11.救出作戦
いつものように水銀燈は町で買い物をしていた。「たしか…料理用のヤクルトが残り少なくなってたわねぇ…ええっと、それとねぇ…」雑貨屋で様々な物を注文する。「じゃ、いつものように配達しといてねぇ」そう言い、店を後にする。店を出てすぐに「そこのあなた!」背後から呼び止められた。振り向くとそこには…見かけない二人。その二人の胸に輝くシェリフスター…つまり保安官バッヂ。「あらぁ?何か用かしらぁ?」(…ヤバイわぁ…心当たりが多すぎるわねぇ…)表面上は何気ない感じを装いながら…頭の中では裏道を駆使した逃走ルートを何通りも描く。だが、そんな水銀燈を他所に…二人のシェリフの片方、東洋系の女が口を開いた。「仕事を…頼みに来た…」 11.救出作戦 とりあえず…害意は無いらしい。詳しい話を聞く為、アジトまでご同行願うことにした。…アジトの方がいざという時も安心、という考えもあってだが。そして二人の保安官――柏葉巴とオディール・フォッセーと名乗った――の依頼は、こうだった。ある屋敷に囚われている姉と弟の二人の救出。その後、屋敷を使用不可能に破壊。屋敷には腕利きのチームが雇われており、その為に、こちらも腕利きの人物を雇う。そしてオディールは、水銀燈達の前に当分遊んで暮らせる量の金の入った袋をドサリと置く。「はぁぁぁ…!? こ…これだけあれば、当分ウハウハですぅ…」目をキラキラさせ、すかさず喰い付いた翠星石を無視して、水銀燈が話を進める。「たしかにすごい額ねぇ…。でも、仕事を請ける前に確認したい事があるのよぉ。…これは個人的な依頼ぃ?それとも、保安官のお手伝いになるのかしらぁ?」――救出だけならまだしも、屋敷を襲え…そんな、違法にしか見えない依頼を保安官がしてくる…これは…何かあるわねぇ…口元には笑みを浮かべながらも…視線だけは鋭く、二人の依頼人を射抜く。暫くの沈黙の後…二人は顔を見合わせ…そして、巴が口を開いた。「…それは答えられない…。でも、あなた達を騙して依頼が済んだら逮捕する、なんて事はしないわ…」「そう言われて、ハイそうですか、って信用できると思ってるのぉ?」「信じてもらうしかない…」「…どうやってよぉ」水掛け論に、オディールが終止符を打った。「私達も動向するわ」――シェリフが同行する…つまり、違法性は低い、って事よねぇ…そして…上手くいけば、今後に繋がるコネクションも出来る…そしたら、仕事もずっとやり易くなるわよねぇ…内心は決まっていたが、あえて沈黙して、気を揉ませる。沈黙が広がる中、二人の目に若干の焦りが見え隠れしてくる。その頃になって初めて、優雅な仕草で足を組む。そして…「そぉねぇ……それじゃあ、仕事の話をしましょぅ…」出会った時とは立場が逆転しつつあるのを感じながら…水銀燈は口の端を妖しく持ち上げた。…話が終わり、水銀燈は夕焼けの中を帰る巴とオディールの背中を窓から眺めていた。――…何か…気に入らないわぁ…依頼は最初に話をされた通りだったし…仕事が終わり次第吊るされる、なんて事も無さそうだけど…あの二人…何考えてるか分からないわねぇ… 「で…蒼星石。どうだったぁ?」二人と入れ替わるように帰ってきた蒼星石に声をかける。「時間が少なかったから、あまり情報も集まらなかったけど…本物の保安官だったよ。評判もすこぶる良い二人だね。ただ…やっぱりこの依頼、何か裏が有りそうだね…それが何かは分からないけど」「こんな短時間で、ありがとうねぇ」依頼人の素性を急遽調べてくれた蒼星石に礼を良い、メンバー全員召集をかける。集合場所は…水銀燈はため息をついた。――あの子は無口だけど頼りになるし、私によく懐いてくれてるけど…変な事言い出すから困るわぁ…集合場所は、作戦会議室。―※―※―※―※―うんざりと言うのか、ゲッソリと言うのか…そんな表情の水銀燈が白衣を着ながら、ホワイトボードの前に立っていた。依頼の内容を全員に告げ…そして煙草を咥えた時、薔薇水晶が手を挙げた。「…先生…授業中は禁煙…」何で『先生』なのよぉ…あ、そもそもブリーフィングの時は白衣を着て、って提案したの薔薇水晶だったわねぇ…それにしても、この子ノリノリねぇ…何で誰もツッコまないのよぉって、ひょっとして、コレに違和感あるの、私だけなのぉ…?どんよりした表情で、そんな事を考えながら「はいはぁい」と適当に答える事にした。 「そこの二人もちゃんと先生の話を聞きなよ!」「…はいですぅ」「かしら…」小さなメモで手紙のやりとりをしていた翠星石と金糸雀を、蒼星石が注意する。――頭が痛くなってきたわぁ…そんな光景に水銀燈は、額を押さえて首を振った。「…どうしたの…?銀ちゃん先生…元気無いよ?」薔薇水晶が心配そうな表情で顔を覗き込んできた。「ほら、二人が遊んでるから、先生困ってるだろ?」蒼星石がどこかがおかしい注意をする。