第一話 ポケモントレーナー
不思議な不思議な生き物、動物図鑑には載っていない。ポケットモンスター、ちぢめてポケモン。そのポケットモンスターと人間が互いに助け合って生きている世界。この世界ではポケモン同士を戦わせるスポーツ「ポケモンバトル」が盛んに行われており、多くの少年少女たちが最強のトレーナーを目指して旅をしていた。―――今日もまた一人、最強を目指し立ち上がる少年がいた―――ポケットモンスター ローザミスティカ第一話 ポケモントレーナー―――コウライ地方、キナリタウン。町というよりは村に近い、閑静な場所。言い換えれば田舎である。民家も少なく、周りには広大な森が広がっている、自然豊かな町。つまり田舎。町の北側には隣町へと続く一本の道がある。それが唯一の交通手段。そう。田舎なのである。そんなド田舎で、ネット通販に勤しむ少年が一人。「あ………これも買いだな…」朝早く、鳥がさえずり始めるような時間からネットに入り浸る不健康な少年。桜田ジュン。ド田舎とはいえ、インフラはきちんと整備されているようだ。「…ジュンくーん?今日も学校には行かないの?」姉・のりの声が、階下から響いてくる。「…うるさいな。何度言ったらわかるんだ。僕はもうあんな所に行きたくない!行く必要もないんだ!!」ここで言う『学校』とは、トレーナースクールのことである。ポケモントレーナーを志すものならば、誰もが行くことになる場所。というか、15歳までは通うことが義務付けられているのであるが。「…そう…。じゃあ、お姉ちゃん行ってくるね。朝御飯は机に置いておくから…」その声の後、玄関のドアが開く音がした。恐らく学校に行ったのであろう。トレーナースクールは義務であるが、さらに高度な「トレーナーハイスクール」は任意である。スクール卒でもトレーナーになることは可能であるが、それこそジムリーダーに挑戦しようとするならば、ハイスクール卒業程度の基礎知識は必須である。ちなみにジュンは、トレーナースクール中等部2年である。「…ふん…。誰があんな所に…」そう言って、またネットを徘徊するジュン。怪しげな通販のページを見つけては、片っ端からクリックしていく。そんな時、あるページが目にとまった。「『先着1名様!豪華景品が当たる!即日発送!』…? アンケートか。大体こういうのは釣りなんだよな…。一応回答しとくか…」そう言いながら、そのアンケートに適当に答えていくジュン。普通のアンケートであり、「年齢」とか「趣味」などのどこにでもあるような内容だった。ただ一つ、一番最後の「まきますか まきませんか」と書かれた質問を除いて。「………? 何だコレ…。いいや、「まきます」っと…。よし、送信」『送信完了』と書かれたページが表示される。ページを閉じる。「…ま、期待はしてないけどな…」そして、朝食を食べに一階へと降りていく。◇「ただいまぁ~。ジュンくーん?ちょっと降りてきてぇ」しかし、返事は返ってこなかった。「…ジュン君?いないの?」「…いるよ。ずっとソファの上に」いつも通り不機嫌そうな顔をしながら、ソファの上で寝転びテレビを見ているジュン。「何だ…。いるなら返事ぐらいしてよぉ…。お姉ちゃんビックリしちゃったじゃない…」「…用があるならさっさと言えよ…」のりの方に振り向こうともせず、ただテレビを見ているジュン。そのテレビも、「観る」ではなく「見る」の方が表現として正しいであろう。「…えっとねぇ…。明日、学校お休みでしょ? だから、久しぶりにどこか出かけようか? なんて…」「…嫌だね。外になんか出たくない。第一、野生のポケモンに襲われるかもしれないじゃないか」「でも…お姉ちゃんのポケモンもいるし…」「お前のポケモンなんてアテになるもんか。ハイスクールだって合格ラインぎりぎりだったくせに」地方によって違うが、ここでは普通のスクールを卒業した際、スクールで使用したポケモンを一匹譲り受けることができる。そして希望するものはそのポケモンを使って、ハイスクールの入学試験をその場で受けることができるのだ。ジュンがいきなりソファから立ち上がる。「…ど、どこ行くの…?」「自分の部屋に決まってるだろ。もう少し頭を使ったらどうなんだ?」散々悪態をつきながら、階段を上り部屋に入るジュン。「…外になんて…行くもんか…」◇―――翌朝。「………くん? ジュンくーん? 起きてぇ…」のりに体を揺さぶられ、半強制的に起こされる。「…今日もうるさいな。勝手に入るなと言っただろ…」「でも………ジュン君宛てに荷物が届いてたから…」「そんなのいつもの事だろ。いちいち報告するなよ…」「で、でも…。