0.Sing a song. Like a free bird...(前編)
「…本当に町が有るんでしょうねぇ…遭難なんて勘弁よぉ…」「うーん…今までこのやり方で、遭難した事なんてあんまりないんだけど…」「……『あんまり』って所が…リアルで嫌ねぇ…」ジリジリと照りつける太陽が、地面を容赦なく熱する。ユラユラと揺れる地平線が、360度ぐるりと周囲を囲む。そんな荒野の中心で水銀燈は…ゲッソリしながら、めぐと並んで歩いていた。「…そもそも…投げた煙草で行く先を決めるだなんて…完全にどうかしてるわぁ…」「そう?ワイルドで格好良いと思わない?」「…あなた…良い性格してるわねぇ…」「ふふ…ありがと」「褒めてないわよ…」今更、来た道を引き返すのは精神的にしんどい。かといって、このまま進んだ所で…どうなる事やら。水銀燈は盛大にため息をつきながら、視線を遥か彼方へ向け…――「……ねえ…めぐ…あれって…」何気なく視線を向けた地平線から、何本もの煙が上がっているのを見つけ、指差した。「うん。きっと、町があるのね」「…行かないのぉ?」「行きたいの?」「…行きましょうよぉ」「うん、行ってみようか」 0. Sing a song. Like a free bird...(前編) 「…変な町ねぇ…」水銀燈は町の入り口で率直な感想を呟く。。町の到る所から生えた煙突が、モクモクと煙を吐き出し…さながら、町全体が一つの工場のような空気をかもし出していた。「……うん…そうね…」そんな水銀燈の横で、めぐは地図を横にしたりひっくり返したりしている。「変ね…この町、地図に載ってないわ」「…めぐ…あなた…本当に地図が読めるんでしょうねぇ…?」水銀燈が訝しげに声をかけるも…「大丈夫。きっと、地図が間違えてるだけよ」めぐはそう言い、バサバサと地図をたたんだ。「さて、新しい町に来た事だし、どこかで一段落しましょうか」めぐはそう言い、町の入り口付近に有った酒場に、意気揚々と足を向け―――風にキィキィと小さな音を立てる酒場のドアを、めぐがバンッ!と開けた。同時に、酒場の中にたむろしていた男達の視線が向けられる。(何で…わざわざこんな目立つ入場をしないと気が済まないのかしらねぇ…)刺すような視線を浴びながら、水銀燈はそう思うも…めぐの奇怪な行動にはすっかり慣れていたので、それ以上考えない事にした。 周囲の視線を浴びながら、めぐと水銀燈は奥のカウンターへと進み…「お酒を」「ヤクルト」酒場の主人が鋭い視線を向けてきたが、カウンターの上に金貨を置いて黙らせる。二人とも、出てきた飲み物を片手に酒場の中を見渡す…こちらに向けられる気配。招かれざる客を見るような視線。どことなく、排他的な雰囲気を感じる。長年、自分を忌み嫌う町で育った水銀燈は、そんな気配をいち早く察していた。「…何だか…感じ悪い町ねぇ…」嫌な思い出が蘇り、水銀燈は少し顔をしかめる。「そう?おもしろそうじゃない?町中にある煙突…あれは『技術屋(マエストロ)』が沢山居る、ってことでしょ?それだけ産業が発展してるのに、地図に載ってない。かといって、最近出来た町でもなさそうだし…冒険の匂いがプンプンすると思わない?」めぐは半分程まで灰になった煙草を教鞭のように動かし、そう見解を述べてくる。「冒険ねぇ…」水銀燈も、二人の旅に目的が無い事はよく知っている。いや…唯一の目的と言えそうなものといえば、『自由気ままに荒野を冒険する』。だから水銀燈も、それ以上は何も言わなかった。 二人は再びカウンターに向き直り、グラスを傾け―――「いやあ、なかなかの観察眼と推理だね」不意に背後から、そう声をかけられた。振り返るとそこには―――身長は190センチはあろうかという大男…いや、痩せている為『大男』なんて言葉の全く似合わない…とにかく、身長ばかり高い、金髪の男が立っていた。