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「僕の力……あの鋏の事?」「そう。薔薇乙女第五番が真紅の知る限り、あのアーティーファクトの名前は『レンピカ』 効果は単純明快、『切れないモノを挟み切る』 ―― 『世界樹』に最も近い二つの秘宝の片割れであり、 唯一その枝から『知恵の実』と『生命の実』を切り離せる権限を行使出来る、私達の希望よ」「僕達の目的は、その『生命の実』を手に入れる事なんだ。 だから蒼星石が、真紅から聞いていたレンピカの使い手だって知って、その、嬉しくてつい……」「昨日の不埒な真似に及んでしまったのよ。叩いていいのだわ蒼星石、なんなら私が代わりに……」「お前はもう殴っただろう!? 切り傷刺し傷と違って、ああいう傷痕は糸でも治り難いんだからな!」あ、涙目だ。傍目から見ていても思わず感動を覚えるくらいの見事なストレートだったもんなぁ。対して真紅は素知らぬ顔だ。うん、良い意味でふてぶてしい。翠星石といい、見習いたい部分である。「と……そんな訳で、昨日はごめんな蒼星石、許してくれ」「うん。変な理由でされたんじゃないって事は分かったから」「よ、良かった。これが原因で協力拒まれたらどうしようかと思った……」僕の言葉に、ほっと胸を撫で下ろすジュン君。思ってたよりも話し易いなぁ、イメージなんて当てにならないものだ。でもこれなら……聞けるかもしれないな、うん。「あの……それでさ、話を中断してしまうんだけど、二人に尋ねたい事があるんだ」「尋ねたい事……? なにかしら?」「差し支えなかったら教えてくれればいいんだけど、 昨日、ジュン君に抱き締められた時にね、耳元で聞こえたんだ、『かしわば』って呟きが。 もしかして、君達の目的に何か関係しているんじゃないかって思ったんだけど……」そこまで言ってから初めて―――― 信じて貰えないかもしれないけど初めて気付いた。かしわば=柏葉の方程式に……そうだよ! かしわばって聞き覚えがあると思ったら、柏葉さんだ!
もう言うまでもなく、一人勝手に大混乱。しまった、折角の良好な雰囲気で、颯爽とジョーカーを引いてしまった!病院で看護士さんが話してくれた事を思い返せば、それも最悪の札、キング・オブ・ジョーカー!僕の推測上、二人が最も触れて欲しくないであろう話題暫定第一位! バッドラックとダンスった!これには頭を抱えて蹲るしかない。というか上二行! 僕のキャラが崩壊してるから!「ジュン、そうなの?」「……そういえば呟いていたかも。でもそれなら話は早いな」そうね、と真紅も頷く。だからごめんなさいごめんなさいごめんなさ―――― あれ?「そう、貴女の予想通りよ、蒼星石。 私達が『生命の実』を欲しがっているのは、柏葉巴、私達の友人を助ける為なの」「柏葉はもう長く昏睡状態ってやつでさ、目覚めさせる為に『生命の実』が欲しいんだよ。 あ、話が重くなったか。本当、気が利かなくて悪いな」「ジュン……」「それに端折り過ぎだって言いたいんだろ? だけど難しく言っても仕方ないって、こんな事情を」……随分あっさりと明かされました。過去を覗いてしまった事を悔やんでいた自分を、ホームランボールにでもするかのように景気良く。「……ほら、困惑しているじゃないの。貴方は順序だてて説明するやり方を覚えるべきなのだわ」「だとしても言わなくちゃいけない事は変わらな―― 痛っ、 おい、いい加減に金髪のサイドウィップは止めてくれ。癖に、じゃない、痣になる」こんな時、どんな顔をすればいいのか分からない……そんな僕の反応を間違って読む二人。NGワード第一位どころか、そもそも番外だったみたいだ。これは良かったのか悪かったのか。もうこれだけで複雑な心境だった僕に、しかし二人は更なる衝撃をもたらす事実を明かしてくれた。
