この町大好き!増刊号21
薄暗い教室の中で、彼女はワイングラス(中身はファンタ)を傾けていた。遠く沈み始めた夕日が、空を赤く染める。それを静かに眺めながら……少女は、友の事を想っていた。いや、友だけではない。この町の事。この国の事。そして、世界の平和を…。自分が何とかするしかない。夕日に染まる町を見つめながら、少女は決意する。自分が、友である雛苺を恐怖のどん底に叩き落した悪魔を倒すのだ。静かに燃える闘志を糧に、少女は立ち上がる。それを応援するかのようにキランと光った太陽が、彼女のデコに反射した。彼女の名前は、金糸雀。『自称』無敵の策士である。◆ ◇ ◆ ◇ ◆ この町大好き! ☆ 増刊号21 ☆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 金糸雀は家に帰り…さっそく、行動を開始した。『敵を知り己を知れば、百戦危うからず』何やら小難しい言葉を知っている金糸雀だが……あいにく彼女は、自分のキャラをよく把握してない。ともあれ、金糸雀は、自らの保護者である草笛みつ…悪魔の在籍する学園で教師をしている彼女から、情報を集める事にした。「みっちゃんの学園に、片目に薔薇を付けた……その……ええっと……『何とか晶』という生徒はいるかしら? 」……この悲劇は……ここから始まる。金糸雀が、悪魔の名前をちゃんと覚えてなかった事。そして……『片目に薔薇』『何とか晶』これに当てはまる人物が、二人いた事。恐ろしい悪魔と勘違いされた『雪華綺晶』ちょっぴり無口で妄想が大好きな『薔薇水晶』この二人が当てはまるにも関わらず……みっちゃんは、こう答えてしまったのだった。「ええ、居るわよ。薔薇水晶の事でしょ? 」金糸雀はその名を聞き…ゴクリと固唾を飲み、誰に言うでもなく小さく呟く。「……薔薇水晶…それが……悪魔の名前かしら…… 」全ての悲劇は……ここから始まった。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆薔薇水晶は下校しながら、止まらない妄想を楽しんでいた。今日の妄想は、学園でバトルロワイヤルが開かれる話。数々のクラスメイト達を血の海に沈め……最後に残ったのは、私ときらきー。でも…私にはきらきーを撃つ事なんてできないよ……私が迷っていると、きらきーは突然、私に銃口を向けてきて…驚きと戸惑い。迷いと…まぎれもなく存在する、生きたいとい意思。バキューン!私は咄嗟に、きらきーに向けて銃を撃ってしまった。……きらきーの銃には、弾が入ってなかった事にも気が付かず……。そんな……きらきー……!!私は急いで、大切な友達へと駆け寄ろうとすr「………ハッ!? 」そんな妄想をしていたせいで、薔薇水晶は危うく電信柱にぶつかる所だった。◇ ◇ ◇「……ついに…見つけたかしらっ!!雛苺のカタキ…この策士・金糸雀が楽してズルして 」云々。不審者丸出しで匍匐前進で進んでいた金糸雀は……ついに見つけた『白い悪魔(雛苺談)』の姿に、鼻息を荒くした。 でも……「でも…よく見ると…そんなに白くないかしら…? 」どうも、雛苺の証言と食い違う。金糸雀はちょっとだけ首をかしげて考え込み……「!! そうよ!きっとあれは…『擬態』というやつに違いないかしら!! 」結局、たいした疑問も持たずに、薔薇水晶へと攻撃を始める事にした。◇ ◇ ◇「………… 」薔薇水晶は、小学生のたどたどしい文字で書かれた『道路工事中。迂回路→こっち』という看板を見つめていた。最近の小学生って、ずいぶんと思い切った事をするね。私が小さい頃は、せいぜい公園の砂場で遊ぶ位だったけど……まさか、今の小学生は土木工事にまで手を出すだなんて……日本の道路事情は安泰だね!そんな風に考え、さしたる疑問も持たずに、明らかに怪しい林道へと足を踏み入れて行った。でも、そんな林道でも、薔薇水晶にとっては小さい頃から馴染んだ場所。「………懐かしい……それに……変わってない……… 」思い出に浸りながら歩く内に…突然!薔薇水晶の足元が消失した!! ◇ ◇ ◇「よし!作戦通りかしら!! 」金糸雀はグッとガッツポーズをした。