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Dornroeschen」(2010/01/31 (日) 15:01:40) の最新版変更点

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<p>――――――――――――――――――――<br /><br /> ……夢を見ていた<br /><br /> ……これは何時の頃だろうか?<br /><br /> ……確かこれは、中学か…いや、高校時代のはずだ<br /><br /><br /> ――一人の少年が、視界に映る――<br /><br /><br /> ……彼の名前は、桜田JUM<br /><br /> ……そうか、彼の夢か…そう思うと、心は躍るとともに沈んでゆく…<br /><br /><br /> ……高校時代の彼は、はっきり言って全く目立たない生徒だった<br /><br /> ……勉強も運動も人並みで、人並みの人生を送っていた。…送っていく、はずだった…。<br /><br /><br /> ……もし、もう一度、彼に会うことができるなら…<br /><br /> ……彼の運命を、人生を、狂わせてしまったことを謝罪したい――<br /><br /> ……出来るならば、の話だが。<br /><br /> ―――――――――――――――――――― <br /><br /><br /> 銀「寝たくないのに、眠ってしまうのよぉ……!」<br /><br /><br /><br /> 彼女の名前は、水銀燈。僕こと桜田JUMの幼馴染だ。<br /> 小学校は別々だったが、中学校・高校と同じ学校に通っていた。<br /><br /> 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能――<br /> 文武両道にして才色兼備を地で行く彼女だったが、<br /> 高校一年の中ごろから、徐々に授業中居眠りをするようになった。<br /><br /> いつしか毎時間居眠りするようになり――<br /> ついた渾名が「眠り姫」だった。<br /><br /><br /> ある時、僕は彼女に問いただしてみた。<br /><br /> J「なんでそんなに居眠りするんだ? 『眠り姫』なんて呼ばれてるの、知らないわけじゃないだろうに」<br /> 銀「分かっているわぁ……けど、どうしても眠くなってしまうのよぉ……夜もしっかり睡眠はとっているんだけど……おかげで中間も酷い成績だったわぁ」<br /><br /> ちなみに、彼女の「酷い成績」とは「学年順位が10番台」である。<br /><br /> J「根性で何とかできないのか?」<br /><br /> からかい調子になってしまい、この時は彼女を怒らせただけで終わってしまった。<br /> しかし、結論から言うと、彼女の意思でどうこう出来るものではなかった。<br /><br /><br /> 彼女は、病に冒されていたのだ―― <br /><br /><br /> 高校の三年間は、僕たちはずっと同じクラスだった<br /> 恋人になったのは、二年生になってからだろうか――<br /> 特に告白とかはお互いしなかったが、自然とそういう間柄になっていった<br /><br /><br /> 僕はある日、水銀燈のやせ方が尋常じゃないことに気づいた。<br /><br /> J「なぁ、水銀燈……怒らないで聞いてくれるか?」<br /> 銀「言う前から怒るなって言われてもねぇ……話を聞いてみないと」<br /> J「じゃ、単刀直入に聞く。……水銀燈、いま体重は何kgだ?」<br /> 銀「え……いきなり何を聞くのよぉ。失礼ねぇ」<br /> J「ごめん。何か、やせ方が尋常じゃないと思って。げっそりしてると言うか」<br /> 銀「……もぉ。でも、私のこと心配してくれてるのよね。ありがとう。ごめんなさい。それで――」<br /><br /> J「……え? [ピー]kg? 水銀燈、確か身長は170cmあったよな……? 明らかに痩せ過ぎだぞ? 病気かなんかじゃないのか?」<br /> 銀「でも、体調が悪い訳でも無いし……痩せられるなら、それはそれでOKよぉ」<br /> J「まぁ……花の乙女に痩せすぎだから肉を付けろ、って言ってもアレなのは分かるが……」<br /><br /><br /> 当然ながら、事態が収束することはなかった<br /> 体力が低下し、彼女は所属していた陸上部を辞めざるを得なくなった<br /> 居眠りもひどくなり、遅刻もするようになり、勉強の成績も下がり続けた……<br /> 生活指導の教師から、呼び出しがかかった――<br /><br /> J「で、どうだった?」