「うんとな、あれだよ、僕達が雛苺と一緒に病院にいたのも、その関係」ああ、うん、今なら結び付くよ。あの時お見舞いしていた柏葉巴さんの為に戦っていたんだね……って!?「ちょっと待って……病院って……い、一体何の事を言っているのかな?」「あれは下手な尾行だったのだわ。しかも看護士さんという痕跡まで丁寧に残しているなんてね」「僕達が気付いた時はスルーしようと思ったんだけど、雛苺にまでばれるんだもんなぁ。 もしかして突っ込み待ちなのかと……でも、その様子だと違ったみたいだな」……うわー! うわー! 僕の馬鹿! 間抜け! 頓馬! お約束!二人の顔を正視出来ない。まさか雛苺にも見つかるなんて、もう情けないやら恥ずかしいやら……。「……と、とにかく、その『生命の実』っていうのには、巴さんを治す効果があるんだね」「巴を治すだけではなく、命という概念に対してあらゆる奇跡を発揮する、らしいのだわ。 唯一できない事は命そのものの代替のみ……私も知識だけでしか把握していないのだけど」「それでも、僕達の目的は柏葉を起こしたい、それだけなんだ。別に悪用したい訳じゃない」なるほど……理由としては納得のいく話だ。架空の物語でならありふれた話だろうけど、だからこそ違和感も感じずに呑み込めるし、彼らの言葉を疑うにしても、看護士さんから聞いた巴さんの容態といい、状況証拠なら揃っている。「さっきも言っただろう? 何より、君達の言葉なら信じられるよ」「そ、そうか。ありがとう……」あれ? 困った顔をされた。どうしてだろう、また不味い事でもしてしまったのかな。「……蒼星石、さっきの、僕が戦いを回避しようとしていた話だけど、あれは……」
「―― ジュン、貴方もさっき私に注意したけど、話が長くなっているのだわ。 とりあえず今の段階でなら蒼星石は私達に友好的よ。すぐにまた話す機会もあるでしょう」「…………」「蒼星石、『生命の実』が欲しい私達が、どうして貴女達と戦う事になったのか、 その訳についてはまた今度、という事でいいかしら。今のジュンの話も、それに関わる事なの」彼が言いかけた事、気にはなるけど、真紅の言葉に異論は無い。この調子なら聞けるのもすぐだろう。それに今日は、色々な事(主に自分の失態)を知って疲れたし。「今は、君達は友人の為に戦っている、それだけが分かっていれば問題ないよ。 でも、そうだね、それがどうして薔薇乙女同士で戦う事になったのかは、早めに知っておきたいかな」「ありがとう。なら後は、日課を済ませて解散にするのだわ」「分かった。でも蒼星石はどうするんだ?」「今日は見学させましょう。それが日課の説明にもなるでしょうし」二人は暗黙の了解の内に、僕から離れて対峙する。なんとなく、これから行なわれる事について予想がついた。組手か。「それで、貴女の方はどうするの。隻腕では、昨日までのようにはいかないでしょう?」「一度、本気で来てくれ。今までとどれだけ違うのか、早く確かめておきたいし」真紅はこくりと頷くと、腰の横に拳を構えて、次の瞬間、疾風のように突撃して――――ジュン君は、ダンプにでも轢かれたように、舞った。今まで見たどの攻撃よりも大きく、吹き飛んだ。僕の鋏よりも、真紅の突っ込みよりも、ずっと、遥かに、桁の違う勢いで、視界から消え去った。身体が固まる。遅れて震えも訪れる。言葉の発し方も思い出せない。それだけ真紅の一撃は、僕の戦意を根こそぎ喪失させるほど、圧倒的な迫力を持ったものだった。「手加減はしなかったのだわ、貴方の望み通りのものよ。どうだったの?」
