灯台の下 【4】
「・・・・・・・・・・・・」 無言で自分の家のドアを開ける翠星石。鍵が空いていて、中の明かりがついてるのに気が付かなかった。双子の妹である蒼星石が帰ってきていたのだ。蒼星石は翠星石達の住んでいる所から少し遠い、彼女達よりワンランク上の大学に通っている。 「お帰り、翠星石。久々に遊びに───」 誰の顔も見たくない。 蒼星石を無視して翠星石は寝室にこもってしまった。 「ちょっと、どうしたのさぁ?」「今は誰にも会いたくないです!帰れです!」「えっ・・・・・・」「あっ・・・・ ゴメンです。言い過ぎたです・・・・・・っ、えぐっ・・・・」 「・・・・何か、あったんだね?ジュン君と。」「・・・・」 暫くして、翠星石は口を開いた。 「ジュンが・・巴と・・」 そして今までの経緯を蒼星石に話した。 「おかしいとは思ってたんですよ。 ここ二週間くらい前から急に帰りが遅くなったり、 ご飯が要らないって急に連絡を寄越したり・・・・ ・・ジュンのバカァッ!チビ!スカポンタン! ・・・・翠星石の・・翠星石の、どこが不満だって、言うんですかぁっ・・・・・」「翠星石・・・・くっ・・」小一時間ほどして、翠星石は泣き止んだ。 「蒼星石、まだいるですか?」 彼女の返事はない。リビングに向かう。何処にもいない。 「蒼星石・・・・・?」 ------------------------ 「──じゃあ、私はこれで。」「うん。じゃあ。」 部屋の鍵を開ける。そういえば、リビングの照明つけっぱなしだったな。 リビングのテーブルにふと目をやる。さっきのご飯が残っていた。二人分。もう湯気は立ってない。どこか後ろめたい気もしたが、仕方がないので食べることにした。と、 ピンポーン 「どちら様ですか?」「やあ、ジュン君。」「そ、蒼星石!?」「・・・それで、試験が終わって夏休みに入ったもんだから来た、って訳。」「・・そうなんだ。」 嫌な予感がした。 「それで、実はここに来る前に翠星石のとこに行ってきたんだ。彼女、泣いていたよ。・・何かあったの?」 やっぱり来たか。嫌な汗が出始めた。 「それは・・・・」「と言っても彼女に聞いてきたんだけどね。巴と二股掛けてたってね。どうしてなんだい?」「・・・・」 「ねぇ!」 声に力がこもる。 「実は、さ。二週間前ほど前に彼女から告白されたんだ。」「それで、OKしたって訳か。」「・・うん。」「どうしてなんだい?」「何がだ?」「どうしてOKしたのか、ってこと。」「断りきれなかった。泣いて告白してきたんだ。 僕にはそんな彼女の告白を断る勇気は無かった。 なんだか、彼女が壊れてしまうんじゃないか、って気がして。」「そんな・・・・ どうしてそんなことをしたんだい!?そんな同情で彼女が幸せだとでも思ってるの?」「・・・・」「それに気が付いたとき、彼女はどんな気持ちになるだろうね。 それこそ壊れちゃうよ。僕なら絶対に耐えられないもの。」「・・・・」「君って、昔からそんなに優柔不断な性格だった? 少なくとも僕の知ってるジュン君はそんな人じゃなかった。変わったんだね。」「・・・・」「・・何も、言わないんだね。もういいよ。僕は帰る。」 そう言って席を立つ蒼星石。ドアのところで前を向きながら一言、言った。 「・・今、僕は君と翠星石が別れて良かったと思ってる。 それと、そのご飯は食べずに捨てて欲しい。・・話はそれだけだ。」 ガチャン。 「──クソッ!」 テーブルを叩き、顔を埋める。 「──じゃあ、どうしたら良かったんだよ?」 ------------------------ 翠星石はまたベッドで寝ていた。何も考えたくない。寝ていると、何も考えずに済む。しかし、頭の中では様々な感情が渦巻く。 ガチャ。 蒼星石が帰ってきた。玄関へ向かう。 「どこ、行っていたですか?」「ジュン君の家に行ってきた。」「えっ・・・・?」「話をしてきた。───まったく、あんなに優柔不断な人だとは思わなかったよ。 あっちから告白されたんだってさ。」「やめて・・やめてです。」 「それでね、断れなかったから仕方なくOKしたんだって。 流石に僕も頭に来ちゃったから、言ってやったよ。変わったねって。 翠星石と別れて正解だって────」 バシィッ!驚いて蒼星石は翠星石の方に顔を戻す。左の頬が痛い。すると、そこには蒼星石も今まで見たことの無い、目に涙をたっぷり浮かべ、しかし烈火の如く顔を真っ赤にした翠星石がいた。 「何て事を・・・・しやがったですかぁっ!!」「何で怒るんだい?」「頼まれてもないこと勝手にするんじゃねぇです!ジュンが傷付くじゃないですかぁ・・」「翠星石・・・・」「もう・・・もう・・・・」そう言って翠星石は玄関のドアを開ける。「どこに行くの?」「・・一人になりたいです。」 ガチャン。 「翠星石・・君はそこまで・・」 翠星石がやって来たのは、近くの砂浜の端の方にある緑地公園。今はすっかり荒んで、ただの防砂林となっている。その公園を一番奥までいったところの深い茂みをさらに行ったところに開けた場所があり、小さな砂浜がある。そこからはビーチが一望でき、ビーチの一番向かい側にある小高い丘に聳え立つ灯台も見える。ここは翠星石が見つけた穴場で、二人のお気に入りのデートスポットだった。喧嘩した時は翠星石がいつもここに来て、暫くしてジュンが迎えに来る、といった塩梅であった。翠星石は、傍の木に腰掛けた。風がとても強く、彼女の長い髪を無造作に乱す。彼女はそれを直そうとしなかった。ただただ座っているだけだった。「─────やっぱり、来ないですか。」 もう、涙は枯れていた。。──────気がついたら朝だった。家に帰ると、置き手紙があった。もう帰ります。今日はゴメン。蒼星石一嵐過ぎたにしては異常なほど海は静かだった。波は立っていなかった。
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