<br /> 銀「とりあえずは様子見ですって。でも……あんまり酷いようだとまた話をしなきゃならないって」<br /> J「まぁ、確かに傍から見れば不良化の見本みたいだし」<br /> 銀「……自分でも、もどかしいわぁ……。『授業がつまらない』そう思ったらすでに居眠りしているし……だんだん授業にもついていけなくなって余計……」<br /> J「……悪循環だな」<br /> 銀「体力だって……以前は100m泳ぐくらい余裕だったのに、今では25mでさえ泳いだら倒れそうになるわぁ……」<br /><br /> だが、直後に笑顔を見せてくれたように、彼女の明るさが翳ることはなかった<br /> ……この時に、無理にでも入院を勧めていれば、あの事故が起きることはなかっただろう――<br /> よく晴れた日、二人で自転車に乗っていた時の事――<br /><br /> J「……で、例の如く笹塚が廊下に立たされて、ベジータはギャリック法違反で――」<br /> 銀「……」<br /> J「……おい水銀燈? どうし――」<br /><br /><br /> ガシャーン!!<br /><br /><br /> J「!! 水銀燈!! 大丈夫か!?」<br /><br /><br /> 何と、水銀燈は自転車に乗ったまま居眠りしてしまったのだ!<br /> あろうことか、顔面を打ってさえ目を覚まさなかったのだ。<br /> 僕は生まれて初めて、携帯で三桁の番号に繋いだ――<br /><br /><br /> 銀「お願い……JUM。皆には、『居眠りして転倒した』って言わないで……!」<br /> J「……分かった」<br /><br /> 彼女の怪我は不幸な事故として伝えられた。<br /> だがもし真相を伝えたら? 彼女が嘲笑を浴びるであろう事は疑うべくもなかった。<br /> それだけは何としても避けたかった。<br /><br /> この事故を契機に、彼女の病名が判明した。<br /> 「バセドウ病」という病気で、甲状腺機能障害の一症状により臓器のエネルギー代謝が激しくなり、<br /> 体重の減少、体力の低下を招き、また過度の居眠りもそこから併発しているとの事だった。<br /> そして――投薬で甲状腺ホルモンの量を正常に出来れば、普通の人と変わらない生活を送るようになれる、との事だった。<br /><br /> 銀「……で、月一で血液検査をして進展を見るんですって」<br /> J「本当か……良かったな。これで、また前みたいに自転車で遠出とかも出来るな……!」<br /> 銀「ええ……JUM……」<br /><br /> 幸い、すぐに退院できた<br /> 彼女は余程嬉しかったのか、級友に聞かれる度に病気のことを話していた<br /> 最も、なかなか信じてもらえなかったようではあるが――<br /><br /><br /> しかし、彼女の遅刻は次第に増え、<br /> 級友たちは残酷にも「歴代新記録更新!」などとからかう始末であった。<br /><br /> 銀「うるさいわねぇ……睡眠時間を削って勉強してるのよぉ!」<br /><br /> 彼女は表向き明るく、そういなしてはいたが、内心では悲鳴を上げていたに違いない――<br /> 後で聞いた話だが、このころ彼女は一日のうち12時間近くを睡眠に充てていたのだ。<br /> 休日に彼女を誘っても断られるようになった――恐らく、断らざるを得なくなっていたのだろう。<br /><br /><br /> 水銀燈が通院するようになってしばらくした頃、<br /> 彼女は現状と悩みを打ち明けてきた。<br /><br /> 銀「……通常ならホルモン値が低下するはずが、逆にじわじわ上昇してるって……」<br /> J「……え?」<br /> 銀「入院を勧められたわぁ……でも、修学旅行も行きたいし、来年になれば受験もあるし……」<br /> J「……」<br /> 銀「でも……行きたいけど、行けるかしらぁ?」<br /> J「うーーん……出来るなら、僕は水銀燈と一緒に居たいな……」<br /> 銀「JUM……」<br /> J「もうちょっと様子を見て……そうだな、自転車に乗るとかしなければ大丈夫じゃないか?」<br /> 銀「……うん、そうねぇ……そういうことをしなければ大丈夫よねぇ……!」