『冷えた紅茶』 第一話
ジャンク。私の呼吸は早まり、心臓はドクンドクンと重い音を叩きだす。「あら?貴女、泣いているの?」私は無言で首を横に振る。「うずくまって、胸を押さえて、顔はくずれて…まさにジャンクね」私は鉄の味がする程唇を噛みしめ、ほのかに暖かい床を見つめて、じっとその言葉に耐える。「私は…ジャンクなんかじゃない」しゃがれた喉から確認するように呟く。そう、私は―あの人のような―ジャンクなんかじゃない。「ふふっ、笑わせないで頂戴。水銀燈、貴女があの夜…」「言わないでぇ!!」部屋に静寂が訪れる。「違う…私は悪くない!悪くないのよぉ…」「……!」「ねぇ…真紅ぅ…また、あの頃のように…二人で仲良く暮らしていけないの…?」拭っても拭っても、大粒の涙がボロボロと私の頬をつたった。するとしばらく沈黙を保っていた真紅は、唇を剥き、食いしばった歯の隙間からひねり出すように言った。「悪くない…?あの頃のように…?貴女じゃない…水銀燈…貴女が、私の想いを、踏み躙った。」「しんくぅ…」「私の…想いを…」真紅の視線は、既に冷えきった床に向けられていた。「出ていきなさい!このッ……ジャンク!!!」外は雨が降っていた。だけど私はかまわず外に飛び出した。この冷えた床より、冷たい雨はないだろうから。
真紅のマンションを飛び出てから雨に打たれっぱなしの私は、指先の感覚が薄れてきた。いや、薄れてきたのは私の…寒い――体も、心も。ふと、自販機を見つけた。暖かい物でも飲んで、暖を取ろう。だが、近寄った所で気づく。「…お金がない…」私は置いてきたのだ。あの家に。財布も。傘も。コートも。携帯も。安らぎも。温もりも。帰る場所も。楽しかった日々も。私を想ってくれていた、親友も。全て置き去りにしてきたのだ。 「これからどうしよう…」私に残されたものは、絶望と孤独。そして、親友だった人との間にできた大きなわだかまりだけだ。視界の隅に、自販機の上方に設置してある時計がある。時刻は…10時45分。夜は、まだ長い。もういい。もう、何も考えられない。考えたくない。私は地べたに座り込み、瞼を閉じた。「……水銀燈?」何よ。放っておいて。「何やってんだこんな所でびしょ濡れになって!」ぐい、と凍てついた左手を引き寄せられる。体に力すら入れたくない私は、そのまま体を預ける形となった。その瞬間、理解した。瞼を開かずとも。忘れもしない、この匂い…ジュンだ。
反射的に、私はジュンから離れる。「一体どうしたんだよ…?」「かまわないで…」「かまわないでいられるか!とにかくうちに来い。そのままじゃ風邪ひくぞ」つかのま、私はジュンの目を見据える。そして、思わず叫んでしまう。「嫌ぁっ!」彼は、まるで平手打ちをくらったように瞬きをしている。「……」彼の表情が曇る。しかしこれは、どこか安心したかのような表情な気がした。「そういうなよ。これ飲んで落ち着いてくれ」手渡してきたのは、暖かい――紅茶だった。様々な感情が込み上げ、今にも破裂しそうになる。でも、泣いちゃダメだ。今ここで泣いてしまったら―優しく振る舞う彼の胸の中で泣いてしまったら―全てが…終わってしまう。私の淡い期待を打ち砕いて。「あれ?水銀燈?どうしたの?こんなとこで…」いるはずのない、声だった。「え…めぐ…?めぐなの…?どうして、ここ…」その言葉を言い切るか言い切らないか。私のたまりにたまった感情は爆発した。「めぐ!めぐぅ!!うわぁぁぁぁん!!めぐぅ……!!うぁぁぁぁっ…」生きてきた中で、一番激しく、そして悲しい涙。今、私はこの暖かな胸の中で泣く事しかできなかった。そして彼女になら全て話せる。そう思った。つづく
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