嘘の看板で薔薇水晶を林道に招きいれ……そして落とし穴でやっつける作戦。見事に、すっぽりと落っこちた薔薇水晶を見てると……穴を掘ったせいで真っ赤ににじんだ指先も報われる。だが、感慨に浸っている時間は無い。雛苺の話では…悪魔は、あの巴ですら凌駕する力の持ち主との事。金糸雀はタタタッ…と駆けると……落とし穴の上に、『悪霊退散』と書かれたお札(通販で買った)を貼りまくった紙で、ペタ。とフタをした!「ふぅ~…カナにかかれば、悪魔を封印だなんてチョロイものかしら!! 」知らずの内に、緊張感でデコに滲んでいた汗を拭う。「ホーッホッホー!!流石は策士!!カナは天才かしら~!! 」と、勝利の確信に高笑いをしていると……何と悪魔は…落とし穴の底から、封印のお札(みっちゃんのカードで買った)をバリバリ破りながら出てくるではないか!◇ ◇ ◇ ……最近の子供って……アグレッシブだね……こんな大きな落とし穴作るだなんて……落とし穴の底で、薔薇水晶はドキドキしていた。ここまで大きな仕掛けだと……怒るより、むしろ純粋に感心しちゃう。……お父様にコーヒーと言って墨汁を飲ませる悪戯なんて……可愛い方だね。とりあえず、いつまでも穴の中に居ても仕方ないし…服だって汚れちゃう。そう考えた薔薇水晶が立ち上がろうとすると……ぺた。と、穴の上に何かでフタをされた。閉じ込められた!?嘘!?美人薄命キタコレ!?こんな所で『薔薇水晶、死す!』とか嫌だよ!?半泣きになりながら、薔薇水晶はがむしゃらにフタを下から叩き……でも、フタだと思っていたのは大きな紙で、あっさりと壊す事が出来た。また閉じ込められたら、今度こそ泣いちゃう。そう考え、薔薇水晶は急いで落とし穴から這い出ると……「キャーーーー! 」と叫びながら逃げる、小さな子供の背中が見えた。とりあえず、今の子を捕まえて、お姉さんとしてお説教でもしてやるべきかな…?薔薇水晶はちょっとだけ考えるも……でも、子供は自由で腕白なものだよね!今回だけは特別に許してあげよう。とはいえ、流石にこれ以上、罠にはかかりたくない。そのまま林道を戻ると、薔薇水晶はいつも通りの道で帰宅する事にした。◇ ◇ ◇どうやら、あの悪魔にはお札は効かないらしい。「さすが…雛苺が言うだけの事はあるかしら… 」神妙な顔で、金糸雀は呟いた。「とはいえ……これで終わりじゃあないかしら!! 常に二手三手先を読む。それが、策士たるゆえんかしら!! 」そう意気込むと、金糸雀は薔薇水晶の行く道を先回りして……手ごろな木を見つけると、スルスルと登り始めた。◇ ◇ ◇先ほど落とし穴に落ちたせいで、薔薇水晶の妄想も爆発していた。……地の底から復活した大魔王。それを倒すべく立ち上がった……勇者・私。共に旅をする仲間は、武道家の真紅。シーフの水銀燈に……きらきーはやっぱり、賢者かな。迫る魔物の群れを、私と真紅と水銀燈で引き寄せ…きらきーが魔法で一網打尽。出会った中ボスは、私と真紅と水銀燈が牽制して…きらきーが魔法で一撃。………あれ?きらきー強すぎるよ?そんな妄想ロールプレイングゲームをしていると……不意に頭上から、何か白いモノが音も無く降ってきた。 「……こんな季節に…雪……? 」ちょっと疑問に思ったけど……ううん、きっとこれは、穴に落っこちた可哀想な私に、神様がくれた奇跡なんだよ…。何だか電波丸出しな思考で、白い粒をそっと手にとってみた。でも、雪だと思ったそれは…手の上でも一向に溶ける気配は無い。雪じゃなかったら、何だろう?ふと頭上を見上げてみると……先ほどの女の子が、木の上からパラパラと塩をまいていた。◇ ◇ ◇「くっ…!どうして……どうして効かないのかしら!? 」金糸雀は一生懸命に塩をまきながら、半ば叫ぶように声を上げた。古今東西、悪魔に効くとされている清めの塩。それが…あの悪魔には一向に効いてないではないか!「……やっぱり…味塩では効果は薄いのかしら…… 」それでも諦めずに、金糸雀は塩をパラパラ。と……薔薇水晶はその塩を手に取り……そして、グルリとこちらに顔を向けてきた!金糸雀にはその右目が「何をやっても…無駄…」と言ってるような気がして……思わず、震え上がる。