「s.d.6」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「s.d.6」(2006/05/14 (日) 10:34:04) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
<br>
<br>
「びっくりしちゃったぁ。白崎さんとめぐが、ねぇ」<br>
<br>
『世の中って、狭いのねぇ』と言いながら。彼女はまたグラスに口をつけた。<br>
<br>
全くな話だ。偶然にしては出来すぎた感もあるが、それも悪くないなと考え<br>
てしまう自分も居る。<br>
<br>
「白崎さん」<br>
<br>
「何でしょうか」<br>
<br>
「めぐはね。亡くなる数ヶ月前の間、何だかとっても活き活きしてた。<br>
知らなければ、とても病人には見えなかったわぁ」<br>
<br>
「……」<br>
<br>
僕には結局、辛い素振りをほとんど見せていなかったが。彼女の身体は、確<br>
実に蝕まれていた。<br>
<br>
「じゃ、そろそろ今日は帰るわぁ。また週末に」<br>
<br>
「ええ、今日もお疲れ様でした。また宜しくお願いしますね」<br>
<br>
<br>
<br>
彼女はグラスを片付けて、客が出入りする用のドアに手をかける。<br>
出勤時には裏口から入るように言っているが、帰りはどうせ僕が内側から鍵<br>
をかけるので、表側から出て行って貰っているのだ。<br>
ドアを開けて、外へ出ようとするときに彼女は振り向いた。<br>
<br>
「今度は、まぁ……ゆっくりめぐの話でもしましょうよぉ。<br>
『たまに思い出してあげるのも大切』でしょ?」<br>
<br>
そう言い残して、店を後にする水銀燈。<br>
<br>
僕は表側のドアに鍵をかけた。適当に店内の照明を消し、裏口から店を出る。<br>
<br>
近くに借りてあるアパートへと向かう帰路、風がなんだか冷たい。酒で火<br>
照った顔が冷やされる。<br>
夜はまだ明けそうに無い。漆黒の闇の中、周囲に全く音の無い空間を、僕は<br>
独り歩いている。<br>
<br>
ふと、煙草を吸おうと思った。だが、たまたま持っていなかったので、やめ<br>
ておいた。<br>
<br>
<br>
<br>
更に一日越えて、木曜。今日は週に一度の『トロイメント』定休日。<br>
僕は当ても無く車を走らせていた。<br>
<br>
昨日は普通に働いていたものの、何だかぼんやりとしてしまって、集中力に<br>
欠けていた。いつものように休憩をとってみても、それは直らなかった。<br>
<br>
たまには気分転換も必要だろう。そんなことを考えて、今はドライブの最中。<br>
店の入り口には、『本日定休』のドアプレートをかけておいた。<br>
<br>
「思い出してあげるのも、大切……」<br>
<br>
誰に言うでもなく、呟く。一昨日水銀燈に語りかけた、もともとは自分の言葉だ。<br>
たまに、というか。僕の中では、時々洪水のように君のことが思い出されるこ<br>
とがある。ある一定の周期かどうかはわからないが、多分今はそんな時期なのだろう。<br>
何しろ、記憶の引き出しの中でも、かなり上段に入っているものだから。思い出そ<br>
うとすれば、すぐなのだ。<br>
<br>
<br>
<br>
――――――――――<br>
<br>
<br>
<br>
彼女は一度『トロイメント』にやってきてからというもの、週に一、二回の<br>
ペースで訪れるようになっていた。<br>
僕はと言うと、公園で『休憩』している間に店に来られても困るので、店に<br>
常駐している状態になってしまっていた。何しろ彼女のやってくる時間帯と曜<br>
日に、微妙なばらつきがあったので。<br>
その度に僕らは色々な話をしたし、そんな時間は楽しくて。<br>
<br>