<br /><br /><br /> 多分彼女は、僕のその一押しを待っていたようだった<br /> 後から考えれば、何と軽率だったことか……彼女の機嫌を損ねようと、入院を勧めるべきだったかも知れない<br /> ……いや、もしかしたらどちらにしろ同じだったかも知れない<br /> バセドウ病とは別の奇病が、音もなく彼女を侵食していったのだ――<br /> 結局、彼女はそのどちらも参加することは出来なかった。<br /><br /><br /> 三年生に上がって、転機となる事件が起こった。<br /><br /><br /> 何と彼女は、どんなことが起ころうとも目を覚まさなかったのだ!<br /> どんな大きな音も、彼女を目覚めさせるには至らなかった。<br /> 彼女は、眠ったまま病院に運ばれた――<br /><br /> 以前の自転車事故を目撃していた僕は、嫌な予感に捕らわれた。<br /><br /> 級友の間に笑いがさざめいた。<br /> 担任に至っては、「白雪姫の喉にリンゴが詰まったようだ」とまで言う始末――<br /> しかし、その笑いは一日で音もなくかき消された。<br /><br /><br /> 彼女は眠り続けた。<br /><br /> 次の日も。<br /><br /> その次の日も。<br /><br /><br /><br /><br /> 僕はこのとき、ある決心をした。<br /><br /><br /> 彼女が目を覚ましたのは、二週間後だった。<br /> クラスの皆が安堵した――少なからず、『眠り姫』などと呼んだことに対する罪悪感もあっただろうが……<br /> 僕はすぐに見舞いに行った。<br /><br /> J「水銀燈! 良かった、目が覚めたんだな……!」<br /> 銀「JUM……ああ、JUM……!」<br /> J「正直、前の自転車事故のこともあったし、心配で心配で……」<br /> 銀「目が覚めたら、いきなり天井が違ってて……正直、とても恐かったわぁ……」<br /> J「まぁ、とりあえず、目が覚めたんだし――」<br /> 銀「今度こそ入院した方が……って言われたけど、それよりも不安の方が大きいわぁ……また何日も眠り続けるのか、と思うと――」<br /><br /><br /> 結局この時も、入院は見送った。<br /><br /> だが、居眠りは相変わらずだったが、もうそれをからかう者はいなかった。<br /><br /> 銀「………?」ハッ<br /> 銀「………(良かった……私――)」<br /><br /> 授業中、居眠りから覚めた彼女が、声を押し殺して涙を流す姿を見ては―――<br /><br /><br /><br /> それから少しして、僕は誘われて彼女の部屋に行った。<br /> 彼女の病状が悪化する前は頻繁に行き来していたものだったが……<br /> 彼女に、将来のことを訊かれた。<br /><br /> J「……まずは、大学に行く。やりたい事が、あるんだ。それを、実現させる」<br /> 銀「大学かぁ……私も……」<br /><br /> 彼女の病状のことは、あれ以来なるべく触れないようにしていた。<br /> 尤も、彼女にその話題を振られたところで、当時の僕にはどうしてやることも出来なかった。<br /> だが、彼女の恐怖は限界に達していた――<br /><br /> 銀「毎日、夜が恐いわぁ……日が暮れて、また明日太陽を見ることが出来るかしらぁ?」<br /> 銀「また二週間眠り続けるのかも……いえ、今度はもっと長いかも……二度と目覚めないかもしれない……!!」<br /> 銀「毎晩、同じ事を考えてるわ……寝たくない、寝たら駄目って思っていても、どうにも出来ない……」<br /> 銀「朝日を見たら、本当にホッとするわぁ……でも、また夜が来れば同じく恐怖に襲われる……その繰り返しなのよぉ……」<br /><br /><br /> 彼女は僕の胸で泣いた。<br /> 可哀想に、彼女は囚人なのだ。夜と共に来る眠りの足音を、震えながら待つしか出来ない囚人――<br /><br /><br /> J「大丈夫――僕は、いつまでも待ち続けるよ。君の目が覚めるのを、いつまでも。絶対に――」<br /><br /> 僕には、そう誓うことしか出来なかった。<br /><br /> その日、僕は彼女を抱いた。<br /><br /><br /> 女性を抱いたのは、これが最初で最後だった。……それは、彼女も同じだった。<br /><br /><br /> 彼女の体は、触れれば砕け散りそうな儚さだった。