SEAVEN 第一話 「少年」
この地域の特色として交通の面では、クモの巣のように張り巡らされた鉄道が完全にダイヤ通りに動いていることが挙げられる。全てをコンピュータにより制御され、旅客車両、運搬車両もともに、少しの乱れも存在しない。 これは、この一帯の1stから6thの地域において言えることである。 他の自治地域では、早くて5分遅れ、遅いところになると半日は覚悟すべき場所も存在するから本当に特筆すべきことと言えよう。 これは、その地域の統治者の性格が表れていると、世間一般でよく言われる。 つまりは、ここの統治者――1stのトップ、が几帳面な性格であることを意味している。 そのためこの一帯の住民全員が几帳面な性格をしているかと言えば、そういう訳ではない。 いや、もしかすると、比較的几帳面な人物が多いのかもしれないが、それでも人それぞれであると言わざるをえない。 また、この地域の鉄道がこのようであるので、鉄道に興味を持つ人間は他よりは多く存在する。 一日中ダイヤ表とにらめっこ出来る人間も極僅かではあるがいるくらいだ。 しかしながら、世間でその趣味が理解されることはほとんど少ない。 なんでそんなものずっと見られるの?と尋ねられると趣味だから、や、何かに使えないかなと思ってと答えるぐらいしかない。 文化の面でも特に発達している。 絵画、音楽、文学、芸能、衣服。 流行の発信地となっており、ここに住む人々はその他の地域の人々から憧れを持た れている。 意外とこの地域であまり注目されていないものでも、他の地域ではとてつもない人気を誇るというのは少ないことではない。 また、技術も高い水準を保っている。 特に、指先の器用さが求められる分野での活躍は目覚しい。 かなりの地域で生産される大型製品の小さな部品はこの地域で作られたというのは多々あることである。 ただ、いかんともこの分野の人口は多いわけではない。 よく言えば少数精鋭である。 ただ単に、興味が持たれていないだけとも言えるが。 他には、事件が起きた時の驚異の有罪率を誇ることである。 ここではその率は95%を超えてしまうのだ。 その他の地域の有罪率の中央値が76%であることを考えると驚くべきことである。警察が有能であるのかもしれないが、それ以上に冤罪も多いのではないかと言われている。 これに陰謀論を唱える人物もいるが、大抵は鼻で笑われることが多い。 しかし、ごく稀に人々の心をとらえるものもあり、一つのムーブメントを巻き起こすが、すぐに飽きられてしまう。 大体4年周期でそのムーブメントは起こり、そのムーブメントこそ、陰謀なのではないかと冗談を云う人間も出てくるくらいだ。 結果はそこにあるだけで、全てに必然性、運命性などあるわけがない。 たとえば、大きな事件があり世間を賑わしてみても、蓋を開けてみると、偶然の産物だったなんてよくある話だ。 また、この有罪率の原因については、セブンの人々による事件が激化していることも理由として挙げられる。 事件と言うよりもテロだ。それに被疑者死亡という形で終わることの方が多い。 それでも、人々はどこか遠い場所のことのように感じているようだ。銃の所有率は高くはなっているが。 このテロが最近急激に増加したのだから仕方のないことかもしれない。 その結果、最近警官はよく見かけられる。 1stから7thまでいたるところで。 そもそも、1stや7thとは何なのかを考えるべきかもしれない。 成り立ちは人間が地下へ逃げ込む原因となった最終戦争まで遡る。 逃げ込んだ際に最初は便宜上であるが、B-1st floor、B-2nd floorと言うように区分分けされていた。 それが地下世界の法整備、区分整備により階層によっての身分が明確化されたことにより、差別が始まったのだ。 しかし、差別されるのは7thの人間のみであり、1st、7th以外は職業による区分であるし、2ndから6thまでは別にどこに住んでいようが関係ないのである。 