「…………70%ってところかな。でも、あれぐらいの傷を負った次の日ならこんなもんだろ。 出せる全長は減ったけど、強度に関しては変わらずと考えていいと思う。大丈夫、いけるよ」衝撃で舞い上がった砂煙の中から、ジュン君のピンピンした声が聞こえる。信じられない。彼の姿を遮っていたものが晴れると、最初に目に付いたのは光の糸、もっとも今は、とぐろを巻いて円状になっている。あれが盾の役割をしたのだろうか。何にせよ突然の出来事だったので、二人が衝突する瞬間に何が起きていたのか確信が持てない。「強度の問題だけ? 貴方の反応も遅れを取っていたのだわ。やっぱり昨日の疲れは大きいようね」「それは否定できないかもしれない。……ごめん、今日は様子見で軽く」「ええ」「ありがとう」―― 突風。思わず目を瞑りかけたが、真紅から発生した異常に、吹き荒ぶそれも気にならなくなる。薔薇の花弁が、彼女の周囲で渦を巻いていた……もしかしてこれが、彼女の力なのか?「それでは―― お手合わせ願います、親愛なる主」「何処からでもいらっしゃい―― 忠実なる下僕」先に仕掛けたのはジュン君、光の糸は蛇のように地面を這う、大地を削り、怒涛の如き勢いで。その向かう先は当然真紅―― 彼女は跳ねる、上に。確かにあそこならあの攻撃は通じないけど――そう思ったのも束の間、波を真似た上下への蛇行から、糸は唐突に軌道を変えて、一直線に空の彼女を襲った。無理だ、その流星を思わせる速度に加えて、真紅も空中ではどうやったって避けられない――――だけど彼女は、なんと集まった薔薇の花弁を足場に、二度目の跳躍を果たした。彼女の体が行く先にはジュン君が居る。真紅の回避は、既に攻撃へと転じていた。その速さ、先程と何ら変わらずやはり疾風―――― 怒涛に対し疾風、疾風怒濤の如き両者の鬩ぎ合い。そして、落雷そのままの轟音と共に激突した二人を見て、僕はここに居る理由を忘れ始めていた……。
「……今日はこの位にしておくのだわ」「お手数をお掛け致しまして、感謝の極みであります、我が主」「これより先も、弛まぬ修練を以って、私への忠誠の証としなさい」「はっ」あれから三時間……二人は全く休まずに、運動の域を超えた動きを僕に披露し続けてくれた。……きっとあれだ、軽く、なんて言ってたのは嘘だ。これしきで逃げないか、僕を試す為なんだ。実は二人とも本気なんでしょう? ははは、やだなぁ、少しは信用してよ。冗談でしょうこんなの。「悪い、退屈だっただろう? 格好悪いけど、本調子になるまでは勘弁してくれ。もっとマシな動きになると思う」凄く真剣な顔で謝られてます。残念ながら冗談じゃありませんでした。に、逃げないよ、ここまで来て逃げたりはしないけどね……これからは何かに取り組む際にも、もっと事情を詳しく知ってからにしようと反省しました。今の僕の生き方を全うしていたら、遠からず命が足りなくなるや。うん、翠星石からも、『頼まれ事をほいほい引き受けるな』ってよく怒られるし。痛感したよ。「ジュン。貴方は勘違いしているのだわ」「え、どういう事だ?」「蒼星石、恐れる事は無いわ。貴女の意識が畏怖を覚えても、その身体は既にこの領域を知っている。 私達の日課に混じれば、すぐに同等の動きができるようになるのだわ。少なくともジュン以上には」私に並ぶのはそう簡単じゃないでしょうけどね。真紅は誇らしげにそう締めた。それにジュン君は乾いた笑いを返しているが、しかし今は、真紅の自信に疑いの余地を持てない。それ以前に僕としては、ジュン君の動きにだって追いつけそうになかった。どちらにしても人外魔境だ。当初の意気込みは何処へやら、果たして僕は、この戦いを生き残る事が出来るのだろうか……?
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