<br /> それは、夏の終わりに見つけた蝉の抜け殻のようでもあった――ー<br /><br /><br /> そのあと二人で、態度でクラスの皆にばれたらやだね、とか話していたが――<br /> ある意味、それは杞憂に終わった。<br /><br /><br /><br /> 次の日から、また彼女は長い眠りについた――<br /><br /><br /><br /> 彼女は、卒業式に出席できなかった。<br /> もしかしたらあの日、僕が彼女のエネルギーを奪ってしまったのか……?<br /><br /><br /> 結局、彼女が目を覚ましたのはそれから10ヵ月後だった「そうだ」。<br /><br /><br /> 僕は大学の現役合格が叶わず、そのころ予備校の合宿に入っていた<br /> しかも、実家との連絡が原則禁止との事だったので、僕は彼女が目覚めている間に見舞いに行けなかった。<br /><br /> ――いつまでも待つと約束したのに――<br /><br /> 後で聞いた話では、彼女は2日間目覚めていたそうだが――その間、ひどく取り乱していたそうだ。<br /><br /><br /> 僕は後悔した。<br /> そして、それから毎日のように、彼女を見舞い続けた。<br /><br /><br /> 彼女は、閉じた瞳で静かに僕を責め続けるだけだった。<br /><br /><br /><br /> ――6年ぶりに、彼女が目覚めた。<br /><br /><br /> その知らせを聞いて、僕は彼女の病室へと駆け込んだ。僕にとっては7年ぶりだ。<br /> 彼女は、前のように取り乱しはしていなかった。<br /><br /><br /> 銀「JUM……」<br /> J「……ごめん、水銀燈。前は、傍に居てやれなくて――」<br /> 銀「ううん、もういいわぁ。で……今回は……何年、寝ていたのかしらぁ」<br /> J「……6年、だよ」<br /> 銀「6年ねぇ……JUMが大人っぽくなる筈だわぁ。ふふ……ところで、その白衣……JUM、お医者さんになったのぉ?」<br /> J「ああ。いま、この病院に研修医として勤めているんだ。……水銀燈の病気を研究するために。水銀燈の病気を治療するために――!」<br /> 銀「JUM……有難う、JUM……」<br /><br /><br /> それから僕たちは、高校時代のように話し込んだ。<br /> 歳はとっても、彼女の心は実質何日もたっていない――僕は心が弾んでいった。<br /><br /><br /> 銀「JUM……その紙は?」<br /><br /> 彼女は、僕が持っていたそれに気がついた。<br /> これは、彼女が目覚めたときのために用意していたものだ。<br /><br /><br /> J「――婚姻届だよ」<br /> 銀「え?」<br /> J「水銀燈――僕と結婚してくれないか?」<br /><br /><br /> 最初、彼女は呆然とし、すぐに顔を真っ赤にし、俯きながら頷いた。<br /><br /><br /> この日から、僕と彼女は同じ姓となったが――<br /> わずか8時間の新婚生活で、彼女はまた囚われの身となってしまった。<br /><br /><br /> 今度の眠りは、とてつもなく長いものとなった。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> 斉「お帰りなさい、先生。奥さまは今日も元気ですよ」<br /> J「有難う、斉藤君……こんな爺の我儘に付き合わせてしまって……」<br /> 斉「お気になさらず……でも、奥様が羨ましいですね、此処まで愛してくださる旦那様が居るというのは……じゃ、何かあったら呼んでください」<br /><br /><br /> J「水銀燈……計算では、ここ数年で目覚めてもおかしくないはずなんだが……」<br /><br /><br /> J「お願いだ、水銀燈……僕がまだ生きているうちに……君が死んでしまう前に……もう一度、目を覚ましてくれ……」<br /><br /><br /><br /> J「僕は……僕たちは、水銀燈を知らず傷つけていたことを謝らなければいけない……『眠り姫』なんて呼んでいたことを……」<br /><br /><br /><br /><br /> J「いや……きっと目覚めるさ……もう少し、あと少しなんだ……こうしている間にも目覚めて、僕に微笑んでくれる……そうだろ?」<br /><br /><br /><br /> そして、僕は握っていた彼女の手に、そっと口づけをした。<br /><br /><br /> ~了~</p>