大まかにいえば、2ndは世帯主が政治家、医者の嫁もしくは夫または1親等以内の者、3rdは世帯主が法律家、薬剤師の嫁もしくは夫または1親等以内の者。 4thは同様の教師、警察。5thは同様の運送事業、工場、土木関係者。6thは同様の商業、営業関係者。 職業はこれだけではないので全てを挙げたわけではないがこれで大まかなものが分かるはずだ。 そして、収入を見てみると、階級など関係なく、6thの者が2ndの者以上の収入を得ていることも事実ある。 残る1st、7thとはなにか。 生まれた時に決定してある階級である。 1stとは統治者階級とも言われている。 政治家とはまた別の統治。 どのような事をしているのか、一般には知られていない。 位置としてはその地域の象徴、シンボルであると言うのが正しい。 それに不満を言う者もいないことはないのだが、少数であり、それもジョークの類だ。 逆に7thとは何か。これについて説明するのは難しい。いや、真相について知っているのはごくごく一部でしかないであろう。 一般的には犯罪者階級とも言われるが、これは生まれついての階級である。 罪を犯した者は階級と別に扱われ、4thの○○犯と言われるのだから、この解釈が間違えているのは確かだ。 なら何なのかと問われれば、答えに窮し、先祖が何かをしたのだろうという予測しか立たなくなる。 このような背景も加え、7thとは日常会話でも口に出すのも憚られる腫れもののような扱いがされる。 また、その階級の人々は順に、ファースト、セカンド、サード、フォース、フィフス、シックス、セブンと呼ばれる。 6th、7th以下が序数出ないのはただ単純に呼びづらいだけだろうといわれる。ローゼンメイデンが普通の女の子だったらSEAVEN第一話「少年」 息苦しくさせるような午前8時半の満員電車。 ある者はただ目的地に着くのを待ち、ある者は新聞を読む。 ある者は会議に使われる書類を読み、ある者は携帯電話を眺めている。 その中に、浮いているわけでもなく、風景に溶け込いでいる男がいた。 いや、幼さの残る顔立ちから少年と言った方が正しいだろう。 彼はこの電車が少しでも早く目的地に着くことだけを祈っていた。 身に付けているイヤホンから零れる音楽に耳を傾けると、そのアーティストの、『そう かすかにドアが開いた 僕はそこから抜け出すだろう この狭い地下室では何か 狂っている 狂っている わずかな願いを握りしめ 少年は信じてた 誰の声より誰の夢より 逆らうこと 逆らうこと』 と叫ぶような歌声が聞こえたに違いない。 しかし、その歌声は満員のざわめきの中に消えていった。 電車はガタゴトと、中の人々を揺らしながらライトが照らす薄明かりの中、進んでゆく。 カーブに差し掛かり、その曲も終盤に差し掛かりアーティストが『Boy!!』と叫んだ頃、爆発音が響いた。 もちろん曲がるたびにこんな音がするわけではないし、曲もそんな効果音は含まれてなどいない。 予想外の出来事に何もわからないまま悲鳴は上がり、その悲鳴は新たな悲鳴を巻き起こす。 先頭車両の車輪がレールから外れ、車両が傾き始めた頃、勘の良い人間はこれはもしやテロかと思い始めていたが、その思考のほとんども次の一瞬に消えていった。 車両が地面に触れたその瞬間、人と人が重なり合い、下の方のものはもはや人という形を失っていた。 また、一番上の者も、降り注ぐ割れた窓ガラスにより切り刻まれ命を落とした。 車体は完全に横倒しになり、火花を上げながら滑ってゆく。 もちろん永遠に滑り続けることなどなく、止めるのは摩擦が先か、壁が先かという状況になる。 結果、壁に軍配が上がった。 車体はゴトと音をたて壁にぶつかり、中身もずれる。 この頃にはもう悲鳴など消えていた。 重なった人の重さで原形を留めてない死体も、かろうじて息のある者もいた。 