【戦闘妖精natukaze】
『接近してくる機影を確認。一機のみ』 突如、僚機の叫びが無線に飛び込んできた。私たちの小隊が、このステルス機を駆って敵の領空に侵入してから、まだ30分と経っていない。これは細心にして最大限の注意を払って実行された、完全な極秘ミッションだったはず。 時刻は早朝。敵の迎撃にしては、いくらなんでも対応が早すぎる。そもそも、たった一機で迎撃に上がってくるというのもナンセンスだ。 「増援?」 そんな訳はないと分かっているけれど、冗談めかして希望的観測を口にしたのは、私が戦闘機を飛ばせるというだけの、普通の女の子だから。戦闘は、いつだって怖い。私の全身を容赦なく粟立たせ、汗を迸らせる。それがたとえ、AAMを発射するボタンを押すだけの、一方的な戦闘であっても。 「方位と距離は?」 本作戦のために索敵能力を強化した二番機に訊ねれば、すぐに返答がある。 『10時方向です、隊長。まだ900kmは離れていますが』「朝日を背に近づくつもりかしらね。日の出には、まだ時間があるというのに」 本当に、敵の迎撃機? それとも、ただの民間機?とても目視では見えない距離だけに、判断に迷う。二番機の【眼】だけが頼りだ。 「機種は判別できないの?」『照合中…………データに無いタイプです』『撃墜しますか、隊長?』 さては、新鋭機のテスト飛行にでも出くわしてしまったのか。三番機からの問いに、私は柄にもなく逡巡する。こちらが3対1で優勢だし、おそらく【眼】も、こちらが優秀に違いない。現在の距離でも、AAMの一発で撃墜できるだろう。 けれど、それをすれば私たちの存在を、敵に知らしめることとなる。ミッションの遂行上、大きなマイナス要因となり得た。敵機の撃墜に固執して、今までの労力を不意にするのは愚かに過ぎる。 「落ち着きなさい。正体不明機との距離は?」『およそ600km。AAMの射程外です』「だったら、無理に仕掛けることもないわ。まだ、こちらに気づいてないかもしれない。 高度を下げてやり過ごすわよ。私に着いてらっしゃい」 機を下方へ向け、加速する。僚機もフォーメーションを組んだまま着いてくる。――が、次の瞬間! 至近での爆発。二番機が撃墜されたと悟るのと同時、私は機を横滑りさせていた。回避行動で目まぐるしく廻る景色の中、更なる閃光が明け方の空を染め上げる。三番機が爆散したのだ。どちらの機からもベイルアウトした形跡は見られなかった。 「気づかれていたのね。こちらより高性能のレーダーを持っているというの?」 考えながらも、私の身体は訓練どおりに回避行動を繰り返していた。こんな所で散ってたまるかという意地も、多分に影響していただろう。愛機に描いた紅蓮の薔薇のエンブレムにかけて。 「信じられない。まだ600kmは離れていたのに、ミサイルの直撃ですって? そんな足の長いAAMを持っているなんて、聞いていないわ」 もちろん、こちらのデータには無い兵装だ。新鋭機ともども、短期間で自国開発したとは考えにくい。 「どこぞの同盟国か、死の商人から仕入れたのね」 軽口を叩きでもしていないと、恐怖で気が変になってしまいそう。生き延びるには、狩られる前に、敵を落とすしかない。 「どこ? 敵は、どこなの!」 紫に染まった明け方の空に目を走らせ、敵機を探す。開きっぱなしの目が痛くても、瞬きだって我慢して、探す。そして……見つけた。想像もしていなかったほどの至近距離で。 漆黒に塗装された、Su-47を彷彿させる機影。けれど、ベルクトではない。その鋭利な機首には、存在を誇示するような逆十字のエンブレム。敵機は、まるでヨットに戯れるイルカみたいに、私の機体に身を寄せてきたのだ。常識はずれな機動性を、これでもかと、ひけらかしながら。 「……からかっているの? 馬鹿にして!」 私の頭に、血が昇ってくるのが実感できた。けれど、激しく敵愾心を燃やす一方で、私の思考は奇妙に醒めていった。私という存在が、戦闘機の1パーツに変貌してゆく。 