「横、いいかな?」そう聞くと、男は返事も待たずにめぐの隣に座る。同時にバーテンが酒の入ったグラスを男の前に置く。男はグラスだけ受け取ると、手を振ってバーテンを追い払う。「この町では見ない顔だけど…見たところ、道に迷った旅人か何かかな?」男は正面を見たまま、そう尋ねてきた。「…ま、そんな所ね」めぐも正面に目を向けたまま新しい煙草に火を付け、答える。「…この町に来客なんて珍しいからね…つい、声をかけてしまったよ」そう言う男に、めぐは煙を吐きながら少し目を細め…少し悪戯っぽい笑顔を浮かべながら――「……悪いけど…ナンパなら間に合ってるわよ?」そう言い少し体をずらし、水銀燈の姿を見せてみせた。だが…「ははは、まさか。これでも、故郷に娘を二人残してる身だからね」そう言い男は、水銀燈に、どこか優しい視線を向け…「ちょうど、君と同じ位の歳になってる頃かな?」 全くもって、意外な答えにめぐは…一瞬キョトンとし――しばらくケラケラと楽しそうに笑い――そして、目の端に溜まった涙を指先で拭きながら、おかしそうに喋る。「もう――― 完全に勘違いしちゃったじゃない、格好つかないわねえ」「ははは…いや、なかなかに格好良かったよ」男もつられて笑いだし―――ひとしきり笑い、めぐは完全に話題から外されて少し拗ねている水銀燈を指した。「私は柿崎めぐ。この子と――水銀燈と一緒に、自由な旅をしてるの」男はそれに答えるように、手にしたグラスを持ち上げる。「槐だ。この町で『技術屋』をしてる」めぐと槐のグラスが『キン』っと小さな音をたててぶつかった。「それにしてもこの町、まるで全体が『技術屋』の工房みたいね」「ああ、それだけがこの町の特徴といえる所かな?」「ふーん…地図にも載ってないし…変な町ね…」めぐは灰皿に、火を付けたばかりの煙草を置き…「それに…ずいぶん独特な歓迎の仕方があるみたいだし」「!?」めぐのその一言を理解するより早く、水銀燈は振り返り―――いつの間にかこちらに銃口を向けて立つ、眼鏡をかけた長髪の男と目が合った。 水銀燈は慌てて身を隠そうとするが―――「…大丈夫よ、多分。…そうじゃなかったら、とっくに死んでるわ」めぐの一言で、辛うじて椅子の上に留まる…。「…フフ…フフフ…いや、驚きですな…まさか、背中にも目が付いていたとは…」男はまるで役者のような動きで大げさに肩をすくめながら…おどけたような声を上げる…めぐは背中を向けたまま、カウンターの上に置かれたグラスを軽く叩いて答えた。――磨かれたグラスには、ぼんやりとだが、男の姿が映る。「ほお…これはこれは…やはり私めには出すぎた真似でした…」「本当に…僕の客人に対して、少々悪戯が過ぎるんじゃないか?」槐はそう言うと、大きくため息をつきながら立ち上がり、男の横に近づいた。「紹介するよ、こいつはラプラス。まあ、ちょっと…度を越した変人だが、腕は立つ」槐に紹介され、銃をしまったラプラスは大仰な動作でお辞儀をしてみせる…。「…ラプラスぅ?…名前まで変なのぉ…」置いてきぼりの上に銃まで向けられ、すっかり機嫌を悪くした水銀燈が、小さな声で呟き――だが…そんな小さな声だったにも関わらず、ラプラスにはしっかり聞こえていたらしい。「商売上そう呼ばれているだけですよ、可憐なお嬢さん。以後、お見知りおきを…クックック…」まるで道化師のように、おどけた動作を交えながら小さな声でほくそえむ。「…ふぅん」水銀燈は、興味無いといった感じで返事をするも…ラプラスの態度にイラつきを覚え、心中穏やかではない。(…なんだか…無性に腹立つヤツねぇ…)他人の背後勝手に立ち、銃を向けたかと思えば、おどけて下手に出てくる。そうかと思えば、次の瞬間には人を馬鹿にしたかのような態度。そして…それだけではない。その一挙手一投足からは、自然に身に付いたものではない…いわゆる、『演技』の匂いがした。