荷物に変な張り紙がしてあって…。いつもより大きくて、とっても不気味でぇ…」「なんだよそれ…。今から見に行くから出て行けよ、早く…」のりが出ていったのを確認すると、パジャマから普段着に着替えを始めた。「(大きな荷物…? そんなもの頼んだ覚えはないぞ…)」そんなことを思いつつ、階段を下りていく。「…で、その荷物ってのは?」聞かなくてもわかった。玄関のど真ん中に段ボールが鎮座していたのだから。「あれか…」「朝、新聞を取りに行こうとしたら、それが…」「張り紙…。これか?」段ボールに張られた紙を手にするジュン。その紙に、大きくこう書かれていた。「えっと…。『まきましたね』…? 何だこりゃ…。―――あ―――!」ジュンの頭に、昨日のアンケートが蘇る。『まきますか まきませんか』…。「い、一体何が入って…?」はやる気持ちを抑えながら、段ボールをカッターで開封する。中には、もう一回り小さい箱が、きれいにラッピングされて入っていた。それを取り出し、リビングに持っていく。「こんなのが入ってたけど…」「何かしら…。あ、ひょっとして一足早いバレンタイ「それはない」――そうよねぇ…」包装を破り、箱を開けてみるジュン。中から出てきたものは―――「…こ、これって…! モンスターボールじゃないか…!? それにポケモン図鑑も…!」中からは、手の平サイズの赤と白にカラーリングされたボール。それに、同じく赤色の電子手帳のような機械が出てきた。「あらぁ…。すごい物を注文したのねぇ、ジュン君…」「…注文とはちょっと違うんだけどな。…でも、モンスターボールはまだしも、何でポケモン図鑑が…?」確かにこの世界では、ほぼ誰でもトレーナーになることができる。だが、『ポケモンマスター』を目指すとなると、話は違ってくる。ポケモンマスターになるためには、そのポケモン図鑑を使い、全てのポケモンを記録する必要がある。もちろんその他にも条件はあるのだが、ポケモン図鑑は厳しい試験を突破したものにしか与えられないため、持っているのはジムリーダーくらいである。「あら…?まだ何か入っているわよ?」のりが箱に手を突っ込み、中から一枚の紙と、透明な箱に入ったディスクのようなものを取り出す。「…見せてみろ」ジュンがのりから紙をひったくり、書かれている文字を読む。「『当選おめでとうございます。あなたには今この瞬間に、ポケモンマスターになる資格を手に入れました。 さあ、8つのバッジを手に入れ、誰もが憧れるポケモンマスターとなりましょう』…」「まあぁ…。すごいわジュン君…!お姉ちゃんよりも先にトレーナーデビューなんて…!」「いや、まだ旅に出ると決まったわけじゃ…。それより、一体何が入っているんだ…?」モンスターボールのスイッチを押し、ボールを開ける。開いたボールから赤い閃光が走り、やがてその光は形を持ち始めた―――。「―――コ、コイツは………! えっと………何だっけ………」床に姿を現したポケモン。体全体が角ばり、一昔前のゲームから抜け出してきたようなフォルムだ。「何か書いていないか…? えっと…、あ、あった…。 『今回お届けしたのは、シージーポケモン「ポリゴン」。特性の「ダウンロード」によって、物理攻撃力又は特殊攻撃力が上がります。 現在覚えている技は、「ロックオン でんじほう トライアタック テクスチャー」の4つ。どうぞあなた様の手で、最強に育ててください』」「ポリゴン…?変わった名前ねぇ…」「…聞いたことがあるな。数年前、電脳空間に突如出現した異色のポケモン。それをデータとして保存し、実体を持たせた半人工的なポケモン…。 その珍しさから、一時期は景品として大きな人気があったが、今ではあまり見かけなくなってしまった…って学校で習った記憶が…」「あらぁ、そうなの?お姉ちゃんすっかり忘れてたわぁ…」一応納得し、ポリゴンをモンスターボールに戻す。「…で、その透明な箱は?」「わからないの…。中にCDみたいなものがあるんだけど、取り出す所がないのよぅ…」確かにその箱には、取り出し口が存在していなかった。そればかりか、箱なのに継ぎ目が一つもなく、材質はプラスチックでもガラスでもないようだった。「ふぅん…。ま、これはどうでもいいや。………そうか…僕がポケモンマスターに…」ジュンは、幼い頃抱いていた淡い夢、『ポケモンマスターになる』という夢を思い出す。結局その淡い夢は厳しい現実によって打ち砕かれたのだが、今、ジュンの心に再び「何か」が蘇り始めた。「…決めた。明日、コイツを連れて隣の町まで行ってくる。折角チャンスが巡ってきたんだ。これを活かさない手はない…」『隣の町まで行ってくる』…。