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―睦月の頃 その3―」(2006/05/15 (月) 00:17:03) の最新版変更点

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<p><br>   翠×雛の『マターリ歳時記』<br> <br> ―睦月の頃 その3―  【1月5日  小寒】<br> <br> <br> やけに冷え込む朝だった。<br> まだ冬休み中とは言え、朝の早い祖父母に合わせて朝食を摂るために、<br> 早起きの習慣がついているのだ。<br> 翠星石は寝惚けつつ、枕元で喧しく鳴り続ける目覚まし時計を黙らせるべく、<br> 布団の中から右腕を伸ばした。<br> <br> しかし、一度では時計を捉えられず、二度、三度と腕が宙を彷徨う。<br> 漸くにして目覚まし時計のアラームを切った時には、彼女の右腕は、<br> すっかり冷え切っていた。<br> <br> (んん……なんてぇ寒さですかぁ。起きたくねぇですぅ)<br> <br> ベッドの中に冷えた腕を引っ込めて、もそもそ……と寝返りを打つ。<br> 右腕が体温を取り戻していくにつれて、翠星石は再び、眠気に襲われていた。<br> とろん、と微睡む感じが、どうしようもなく心地よい。<br> 二度寝の誘惑に些かも抗おうとせず、翠星石は緋翠の瞳を閉じた。<br> <br> (……ぬくぬく♪)<br> <br> 根拠と呼べるほどの理由は無いが、なんだか、幸せな夢が見られそう。<br> そんな気分だった。<br> <br> (蒼星石に会えたら……良いな……ですぅ)<br> <br> うとうと、と……。<br> 双子の妹を想いながら、翠星石の心は眠りの世界へと落ちていく。<br> 瞼の裏に、ぼんやりと人影が浮かんできた。<br> 背を向けて立っている、小柄な人物――あれは、誰だろう?<br> 輪郭がハッキリしないが、青系の服を着ている事は判る。<br> <br> (う~ん? もうちょっと、近付いてみるです)<br> <br> 夢の中で、翠星石は歩き始めた。<br> 割と近くに居る筈なのに、人影との距離は一向に縮まらない。<br> もどかしい。逸る気持ちに衝き動かされて、翠星石は走り出した。<br> 徐々に、距離が狭まる。<br> 人影の正体が、さらさらの栗毛をショートカットにした娘だと判ってくると、<br> 翠星石は胸がキュンっとなるのを感じた。<br> <br> (蒼星石っ! 会いたかったですっ。昼も夜も、寝ても醒めても、私は――)<br> <br> 走りながら、腕を伸ばす。<br> あと僅かで、この手が届く。蒼星石の華奢な身体を、包み込んであげられる。<br> そう思っただけで、翠星石の心臓は、はしたないほどに躍動した。<br> <br> 翠星石の指が、蒼星石の肩に触れた。<br> 喜びのあまり、妹の肩を目一杯の握力で掴んでしまった。<br> <br> ――が、蒼星石は何の反応も示さない。「痛いよ」と文句を言いもしない。<br> 不審に思った翠星石は、肩を掴んだ手を放すことなく、妹の前へと回り込んだ。<br> <br> 彼女が、蒼星石だと確信していた人影は――精巧な造りのマネキン人形だった。<br> <br> 「蒼星石ぃっ!」<br> <br> 叫びながら、翠星石は布団を撥ね除けて半身を起こした。<br> 心臓が、早鐘のように脈打っている。耳の奥で、鼓動が聞こえた。<br> <br> 「……酷い夢。それに……酷い妹です」<br> <br> 両手で顔を覆って、翠星石はポツリと呟いた。<br> その囁きは、涙声。<br> <br> 「こんなに私を悲しませるなんて、ホントに酷いヤツですぅ」<br> <br> やるせない気持ちを宥めるように、翠星石は、少しだけ泣いた。