<p>――――――――――――――――――――<br /><br /> ……夢を見ていた<br /><br /> ……これは何時の頃だろうか?<br /><br /> ……確かこれは、中学か…いや、高校時代のはずだ<br /><br /><br /> ――一人の少年が、視界に映る――<br /><br /><br /> ……彼の名前は、桜田JUM<br /><br /> ……そうか、彼の夢か…そう思うと、心は躍るとともに沈んでゆく…<br /><br /><br /> ……高校時代の彼は、はっきり言って全く目立たない生徒だった<br /><br /> ……勉強も運動も人並みで、人並みの人生を送っていた。…送っていく、はずだった…。<br /><br /><br /> ……もし、もう一度、彼に会うことができるなら…<br /><br /> ……彼の運命を、人生を、狂わせてしまったことを謝罪したい――<br /><br /> ……出来るならば、の話だが。<br /><br /> ―――――――――――――――――――― <br /><br /><br /> 銀「寝たくないのに、眠ってしまうのよぉ……!」<br /><br /><br /><br /> 彼女の名前は、水銀燈。僕こと桜田JUMの幼馴染だ。<br /> 小学校は別々だったが、中学校・高校と同じ学校に通っていた。<br /><br /> 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能――<br /> 文武両道にして才色兼備を地で行く彼女だったが、<br /> 高校一年の中ごろから、徐々に授業中居眠りをするようになった。<br /><br /> いつしか毎時間居眠りするようになり――<br /> ついた渾名が「眠り姫」だった。<br /><br /><br /> ある時、僕は彼女に問いただしてみた。<br /><br /> J「なんでそんなに居眠りするんだ? 『眠り姫』なんて呼ばれてるの、知らないわけじゃないだろうに」<br /> 銀「分かっているわぁ……けど、どうしても眠くなってしまうのよぉ……夜もしっかり睡眠はとっているんだけど……おかげで中間も酷い成績だったわぁ」<br /><br /> ちなみに、彼女の「酷い成績」とは「学年順位が10番台」である。<br /><br /> J「根性で何とかできないのか?」<br /><br /> からかい調子になってしまい、この時は彼女を怒らせただけで終わってしまった。<br /> しかし、結論から言うと、彼女の意思でどうこう出来るものではなかった。<br /><br /><br /> 彼女は、病に冒されていたのだ―― <br /><br /><br /> 高校の三年間は、僕たちはずっと同じクラスだった<br /> 恋人になったのは、二年生になってからだろうか――<br /> 特に告白とかはお互いしなかったが、自然とそういう間柄になっていった<br /><br /><br /> 僕はある日、水銀燈のやせ方が尋常じゃないことに気づいた。<br /><br /> J「なぁ、水銀燈……怒らないで聞いてくれるか?」<br /> 銀「言う前から怒るなって言われてもねぇ……話を聞いてみないと」<br /> J「じゃ、単刀直入に聞く。……水銀燈、いま体重は何kgだ?」<br /> 銀「え……いきなり何を聞くのよぉ。失礼ねぇ」<br /> J「ごめん。何か、やせ方が尋常じゃないと思って。げっそりしてると言うか」<br /> 銀「……もぉ。でも、私のこと心配してくれてるのよね。ありがとう。ごめんなさい。それで――」<br /><br /> J「……え? [ピー]kg? 水銀燈、確か身長は170cmあったよな……? 明らかに痩せ過ぎだぞ? 病気かなんかじゃないのか?」<br /> 銀「でも、体調が悪い訳でも無いし……痩せられるなら、それはそれでOKよぉ」<br /> J「まぁ……花の乙女に痩せすぎだから肉を付けろ、って言ってもアレなのは分かるが……」<br /><br /><br /> 当然ながら、事態が収束することはなかった<br /> 体力が低下し、彼女は所属していた陸上部を辞めざるを得なくなった<br /> 居眠りもひどくなり、遅刻もするようになり、勉強の成績も下がり続けた……<br /> 生活指導の教師から、呼び出しがかかった――<br /><br /> J「で、どうだった?」