「通じる気持ち」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「通じる気持ち」(2006/04/09 (日) 11:52:23) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
<br>
<br>
<p> たまには、と思い。<br>
今までお馴染みだった髪を一気に下ろし、現れるは「Who
am I」?<br>
某香港のスターっぽいフレーズが思い浮かんだ。<br>
「……どうしたものかしらー」<br>
鏡をじっと見て、自分の具合を見る。<br>
額が丸出しだった昨日までとは違い、前髪が垂れ下がる。<br>
……なんともはや、これは別人。<br>
「……今までまとめてたおかげで変なクセがついちゃってるかしらー」<br>
まっすぐ下りているとは言いがたい、少し湾曲した髪。指先で毛先を回してみた。<br>
「うーん」<br>
ああでもない。こうでもない。どうでもない。<br>
うまいこと髪形が落ち着いてくれない。<br>
いつのまにかわたしは、強敵との戦いに夢中だった。<br>
『午前八時、午前八時』<br>
「……あ、あら? いつの間にかこんな時間かしらー!?」<br>
強敵との戦いは一時休戦になりそうだ。<br>
些細な違和感を脳裏の隅に捨て去って、とにかく動いた。</p>
<br>
<p>「な、なんとか間に合うかしらー!」<br>
いつもの通学路をおおよそ1.5倍のスピードで駆け抜けていく。<br>
頭脳派に似合わず、闇雲に、ただ「間に合え!」とだけ考えて走る。<br>
「あっ、みっ、見えたかしらっ」<br>
がむしゃらに風を切り裂いて、校門まであともう少し。<br>
―――ラストスパート、かしら!<br>
地を蹴り、腕を振り、門を一気に走り抜け。<br>
勢いのまま、昇降口を目指す。<br>
するとわたしの隣からも、必死の息遣い。仲間は、素晴らしい。<br>
「……あれ、金糸雀?」<br>
―――って。<br>
「あ、あら? ジュン?」<br>
並走していた人物はジュンだったらしい。あまりに集中しすぎて、気付かなかった。<br>
「め、珍しい、な。金糸雀が、こんな、ぎりぎり、だなんて」<br>
「た、たまには、体を、動かすのも、いいと、思った、かしらー!」<br>
「そ、そうかっ。と、とにかくっ、走れっ!」<br>
「りょ、了解かしらーっ」</p>
<br>
<p> 善は急げ。急がば回れ。さあ、どっちだろう。<br>
今の場面だと、間違いなく前者を用いるだろう。<br>
「や、やったぞ……僕たちは、やったんだ……」<br>
「ふ、ふっふっふっ、わ、わたしには、こ、こんなこと、へ、平気の平八郎かしらー」<br>
元々運動が苦手なので体力も平均以下であり、教室に辿り着く頃にはグロッキーだった。<br>
ジュンもそれに同じく、まだ呼吸が整っていない。<br>
「……と、とりあえず、息を整えよう、金糸雀」<br>
「そ、そうするのが懸命、かしらー」<br>
二人で並んで窓の方を向き、ラジオ体操よろしく深呼吸。<br>
吸って、吐いて、吸って、吐いて。<br>
「吸って、吸って、吐いてー」「ヒッ、ヒッ、フゥー……」<br>
……。<br>
「いっ、いきなり何をやらせるかしらー!」<br>
「わ、悪い悪い、ついかっとなって」</p>
<p><br>
教室に入ってジュンと別れて、自分の席に着く。<br>
(―――あ、そう言えば……)<br>
思考が落ち着いてきたおかげで、わたしはようやく、髪型を変えていた事を思い出す。<br>
しかし、ジュンはいともあっさりと、「金糸雀」を見抜いた。<br>
(ま、まあ、この髪の色は珍しいし、すぐ分かったに違いないかしら)<br>
頬杖を付いて、しかし一縷の可能性で、なんとなくもやもやする。<br>
HRは体力回復に努め、一時限目を終えて、すぐに女子トイレに走る。<br>
朝にも走ったというのに、わたしと言う奴はなんと懲りないのか。<br>
とにもかくにも、目的は鏡。飛び込むように入っていって、鏡を見る。<br>
(あぁ、やっぱりボサボサかしらー!)<br>
今まで生きてきた中で一、二を争うくらい必死になった結果。<br>
必死になる事はいいとは言え、やはりわたしも女の子。<br>
身嗜みには敏感なのだ。<br>
しかし不幸にも、今この場にブラシや櫛はないわけである。<br>
(はぁ、仕方ないかしら)<br>
こうなったのも、自業自得である。今日一日は、なんとか手櫛で乗り切ろう。<br>
ちょちょいと髪をいじってトイレから出る。気が付けば、もうすぐ二時限目開始時刻だ。<br>
「……あぁ、いたいた。おーい、金糸雀ー」<br>
「あ、あら、ジュン? どうかしたかしらー?」</p>
<p><br>
今、この状況をなんと言えばいいのか。<br>
歓喜か。それとも驚きか。もしくは桃木二十世紀。<br>
「あと三分くらいしかないけど、応急処置をするには十分だろ」<br>
「あ、ありがとうなのかしら」<br>
「気にするなよ。あんだけ激しく走ったんだし」<br>
ジュンの手が肌理細やかに動き、わたしの髪を梳かしていく。<br>
ブラシ等の道具はないが、ジュンの手はまるで魔法のように、髪を整える。<br>
(はぁ、気持ちいいかしらー)<br>
「……、と。これでよし。ほら、見てみろ」<br>
「わかったかしらー」<br>
早速、鏡を見に、再度トイレへと入っていく。<br>
(うわぁ……)<br>
そんな感想しか出なかった。<br>
月並みの表現しか出来ないが、見事の文字が正に適合する。<br>
「ジュンー! ありがとうかしらー! すごいかしらー!」<br>
「普通だよ、普通。それじゃ、行こうか。授業始まるからさ」<br>
ジュンは多少照れていたようで、頬が少し赤らんでいた。</p>
<p><br>
「……っと、そうだ。ひとつ言い忘れてたな」<br>
「え?」<br>
教室手前でジュンが突然立ち止まり、そしてわたしを見た。<br>
「その髪型、似合ってるよ」<br>
―――度肝を抜かれるセリフをさらっと。<br>
「―――あ、ああ、あ、ありが、ありがとう、か、か、かしら」<br>
「なんだよ、どもるなよ。恥ずかしいな」<br>
「だ、だって、いきなりそういうこと言われると、誰だって照れるかしら!」<br>
「そ、そうか。悪い」<br>
入り口を潜り抜けて、教室に入った。そろそろチャイムが鳴る時間だ。<br>
「……そう言えば、わたしもひとつ、言い忘れてた事があるかしら」<br>
「ん?」<br>
大きく息を吸って、吐く。<br>
今からわたしが放つ言葉で、何かが変わるかもしれない。<br>
「どうして、わたしだってすぐにわかったのかしら」<br>
するとジュンは微笑んで、<br>
「さあ、ね?」<br>
意地悪く、言い放った。<br>
「あー、ひどいかしらー! 疑問にはちゃんと答えるかしらー!」<br>
「まあ、追々な。追々」<br>
あくまでも惚けるジュンはそそくさと自分に席に逃げてしまった。<br>
……でも多分、わたしには、わかる。<br>
わたしと彼には、通じる気持ちがあるのだ、と。</p>