「ぅう…授業を続けてくれですぅ…」翠星石が上目遣いで言ってくる。「先生…ごめんなさいかしら…」金糸雀がペコっと頭を下げる。…ついにキレた。 ―※―※―※―※― 「ちょっと悪ノリが過ぎたね…」「…銀ちゃん…怒ったら嫌だよ…」「すまんですぅ…」「調子に乗ってたかしら…」椅子や机は全て壊れてしまったので、全員を床に正座させる。…「でぇ?…あなた達の意見を聞かせてぇ」水銀燈はすっかり逸れた話題を元に戻す。「罠の可能性は低いと思うな。何か企んでるにせよ、僕達を狙っての事じゃあないと思うよ」「どんな策を張り巡らせてるにせよ、カナ達なら楽してズルして突破できるかしら!」「ヤバそうだったら、さっさと逃げれば問題無いですぅ~」「…地の利が分からないから…狙撃は何とも言えない…」水銀燈は全員の意見を心の中で反芻する。相手は保安官という立場を明確にしてきた上で、姉弟の救出という依頼。良いイメージの仕事。チームに良いイメージが付けば、今後の仕事も増えるだろう。報酬も、破格と言って良いほどの額である。「…そぉねぇ―――」 ―※―※―※―※―梅岡の屋敷で…雛苺と雪華綺晶は、椅子に座りながらティータイムを楽しんでいた。すると…窓の外を眺めていた真紅が、呟くように言う。「――来たのだわ…」そして振り返る。「準備は良い?雛苺、雪華綺晶…」地平線の彼方から二人の保安官と…銀髪の女が率いる一隊が姿を現した。真紅は腰に下げた銃、ピースメーカーに弾丸を込める。「さて…行きましょうか―――」 ―※―※―※―※―地平線から浮かび上がるように…荒野に一軒の屋敷が見えてきた。「あれが…目標の建物です」巴がそう言い、馬の速度を速める。それを合図に全員が馬を走らせ…屋敷が目前に迫り…それは見えてきた。門の前に立つ、一つの人影…最初にそれに気付いたのは薔薇水晶。「……きらきー…」――やっと会えた。何で出て行ったの?今までどうしてたの?寂しかったんだよ?何でそこにいるの?様々な感情が次から次に湧いてくる。手綱を握る手が震える。泣けば良いのか笑えば良いのか、それすら分からなくなる。「…」蒼星石が薔薇水晶の異変に気付く。前方には…雪華綺晶。(でも…感動の再会、って訳にはいかないようだね…)馬を駆りながら、水銀燈に向かって声を張り上げる。「彼女は薔薇水晶と僕が相手をするから…皆は目標の救出を!」 ―※―※―※―※―立ちはだかる雪華綺晶を迂回し、水銀燈達は屋敷の前に辿り着いた。門を守るべき位置にいるはずの雪華綺晶は…それを気にする様子も無く、ただ薔薇水晶と蒼星石を見つめていた。(…私たちのこと無視してくれちゃって…姉妹して妙な事が好きねぇ…)腑に落ちない所も多いが…それでも、予定通り屋敷の敷地には入れた。馬から飛び降り、玄関の扉を蹴破って屋敷に入る。そこに再び立ちふさがる人物。一人の、年端もいかない少女。「こんなおチビ、私がカル~ク捻ってやるですよ!」翠星石がニヤリと言う。「ですから…水銀燈はさっさと捕まってるドジなやつを探してきやがれですぅ」「水銀燈…申し訳ないけど、カナもここに残るかしら…」囁くような小声で、金糸雀が告げる。「申し訳ないと思うなら…帰ったら一杯奢りなさいよぉ?」睨みあう金糸雀と雛苺、それに翠星石を残し、水銀燈達は屋敷の奥へと駆けて行った。 ―※―※―※―※―水銀燈と二人の保安官――巴とオディールが屋敷の中を走る。元から屋敷にいた警備だろう。何人かの男が廊下の真ん中で銃を持ち、待ち構えていた。廊下の角に身を潜めながら、豪雨のように降り注ぐ銃弾をやり過ごす。「嫌ぁねぇ…レディーの歓迎の仕方も知らないだなんて…」絶え間なく続く銃声をBGMに、わざとらしくため息をつく。「…しょうがないわねぇ…私を怒らせるとどうなるか…教えてあげるわぁ…!」サブマシンガン・メイメイを片手に、ニヤリと口の端を持ち上げる。同時に、銃声の隙間を縫って廊下に飛び出した。…男達は数こそ少ないが、よく訓練されていた。が…「だらしないわねぇ?…もうおしまいなのぉ?」嵐を彷彿させる程の轟音が止まった後…散歩するかのような足取りで水銀燈は倒れた男達の間を舞うように歩いていた。巴とオディールも、その噂以上の腕を前に一瞬、互いの顔を見合わせるが…すぐに水銀燈の後に続いた。 そして…大きな階段に差し掛かった時、不意に水銀燈が片手を広げ立ち止まる。その手に遮られるように、巴とオディールも立ち止まる。水銀燈が階段の先を睨みつける…そこには…床まで届きそうな金髪の女――真紅が立っていた。―※―※―※―※―雪華綺晶と薔薇水晶、蒼星石。雛苺と金糸雀、翠星石。真紅と水銀燈。…そして巴とオディール。交差する思惑。荒野の隅、誰も知らない屋敷で…闘いが始まる――
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。