それはすなわち外出を表すのであって、その言葉を聞いたのりは驚喜した。「ジュ、ジュン君が外に…!? どどどどうしましょう、今日はお赤飯!? いやその前にパパとママに連絡を…」「余計なことはするな。…もう僕を馬鹿になんてさせない。あいつらに一泡吹かせてやる…!」嬉しさの裏に、どこか憎しみがこもった表情をするジュン。そしてのりは、そんなことはお構い無しだった。「ああぁ…どうしましょう…。写真を撮っておくべき? そうだわ、枕団子を…」「枕団子は葬式だろうが………」◇―――そして翌日。「じゃ、行ってくるよ」身支度を整え、玄関へ向かうジュン。「本当に一人で大丈夫? 水筒は? ハンカチは持った? ええとそれから…」「…子供の遠足じゃないんだ。そんなのはいらないよ」そして扉を開け、光溢れる外の世界へと赴く。「…外に出るのは…半年振りかな…?」とりあえず町の北側から道路に出る。看板が立っていた。『501番道路』。田舎の割にはよく舗装された道であるが、油断してわき道に逸れたりすればもちろんポケモンが飛び出してくる。この辺りにはそんな凶暴なポケモンはいないが、トレーナーでない人は注意が必要だ。電柱といったものはなく、道に沿って樹木が延々と並んでいる。森を切り開いて作った道なのだから当然といえば当然である。「…大丈夫。親にバトルを見せてもらったこともある。学校でも一通り習った。大丈夫だ…」そんなことをぶつぶつ呟きながら、道を進む。半分ほど歩いたとき、前方でなにやら異質な音がする。木々のこすれあう音や、小鳥のさえずる声ではない、何かの音が。「あれは…ポケモンバトル…?」少し遠いのでわかり辛いが、確かに人が二人、ポケモンを出し合って攻撃していた。もっと近くまで行くジュン。距離にして20mぐらいだろうか。さっきよりもはっきりと、攻撃の様子や、人物の特徴が見て取れる。一人は男、もう一人は女だ。男の方は、服の真ん中に「R」の文字を大きくプリントしてある。はっきりいってセンスがない。女の方は、逆十字の柄が入ったアシンメトリーのオーバースカートの付いた凝ったスカートに、黒と白の編み上げドレスを身に着けていた。『うふふ…。もうおしまぁい?』猫撫で声で、女のほうが男に問いかける。どうやら相手のポケモンは、体力が殆ど残っていないようだった。まだ戦闘不能状態ではないものの、かなり危険な状態にあることははっきりわかる。「くっ…!戻れ!ハブネ―――」「させないわぁ…。ヘルガー、『おいうち』よぉ…」男が蛇型のポケモン、ハブネークを戻そうとしたとき、女の黒い犬のようなポケモン、ヘルガーの「おいうち」をまともに喰らった。「おいうち」は、相手がポケモンを引っ込めようとするとき、それを妨害しつつ大ダメージを与えられる技である。おいうちを受け、地面に倒れこむハブネーク。勝負はすでについていたが―――。「まだ息があるようねぇ…。ヘルガー、『かえんほうしゃ』!」ヘルガーの口から、強烈な炎が吐き出される。炎が、倒れているハブネークを包み込む。「ハ、ハブネーク!? くそっ! 極悪非道なやつめ!」男は即座にハブネークをボールに戻し、一目散に撤退していく。だが…。「逃げるつもりぃ?呆れるわぁ…。ヘルガー、あのおばかさんに『かえんほうしゃ』―――」「―――やめろぉ!!!」「…? 誰ぇ…?」考えるよりも先に、口が動いていた。「どうしてそこまでする必要がある!? 第一、トレーナーへの直接攻撃は重大な違反行為だ!!」ポケモンの力は強大である。ポケモンによっては、山を崩し、海を蒸発させるほどの力を持ったものもいる。それ故、バトルにおいてはどんな小さな攻撃でも、生身の人間に対して使用してはならない。トレーナースクールの初等部で習うことだった。だが、それを現に行おうとした人物がいる。「ふふ…。あのおばかさんはねぇ、私のポケモンを力ずくで奪おうとしたのよぉ…。 『死にたくなければポケモンを渡せ!』ってねぇ…。だから、身の程を教えてあげていたのよぉ…」「―――だからといって、人間に『かえんほうしゃ』なんかを撃って良いわけないだろう!! 許せない…! 僕と勝負だ!!」自分でもなぜそんなことを言ったのかがわからない。純粋な正義感からか、それとも、いきなりポケモンと図鑑を手に入れて舞い上がっていたのか―――。その女は一瞬面食らったような顔をするが、すぐに元に戻った。「うふふ…。アナタもおばかさぁん…。いいわぁ、かかってらっしゃぁい………」
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