・想いの果てに 編
50.【貴方を】【見ているわ】 契約を交わした翌日、ジュンが当面の身の回りの物を携え、有栖川荘に越してきた。部屋は2階の207号室。左隣が雪華綺晶さんの部屋。ちなみに、右隣は共同トイレ。 「それだけ……ですぅ?」 つい、溜息と一緒に、思ったことが口に出ていた。ジュンの荷物ときたら、当座の衣類と洗面用具、ノートパソコンという有り様で。寝具は、有栖川荘の備品である来賓用の布団を借りると言うから、ちゃっかりしている。まあ、実家が近いから、必要な物は適宜、取りに戻るつもりなんだろうけれど。 「このアパートってさ、どの部屋でもネット繋げられるんだっけ?」「入居案内では一応、光回線が各部屋に入ってることになってるですぅ」「なんだよ、一応って。近々、光に変える予定で、実はまだADSLというオチか?」「そうじゃなくて、パソコンを使ったことがないです」「マジかよ……」ジュンは物珍しげに、しげしげと私を眺めた。「この御時世に、奇特なヤツだな」 と言われても、コミュニケーション・ツールなら、携帯電話で間に合ってたし。そう切り返すと、ジュンは口の端を綻ばせた。 「持ってると何かと便利だぞ。レポート書く時の調べ物とか、使いどころは山ほどあるからな。 型落ちでも構わなければ、前まで僕が使ってたマザーとかのパーツ寄せ集めて、組んでやろうか」「それだと、お店で買うより安くなるですか?」「タダでいいって。どうせ、もう使う当てもなかったし。今の時代、廃棄するにも金がかかるんでね」「……実は、ジュンっていいヤツですぅ?」「単なる気まぐれだ、バカ。2度目があるとか思うなよ」 さも心外そうに、唇を尖らせる。でも、ジュンが根っからの悪人でないことは、薄々、感じていた。きっと、みんなとも早々に打ち解けられるに違いない。品行方正な青年でいれば、だけれど。若気の至りを起こさないよう、暫くは付きっきりで、しっかり見張っておくとしよう。
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