第百十五話 JUMとべジータ
「一つ屋根の下 第百十五話 JUMとべジータ」
「JUM、少し話があるんだが。」放課後。べジータがいつになく神妙な顔つきで僕の席にやって来た。「あん?何だよ、聞くから話せよ。」「いや、出来れば人気が無いところがいい……そうだな、校舎裏なんてどうだ?」「別にいいけどさ。一体何だよ、全く……」僕はべジータに促されて鞄を持って席を立つ。そんな時、薔薇姉ちゃんがやって来た。「JUM、一緒に帰ろう……」「ああ、御免薔薇姉ちゃん。何かべジータの奴が校舎裏で話があるって言うからさ。先に帰っててよ。」「……べジータ……校舎裏……話……だ、駄目!JUMが汚れちゃう!!」薔薇姉ちゃんが僕の腕をしっかりと掴んでホールドする。「いや、意味分からないよ薔薇姉ちゃん。」「だって……べジータはきっと梅岡に感化されて……JUMもきっと……掘られる……」ないから。ありえないから。この世が滅んでもありえないからさ。「薔薇嬢、すまないな。大事な話なんだ……少しJUMを借りるぞ。」「う~……絶対JUMに手は出さない?」いや、その質問どうかと思いますよ?出されても僕は困るし。「………………」何故そこでお前も黙るんだべジータ。何だか着いて行く気が一気にダウンしたよ。「いいよ、何かあったら姉ちゃん達呼ぶしさ。大体、薔薇姉ちゃんもそんな想像しなきゃいいんだって。」「だって……こんな名言があるんだよ……『ホモが嫌いな女子なんて(略)』」僕は何やら血迷った熱弁を振るう薔薇姉ちゃんをスルーして、ベジータと一緒に校舎裏に向かうのだった。
さて、ここは校舎裏。これで一緒に居る相手が暑苦しいM字ハゲのべジータじゃなくって可愛らしい女の子ならば涎が出そうなほどの美味しい場面ではあるんだけどね。ああ、姉ちゃん達に露見したら地獄か。「んで?話って何だよ。まさか、本当に告白とかじゃないよな?」「違うわ!俺はいつだって蒼嬢一筋だ!!っと、そんな事はどうでもいいんだ。JUM、実はだな……俺、どうやら転校しないといけないみたいなんだ。」「ふぅん、転校ね……って、転校だって!?マジか?いつなんだ?」あまりの衝撃的な言葉に僕は少し気が動転する。そんな話、本当に初めて聞いたぞ。「ああ、多分な。昨日親父とお袋が話してたのをチラッと聞いたんだ。完全に聞いた訳ではないが、明日俺を連れて引越しに行くっ話を聞いたんだ。多分親父の田舎の佐伊屋に帰るんだろうな。」「そんな……お前だけ今の家に残ったり出来ないのか?」「無理だろうな。なんせ、急な引越しだ……俺に未練を残さないように今日にでも帰ったら宣告するつもりなんだろうよ。だが、チラッとだが聞けてよかったぜ。」理不尽な話だ。でも……普通は子供は親に着いて行く。僕達みたいに、子供だけで暮らしてる家なんて極めて稀に決まってるんだ。それでも、あまりに急すぎるんじゃないだろうか。「そうか……僕が何か言っても無駄だから言わないよ。でもさ……寂しくなるな。」僕にとってべジータは、正直なところかけがえの無い友人だ。そりゃあアホで、暑苦しくて、エロスだけど……僕が困ってる時には助けてくれたし。小学生時代、裁縫の趣味で苛められてる時もコイツが助けてくれた。直接言うのは恥ずかしいけど……僕とってベジータは間違いなく親友と呼べる存在なんだ。「ああ、俺もお前だけには言っておきたくてな。それに……やり残した事もある。」ベジータはそう言うと、何故か制服を脱ぎだし上半身裸になった。脳味噌まで筋肉だと知っていたけど、その鋼の筋肉を纏った体は、並みの奴じゃあ太刀打ちできないだろう。「な、何で脱ぐんだよ!?ま、まさか本当に……!?」僕はゆっくり後退する。逃げ切れる自信はないけど、せめて誰かに会えれば……いつでも退却する準備をしてベジータの言葉を待つ。そこで僕は、べジータが薔薇姉ちゃんに『手は出さないよね?』の質問に沈黙した意味を知る。「JUM……かかって来い。勝負だ。」
「はぁ?何で僕がお前と殴りあわないといけないんだよ。」「問答無用だ……行くぞ!!」ファイティングポーズをとったべジータが、一気にステップで僕との距離を詰める。そしてそのまま流れるように僕の腹部に強烈なパンチを見舞った。鉄球でも当てられたような衝撃が響く。「ぐふっ……」続けて僕の胸部に左、右のワンツーパンチ。フワッと浮いたと思えば強烈な蹴りを放ってきた。「うあっ!!……ってぇ……何するん……だよ……」「立て、JUM。俺はお前を友と思っている。だが、強敵と書いて友と読む……お前は友でありながら俺の最大のライバルなんだ。だから、俺はお前に勝って引っ越す!!」フラフラと立ち上がった僕の胸倉を掴んで背中から地面に叩きつける。その衝撃で一瞬呼吸が止まる。「JUM、お前は弱い……お前はいつも誰かに守ってもらってるんだ……それは俺じゃなくお前の姉上方だ……だが、いつまでもそれでいいのか?男なら、彼女達を守ってみせる力くらい持て!!」