0.Sing a song. Like a free bird...(後編)
朝方、宿の一室。ベットの上でスヤスヤ寝息を立てていた水銀燈とめぐは、廊下から聞こえる足音で目を覚ました。…いや―――厳密に言うと、足音を立てずに近づく、何者かの気配で。寝起きとはいえ緊張感で、頭はすぐに覚醒した。二人は素早く目配せし、銃を片手にドアに近づく―――気配がドアの前で止まった瞬間―――水銀燈が勢いよくドアを開き―――同時にめぐが気配の主を地面に組み伏せた。水銀燈が拳銃をピタリと向けた先には…――「…や…やあ…朝から元気だね……」めぐに腕をガッチリ極められ、地面に押し倒された槐が苦笑いを浮かべていた。 0. Sing a song. Like a free bird...(後編) 「レディーの部屋に、足音殺して近づいた時点で、仕方ない事よねぇ…?」宿の一階の酒場で水銀燈は呆れながら、肩をさする槐に言ってのけた。「…それもそうね。なら、もっとやっちゃっても良かったかな?」さらりととんでもない事を言うめぐ。槐は苦笑いで弁解するも…『口では女に勝てない』という言葉を改めて実感するだけに終わった。朝から関節を極められ、さらに朝食まで奢らされる運びとなった槐は…(…うん…いや……こ…これが大人の男の魅力、『懐の深さ』ってやつさ!)と自分に言い聞かせ、何とか涙を堪える。「でぇ?まさか、わざわざ朝ご飯を奢る為に来たわけじゃないんでしょぉ?」水銀燈がヤクルトの容器を机に置く音が、小気味よく響いた。その音で、遠い目をしかけていた槐は目をパチクリさせ――「あ…ああ、そうなんだ」そう言い、爽やかな笑顔を作りながらめぐの方に向き直る。「プレゼント…とは違うけど、昨日約束した物ができたからね」槐が懐から取り出したのは、昨日めぐが預けたオイルライター。それは昨日とは違い、一部に綺麗な薔薇の彫刻が施されていた。「ふうん…なかなか素敵じゃない」そう言いながらめぐはオイルライターを受け取り…「朝から侵入を試みる不届き者にしては…ね」悪戯っぽい笑みでそう付け足した。 その言葉に槐は、頭を掻きながら再び弁解を始める。それを聞いているのか、いないのか。めぐは少し首をかしげ、考える仕草をし―――そして何かを思いついたのか、唐突にこう告げた。「お礼に…そうね…。今なら、ディナーくらいならご一緒してあげても良いわよ?」槐は…暫くその意味が分からずキョトンとし…やがてそわそわと襟元をさわりながらなにやら喋り続け…最後に、「今から準備してくる!」と言うと、嵐のように酒場から消えていった。「…良かったのぉ?」「何が?」酒場に残された二人…特に水銀燈は、暫くア然としていたが…やがて、朝食の続きを摂りながらの会話が始まった。「アイツ…確実に口説く気よぉ…?」「もちろん、旅を続けるわよ?」めぐは水を一口飲み、指を一本立て、それを教鞭のように振りながら続ける。「こう考えるの。空を往く鳥だって、荒野に住む動物だって…もちろん、天使さんにだって…帰る家って必要だと思わない?人間にだって、帰る所があってもおかしくないでしょ?何をもってして、帰る所とするのか…それって、そこに思い出が有るかどうかじゃない?」 めぐの考えは、よく分からない。それでも、めぐの生き方は悪くないと思うし、どんな事でも応援したいと思っている。帰る所という考えも、悪くないように思える。だが…「…私は遠慮しとくわぁ」「あら?あなたが居なかったら、誰が私を彼から護ってくれるのかしら?」やっぱり、めぐの考えはよく分からない。周囲の反応を楽しむようであり…それに、寂しがり屋で…その癖、ずっと一人旅をしていた。水銀燈は、諦めたように小さくため息をつき―――「…ひょっとして…妬いてるの?」「誰がよぉ」水銀燈が机に置いたグラスが、タン!と音を立てた。―※―※―※―※― 「ジュン君!今から夕食の準備だ!」満面の笑みを浮かべた槐が自分の工房に戻り、そう声を飛ばす。いつもなら「何で僕が…」とブツクサ言いながらジュンが出てくる所を…何故か返事はどこからも聞こえなかった。「…??」いぶかしみながらもそのまま足を進め…リビングに誰かが居る事に気が付いた。「聞こえなかったのか!?師匠の人生に転機が訪れようと―――っと、君か」ドアを開けるとそこにいたのはジュンではなく、ラプラスだった。