ゆっくりと体を起こす影がある。 いまだに何が起きたのかなんて分かっていない様子だ。 首をひねろうとしたが、ひねるべき首が痛むらしく、顔をしかめていた。 身につけたイヤホンを外し、辺りを恐る恐る見回す。 起き上がっている姿は今のところ彼だけらしい。「ひっ」 そう小さく悲鳴を上げる。 その下には女性の――いや、女性だったものの、折れ曲がり白い骨の飛び出た腕があったからだろう。 ある意味幸運だったのかもしれない。 もう少し明るければ顔の左半分が潰れ、脳や眼球の飛び出た死体をみるはめになっていたからだ。 彼は痛む体を無理やり動かし、頭上に見えている車両のドアへ手を伸ばし出ようとした。 ガラスは割れ、外とは直接つながっている。 しかし手はぎりぎり届くものの、体をそこから出すことは出来なかった。「誰か! 助けてください! ここにいます! 助けてください!」 叫び、助けを求める。だが、その声もすぐに枯れ、泣きだしてしまいそうなものになっていた。 彼は、この車両には自分一人しか生き残っていないと感じているのであろうか。 それとももはや何も考えられなくなっているのであろうか。 声は枯れ、それでも叫び続ける。 再びドアへと手を伸ばし、抜け出ようとするが、あと少しの所で滑り落ちてしまう。 それを何度も何度も繰り返していた。 どれほど経ったのであろう、伸ばした彼の手に、何かが触れた。 彼は驚き、つい手を放してしまう。まじまじと、自分の手を見つめた。 その触れたものは小さかったが、熱を持っていた。――そう、それは人の手そのものだ。 その考えに行き着くや否や、真上を見上げる。 ドアの上には小さな影があった。――助けが来た。 彼の表情はぱっと明るくなる。 上からは「大丈夫ですか?」なんて間抜けな声がする。 声から判断するに女性だろう。「出られないんだ! 助けてくれ!」 つい興奮が抑えきれず叫んでしまう。「分かりました。ちょっと待っててください」 そう声がし、影は去っていった。 乱れた息を整え終えてもまだ彼女は帰ってこない。――いくらなんでも遅すぎる。 不安に思いはじめたころ、上からロープが降りてきた。 このロープを登ってこいと言うことだろう、と解釈し手に取り強度を見るため引っ張ってみる。 たわんでいたロープはピンと張った。 大丈夫だと確信したのか、ゆっくりと登る。 決して下は見ないようにと。高いからではなく、地獄絵図を見ないために。 登り切り大きく息を吐いたのち、この車両から飛び降りた。 うまく着地できず、膝をついてしまう。 視線を上げると、そこには助け出したであろう女性がいた。 背丈は少年と同じくらいであるが、年齢は少年より同じか、少し下のように見える。「大丈夫ですか?」心配そうに彼女は尋ねる。「なんとか」限界を感じさせながら彼は答えた。「他に生存者は?」「分からない」と首を振る。「中は……」 中の様子を思い出し、震えながら、「見ない方がいいよ。僕はもう戻りたくないから……」「どうして?」と彼女は言おうとしたが、どう、という部分で理由が分かったからだろう、口をつぐんだ。 一瞬、目を深く閉じたが、キリと前を見て、「それでも、ぼくは行かなくちゃいけない。もしもそこにまだ生きている人がいるのなら」 そう宣言した。 彼――少年は、その視線から逃れるように視線を落とした。「ごめん……。……僕には無理だ」 罪悪感があるのだろう。ゆっくりと口にした。「じゃあ、中に入らなくていいからロープを支えてくれない?」 彼女は頷きながら、あっさりと承諾した。 少年は一息吸い込みどう返事すべきか、を迷うようなそぶりを見せる。 それでも罪悪感は残るのであろうか。 意を決し、何か口にしようとしたちょうどその時、奥の方から懐中電灯の光が来るのが見えた。 助けが来た。はずだ。 少年は大声を出そうと息を吸い込んだその瞬間。「静かに」 少女は彼の口に手を当て、無理やり沈黙させる。 