一体何を言ってるんだろう、コイツは。僕も痛みでロクに思考が働いてないみたいだ。「お前のような軟弱者に蒼嬢を任せることはできん!!貴様をここで潰して蒼嬢も一緒に連れて行かせて貰おうか?それが嫌なら俺を倒してみやがれ!!」倒す?僕がべジータを?そんなの無理に決まってる。ああ、もう寝ておきたい。ダウンしちまえばコイツだって諦めるだろう。蒼姉ちゃんを連れて行く?そんなの出来るわけ無い。だから、僕はもう倒れてしまえばいいんだよ。でも……僕は頭ではそんな事考えても、もっと本質。体は、心は、それに反するように……「そうだ、立てJUM。男はな、誰かを守るために戦わないといけない時がある。その時にお前が弱くてはお前の大切な人は守れないぞ。それでいいのか?」五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い!!姉ちゃん達は強いんだよ……僕なんかよりもきっと。なのに、なんで……何で僕の体は立ち上がるんだろう。「愛する女も守れなくて、それで男かぁああああ!!!!」「うわあああああああああああああああああ!!!!」僕はべジータの言葉に反発するように右手を突き出す。体はボロボロ、全身痛すぎる。それでも……僕の拳はべジータの顎を捉えた。でも、その次の瞬間。僕の意識は一気に吹っ飛んだ……
「よう、目が覚めたか?」次に僕が目を覚ましたのはすでに、空が夕焼け色になった後だった。「ってて……僕は……負けたのか?」「ああ。だが、最後のパンチ。あれはいいパンチだったぜ……あの気持ちがあれば、何があってもお前は姉上方を守る事ができる。俺が言うんだから、間違いないぜ。」僕は全身の力を振り絞って立ち上がる。くそっ、本気で殴りやがって……全身ボロボロだ。でも、去り行くコイツの思いは、願いは……確かに受け取った。この僕の体で。「また、帰って来いよな。大学、アリス大学受けろよ。そうすれば、お前はまたこの街に帰ってこれるだろ?また蒼姉ちゃんにも会える。」「簡単に言ってくれるな。俺はそこまで成績よくないぜ?」「体育学部にでも入ればいいだろ?完全にお前向きだ。」僕とべジータはハハハッと笑いあう。多分、もう僕達にはそんなに時間は残されていない。「じゃあ、俺そろそろ帰るわ。多分、準備とかもあるだろうからよ。」べジータは鞄を持って僕に背を向けて歩き出す。こんな時、なんて言えばいいんだろう。「ああ、そうだJUM……」べジータは一度振り返る。そしてこう言った。「友として、とりあえず最後の約束だ。蒼嬢はお前に任せる……だから、何があっても離すんじゃねぇぞ。もし蒼嬢を悲しませたりしたら俺はまたお前を殴りに来るからよ。いや、蒼嬢だけじゃねえ。お前にとって一番大切な姉上方を絶対に守るんだぜ?今のお前になら出来るからよ。」べジータはそう言うと、夕日をその大きな背中に背負って再び歩き出す。「べジータ!!」僕は痛む体を押さえて叫ぶ。ただべジータは振り向かずに足を止める。「僕とお前は、いつまでも離れてても……友達だからな!!」ベジータは、肩で笑うと同じように叫んだ。「ああ、当然だ!そして、俺達は強敵と書いて友と読む……頑張れよJUM……お前がナンバー1だ!」
翌日……べジータは矢張り席には居なかった。居る訳ない……だって、アイツは引っ越したんだから……「べジータが休みなんて珍しい……馬鹿でも風邪ひくんだね……」違うんだよ、薔薇姉ちゃん。でも、僕は何も言わない。それがべジータと交わした約束でもある。
さらに翌日。僕は教室に入る。空席のはずの僕の前の席……そこには、暑苦しい筋肉ダルマにM字ハゲことべジータが座っていた。「ベ、べジータ!?おまえ……」「ふっ、帰ってきたぜJUM。やっぱりお前だけじゃあ心配だからよ。」フッと格好付けるべジータ。でも、そんな事どうでもいい。僕は正直……嬉しかった。素直に再会を喜んでいた矢先の事。登校した薔薇姉ちゃんがさらに衝撃的な一言を言った。「あ、べジータ……昨日サボりでしょ?ミツ○シの中の高級レストランにいるの……見たよ……」何だって?べジータはその言葉に明らかに苦笑いをしている。さて、説明してもらおうか?「いや、実はな。親父が取引先の人にミツ○シの中の高級レストランの招待券を貰ってだな。俺を連れてミツ○シに行く……っと言う事で……ぐはぁ!!」引越しとミツ○シ……似てなくはないが、とりあえず僕はベジータの顔面をグーで殴る。仕返しだね、これは。「いってぇー!何しやがるんだJUM!」「うるせーうるせーうるせー!全く、心配させやがって。」ギャーギャーと言い争う僕とべジータ。そんな僕達を見ながら薔薇姉ちゃんは言う。「……何だか二人とも嬉しそう……JUMもべジータも……アッチの方行ったら駄目だよ?」まぁ、いいか。とりあえず今日は親友の帰還を素直に喜ぼう。END
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