ラプラスは紅茶片手に椅子に座り、勝手にくつろぎながら「お邪魔させてもらってますよ」と挨拶してくる。「ああ…それは別に構わんが…」槐はそう言い、チラリと壁にかけてある時計に視線を向けた。「なに、大してお時間はとらせませんよ」ラプラスの言葉で槐も観念したように椅子に腰掛ける。「で?君が突然来るだなんて…何か用かな?」ラプラスは相変わらず、不適な笑みを浮かべたまま…「いや、少し話がしたいと思いましてね…前時代の天才・ローゼン。その技術系等の流れを汲む唯一の『技術屋』…そう、あなたとね…」槐の表情から一瞬で軽薄さが消え、その目には鋭い光が宿る。 槐は机の上に置かれていた自分のカップを取りながら、答える。「…Aliceに何かあったのか?」「いえ、何も。そもそもAliceを目覚めさせる事が出来るのは…失われしローゼンの技術のみ。そして、それを継ぐ者も…今やあなただけです。ご存知でしょう?」ラプラスがカップを置く音だけが、カチャリと耳障りな音を立てる。「あなたなら、近いうちにAliceの再起動を果たせるでしょう…ですが…その後はどうします?」槐は、カップの中の琥珀色の液体に映る自分自身に言い聞かせるように、静かに口を開いた。「…どうするも何も、破壊するよ。天候操作システムAlice…それを再起動させ、枯れた大地を蘇らせる。そして、二度と過ちが起こらぬよう、Aliceを破壊する。僕はそう言うこの町のあり方に賛同して、ここまで来たんだしね」ラプラスは立ち上がり、窓際まで移動し、視線を遥かなる荒野に向けながら呟く。「そうして豊かになった大地で、人々は統治を求めて仲良く殺し合ったのでした……」「だったら、どうしろと言うんだ?Aliceを盾に独裁を敷くべきだと?それこそ、前時代の過ちを繰り返すだけだ。それに…その考えは、僕達と敵対する、彼らの考えだろ?」「…より現実的な視点だと思いますがね?」「理想を失った現実は、残酷なだけだよ」 槐はため息をつき、聞こえるように音を立ててカップを置いた。「…どうしたんだ?今更こんな話をして…」「…見えてきたんですよ…夢想家達の下を離れ、名前を捨て…スパイのような生活を続けてる内にね…」そう言い、ラプラスが振り返る。そして懐から懐中時計を取り出し、笑みを浮かべながら時間を見た。「何を言って―――」槐の言葉をラプラスは片手を振って制する。「…おやいけない…そろそろパーティーの始まる時間です」その言葉でラプラスが懐中時計をパチンと閉じた瞬間―――町中から火の手が上がった――――※―※―※―※― 無愛想な髭面の酒場のマスターに何か仕事は無いか尋ねていると…不意に轟音が響き―――地面が揺れる。同時に、町の到る所から炎が燃え広がり――酒場の床に割れた酒瓶が散乱し、匂いだけで酔ってしまいそうな状況の中、水銀燈とめぐは、視線を窓の外に向けた―――そこには―――燃える町を背に、通りを規則正しく歩く、ピエロのような機械人形の大群―――「ちょ…ちょっとぉ…何よあれぇ…」「……知らないけど…仲良くなれそうにはないわね…」状況は全く掴めなかったが…それでも、彼ら――いや、その機械人形達の手には銃やナイフが握られているのが遠目にもよく分かった。ザッザッザッ…と規則正しい機械人形の足音が近づき…不意にピタリと止まった。「??」水銀燈は疑問に思い、少し身を乗り出して外を見ようとした瞬間―――めぐに思いっきり頭を押さえつけられる―――同時に、つい先程まで水銀燈の顔のあった辺りの窓や壁が機械人形の一斉射撃で吹き飛んだ――! 鳴り止まぬ銃声に身を低くしたまま、水銀燈の頭を押さえながら、めぐがそっと耳打ちしてくる。「何がなんだか分からないけど…一つだけ分かったわ」「どうせ『アレは敵って事よ』…とか言うつもりでしょぉ…」「ううん…すごいピンチだ、って事」「…相変わらず、冴えてるわねぇ…」水銀燈は半ば呆れながら、それでも腰に下げた拳銃を抜き、低く構える。そんな、いつまでたってもマイペースな二人に、酒場のマスターが身を低くしながら近づき…「…あんたら…仕事探してる、って言ってたよな…なら、仕事だ。槐の旦那の所に行って、旦那の手助けをしてくれ」めぐが背負ったウインチェスターの弾を確認しながら、答える。「私達が町に来て、そしてこのタイミング…ひょっとしたら、私達が手引きしたのかも…?」