「こんにちはー。偉いね、ちゃんと営業中じゃない」<br>
<br>
「……監視されてる気分だよ」<br>
<br>
苦笑気味に答えたが、僕としては自分の不在で彼女と逢う機会を失う訳にはい<br>
かないと思っただけのことだ。ただ、それを直接彼女に伝えるのは何やら気恥<br>
ずかしいので、言っていない。<br>
これでは思春期の少年の思考とあまり変わらないな、なんて思う。<br>
<br>
僕とて、女性と付き合った経験はあるが。逢う回数を重ねていくうちに、彼<br>
女に魅かれていったという部分も、確実にあった。<br>
しかしながら、彼女の場合は。少し触れれば壊れてしまうような危うさを、<br>
話せば話すほど僕は感じていたのだ。だからある種、同じ空間を共有して、そ<br>
の声を聞くだけで満足出来ていたとも言えた。<br>
<br>
「あ、でも白崎君。先週の木曜日は店開いてなかったよ?<br>
また公園かなーと思っていってみたけど居ないし」<br>
<br>
<br>
<br>
「ああ、木曜は定休なんだ」<br>
<br>
「そうなんだ……勘違いしちゃったよ、表に『準備中』ってあったから」<br>
<br>
しまった。あまり気にしてなかったが、確かに『準備中』ではその日にまた営<br>
業するように思われても仕方ない。<br>
ひょっとして、今までそれを勘違いしてた客も居たのだろうか……? <br>
いや、無いか。<br>
<br>
「ごめんごめん。今度変えておくよ」<br>
<br>
「その方がいいんじゃないかな。まあ、一回知っちゃえば大丈夫なんだけどね」<br>
<br>
「うん、だけどまあ。新規のお客様のために、新しいプレートを用意しておく<br>
ことにします」<br>
<br>
「それがいいかもね。……と、じゃあ明日はお休み?」<br>
<br>
「そうなるね」<br>
<br>
「じゃあ、何処か遊びに行こうよ。明日は特に予定ないんだ」<br>
<br>
<br>
――――――――――<br>
<br>
<br>
そして次の日、木曜。普段は仕事の疲れ(疲れる程働いてるのか、と言われ<br>
るとちょっと困る)を癒すために、部屋で一日中ごろごろしたり読書したりし<br>
ているのだが。<br>
<br>
「行き先とか決まってるの?」<br>
<br>
「いや、特に」<br>
<br>
「うーん、そういうところは気が利かないんだねぇ……」<br>
<br>
「……申し訳御座いません」<br>
<br>
彼女を連れて、ドライブに出掛けることにした。とりもあえず、適当に道を<br>
流してみようと思う。午前中急に彼女の方から連絡があって、出発するのは午<br>
後からということになった。今は、丁度四時を回ったくらいである。<br>
夏はその姿を完全に潜めてしまい、周囲の風景は秋の彩りを見せ始めていた。<br>
信号待ちで停車していると、街路樹の葉も大分色付いていることに改めて気付く。<br>
<br>
「銀杏、綺麗だね。……もう秋かあ」<br>
<br>
「この季節は好きだよ。なんだか時間の流れがゆっくりしてるような感じになるから」<br>
<br>
「流れが、ゆっくり?」<br>
<br>
「そう。夏みたく活発じゃなく、かといって冬のように冷え切った空気でもない。<br>
すごく、曖昧に。風景と一緒に自分が溶けていくような、そんな感じ」<br>
<br>
「そしてゆっくりと時は流れ……冬に時間は、止まってしまう?」<br>
<br>
「……そうかもしれない」<br>
<br>
「冬に眠っている間は、夢を見ているのかな」<br>
<br>
「どうだろう」<br>
<br>
「うん、きっと見てるよ。それが優しい夢なら、きっといいと思う」<br>
<br>
「詩人だね」<br>
<br>
「白崎君には負けるなあ」<br>
<br>
そんな話をしている僕らを乗せて、車は走る。<br>
<br>
「ゆっくり、ゆっくりか……それって白崎君の拘りだったりするのかな」<br>
