全然平気かしら! だから、みっちゃんは安心してお仕事に行ってきてね」 すると、みっちゃんは……「あ――ん!健気なカナに激萌え――ッ!!」スリスリスリ「みっみっちゃん、朝からほっぺがまさちゅーせっちゅ!」「あっ、遅れちゃう…。じゃあ、今度こそ本当に行ってくるね」「いってらっしゃい、みっちゃん。お仕事、頑張ってね!」 朝の恒例行事を終えて、みっちゃんはお仕事に出かけて行きました。 「でも、本当は凄く淋しいかしら…」 バタンと閉まったドアに思わず金糸雀の本音がこぼれます。「…ううん。ダメよ、カナ!そんなこと言ったら、みっちゃんを困らせるだけだもの。 ちょびっと泣きそうになっちゃったけど、カナだって来年は受験生なんだから、もっと大人にならなくちゃ! それに――」 涙をそっと拭くと、金糸雀はリビングへ向かいました。「それにカナにはピチカートもいるから一人じゃないかしら!」 窓辺の鳥籠でレモン色の小鳥が鳴いています。その子の名前がピチカート。 去年の金糸雀の誕生日にみっちゃんがプレゼントしてくれたカナリアです。 金糸雀は毎日ピチカートに餌をあげたりお話をしたりして、とても可愛がっているのです。「あのね、ピチカート、これは秘密のお話なんだけど…。 カナはね、みっちゃんのお誕生日にエプロンを作ってプレゼントしようと思ってるの」 みっちゃんの誕生日は2週間後。 その日の為に金糸雀はみっちゃんがお仕事に行っている間にこっそりとミシンを借りてエプロンを縫っていたのでした。「そうだわ。ピチカートだけに見せちゃおうかしら?今持ってくるから、ちょっと待っててね!」 金糸雀は自分の部屋に行くとクローゼットの奥に隠しておいたエプロンを取り出して、急いでピチカートの元へ戻りました。「ほら、これよ、ピチカート。みっちゃんみたいに上手には作れないけど、 これはこれでなかなかの出来映えじゃないかしら?」 小花柄のエプロンを見せながら、ちょっぴり得意気な金糸雀です。「ねぇピチカート、みっちゃんはカナのプレゼントを気に入ってくれるかしら?」 金糸雀が尋ねるとピチカートはそれに応えるように囀りました。「そうよねそうよね、やっぱりそうよね!みっちゃんはきっと気に入ってくれるに間違いないかしら! ふっふっふ、そうとなれば最後の仕上げ、みっちゃんの顔と名前の刺繍にレッツトライかしら!!」 拳をギュッと握りしめ、金糸雀は決意も新たに作業を…――。「けど、その前にみっちゃんの手作りオムライスでしっかりエネルギーをチャージかしら。 あっ、それとね、ピチカート…――」 キッチンへ行こうとした足を止めて、金糸雀は言いました。「もうひとつの秘密のお話なんだけど…。 カナは大きくなったら、みっちゃんみたいにお洋服を作る人になろうと思ってるのよ。 お裁縫の勉強をたくさんして、今よりもっと上手になるの。 そして、みっちゃんに素敵なスーツを作ってプレゼントするのがカナの密かな夢なのかしら!」 ピチカートにパチッとウインクをすると、金糸雀は「♪オムライス~ オムライス~」と歌いながらキッチンへ駆け出して行きました。 金糸雀のお手製エプロンが完成するまで、あと少し。 そして、そのエプロンに感動したみっちゃんが激烈まさちゅーせっちゅを炸裂させる日までもあと少しです。
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