だが、マスターはニヤリとしながら答えた。「…そうだったら、随分楽なんだが……」鳴り止まない銃声に、店中の酒瓶が割れ、客達はそれぞれの獲物を手に身を低くして反撃の機会を窺う…マスターは横目でその様子を確認し、続ける。「槐の旦那から離れてる時点で、それは無いと見たね」「ふーん…そんな大物だったんだ…だったら、あのキャラは演技なのかな…?」散々な状況にも関わらず、めぐはペースを崩さない。マスターは、ほんの少しだが、豪快に笑った。「いや、残念だが、ありゃ素だ。…そんな旦那だから、俺達もついて行こうって気になったんだよ」めぐは割れた酒瓶の底に残った酒を、辛うじて残っていたグラスに入れる。「オーケー。依頼は、槐さんとの合流。報酬は…今いただくわ」グラスの酒を一気に煽り、水銀燈の首根っこを掴んで、店の裏口へと走った――― ―※―※―※―※―ほんの数メートルの距離を隔てて、槐とラプラスは向き合う。だが…二人の間にはすでに、決定的な隔たりが存在していた。「ラプラス…何故こんな事を……何故裏切ったりしたんだ!」「ふむ…遥かなる昔から、『人』と『裏切り』は一つのテーマ。今更、裏切る理由など必要でしょうか…?」槐はそこで、ジュンの姿が見当たらなかった事を思い出した。自分が、直接技術を仕込んだ人物。『ローゼンの技術系等を汲む自分』が『この世で唯一人、弟子として認めた人間』…。「…桜田ジュンは、どうした…」低い、呻くような声しか出ない。最悪の想像に、手の中に汗が染み出てくる。「クックック…いやはや、家族を想う気持ちとは実に素晴しい!!姉の姿を見せると、喜んで協力すると約束してくれました!!」その顔に狂気の笑みを浮かべたラプラスが両手を広げながら叫ぶように言う。 「…名前だけではなく…魂まで人間を捨てたか…!」歯を食いしばり、ラプラスを睨みつけるも…その顔から笑みが消えてない事に槐は気が付いた。「まさか…!?」 「クックック…あなたにも、家族との再会をさせてあげたかったのですが…私としたことが、ミスを犯しましてね。残念な事に逃げられてしまいましたよ…」ラプラスは顔わ狂気に歪ませながら、実に楽しそうな声を上げ―――そして、懐から銃を取り出した。『バントラインスペシャル』銃身のみを異様に長くした、扱える者の少ない…その為、生産すら限られた拳銃。ラプラスはそれを、短めのステッキのようにクルリと回し――そして、槐の眉間に照準を合わせた…。「扱い難い天才より、従順な秀才を。Aliceの研究は、あの坊ちゃんに続けてもらう事にしました」―――いつか…こうなる可能性も、考えていた。だからこそ、二人の娘には事情を話さず、一人でこの町に来た。―――唯一の心残りは…その二人の娘に、危険が及んでしまった事。―――できれば彼女達には…平穏に暮らしてほしかったが…だが、捕まった訳ではない。どんな形にせよ、薔薇水晶と雪華綺晶は生きている。―――その事実だけが…せめてもの救いか…… 槐は目を瞑り…そして、ラプラスの背後…燃える町に視線を向けた。「…どうやら…これまでみたいだな…」ラプラスは大仰に悲しむ素振りを見せ――「友と呼んだあなたを撃つのは非常に悲しいことですが…まあ、仕方ありませんな」そして、引き金に指をかける。「眠れる森の美女…Aliceは、我々が目覚めさせてさしあげますよ…」槐は視線を、町からラプラスに戻し…そして―――ニヤリと笑みを浮かべた。「勘違いしてるようだが…今の僕の仕事は、時間稼ぎだよ」「!!?」ラプラスが反応するより一瞬早く、リビングの窓から何かが―――窓をぶち破りながら、水銀燈とめぐが飛び込んできた――! 「はぁい……ディナーには早すぎたかしらぁ…?」槐に銃を向けたまま動きを止めるラプラスに、水銀燈が銃口を向ける。「…そのヘボ技術屋は無視するとしても、二対一よ…?」片膝を立ててウインチェスターを構えながら、めぐが警告する。それ以上、誰も動かない。いや、動けなかった…。動けば、確実に『誰か』が死ぬ。一触即発。まさにその状況が、狭いリビングの中で空気を硬くする…だが…二つの銃口に睨まれながらも…それでも、ラプラスは口の端に不適な笑みを浮かべ続けた…… ⇒ see you next Wilds...
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