<br>
「ん?」<br>
<br>
「結構、言ってるような気がする」<br>
<br>
「そうだなあ……拘りと言うと、確かにそうかもしれないかな」<br>
<br>
世間の喧騒から隔絶された、ゆったりとした時間を。『トロイメント』のコ<br>
ンセプトを考えながら、確かに彼女の言うことにも一理あると考える。<br>
<br>
<br>
<br>
「『不思議の国のアリス』に出てくる兎は、やたら時間を気にしているんだ」<br>
<br>
「そうだね」<br>
<br>
「彼は『急ぐ』ということに。そして僕は、『ゆっくり過ごす』ということに。<br>
時間に拘っているという本質で言えば、彼も僕も同じなのかもしれないな」<br>
<br>
「なるほどね。本質……話の領域を狭めながら、実は意味が広くなっていくのかしら。<br>
でも、同じく生きるんだったら、白崎君みたいなタイプの生き方のほうがいいかも」<br>
<br>
ね、兎さん? 最後にまたいつもの一言を付け加えて、彼女は笑った。<br>
<br>
「ふむ……難しいね」<br>
<br>
彼女と話している時、僕が話を持ちかければまさに『打てば響く』の様相を<br>
呈してくれる。聡明とはまた違った、彼女独特の観念のようなものを踏まえ、<br>
話は広がるのだ。<br>
<br>
<br>
普通は、退屈してしまうようなつまらない話かもしれない。けれど彼女は、<br>
それをよく聞いてくれる。<br>
話の種は彼女の方から振られることもあるし。なんとも、心地良い時間だ。<br>
<br>
<br>
<br>
「難しい、かあ。でも、一言『難しい』って言っちゃうと。<br>
答えを出さなくても許される雰囲気が出る気がするよね」<br>
<br>
「許される?」<br>
<br>
「そう。難しくて答えが出し辛いから、まあいいや、っていう。<br>
でもそれって悪いことじゃなくて、ひょっとしたら優しい解釈なのかもね」<br>
<br>
「うーん……そうかもしれない。逃げることへの許容、って奴なのかな」<br>
<br>
「うん。世の中、全てに答えを求めるのは酷だよね」<br>
<br>
「……」<br>
<br>
確かに、そうだ。僕がそれに何という返事をしようと思いを巡らせていると、<br>
彼女は弾んだ声で言った。<br>
<br>
「あ、見て見て! 綺麗だよ」<br>
<br>
助手席側に、海が広がっているのが見える。路肩に、結構車が停車している<br>
ようだ。秋も深まっている今、泳ぎにきている人々のものだとは考えにくいか<br>
ら。大方、この風景を眺めに来ているカップルか何かのものだろう。<br>
<br>
「ちょっと見ていこうか」<br>
<br>
僕は適当に車を停めて、彼女をつれて降りた。コンクリートで埋め立てられた<br>
階段の下に、砂浜が広がっている。<br>
<br>
「波の音、すごいね」<br>
<br>
「ほんとだ。……めぐ、寒くない?」<br>
<br>
潮風が吹いていた。彼女は上に羽織っていたデニムジャケットのボタンを締める。<br>
その下には、『再会』の時に着ていた白のワンピースを着ている。<br>
<br>
「うん、大丈夫」<br>
<br>
風で、彼女の髪が少し舞い上がる。少し傾きかけていた陽に照らされて、な<br>
んだかきらきらと輝いて見えた。<br>
<br>
「季節外れの海の方が、私は好きだなあ」<br>
<br>
「夏はひとで砂浜が埋め尽くされるからね」<br>
<br>
「本当だよ……あ、ちょっと下にいってみない?」<br>
<br>
立ち上がった彼女が、階段を下りていく。砂浜に辿りついて、彼女は履いてい<br>
たパンプスを脱いで手に持った。<br>
<br>
「大丈夫?」<br>
<br>
「平気だよ、白崎君もおいでよ」<br>
<br>
二人でぶらぶらと、砂浜を歩いた。はしゃいだ彼女がちょっと海に足を入れ<br>
