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【Calling you―水銀燈―】」(2006/05/15 (月) 20:48:29) の最新版変更点

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「あの、蒼星石」<br> 「ん、何も言わなくていい、翠星石」<br> 「えへへー……♪」<br> 「でも、蒼星石」<br> 「いや、ここはあえて何も言わずにいよう、翠星石」<br> 「えっへへー♪ えへ、えへへへー♪」<br> 「――薔薇水晶、どうにかしてくれないかな。思わず鋏を振り回しそうなんだ」<br> 「らじゃ」<br> 「……う? え、ちょ、薔薇水晶、何を、」<br> 「っていうか、私が寝てる間に何があったー!?」<br> 「教えてあげないもんねー、あっかんべー!」<br> 「き、雪華綺晶のバカー!」<br>  …………。<br> 「えっと、改めて見ると、結構異様な光景だよね」<br> 「そうですねぇ。鏡に向かって会話するというのも、事情を知らない人が見たら、アレな人にしか見えないでしょうし」<br> 「え? 雪華綺晶たちは、アレでアレな性格してるのー」<br> 「気になってたんだけど、雛苺、君はいつからそんな性格になったんだい?」<br> 「……ふ、昔の、話なの」<br> 「いや、別に聞きたくはないけどね」<br> 「あー、それより、実況しなくていいのかしらー?」<br> 「ん、実況って言っても、ねえ?」<br> 「そうですね。まったく、さっきから変わってません」<br> 「変わってないって、どういう意味で? また、メーター突破ーみたいな?」<br> 「ううん、違う。ジュン君、ずーっと、穏やかなままだよ」<br> <br>  ――言ってしまえば、それが、彼と水銀燈の関係だったに違いない。<br> <br> <dl> <dd>【Calling you―水銀燈―】<br> <br> 「んー……」<br> 「んー……」<br> 「……ねー、水銀燈」<br> 「……んー? なぁに、ジュン」<br> 「いいの、これで?」<br> 「いいのよ、これで」<br>  水銀燈は一言しか言わなかった。――ただ、そばに居て欲しい、と、一言。<br> 「だって、一緒にだらしなく寝そべって、手を繋いで、まどろみみたいな、心地いい気だるさを感じている。ほら、これって、結構幸せよぅ?」<br> 「ああ、うん、それは、そうかな」<br> 「でしょう? だから、これでいいのよ、……きっと、ね」<br>  そう言いながら、水銀燈は繋いだ手を、少しだけ強く握る。それだけで、心がぽかぽかと温かくなる気がした。<br>  これは、そう。あるべきだったはずの過去の履行なのかもしれない。結局ありえなかったことだけど。でも、あるべきはずでは、あった。<br>  だって、あってはいけない今でさえ、こんなにも幸せなんだから。<br> 「ジュンは、私のこと好き?」<br> 「好きだよ」<br> 「薔薇水晶たちよりも?」<br> 「うん、あの二人よりも」<br> 「……あーあ。その言葉が、額面通りの言葉なら、よかったわねぇ」<br>  苦笑しながら、言う。二人は、別に説明する必要なんてないくらい、お互いの気持ちも、そしてそれがどうしようもないことも、理解していた。<br>  きっと、ジュンが誰よりも好きなのは水銀燈で、ジュンが誰よりも愛し、そして必要としたのは、薔薇水晶たちで。<br> 「もしもの話をしていい?」<br> 「ダメ」<br> 「ジュンは、いじわるになったわぁ」<br> 「だって、きっと、僕は泣いてしまうから」<br> 「ああ、そうね。……本当に、そう」<br>  もしもの話。例えば、どこか一つでも、歯車が壊れていなかったら。本来、二人で歩むべき道を、歩むことが出来ていたのなら。<br>  考えたくなかった。だけど、考えてしまう。それが、あまりに明確に想像できて。本当にあったことのようにすら、想えて。<br>  だから、ジュンは薔薇水晶たちのことを想い、水銀燈は自分の胸が張り裂けそうになるから、もしもの話は、やめた。<br> <br> 「何でこんなことしてるのかしらねぇ、私たち」<br> 「いや、それは悪ノリしたの、二人だし」<br> 「……ん、まあ、結構本気で、奪ってやろうかなぁとは、思っているんだけど、ね」<br> 「でも、皆が傷つくから、しないんだろう?」