『異物ハ肉ヲ貫ク』
始まり。「―――。僕にはね、実は、黙ってたけど、妻もいれば、子供もいるんだ」彼は、隣に座った女の名前を呼ぶ。彼は明るく澄んだ声をしていたが、なぜだか、その女の名前の部分だけ、聞き取れない。「だからね、―――。僕は君とは一緒にはなれない」彼は、その女の名前を幾度も幾度も、繰り返し呼ぶ。その声は何故かとても優しくて、心地よくって、哀しかった。「それでね、僕は考えたんだ、―――」女は俯いている。黒髪が風にさらわれ、さらさらとゆれる。「それにそもそも―――、僕は君を討つために、君と会ったんだから、本当はこんなことしちゃいけなかった」彼は表情を変えない。まっすぐに女を見つめる。「でもね、―――。君を愛した事。これは紛れもない事実で確実で―――――」眼力。女の事を、男は、じぃっ・・・と、見つめる。「―――――真実なんだよ。だからね」彼は、瞼を、目を、瞳を、虹彩を、大きく開き、笑う。「然様なら」終わり。~私は何を見ていたのだろう。あれは何だったのだろう。夢? 幻?記憶にしては鮮烈すぎる。夢にしては鮮明すぎる。幻にしてはまっとうすぎる。私は、さっきの映像がなんだったのか、結論付けられないまま、目を開ける。私の視界は抜け落ちた羽根の黒で染め上げられる。でも、今はもうそんなことはどうでもいい。忘れなければならない。生きるか死ぬか、その瀬戸際に私は立っている。殺すか殺されるか、その土壇場に私は立っている。逃げ道を切り開く!それが私の、たった二人の部隊で特攻隊長に選ばれた私の仕事。翠星石も、私も、生き残る。そしてジュンと蒼星石を迎える!ここでそれができるか、と聞かれたら、微妙だけれど。多分この場所が無事でも、追い出されちゃうだろうけど。でもまた、二人と会いたい。それでまた一緒に仕事がしたい。もっと話したい。その意志が私を突き動かす。さぁ、戦ってやろうじゃないの。~「おはよう、柏葉」むくり、と柏葉が頭を上げる。「おはよう、あなた」柏葉はジュンの方を見、微笑む。柏葉がそういうと、ジュンは酷くどぎまぎしたような風になり、綺麗に切り崩された部屋の中で、うろうろと視線を泳がせる。「冗談よ、冗談。今は、ね」「柏葉ってそんなキャラだったか? その含みも気になるし」柏葉はふふん、と笑うが、すぐに表情を切り替える。きりりと鋭く冷たい瞳でジュンを見つめる。「雛苺は、どうなったの? 何があったの? あれは・・・何なの?」ジュンは表情を曇らせる。口元が忌々しそうに歪む。「わからない」それが、今のジュンにできる、精一杯の回答だった。「マズいの?」「たぶん、かなり」ぎりり、と歯軋りをする音が聞こえる。ジュンは空を見上げる。見上げた先では、半分綺麗に欠け落ちた月が輝いている。「ねぇ、ジュン君」柏葉が、ジュンの傍に寄りそう。蒼星石は、まだ苦痛の中で眠っている。「こうしてても、いいかな」そう言った彼女の目は、春の陽だまりのように、暖かだった。「だめ。あいつを捕まえてからだよ、トモちゃん」ジュンは柏葉の方には目もくれずに、月を眺め、答える。そんな彼の表情はどこか、恥じらいでいるようで、安心しているようで。柏葉、と、ジュンは苗字を呼び、とたんに背筋をぴんと伸ばす柏葉。だけれどその表情に揺らぎはなく。「この子を、看てればいいのね?」ジュンは頷く。「僕は、あれを、雛苺を追う。あいつは僕の友達を狙ってるみたいだから」柏葉は、ただただ、頭を上下させるのみ。「がんばってね」「ああ」そう言い、ジュンは元来た道を辿り始める。月光は、柏葉一人だけを包み込み、沈黙する。~正面のガラスの窓を突き破る球。その直後、羽根の隙間と隙間を縫って私の両目に突き刺さった閃光。黒い羽根の山という暗闇の世界を切り裂いた光。翠星石は、ロケットランチャーに注意しろ、と言った。だけれど。私の目の前に飛び込んできたのは閃光弾。だってここは戦場。生きるために、殺すために、互いの知恵と可能性をぶつけ合う場所。そして、悔やむ間もなく、私の目は数瞬潰れる事になる。なんで私はあの女の言葉をまるまる信用してしまったんだろう。どうして私は他の可能性を探さなかったのだろう。そんな、やり場のない怒りが私の内にこみ上げる。その思いとともに、翼はさらにぞるぞるっとふくれあがる。だけれど、目が見えないのなら。耳で。鼻で。肌で。相手を探せばいいだけのこと。私を誰だと思ってる?腐っても、吸血鬼だ。なめるなよ、人間。私は目を閉じて、牙をむく。全神経を鼻に、耳に、集中する。そうした瞬間、それの匂いを感じ取る。それは、非常に濃い血の匂い。それはもう、とてもすぐ傍にあるもののような。まさか・・・「翠星石ッ!?」―――私のことを、守るですよ。私は、翠星石が私に言ってくれた言葉。かけてくれた期待を思い出す。