たりして、僕は少し離れたところからその様子を眺める。油断していたら、水<br>
を少しかけられてしまった。<br>
<br>
「すごい青色……」<br>
<br>
「うん」<br>
<br>
「色で溢れてるね、この世界は」<br>
<br>
「うん、本当に」<br>
<br>
足首まで海に浸かり、彼女は彼方の方を見つめていた。<br>
<br>
「普段眠ってるとね、私も夢を見たりするの」<br>
<br>
「どんな夢?」<br>
<br>
「えっと。真っ白な、世界の夢。でもね、何もないと思ってると、<br>
実はそこに花が咲いてるんだよ。一面に広がった、真っ白い花」<br>
<br>
「花が咲いてるの?」<br>
<br>
「そう。だからね、色鮮やかなのもいいけど。私は白も好きだな。<br>
あの花の名前、知ってるんだ。スノードロップって言うの。<br>
空から降ってきた雪を、天使がその花に変えたんだって。<br>
<br>
なんか素敵だよね、雪なんてすぐ消えちゃうのに、花に姿を変えて……」<br>
<br>
「……」<br>
<br>
<br>
飛沫が煌く。単純に、ただ単純に、その中に居た彼女の姿が美しいと思った。<br>
だけど、僕がずっと感じている、彼女の虚ろさは一体なんだろう。こんなに<br>
も笑顔で、どうしようもなくここに存在している筈の彼女。<br>
その姿は、僕が注意を向けなければ儚く消えてしまうような、そんな感じが<br>
しているのだ。<br>
<br>
砂浜に戻ってきた彼女が、不意にこちらを向いて言った。<br>
<br>
<br>
「ねぇ、白崎君」<br>
<br>
「あなたは――私のこと、忘れない?」<br>
<br>
<br>
君は、その言葉を。<br>
どんな気持ちで――どんな気持ちを込めて、言ったのだろう。<br>
僕の記憶の引き出しに、もうどうしようもないほど君は居る。<br>
忘れることなど、ある筈が無い。<br>
<br>
<br>
「大丈夫だよ――だって僕は、めぐのことが」<br>
<br>
「ううん、待って」<br>
<br>
「――え?」<br>
<br>
<br>
彼女は、涙を零していた。嗚咽もなく、ただ、まっすぐに落ちていって、砂<br>
浜に吸い込まれていく涙。<br>
<br>
<br>
「私ね、私ね――ずるいんだ。本当はいけないことだったの。<br>
だって、一度入った記憶は、どんなに沈んでいっても消えないんだもの」<br>
<br>
「……めぐ?」<br>
<br>
「けどね。私、駄目だった。弱かったの。だって、高校のときから<br>
ずっとあなたのこと――<br>
<br>
だからね、公園で見かけたときは嬉しかったの、本当に。<br>
それでね、思っちゃった――私も、思い出を作っていいのかなって」<br>
<br>
彼女は、彼女は――、一体、何を。<br>
<br>
<br>
「私ね。 ――もうすぐ、死ぬんだ」<br>
<br>
<br>
潮騒の音が、大きく響いている。一瞬、彼女が何を言っているか<br>
がわからなかった。<br>
<br>
「心臓の、病気。いっつも余命何年何年って、言われ続けて。<br>
家族はもう疲れちゃったみたいでね、ほっとかれてるの。<br>
だから検査のとき以外は、好きにしてる」<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
「……それって、いつから」<br>
<br>
「ずっとだよ。生まれたときから、ずっと」<br>
<br>
事も無げに話す彼女の声は、とても透き通っていた。<br>
あまりにも、あまりにも透明すぎて、消えてしまいそうな声。<br>
<br>
「白崎君たちがやってた人形劇――あの時、家族が入院してたんじゃないの。<br>
病気なのは、私だから。あ、劇が面白かったのは、本当だよ?」<br>
<br>
「私ね、我侭なの。私が関われば関わるほど、白崎君には私の記憶が残る。<br>
