【 2years~雛苺~ 】
2年ぶりに訪れた故郷は何の変わりもなく存在して。この慌ただしかっただけの2年間を幻のように感じさせた。高校卒業と同時に上京し、歌手を目指してレッスンを重ねた日々を思う。私は自分の歌に自信を持っていたし、顔もまぁ見られるほうだと思う。正直、デビューなんてあっという間に訪れるのではないかと思っていたりした。しかし、あっという間に訪れたのは挫折のほうだった。喉を傷めた私は取りえであった高いキーを出せなくなってしまったのだ。高校の帰り道、毎日のように歩いた歩道橋の上で一人ため息をつく。死んでしまおうか?馬鹿な感情がリアルな意思を秘めて浮かび上がり、眼下を流れる車の群れを一心に見つめ続ける。「死んでしまおうか?なんて考えているんじゃないだろうな」驚いて振り返ると大きな紙袋を抱えた見知った顔があった。「よっ、久しぶり。」片手をチョコンと上げるような動作をしながら彼は笑った。「ひさしぶり…なの」「なんだよ。東京行っても直らなかったのか?その喋り方。」彼は表情をからかうような笑みに変えて言葉を続ける。「変わらないな、雛苺は。」あぁ、私は大きく変わってしまったのに。喋り方だっていつもはもっと普通で、いわゆる標準語に変わってしまっている。純粋に未来を信じたあの頃と比べて何ひとつ同じものなど残ってないのではと思うほどに私は変わりきってしまっている。「そんなことないわよ」「私は変わったわ。」そう言ってまた私は車の流れに視線を戻した。彼と話していると夢と希望で一杯だったあの頃の自分を思い出してしまうようで…つらい…「僕な…ノリとさ、姉ちゃんと喫茶店やってるんだ」「今は、その買い出しの帰りってわけ…」「寄っていかないか?」彼は隣に立って同じように冬の町並みを見つめながらそう言った。 「うゆ?ジュンが喫茶店なの?」「そう。僕がマスター」恥ずかしげに頭を掻く。私はこの時、また喋り方が昔に戻っていることに何故か気付かなかった。「行くのよ~。甘いケーキある?」そしてちょっぴり元気が出ていることにもまた気付いてなかった。【 2years~雛苺~ 】「おいしいの……です」また語尾に詰まる。今日の私はどこか変だ。東京にいる間はまったく出なかった幼い子供のような口調が自然ともれでてしまう。そしてそれを意識するとあまりにも不自然な喋り方になってしまう。「いっぱいあるぜ。遠慮するなよ?」にこやかに笑いながら、紅茶をいれる準備をするジュン。 「………どうして?」「今日のジュンは優し過ぎる…」「昔はそんなんじゃ、なかったよ?」フォークを降ろして俯きながらぼそぼそと呟いた。「うーん、それはやっぱ…あれだよ…」カウンターごしで私に負けず劣らずのボソボソ声が返ってくる。「おまえが、歌ってないから…かな」私の心臓がドキリと脈打つ。「鼻歌だったり、ランラン言ってるだけだったり、」「いろいろパターンあったけどさ、雛苺が歌ってない日は無かったろ?」「だからもしかして今日はお腹空いてんのかなぁ~って」「…ただそれだけだ。」カップに紅茶が注がれる。とてもいい香が鼻腔をくすぐる。 「私変わっちゃったのよ」「ジュンの知ってる雛苺は…二年も前に全部捨てちゃってる」そして…「そして、いろいろ捨ててまで手に入れようとしたものも…」「もう、手に入らなくなっちゃった。」だから私は、雛苺じゃない。雛苺で居続けられなかったし、雛苺が望むものにもなれなかった…「本当に情けない女なのよ……あっ!?」最後の最後で語尾がまた幼くなった。「ぷぷっ」ジュンが笑いをこぼす。「全然捨てられてないじゃないか…」「やっぱり雛苺だよ、おまえは」そう言って頭を撫で始める。 「子供あつかいはやめてなの!」私は自然と頬を膨らませてジュンをにらむ。けどそれ以上の抵抗をしないから、ジュンの手は頭を撫で続けたままだ。撫で続けたまま、「雛苺は変わらないな。」と、また彼は私にそんなことを言う。「ジュンは分からず屋なのよ!あと、いじめっ子なの!」もう普通の話し方なんて忘れてしまったように、私の口から出るのは二年前の自分ばかり。「もう無視するのよ。ジュンなんて、キライなの!」大袈裟に腕を組んで顔をプイと背ける。しばらくそうしていたが、ついには耐え切れず笑ってしまった。ジュンも一緒になってお腹を押さえて笑ってくれる。小さな店内に二つの笑い声が響き渡る。まるで鳥たちが歌を歌っているように、とても楽しい音楽が流れているように。ただ歌うことだけで幸せになれた…あの頃に戻れたように。 「そうだ、忘れてた」笑いをどうにか納めてジュンは優しく微笑みなおす「雛苺、おかえり」私はその笑みを受け取ってちょっと照れながら喜びを言葉に変える。「た、ただいまなの」そして、「おかえりなの、雛苺♪」自分で自分におかえりなさい。そして案の定キョトンとするジュンに勢いよく抱きついて、完全復活する二年前の私。「らららら~♪」彼に抱き着いたまま、店内に流れる音楽に合わせて私は歌い始めた。少し高い音が出にくくなった。私はそんなことだけで歌えなくなったと思っていたのだろうか?捨ててしまったなんてとんでもない。変わったところなんてどこにもない。あの時と同じ気持ちで歌い、同じように笑える自分を確かに私は取り戻すことができた。「ありがとね、大好きなジュン」聞こえないくらい小さな声で、私は愛を歌った。
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