~「誰か呼んだみたいですけど、空耳ですかね」彼女は私の思いなど、叫びなど、つゆ知らず。スコープごしに敵の姿を探す。スナイパー対スナイパー。すでに狙撃対象の位置が判っている、相手の方が圧倒的に有利なのは言うまでもない。「さぁて、どこですかねぇ」翠星石は網戸のドアを開け、ベランダへと出る。遮蔽物が何一つない、言わば丸裸の状態。これを自殺と言わず、なんと言うか。「でもですね、そんなことは翠星石だってわかってるんですよ」翠星石は、持っていたライフルを投げ捨てる。そして取り出したのはあの忌々しい如雨露。「お願いしますよ。スィドリーム」翠星石は自分の周囲に、スィドリームから吐き出される水によって円を描く。「さて、準備は万全です」翠星石はライフルを拾い上げ、スコープ越しに暗闇の世界を眺める。「首を洗って待ってやがれです」翠星石の描いた円は、仄かな緑色に輝き始めた。~「まったく、なんなのかしら。この羽毛だらけの部屋は」私の鼻腔をくすぐる、血液の香り。そして耳障りな、機械音にも似た、ささやき。「あなたのなのね?」刺客が・・・女の子?声のする位置からして、近い。非常に近い。それはもう、一歩前へ踏み出せば、肌が触れ合うくらいに。異臭の中に、確かに血の匂いを感じる。それはもう、とても、とても。本当に、非常に、近くに。「とても素晴らしい力ね。目を潰さなければ、きっと私がやられていたわ。 それにしても、こんな素晴らしい力の持ち主に一晩で二人にも会えるなんて、世界は広いわ」耳元で、少女の声で、しかしとてつもなく抑揚のない声で、囁く。「はじめまして、さよなら」その声と同時に、私はそれを感じる。背中の次は、腹か、と思う。その正体はとてつもない激痛。だけれど、背中の時と違うのは、激痛の中に全くといっていいほど救いが感じられなかった事。ようやく機能を取り戻し始めた目が映したのは。さっきから散々、血の匂いをくゆらせていたのは。大きなガラス片が突き刺った腹部。私の服を、床を、真っ赤に染めあげる私の血。「そして、いただきます」少女は短い手足を精一杯に伸ばし、私に覆いかぶさる。歪み、霞み、蕩けそうな視界の中で、汚らしいブロンドの髪がゆれる。少女の身体のありとあらゆる穴から、白い茨が私の腹の裂け目を目掛けて降り注ぐ。これで、終わりなの?これじゃあ。あまりにも呆気ないじゃない。私はそう思った。~翠星石を狙った弾丸は、金属音とともに弾き落とされる。それと同時に、翠星石を取り囲んでいた緑の光の輪は消えうせてしまう。「そっちにいるのですね」翠星石は弾丸が発射された方角を、スコープで眺める。「あ、いた、いた」彼女の視線の先には、赤い屋根があり。その上に異常事態に狼狽する、覆面の男が立っている。翠星石はスコープの倍率を上げ、男の頭に狙いをつけ、淡々と、引き金を引く。「ヘッドショット、ヒット」翠星石がそういい終わるか終わらないかの内に、彼女のライフルが放った弾丸は。男の頭を粉々に打ち砕いてばらばらに散らす。翠星石はその様子を、スコープ越しに、静かに眺めていた。頭部を失った男の体は、崩れ落ち、屋根の上を転がり落ちていった。男の屍体が地面に落下したのを確認し、翠星石はようやくスコープから目を離した。彼女の少しは、少し濡れており、翠色の瞳は黄色い月を鏡のように映していた。第14夜ニ続ク不定期連載蛇足な補足コーナー「双子」蒼「出番がありません」翠「地味に今回は見せ場ですぅ」蒼「骨折してるみたいだし、暫くはデスクワークだね・・・。出番ががくんと減るよ」翠「翠星石のライフルは金糸雀のチビ製ですぅ。 おチビのチビチビのくせに翠星石より年上というのが気に入らんです。 ていうかチビのくせにジュンと同い年というのが一番けしからんです・・・!」蒼「僕の今回のお仕事は噛ませ犬だね。これから出番あるのかなぁ」翠「でも技術者としては一流の腕前ですからねぇ。そこは認めてやるです」蒼「これからもずぅーっと、噛ませ犬なのかなぁ。 『蒼星石は置いてきた。あいつも修行したみたいだが今回の戦いには耐えられそうにない』 とか言われちゃったりして・・・うふふふふ・・・」翠「何気に翠星石は今回のメンバーの中では多分一番射撃はうまいですからね。 ジュンはへったくそですし、蒼星石もそこまで熱心には練習してないはずですし。 水銀燈と柏葉とやらはしらねぇですが、ヒッキーの水銀燈が上手いわけねぇですし、 柏葉やらも得物からして火縄銃くらいしか使えなさそうですし」蒼「まぁでもいいよね。もともとバトルメインの話じゃなかったはずだし。きっと出番はあるよね」翠「これからも翠星石の活躍にご期待あれ! ですぅ!」終
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