そんな、明らかに眉間に皺をよせる水銀燈に気を使ってか、槐がラプラスに声をかけた。「こんな所でのんびりしてて良いのかい?何せ君は、忙しい身だろ?」「そうです!いや、やっと帰ってこれたので少々浮かれてしまいました!」そう言い、水銀燈とめぐに向き直り…「それではマドモアゼル、御機嫌よう」大げさな動きで頭を下げると、さっさと酒場から抜け出していった。「変人ねぇ…」「…うん、変人ね」水銀燈とめぐは、半ば呆れるように感想を呟き…「…変人だよ」呆れたような口調の槐が、再び隣に座った。 槐はコホンと咳をし、気分を改めて話しかける。「その…僕の友人が不愉快な思いをさせたお詫びといってはなんだけど…この町は『技術屋』の町でね。おかげで、秘密が多いんだ。だから、流れ者の旅人には、なかなか過ごし難い所だし…」槐の目が、一瞬泳ぐ。「だから…その…君たちさえ良かったら、僕に色々案内させてもらえないかな?」後半は、まくしたてるような早口になっていた。めぐはちょっとだけキョトンとした表情をし…横に座る水銀燈に向き直る。「ねえ、水銀燈…ひょっとして彼、口説くつもりなのかな?」「その可能性は有るわねぇ?」「…そうかな?」「そうなんじゃないのぉ?」「…そうなんだ」「娘が居る、って言ってたのにねぇ…?」「それも、二人ね」なんだか他人事のような顔をしためぐと、ニヤニヤする水銀燈。そんな二人の会話に…槐はただ苦笑いを浮かべ、困ったように頭を掻くだけだった。 ―※―※―※―※―招かれざる客。まさにそんな感じで町中から向けられていた視線。それが、槐と共に歩いているというだけで、一切向けられなくなった。「…周囲の目が変わったわねぇ…ひょっとして、あなたこの町の有力者か何かなのぉ…?」「はは…まさか。僕はただの『技術屋』だよ」槐は、いぶかしむ水銀燈の質問に笑いながら答えた。「ただ、僕はこの町に招かれた身だからね…。皆、何かと気を使ってくれるのさ」槐の案内で、町の中をグルリと見て回る。が、そこら中に『技術屋』の店が並んでいるだけで、何も面白い所の無い町だった。「…これだけ『技術屋』が沢山いたら、商売にならないんじゃないの?」当然の疑問を、めぐが口にする。「ああ、確かにそうだけど…そこはラプラスが、出所を隠して他の町に売ってくれてるからね。彼は、この町の唯一と言って良い外との窓口なんだよ」「ふぅん…変人も役に立つのねぇ…」「変人なのにね」「…ああ…変人だけどな…」そんな会話をしながら町を歩き…ふと、めぐは気付いた。まるで居住性を無視して設計された町というのか…いや…まるで、町全体が一つの要塞のような…いや…要塞というより、むしろ… 例えば、大通りやその周辺には、必ずといって良い程、倉庫が並んでいる。槐の説明では、火薬庫だというが…そんな危険な代物を、町の到る所に置くのは、どう考えても危険すぎる。だが逆に…その倉庫に一斉に火を放てば、町の通りを塞ぐ事が簡単に出来る。外敵の足を、かなり止める事が出来る。さながら、町の形をした迎撃システムといった印象だった。(…一体、この町は何なのかしら…)めぐはぼんやりとそう考えながら歩き…気が付けば、町外れまで来ていた。「ああ…あそこにあるのが、僕の工房だ」槐が、一軒の家を指差した。「良かったら、ちょっと寄ってみないかい?ずっと歩いて疲れたろ?」―※―※―※―※―槐に説得され、水銀燈とめぐは半ば強引にリビングまで通され―――「お茶でも淹れてこよう。くつろいでてくれ」そう言い、家主の居ないリビングの椅子に座る。暫くして―――部屋の外から、騒がしい声が聞こえた。 「急いで紅茶を淹れてくれたまえ!」「…嫌です。何で僕が…」「何!?君の淹れる紅茶は絶品だと聞いたぞ!?」「まったくアイツ…余計な事を吹き込んで……」「とにかく!一番良い紅茶だ!