<br /> 銀「とりあえずは様子見ですって。でも……あんまり酷いようだとまた話をしなきゃならないって」<br /> J「まぁ、確かに傍から見れば不良化の見本みたいだし」<br /> 銀「……自分でも、もどかしいわぁ……。『授業がつまらない』そう思ったらすでに居眠りしているし……だんだん授業にもついていけなくなって余計……」<br /> J「……悪循環だな」<br /> 銀「体力だって……以前は100m泳ぐくらい余裕だったのに、今では25mでさえ泳いだら倒れそうになるわぁ……」<br /><br /> だが、直後に笑顔を見せてくれたように、彼女の明るさが翳ることはなかった<br /> ……この時に、無理にでも入院を勧めていれば、あの事故が起きることはなかっただろう――<br /> よく晴れた日、二人で自転車に乗っていた時の事――<br /><br /> J「……で、例の如く笹塚が廊下に立たされて、ベジータはギャリック法違反で――」<br /> 銀「……」<br /> J「……おい水銀燈? どうし――」<br /><br /><br /> ガシャーン!!<br /><br /><br /> J「!! 水銀燈!! 大丈夫か!?」<br /><br /><br /> 何と、水銀燈は自転車に乗ったまま居眠りしてしまったのだ!<br /> あろうことか、顔面を打ってさえ目を覚まさなかったのだ。<br /> 僕は生まれて初めて、携帯で三桁の番号に繋いだ――<br /><br /><br /> 銀「お願い……JUM。皆には、『居眠りして転倒した』って言わないで……!」<br /> J「……分かった」<br /><br /> 彼女の怪我は不幸な事故として伝えられた。<br /> だがもし真相を伝えたら? 彼女が嘲笑を浴びるであろう事は疑うべくもなかった。<br /> それだけは何としても避けたかった。<br /><br /> この事故を契機に、彼女の病名が判明した。<br /> 「バセドウ病」という病気で、甲状腺機能障害の一症状により臓器のエネルギー代謝が激しくなり、<br /> 体重の減少、体力の低下を招き、また過度の居眠りもそこから併発しているとの事だった。<br /> そして――投薬で甲状腺ホルモンの量を正常に出来れば、普通の人と変わらない生活を送るようになれる、との事だった。<br /><br /> 銀「……で、月一で血液検査をして進展を見るんですって」<br /> J「本当か……良かったな。これで、また前みたいに自転車で遠出とかも出来るな……!」<br /> 銀「ええ……JUM……」<br /><br /> 幸い、すぐに退院できた<br /> 彼女は余程嬉しかったのか、級友に聞かれる度に病気のことを話していた<br /> 最も、なかなか信じてもらえなかったようではあるが――<br /><br /><br /> しかし、彼女の遅刻は次第に増え、<br /> 級友たちは残酷にも「歴代新記録更新!」などとからかう始末であった。<br /><br /> 銀「うるさいわねぇ……睡眠時間を削って勉強してるのよぉ!」<br /><br /> 彼女は表向き明るく、そういなしてはいたが、内心では悲鳴を上げていたに違いない――<br /> 後で聞いた話だが、このころ彼女は一日のうち12時間近くを睡眠に充てていたのだ。<br /> 休日に彼女を誘っても断られるようになった――恐らく、断らざるを得なくなっていたのだろう。<br /><br /><br /> 水銀燈が通院するようになってしばらくした頃、<br /> 彼女は現状と悩みを打ち明けてきた。<br /><br /> 銀「……通常ならホルモン値が低下するはずが、逆にじわじわ上昇してるって……」<br /> J「……え?」<br /> 銀「入院を勧められたわぁ……でも、修学旅行も行きたいし、来年になれば受験もあるし……」<br /> J「……」<br /> 銀「でも……行きたいけど、行けるかしらぁ?」<br /> J「うーーん……出来るなら、僕は水銀燈と一緒に居たいな……」<br /> 銀「JUM……」<br /> J「もうちょっと様子を見て……そうだな、自転車に乗るとかしなければ大丈夫じゃないか?」<br /> 銀「……うん、そうねぇ……そういうことをしなければ大丈夫よねぇ……!」<br /><br /><br /> 多分彼女は、僕のその一押しを待っていたようだった<br /> 後から考えれば、何と軽率だったことか……彼女の機嫌を損ねようと、入院を勧めるべきだったかも知れない<br /> ……いや、もしかしたらどちらにしろ同じだったかも知れない<br /> バセドウ病とは別の奇病が、音もなく彼女を侵食していったのだ――<br /> 結局、彼女はそのどちらも参加することは出来なかった。