<br> 「そんな、私のことを理解しているジュンなんか、大嫌いよ」<br>  そう。きっと、水銀燈が心から求めれば、ジュンは、納得できなくて、心の底から同意できなくても、もしかしたら、水銀燈を選ぶかもしれない。<br>  また、もしかしたら。でも、この二人にとっての“もしかしたら”は、本当に、起こりえてしまう“もしかしたら”だったから。<br>  それは、きっと今のように皆で居ることはできないだろう。皆がバラバラになって、その中で、二人は二人だけで居るのだ。<br>  想像するだけで、顔がにやける。きっと幸せで幸せで――、他の皆のことすらきっと忘れてしまう、許されざる幸せ。<br> 「私たち、前世か何かで悪いことしたのかしらね?」<br> 「運命なんか信じてないけどね」<br> 「それは嘘よ。薔薇水晶たちに、運命を感じなかった?」<br> 「それ、は、」<br> 「感じた、でしょう? じゃなきゃ、私のこと、選ばないはずないものねぇ……」<br>  これは、水銀燈の負け惜しみ。自分は運命に負けた。だから、ジュンの好きなのは、自分。一番大事じゃないとしても、ジュンの一番好きな人は、自分。<br>  二人は、誰よりも二人であることが似合うのに、二人は、二人で居るとあちまち悲劇になる。<br>  水銀燈が、そんな数奇で最悪な運命を嫌いになってしまうのは、しょうがないことだろう。<br>  ――なら、運命、という言葉を使うべき関係は、いったい誰と誰の関係なのだろうか。<br> 「ジュン、私のこと好き?」<br> 「それ、多分一分ごとには聞いてるよ」<br> 「本当なら、一秒ごとにだって聞きたいわぁ」<br> 「聞けばいいのに」<br> 「いやよぅ。一分ごとに好きって一回聞いて、一分間のうちにキスを十回してもらった方がいいもの」<br> 「……ああ、道理だ。確かに、そっちのほうが、いいね」<br> 「でしょう? 流石はジュンよね、話がわかるわぁ」<br>  二人で、笑いあう。こんな日を、二人は過ごしたいと想っていた。穏やかに過ごすとき。別になにもしなくてもいい日。<br>  もちろん、彼らの日常の、騒がしい日々だって、二人は好きだった。彼らの想い出なのだから、嫌いなはずもなかった。<br>  だけどきっと、この安心できる、穏やかな時間は、きっと、“そういう関係”の中でしか感じることが出来ないと理解していたから。<br> 「だから、今嬉しいのかしらねぇ」<br> 「それは、違うと思う」<br> <br></dd> <dd>「なら、どうなの?」<br> 「僕は、水銀燈と居ることが出来れば、嬉しい」<br> 「……ジュンなんか、大嫌い」<br>  とても嬉しそうに、水銀燈が言った。<br> 「水銀燈は?」<br> 「私? 私は、複雑よぅ。だって――きっと最後だもの、こういうこと、出来るの」<br> 「…………」<br> 「最初で最後ってわかってるのに、それなのに、こんなに幸せなんて、どうかしてるわぁ……。まったく、ズルイのよ、ジュンは」<br>  切なかった。恋しくて恋しくて、張り裂けるまで声を投げかけたい。振り向いてくれるまで、名前を呼び続けたかった。<br>  でも、それは出来ない。だって、きっと、ジュンは困ったように笑って、それで、自分を、慰めて、受け入れてくれるに決まっていたから。<br>  いつまでも、どんな時も、自分の味方で居てくれるに、決まっているから。<br> 「……それでも、僕は君が好きだ」<br> 「そうね、今ジュンに謝られたら、きっと私、壊れてたわ」<br> 「ん。……うん」<br> 「ねえ、ジュン、やっぱり、もしもの話、していい?」<br> 「え?」<br> 「例えば、これから先、きっとないと思うけど、私がジュン以外の誰かを好きになったとき――。<br>  想像も出来ないけど、その人は私のことをきっと大切にしてくれる。ジュンよりは、してくれないだろうけど、でも、そこそこはしてくれる。<br>  それは世間一般程度には幸せで、きっと私も、そこそこ幸せになれるの。その人に笑いかけて、悪くないな、って思うの」<br> 「うん」<br> 「だけど、だけどね? きっと、その人が私に触れるたび、その人が私にキスをするたび、その人が、私を抱くたびに、<br> <br>  ――私は、ジュンの名前を、心の中で叫ぶわ。