「キャーーーキャーーー!!! 」叫びながら、それでも精一杯、力の限り味塩のビンを振りまっくった。 ◇ ◇ ◇何でこの子は、木の上から塩をまいてるんだろう?ぼんやりとちびっ子を見上げながら考えていた薔薇水晶だったが……見上げていたせいで、目の中に塩がちょっぴり入ってしまった。これは痛い。うん。かなり痛いね。しょんぼりと涙目になりながら、目を押さえる。「やった!効いてきたかしら! 」何だか訳の分からない事を叫びながら、女の子はさらに塩をパラパラ。……ここにいたら、塩漬けにされちゃうよ……私は半泣きになりながら、タタッ…とその場から逃げるように駆け出した。と…ほんのちょっと走って、曲がり角を曲がった時……「あら?ばらしーちゃん……どうかなさいたの?そんなに泣いて…… 」パーフェクトなフトモモ(雪華綺晶)が、そう声をかけてきた。「……目の中に……塩が入った…… 」半泣きで事情を説明すると、「あら、まあ!」と言って、雪華綺晶は目薬を貸してくれる。「……ありがとう、きらきー…… 」「いえいえ……どういたしまして、ばらしーちゃん 」さっきまでの災難も忘れて、薔薇水晶はちょっとだけ和んできた。◇ ◇ ◇清めの塩の効果で、苦しそうに逃げ出した悪魔。 その背中を見つめながら……「…今こそ…決着の時かしら!! 」金糸雀はそう叫ぶと、追撃のために木から飛び降りようとする。「……… 」でも、やっぱり怖かったので、下を見ないようにしながらゆっくりと降りた。おかげで、薔薇水晶には逃げられてしまったが……「まだ遠くには行ってないはずかしら! 」自分にそう言い聞かせ、走り出す。そして、いざトドメを…と、曲がり角を曲がろうとした時…――――ドシーン!と、素敵なフトモモに正面衝突した。「……ぅぅ…ご…ごめんなさいかしら…急いでいたから、つい…… 」地面に尻餅をつき、鼻を撫でながら金糸雀がそう言い、顔を上げると……薔薇水晶……と似てはいるが…どこか雰囲気の違う人物が立っていた。「あらあら…元気なのは良い事ですが……悪戯も程々にしなくては…怪我をしてしまいますわよ? 」そう言い、その人物はこちらを見下ろしてくる。まさか…!金糸雀は戦慄した。まさか…ついに薔薇水晶とかいう悪魔は『擬態』を解いて……本気を出してきたのでは!? よく見れば…目に付けた薔薇の位置がさっきと逆なのが本気の証拠。髪の毛もさっきよりふわふわしてて……あふれ出る威圧感に揺れてるように見える。そして、ぶつかった時に感じたフトモモの弾力……恐ろしい魔力が秘められてると容易に想像できる……殺意の波動に目覚めた薔薇水晶(仮)は、しばらく微笑んでいたかと思うと……不意に鞄から何かを取り出した!ヤられる!!金糸雀の本能が悲鳴を上げる。きっと鞄から取り出したのは、一瞬で人間をバラバラにするような悪魔の道具に違いない!「キャーーーーー!!命だけはお助けをーーーかーーしらーーー!!!! 」地面をゴロゴロ転がりながら、金糸雀は悲鳴を上げ……そのまま転がりながら、逃げ出した……◇ ◇ ◇「……あら? 」ハンカチを鞄から取り出した雪華綺晶は…変な叫びを上げながら逃げ出した女の子に呆然としていた。と…「……もう…大丈夫……? 」恐る恐る、といった感じで、薔薇水晶が背後からヒョッコリ出てくる。「ええ。ばらしーちゃんが言ってた、変な女の子…でしたっけ? 何だか急いでいるらしく…どこかに行ってしまわれましたわ 」 それを聞いて、薔薇水晶は安心したように胸を撫で下ろす。雪華綺晶も、そんな友人の仕草に、ちょっとだけ微笑む。「……最近の子供………元気だね…… 」「あら。でも、私の知る限りでは、ばらしーちゃんが子供の時の方が…――― 」二人でお話をしながら、テクテクと帰宅。ちびっ子の悪戯に巻き込まれたせいもあり…ちょっとだけ、懐かしい話にも華が咲いた。◇ ◇ ◇そして……泥だらけ。まさに九死に一生といった感じで帰って来た金糸雀は…服を着替えるとすぐに、頭から布団をかぶってガタガタ震えていたとか、いなかったとか……
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