<br> <br> <br> 寝覚めは最悪。<br> 洗面所に赴いた翠星石は、心なし腫れぼったい目元を、ぬるま湯で丹念に洗った。<br> こんな事なら、二度寝なんかするんじゃなかったと、僅かに後悔しながら。<br> <br> 暖められた台所に行くと、石油ストーブの臭いと、味噌汁の匂いが渾然一体と<br> なって翠星石の鼻腔を刺激した。<br> <br> 「おはようですぅ」<br> <br> 努めて明るく挨拶した彼女に、祖父は読んでいた新聞をちょっとだけ降ろして、<br> 挨拶を返した。<br> <br> 「おはよう、翠星石。なにか、厭な夢でも見たのかい?」<br> 「なんで、そう思うです?」<br> 「いやなに……ちょっと、不機嫌そうに見えたんでのぉ」<br> <br> 翠星石がムスッとした態度で応じると、祖父はバツ悪そうに顔を伏せ、<br> 新聞に視線を戻した。<br> 世間一般の、年頃の娘を持つ父親とは、こんな感じかも知れない。<br> 日毎に気難しくなっていく娘に、どう対処して良いか判らなくなるのだ。<br> こういう時は、女心の機微が解る分、母親もしくは祖母の方が有利だった。<br> <br> 「おはよう。早くお座りなさいな」<br> <br> 祖母に促されるまま、翠星石は食卓に着き、祖母が装ってくれた味噌汁に口を<br> 付けた。たっぷりのモヤシに卵を落としただけの、簡素な作りだ。<br> <br> 「そうそう、今日はヒナちゃんがお勉強しに来るって言ってたわねえ」<br> 「午後からです。冬休みの宿題を、一緒に済ますですよ」<br> 「おやつは何が良いのかしら?」<br> 「取り敢えず、苺に関連した物なら何でもオッケーですぅ。<br>  あいつは苺に含まれるストロベリノーゼという麻薬物質の中毒患者ですから」<br> 「あらまあ……実は、苺の過食って怖いのねぇ」<br> <br> 勿論、口から出任せで言った事なのだが、祖母はすっかり信じ込んだらしい。<br> 祖母が近所で、こんなガセビアを吹聴して回ったら困りものだけれど、<br> 翠星石は敢えて、放っておくことにした。<br> <br> 「おいしかったぁ。ごちそうさまですぅ」<br> <br> 自分で使った食器を洗い桶に浸して、翠星石は身支度を整える為に、自室に戻った。<br> <br> <br> 午後になり、完全防寒装備の雛苺が柴崎宅を訪れた。<br> もこもこに着膨れた様子は、さながらダルマである。<br> 一目見るなり、翠星石は吹き出し、腹を抱えて笑い転げた。<br> <br> 「もう! いきなり爆笑するなんて失礼なのよー!」<br> <br> 暖房を入れたばかりで、未だヒンヤリとしている翠星石の部屋に入った途端、<br> 雛苺が憤懣を炸裂させた。<br> <br> 「あぁ……済まなかったですぅ。まさか、あんなに丸々と……くくっ」<br> 「あっ! またぁ」<br> 「いやいや、笑ってねぇですよ? 変な言いがかりは止すですぅ」<br> 「……んもぅ。でも、今日はホントに寒いのよ」<br> 「そりゃあ冬だし、暦の上では『小寒』ですからねぇ」<br> <br> 小寒とは、24節気(太陽の黄道を24等分したもの)のひとつ。<br> 冬至の後の15日目を指している。一般に、寒さの厳しい時期とされていた。<br> <br> 「ショウカン?」<br> <br> 聞き慣れない言葉だったのだろう。雛苺は首を傾げた。<br> 翠星石は、いつものように悪ノリして、雛苺に出任せを教えた。<br> <br> 「今日は一年に一度、冬将軍と呼ばれる赤い服を着たジジイがやってきて、<br>  使い魔の雪女を召喚する日なのですぅ」<br> 「う……うょ」<br> 「召喚された雪女は、午前零時に成るまで、夜中に独りぼっちで歩いている娘を<br>  ガッチガチの氷漬けにして回るですよ。