機体を駆る。急激なG。ストラップが身体に食い込み、呻きが漏れてしまう。でも、私の関心は目前の敵を撃墜すること。ただ、それだけ。踊るように逃げ回る漆黒の敵機を、無心に追いかけていた。そして、パッシブホーミングでAAMを撃とうとした矢先――漆黒の敵機は、またも驚くべき機動性で私の下に潜り込んで見せた。 背筋を駆け抜ける、生まれて始めて感じた戦慄。いけない! そう思った時にはもう、私はベイルアウトしていた。その1秒と経たない後、私の機はミサイルの直撃で炎に包まれていた。 シートごとパラシュート降下する私の横を、あの漆黒の機体が駆け抜けてゆく。けれど、そのまま遠ざかるかと思いきや、また戻ってきた。まっすぐに、私めがけて飛んでくる。まさか、機関砲で私を?!私は身を竦めて、両腕を前に翳した。 「やめて! 撃たないで!」 だが、撃ってきた。30mmらしい機関砲で、パラシュートを。私を嬲り殺しにして、面白がっているの? ふざけた真似を!私はヘルメットを脱いで、反転してくる敵機に向かって投げつけた。もちろん、届くはずもないけれど。 私の、そんな見苦しい仕種を、敵のパイロットはどう思ったのか……漆黒の機体が、ゆっくりと近づいてくる。失速で墜落するのではと、こちらが危ぶんでしまうほど、ゆっくりと。そして更に驚くべきことに、敵機は私の15mほど距離を開けて停止、ホバリングした。 キャノピーが開き、敵のパイロットが、ヘルメットを取るのが見えた。溢れるように流れ出た、鮮やかなプラチナブロンドも。紛れもなく、敵のパイロットは私と同い年くらいの、悔しいけれど美しい女の子だ。 空中で、私たちはどのくらい見つめ合っていたのだろう。不意に、向こうからハンドサインを送ってきた。 《また遊びましょ、おばかさん。……ばいばぁい》 それだけ。それだけ言って、プラチナブロンドの乙女はキャノピーを閉ざし、群青色の空に消えていった。 * 敵地深くで不時着した私は、それこそ死ぬ思いで三日を走り続け、味方の部隊に拾われた。空軍基地まで後送されるトラックの中で、私は死んだように眠り続けた。 到着するや、基地の病院に放り込まれて、休養を取らされる羽目となった。隣のベッドには、顔の左半分を包帯で覆った娘が横たわっている。この娘の名前は、薔薇水晶。エンジュ基地指令の愛娘で、一流のパイロットだ。その彼女が、左眼を失明するほどの負傷をしたことは、ちょっとした衝撃だった。 私が地を走り続けているとき、薔薇水晶たちも、あの漆黒の敵機と闘ったという。一個中隊、18機をもって空中戦を演じた結果が、この有り様。被弾しながらも命辛々逃げ帰ったのは、この娘を含めた3機だけだった。 夢に見るのか、薔薇水晶は眠っている間ずっと、魘されている。 『漆黒の機体に十字架を描いた敵に遭ったら、祈りながら逃げな』 『あいつは化け物だ。黒翼の死天使なんだよ』 そんな馬鹿なと、一笑に付すことなんて、できない。私には、恐怖に顔を引きつらせて語る彼らの気持ちが、痛いほど理解できたから。 僅かに傍受できた敵の通信で発覚した新鋭機のコードネームは【natukaze】。 これが、私と“黒翼の死天使【natukaze】”との邂逅。そして、これから数年に亘って繰り広げられる私達の、死闘の幕開けでもあった。【戦闘妖精natukaze】 ~プロローグ~ 次回 第1話「Dances with Angel」 に続く。 な / ______ぁ 訳/  ̄ヽぁな / \ぁ い レ/ ┴┴┴┴┴| \ぁ じ / ノ ヽ | ヽぁ ゃ> ―( 。)-( 。)-| |んぁ > ⌒ ハ⌒ | / !ぁ> __ノ_( U )ヽ .|/ ん |ヽエエエェフ | | \ | ヽ ヽ | | | √\ ヽ ヽエェェイ|/ \ `ー― /ヽ【夏風邪に】【注意せよ】要するに、前スレのスレタイネタでした。もちろん続かない。
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