<br> <br>  きっと、思い出してしまう。どれだけ素敵な人で、どれだけ、私がその人を受け入れようとしても。きっと、忘れられない」<br> 「ああ。すごく、安心した」<br>  ジュンは、自然に言っていた。普通に考えれば、罪悪を感じるところかもしれないのに。<br>  でも、それが二人の望むことだった。どちらも、本当は罪悪を感じ、後悔をし、もしもの話を、本当にしたい。<br>  だけど、それは出来ないから。出来ないけれど、でも、二人は二人のことが、一番好きだと、誓っておきたかった。<br> <br></dd> <dd> 「僕も、そう。きっと、薔薇水晶たちと居ても、例えば、初めて水銀燈とキスした公園に行けば、きっと薔薇水晶たちを、一瞬忘れる」<br> 「そうね。あの二人で寄り添って見た星空も」<br> 「二人で見惚れた夕暮れ時の海岸も」<br> 「雪の降る中、決して離れないようにと祈りながら繋いだ手も」<br> 「全て全て、想い出してしまうかもしれない」<br>  でも。それは、どうしたって、昔の、過ぎ去った、ことで。<br> 「忘れることができない。だけど、きっと違う想い出が、僕の心の中に出来る」<br> 「そうね。そしてそれはきっと、私との想い出よりも大事なものになる」<br> 「比べられない、よ」<br> 「いいえ。ダメよぅ、そんなんじゃ。これで、最後なんだから――だから、ほら。私を、安心、させて?」<br>  本当に安心するのは、その両腕で抱きしめてもらって、ただただ守ってもらえてる、という実感を持つことだけど。<br> 「だけど、それはあの子たちに譲るわ」<br>  その言葉は、優しくて。その眼差しも、優しくて。そして、水銀燈は、優しくて。ジュンは、だから好きになったんだ、と、今、わかった。<br> 「水銀燈」<br> 「なぁに?」<br> 「好きだよ」<br> 「知ってるわ。恋人よりも、他の女の子のことが、好きなのよね」<br> 「ただの女の子じゃない。幼なじみで、優しくて、きっと、僕のことを一番わかってくれていて」<br> 「そうね。でもいずれ、それは私だけじゃなくなっちゃう」<br> 「つらいよ、水銀燈」<br> 「私の方がつらいわよ」<br> 「うん。だけど、……つらい」<br>  弱い心が、決断を鈍らせる。それほどまでに大事で、それほどまでに、好きだから。<br> 「ねえ、ジュン。キスをして、キスをしましょう。一分間に十回キスをして、一分間に一回好きと伝え合いましょう。終わりのときまで、ずっと、そうしましょう」<br> 「一分間に二十回キスにしよう。一分間に、五回は好きと伝え合おう」<br> 「あは、それ、私も、言おうと思っていたところよ――」<br> <br>  そして、二人の唇が、重なった。二人の瞳が濡れていたのは、互いに見ないことにした。<br> <br> <br> 「あ、水銀燈ー。どうだったのかしらー? 何か、すごく穏やかーに、平常だったけど」<br> 「え? そうねぇ」<br>  彼女は、別れの時を、思い出す。<br> 「まあ、一つ言えることは、」<br> 「ふんふん?」<br>  別れの時。ジュンは、言った。<br> 『水銀燈』<br> 『何よぅ』<br> 『僕は、ずっと、今日のこと、忘れないから。今日だけじゃなくて、ずっと、今までのこと、忘れないから……っ』<br> 『――――』<br> 『本当に、ずっと、ずっと、好きだった。ありがとう。本当に、ありがとう、水銀燈』<br> 『あは、バカねぇ、ジュンは。本当に、バカ――』<br> <br>  だから、そんな風に、バカなジュンなんて、<br> <br>  泣かないと決めたのに、泣かせてしまうジュンなんて、<br> <br>  自分で、泣きながら、想いを伝える、バカなジュンなんて――<br> <br> 「――あんなジュンなんて、世界で一番、大嫌い(だいすき)よ」<br> <br>  だから、水銀燈は、ただ、想う。<br> <br> 【どうか、どうか、ジュンが、世界で一番幸せであるように――】<br> <br>  だって。それ自身が、水銀燈の、幸せだから。叶わない恋をして、それでもずっと呼び続けてしまう、彼女の願いだから</dd> </dl>

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