<br /><br /><br /> 三年生に上がって、転機となる事件が起こった。<br /><br /><br /> 何と彼女は、どんなことが起ころうとも目を覚まさなかったのだ!<br /> どんな大きな音も、彼女を目覚めさせるには至らなかった。<br /> 彼女は、眠ったまま病院に運ばれた――<br /><br /> 以前の自転車事故を目撃していた僕は、嫌な予感に捕らわれた。<br /><br /> 級友の間に笑いがさざめいた。<br /> 担任に至っては、「白雪姫の喉にリンゴが詰まったようだ」とまで言う始末――<br /> しかし、その笑いは一日で音もなくかき消された。<br /><br /><br /> 彼女は眠り続けた。<br /><br /> 次の日も。<br /><br /> その次の日も。<br /><br /><br /><br /><br /> 僕はこのとき、ある決心をした。<br /><br /><br /> 彼女が目を覚ましたのは、二週間後だった。<br /> クラスの皆が安堵した――少なからず、『眠り姫』などと呼んだことに対する罪悪感もあっただろうが……<br /> 僕はすぐに見舞いに行った。<br /><br /> J「水銀燈! 良かった、目が覚めたんだな……!」<br /> 銀「JUM……ああ、JUM……!」<br /> J「正直、前の自転車事故のこともあったし、心配で心配で……」<br /> 銀「目が覚めたら、いきなり天井が違ってて……正直、とても恐かったわぁ……」<br /> J「まぁ、とりあえず、目が覚めたんだし――」<br /> 銀「今度こそ入院した方が……って言われたけど、それよりも不安の方が大きいわぁ……また何日も眠り続けるのか、と思うと――」<br /><br /><br /> 結局この時も、入院は見送った。<br /><br /> だが、居眠りは相変わらずだったが、もうそれをからかう者はいなかった。<br /><br /> 銀「………?」ハッ<br /> 銀「………(良かった……私――)」<br /><br /> 授業中、居眠りから覚めた彼女が、声を押し殺して涙を流す姿を見ては―――<br /><br /><br /><br /> それから少しして、僕は誘われて彼女の部屋に行った。<br /> 彼女の病状が悪化する前は頻繁に行き来していたものだったが……<br /> 彼女に、将来のことを訊かれた。<br /><br /> J「……まずは、大学に行く。やりたい事が、あるんだ。それを、実現させる」<br /> 銀「大学かぁ……私も……」<br /><br /> 彼女の病状のことは、あれ以来なるべく触れないようにしていた。<br /> 尤も、彼女にその話題を振られたところで、当時の僕にはどうしてやることも出来なかった。<br /> だが、彼女の恐怖は限界に達していた――<br /><br /> 銀「毎日、夜が恐いわぁ……日が暮れて、また明日太陽を見ることが出来るかしらぁ?」<br /> 銀「また二週間眠り続けるのかも……いえ、今度はもっと長いかも……二度と目覚めないかもしれない……!!」<br /> 銀「毎晩、同じ事を考えてるわ……寝たくない、寝たら駄目って思っていても、どうにも出来ない……」<br /> 銀「朝日を見たら、本当にホッとするわぁ……でも、また夜が来れば同じく恐怖に襲われる……その繰り返しなのよぉ……」<br /><br /><br /> 彼女は僕の胸で泣いた。<br /> 可哀想に、彼女は囚人なのだ。夜と共に来る眠りの足音を、震えながら待つしか出来ない囚人――<br /><br /><br /> J「大丈夫――僕は、いつまでも待ち続けるよ。君の目が覚めるのを、いつまでも。絶対に――」<br /><br /> 僕には、そう誓うことしか出来なかった。<br /><br /> その日、僕は彼女を抱いた。<br /><br /><br /> 女性を抱いたのは、これが最初で最後だった。……それは、彼女も同じだった。<br /><br /><br /> 彼女の体は、触れれば砕け散りそうな儚さだった。<br /> それは、夏の終わりに見つけた蝉の抜け殻のようでもあった―――<br /><br /> そのあと二人で、態度でクラスの皆にばれたらやだね、とか話していたが――<br /> ある意味、それは杞憂に終わった。