頼んだぞ!」…声が止み、少し経って…部屋を出たときと同じように、爽やかな表情の槐がリビングに戻ってきた。「いやあ、教え子が気を利かせて、お茶を淹れてくれるそうだよ」「…気を利かせて…ねぇ…?」「…聞こえてたわよ?」「……」これ以上槐をからかうのも可哀想なので、何気ない会話をしながら…水銀燈はふと、めぐが煙草を吸ってない事に気が付いた。「なによぉ…今更、禁煙なんてしちゃって…」ニヤニヤしながら、肘でめぐを突っつく。だが…「あら?だって、ヘボ技術屋の家で喫煙。落ちてた火薬に引火してボカン!なんて嫌じゃない?」めぐは、水銀燈の期待をあっさりと裏切る発言をしてのけた。槐はその言葉に苦笑いを浮かべる。「だったら…そのヘボ技術屋に何か預けてみないかい?精一杯の趣向を凝らした細工をつけてあげるよ」めぐは少し首をかしげて考え…「なら、これをお願いしようかな?」そう言い、愛用のオイルライターを机の上に置いた。 「素敵な細工をお願いね?」「はは…これはプレッシャーだな」槐は机の上のオイルライターを指先で拾い上げると、くるりと手の中に収める。「明日までには、何とかしよう」と、どこか楽しそうに言った。そんな和やかな空気の中、リビングのドアがガチャリと開き―――「…全く…なんで……僕が…」ブツブツ言いながら、一人の少年が紅茶の乗った盆を手に入ってきた。「おお!来たか!君も一緒にどうだい?」槐はそう言うと、返事も聞かずに少年を椅子に座らせ―――「彼は桜田ジュン。この町に来る直前に立ち寄った村で『技術屋』をしていた所、修行にと、一緒に来る事になった…言わば、僕の一番弟子かな?」「…無理やり説得しといて…よく言うよ…」「いや、彼は若いながら才能溢れる『技術屋』でね。無愛想なのが唯一の欠点かな」ポットから全員のカップに紅茶を入れながら、ジュンは小さく挨拶をする。「…ども…桜田ジュンです…」(冴えないガキねぇ…)年の頃は同じくらいだろうが…めぐとの旅で、気持ちだけは大人になったつもりの水銀燈にとって、目の前の少年はそんな印象だった。 紅茶を囲みながら、めぐと水銀燈の武勇伝や、槐の男手子育て奮闘記に華が咲き…―――気が付けば、太陽はすっかり西に沈んでいた。 「…すっかり話し込んでしまったな。…どうだろう、夕食でも…」槐は暗くなった空を見、そう提案するが…「あら?出会ったその日に夕食に誘うのは、いささか気が早いんじゃない?ジェントルマン?」めぐは悪戯っぽく微笑みながら、そう答える。「そ…それもそうだな。…だったら、夜道は危険だし、せめて宿まで送って行こう」そう言い槐は立ち上がるが…「ふふ…こう見えても私達、けっこう腕利きなのよ?」またしても一蹴された。「僕の名前を出せば、心地よく宿を貸してくれるだろう」槐のそのアドバイスを受け、町の中に消えていく水銀燈とめぐの背中。槐はそれをいつまでも眺め続け…――横でジト目で自分を見てくるジュンに気が付いた。「…まあ…なんだ…その……」「………」「…何も言うな…」「……必死でしたね」「…頼む……それ以上言うな……」「………」ジュンのため息が、小さく聞こえた気がした… ―※―※―※―※―夜の闇の中…町外れの一軒の廃屋から、小さな光が漏れていた。人目を忍ぶような小さなランプの光で、ラプラスは一枚の手紙を見ている。そして…その手紙を、ランプの中に放り込んだ。音もたてずに手紙は燃え尽き…それを確認すると、ラプラスは拳銃に弾丸を込め始めた…。「…イーニ……ミーニ……マイニー・モー……神様の……言うとおり……クククク…」その口の端に浮かぶのは、邪悪な笑み…だが…それを見るものは、誰も居なかった…… ⇒ see you next Wilds...
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