私は眠っちゃうけど、白崎君はずっと、目覚めたままだから」<br>
<br>
<br>
「だからね、今日はお願い。白崎君は私のこと、忘れないって言ってくれた、<br>
<br>
――だけど、私のことは……忘れて?」<br>
<br>
<br>
「酷いでしょう。我侭だって、わかってるけど――」<br>
<br>
<br>
言い終わる前に、僕は彼女を抱きしめた。<br>
<br>
<br>
「――――!」<br>
<br>
彼女の身体は少しだけ強張って、そしてすぐに力が抜けた。<br>
「うん。確かに酷いなあ」<br>
<br>
そう言って、身体が震える感触が伝わってくる。<br>
<br>
「ごめんなさい、本当に――」<br>
<br>
「いいんだ」<br>
<br>
「――え?」<br>
<br>
「いいんだ。我侭でもなんでも、僕はめぐの気持ちが聞けて嬉しい。<br>
僕は君が――好きなんだ」<br>
<br>
「……」<br>
<br>
そう、だ。今彼女がどんな状態であろうと、今、この瞬間に……<br>
僕らが存在するという事実は、変わらない。だから――これでいい。<br>
<br>
<br>
もう大分傾いていた太陽が、紅く染まっている。<br>
一瞬、風がやんで。まるで時間が止まってしまったようなこの空間で、<br>
僕は彼女に口付けた。<br>
<br>
一度。一度きりの、口付けだった。<br>
<br>
<br>
――――――――――<br>
<br>
<br>
車はまた二人を乗せ、走っている。辺りはもう、大分暗くなってきていた。<br>
<br>
「……なんか、変な感じだね」<br>
<br>
「うーん……まあ、僕等らしいというか」<br>
<br>
「ふふっ。なあに、それ」<br>
<br>
とりもあえず、彼女は病院に戻らなければならない。アクセルを少し深く踏<br>
み込んで、スピードを上げる。<br>
<br>
「ええと、有栖川大学病院でいいんだっけ?」<br>
<br>
「うん。そんなに急がなくても大丈夫だよ、私が居ないの、いつものことだし」<br>
<br>
思わず苦笑してしまった。そうだ。言われたあとでも、彼女が病気だなんて<br>
信じられない。<br>
普段どおり。本当に普段どおりに話をしているうちに、車は病院についた。<br>
<br>
「ありがとう、白崎君。ここでもう大丈夫」<br>
<br>
「中までついていかなくていいの?」<br>
<br>
「一般の面会時間、もう終わっちゃってるから。外部の人間にはやたら厳しい<br>
んだから、ここ」<br>
<br>
<br>
ちょっと、頬を膨らませながら話す彼女。車を降りて、外側から運転席側へ<br>
回ってきた。<br>
<br>
「それにしても白崎君、真面目だね」<br>
<br>
「何が?」<br>
<br>
「二人きりの夜のドライブだよ? 気付いたら着いた場所がホテルでしたー、って。<br>
無くも無いなあと思ったんだけど」<br>
<br>
「なっ! ……僕はそこまで、無粋じゃ御座いませんので」<br>
<br>
慌てふためく様を、無理矢理抑え付けようとしていたのがばればれだったのか。<br>
彼女はそんな僕を見て、本当に可笑しそうに笑う。<br>
<br>
「ごめんごめん。むしろ安心したかな。やっぱり白崎君は優しいよ」<br>
<br>
「どうなんだろうね……」<br>
<br>
「そうだよ。……じゃあ、そろそろいくね。またお店にも、遊びにいくから」<br>
<br>
「わかった。……お見舞い、行くよ」<br>
<br>
「ありがとう。ちょっとパジャマ見られるの、恥ずかしいけどね。それにノーメイクだし」<br>
<br>
それじゃあ、と。手を振って別れる。彼女は建物に入ってしまう前に何度も<br>
振り返り、こちらに手を振っていた。<br>
彼女が建物の中へ姿を消してしまうまで。ずっと、ずっと。<br>