<br /><br /><br /><br /> 次の日から、また彼女は長い眠りについた――<br /><br /><br /><br /> 彼女は、卒業式に出席できなかった。<br /> もしかしたらあの日、僕が彼女のエネルギーを奪ってしまったのか……?<br /><br /><br /> 結局、彼女が目を覚ましたのはそれから10ヵ月後だった「そうだ」。<br /><br /><br /> 僕は大学の現役合格が叶わず、そのころ予備校の合宿に入っていた<br /> しかも、実家との連絡が原則禁止との事だったので、僕は彼女が目覚めている間に見舞いに行けなかった。<br /><br /> ――いつまでも待つと約束したのに――<br /><br /> 後で聞いた話では、彼女は2日間目覚めていたそうだが――その間、ひどく取り乱していたそうだ。<br /><br /><br /> 僕は後悔した。<br /> そして、それから毎日のように、彼女を見舞い続けた。<br /><br /><br /> 彼女は、閉じた瞳で静かに僕を責め続けるだけだった。<br /><br /><br /><br /> ――6年ぶりに、彼女が目覚めた。<br /><br /><br /> その知らせを聞いて、僕は彼女の病室へと駆け込んだ。僕にとっては7年ぶりだ。<br /> 彼女は、前のように取り乱しはしていなかった。<br /><br /><br /> 銀「JUM……」<br /> J「……ごめん、水銀燈。前は、傍に居てやれなくて――」<br /> 銀「ううん、もういいわぁ。で……今回は……何年、寝ていたのかしらぁ」<br /> J「……6年、だよ」<br /> 銀「6年ねぇ……JUMが大人っぽくなる筈だわぁ。ふふ……ところで、その白衣……JUM、お医者さんになったのぉ?」<br /> J「ああ。いま、この病院に研修医として勤めているんだ。……水銀燈の病気を研究するために。水銀燈の病気を治療するために――!」<br /> 銀「JUM……有難う、JUM……」<br /><br /><br /> それから僕たちは、高校時代のように話し込んだ。<br /> 歳はとっても、彼女の心は実質何日もたっていない――僕は心が弾んでいった。<br /><br /><br /> 銀「JUM……その紙は?」<br /><br /> 彼女は、僕が持っていたそれに気がついた。<br /> これは、彼女が目覚めたときのために用意していたものだ。<br /><br /><br /> J「――婚姻届だよ」<br /> 銀「え?」<br /> J「水銀燈――僕と結婚してくれないか?」<br /><br /><br /> 最初、彼女は呆然とし、すぐに顔を真っ赤にし、俯きながら頷いた。<br /><br /><br /> この日から、僕と彼女は同じ姓となったが――<br /> わずか8時間の新婚生活で、彼女はまた囚われの身となってしまった。<br /><br /><br /> 今度の眠りは、とてつもなく長いものとなった。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> 斉「お帰りなさい、先生。奥さまは今日も元気ですよ」<br /> J「有難う、斉藤君……こんな爺の我儘に付き合わせてしまって……」<br /> 斉「お気になさらず……でも、奥様が羨ましいですね、此処まで愛してくださる旦那様が居るというのは……じゃ、何かあったら呼んでください」<br /><br /><br /> J「水銀燈……計算では、ここ数年で目覚めてもおかしくないはずなんだが……」<br /><br /><br /> J「お願いだ、水銀燈……僕がまだ生きているうちに……君が死んでしまう前に……もう一度、目を覚ましてくれ……」<br /><br /><br /><br /> J「僕は……僕たちは、水銀燈を知らず傷つけていたことを謝らなければいけない……『眠り姫』なんて呼んでいたことを……」<br /><br /><br /><br /><br /> J「いや……きっと目覚めるさ……もう少し、あと少しなんだ……こうしている間にも目覚めて、僕に微笑んでくれる……そうだろ?」<br /><br /><br /><br /> そして、僕は握っていた彼女の手に、そっと口づけをした。<br /><br /><br /> ~了~</p>

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