ひぃーっひっひっひぃ!」<br> 「……そ、それで、氷漬けにされちゃった人は、どうなるの?」<br> 「冬将軍の保存食になるです。早い話が冷凍食品ですね。頭から痛快丸囓り。<br>  ムシャラムシャラと喰われちまうですぅ」<br> 「あうぅ~。は、早く宿題を片付けちゃうのよ~」<br> <br> 翠星石のヨタ話を信じたらしく、日暮れまでに帰りたいという雛苺の思いが、<br> ひしひしと伝わってきた。<br> <br> 冗談もそこそこに、二人は宿題を始めた。<br> 時に教え合い――英語は雛苺の方が得意だった――どちらか先に終わった方が、<br> 家庭教師役となった。無論、この時ばかりは翠星石もウソを教えたりしない。<br> <br> おやつの時間には、祖母が紅茶と、切り分けた苺のタルトを持ってきてくれた。<br> 翠星石は愉しく語らいながら、雛苺の頬に付いたホイップを指で拭ってあげたり、<br> 何かと彼女の世話を焼いている自分に気付いて、ハッとなった。<br> 今朝は寝覚めが悪くて不機嫌だったのに、今では全く気にならない。<br> 癒されている。妹のような雛苺に、蒼星石の居ない空虚を満たして貰っている。<br> それが、実感できた。<br> <br> 結局、宿題は日暮れまでかかってしまい、翠星石は雪女の影に怯える雛苺を、<br> 自宅まで来る羽目になってしまった。口は災いの元……と言うところか。<br> 雛苺を無事に送り届けて、寒々とした冬の夜空の下を、独り歩く。<br> 低く垂れ込めた雲が、尚のこと気分を消沈させる。<br> 雪でも降りそう……。<br> そう思った矢先、翠星石の鼻先に、白い物が舞い降りてきた。嘘から出た真か。<br> <br> その晩、翠星石は日本より北緯の高い国に居る蒼星石に、電子メールを送った。<br> <br> <br> 【恋人よ、そちらも今日は、雪ですか?】<br> <br> <br></p> <hr> <br> 『保守がわり番外編  勉強の合間に・・・』<br> <br> 「ねえねえ、翠ちゃん。タイトルではマターリって言ってるケド、<br>  ちっともマターリな雰囲気じゃないと、ヒナは思うの」<br> 「それは・・・確かに。しかしです、マターリの定義とは、なんぞや・・・ですぅ」<br> 「ヒナに訊かれても解ら・・・あ! マターリときたら平安貴族でおじゃる、なの!」<br> 「・・・おバカ苺。そこまで退化して、どうするです?<br>  退化の改新とかヌカしたら、ヌッ殺すですよ」<br> 「うょ・・・や、やぁなの~。そんなコト、言うハズないのよー」<br> 「とか言いながら、妙な間が空いたのは何故です? 額には変な汗も・・・」<br> 「ちょっと心肺停止しただけなのー。それより、対策を講じるのっ」<br> 「マターリ・・・う~ん・・・閃いた! 老人の日常生活って、マターリな感じがするですぅ!」<br> 「!? 翠ちゃん、天才なのっ! ノーベル物理化学賞ものなのーっ!」<br> 「そ、そうですかぁ? も・・・もっと褒めやがれですぅ」<br> 「じゃあ早速、翠ちゃんのお爺さんに突撃リポートなのっ」<br> <br> ドドドドドドドド<br> <br> 「おじじ――――っ!」<br> 「どうしたんじゃ、翠星石? そんなに慌てて。トイレなら今、婆さんが使・・・」<br> 「おじじっ! マターリの定義を教えるですっ。<br>  400字詰め原稿用紙5枚以内で説明しやがれですっ!」<br> <br> ・・・続く。<br>

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