非難がましく睨みつけるが少女は意に介さず、どこか必死な感じで周囲を見回した。 最初は抵抗を示したが、少年も何かを感じ取ったようでおとなしくなる。 その様子を見て、彼女は彼の口から手を放し、「ごめん。でも、早くここから離れよう」と囁くように口にした。「何でだよ? 助けてもらえばいいじゃないか」 つられて静かに抗議する。「駄目だよ、彼らは。いいから早く逃げよう」 理由も話さず彼の手を無理やり引き、どこかへ去ろうとするが少年は困惑しその手を振り払う。「いったい何でだよ!? 助けが来たんじゃないのか?」「違うんだ。彼らはぼくを追ってるんだ」「は? どうして?」 焦る少女と現実感が湧かないのか呆然としている少年。「教えてくれないか?訳が分からない」「理由はあとで話すから、今は早く! 」 再び彼の手を握り、引いた。 今度は抵抗すること無く、その手に引かれていった。 少女の焦りと比例し、走る速度も増してゆく。 今にも「いたぞ!」と叫ぶ声が聞こえてきそうで、その顔は硬く強張っている。 その感情は少年にも伝わったのか彼も似たような表情をしている。 鼓動の音で場所がばれてしまうのではないか。 そう思っていたに違いない。 しばらく走ると疲れが見えはじめ、その速度も落ちてくる。 それでもさらに走り続けているとその先に廃棄された車両が見えた。 その中へ二人は入り込み、ぜぇぜぇと荒い、息を整える。 先に落ち着いてきたのは少女の方だった。 まだ息の整え終えてない少年を見る。 彼は苦しそうに彼女を見つめ返すが、まだ話を出来る様子ではないようだ。 しかし、彼女は彼に話をし始めた。「追われてる、その理由を言うよ」 ゆっくり、言葉を慎重に選びながら話す。「偶然なんだ。見ちゃいけないものを見てしまった。 そのせいでぼくは追われているんだ」「何を見たんだ?」「警察が事件を起こしているところ」「……? どういうこと?」「少し前に事件があったよね? 駅に不審物があったってやつ。 あの時は未然に防がれたけどさ」「あぁ、あれか」彼も思い出したようで、頷いた。「あの時、その場所にぼくもいて偶然気になることを聞いちゃったんだ。 それで追いかけてみたら証拠を手に入れてしまって」「その証拠って?」「見たいの?」彼女は彼を見る。「あ……。やっぱりいいや」 その視線にたじろぎ、断った。「その方がいいよ。君も追われることになるから」「だけど何でまた……」「どういうこと?」「あー。何で警察はそんなことを、って」「さぁ。流石に分からないよ。セブンに対する印象操作をしたいんじゃ?」「かなぁ……」 納得はしていないようだが、とりあえずといった感じで言った。「でもさ。こんなこと聞いて僕は大丈夫なんだろうか?」「どうなんだろうね。分からないや」 いたずらっぽく笑む。「ちょっ!! うそ!! 僕は追われるのなんてごめんだからな!!!」余りの衝撃に叫んでしまう。「ちょっとうるさいよ。ここがばれちゃったらどうするのさ」「いや……。でも!!!」「こっちだ!!」 叫び声とともに、懐中電灯の光がさす。「やばっ」 少年は少女の手を取り、走りだした。「結局逃げるんだ?」 その手に引かれながら、彼女は聞いた。「仕方ないだろ! あんな話を聞かされて!」「ふふ。じゃあよろしくね。ぼくは蒼星石」 どこか呑気に話す。「こんな時に自己紹介するな!」 しかし、律儀に突っ込みを入れてしまう少年。「君の名前は?」 彼女は走りながら聞いた。「桜田ジュン! そんなことより早く行こう!」 その速度を増やす。「こっちに逃げるぞ! この辺りは非常用の通路があるはずだ!」「詳しいの?」「ただ、知ってるだけ!」 こうして二人の逃避行は始まった。 この先に何が待つかも分からないまま。 行き先も何も分からないままに。 SEAVEN 第一話「少年」 了
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