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『保守かしら』 2007年11月16日  放課後の実験のためにカナは校庭にいたのね。 実験は成功で、校庭から部室までラジオは受信できたし、リモコンもばっちり。  ただカナは途中で校庭の植え込みの方に入ってたの。  なんとなく木の多い所でもちゃんと送信・受信できるかしらって、気になっただけだったんだけれど…。  そろそろ部室に戻ろうと思って、ラジオを切って植え込みから出ようとしたんだけど、その時  「じゃあ翠星石の何がいけないんですぅ!?」  って叫び声が聞こえたの。実験に夢中で気がつかなかったけれど、校庭には翠星石とジュンがいたわ。 ちょうど、紫陽花の植え込みの前あたり。  「なにも悪くなんかないよ、翠星石はきっと僕にはもったいないくらいの人だと思う」  翠星石は今にもジュンに飛びかかりそうにも見えたし、泣き出してしまいそうにも見えたわ。そんな 翠星石をジュンは怖がらずに真面目に見返してた。  「じゃあ、なんで」  「真紅が入院してからさ、僕なりに考えたんだ。アイツに守られてばっかりだけど、アイツを守ってやりたいって」  ジュンの言葉を聞きながら、翠星石の心がしぼんでいくのが目に見えるみたいだったかしら。  「やっぱりジュンは、真紅が好きなんですね」  「ごめん…でもこんな風に思えるのも、真紅が入院してたとき翠星石が僕の相談に乗ってくれたり 息抜きをさせてくれたからだと思う…ありがとう」  ジュンはすごく悪い事をしているみたいに、すまなそうにしていたかしら。  翠星石はやっぱりどんなときでも烈しい翠星石で、もう一度顔をあげてジュンに言ったわ。  「それでも…翠星石は…翠はジュンが好きです」  「…ごめん」  ジュンが言ったとたん、翠星石は走ってジュンの横をすり抜けて校庭から出ていったの。  「翠星石!」  ジュンは翠星石を追いかけそうになったけれど、結局追いかけなかったわ。それから翠星石のいなくなった方と 逆方向の校舎に入っていった。  本当は聞いちゃ行けない事を聞いちゃったし、悪い事をした気分だったから、カナはさっさと部室に戻ろうとしたの。  でも  「金糸雀」  急に呼び止められて、校庭を挟んで反対側の植え込みの木陰から蒼星石が出て来たわ。  「共犯だね」  蒼星石はそんなことを言ったかしら。冗談ぽかったけど、蒼星石の顔色は悪かったし、顔も全然 楽しそうじゃなかった。  「この事は誰にも言わないで」  この事っていうのは翠星石が失恋した事か、蒼星石が覗いてた事かわからなかったけれど、どっちも 言いふらすつもりなんてなかったから、カナは頷いたわ。  「もちろんかしら」  「ありがとう。それじゃ、僕は翠星石のところに行くよ」  「カナも行くわ」  カナは一緒に翠星石をなぐさめようと思ったんだけれど…。蒼星石は、カナがドキッとするくらい 苦そうな笑顔を浮かべたかしら。そしてカナに聞いたの。  「君は真紅とジュンを祝福するかい?」  「…うん」  「ここは僕に任せて」  その言葉を残して、蒼星石も校庭から出て行ったかしら。  それからカナは部室に戻って、結果を部誌に記入して、家に帰って来たわ。  たぶん今頃、蒼星石と翠星石は二人っきりで話をしているかしら。  翠星石もジュンが好きだったのね。  これから幸せそうなジュンと真紅を見ると、翠星石は悲しくてたまらなくなるのかしら?  それとも、今までもずっとそうだったのかしら…。 ---- 2007年11月16日  翠星石がまだ家に帰ってないんだって。  カナの所に来てないかって、蒼星石から電話があったわ。  翠星石を追いかけたけれど、見つけられなかったって蒼星石は言ってた。  ケータイの電源は切ってるみたいだし、普段から持ってるGPSは学校のゴミ箱から見つかったって。  「探すのを手伝うわ」って、言ったけど「家のお手伝いさん達が探してるから大丈夫だよ」って蒼星石に断られたわ。  お姉ちゃんに相談したら、「携帯が繋がらないってことは、翠星石はまだ一人でいたいんでしょうから、そっとしておいてあげなさい」って。  翠星石は家族思いだから家出したりしないと思うけれど、蒼星石がすごく心配そうだったから早く帰って来てあげて欲しい。  あのときカナと話してなかったら、蒼星石は翠星石に追いつけてたのかしら。 ---- 2007年11月17日  ピチカート、カナが翠星石を見つけちゃったかしら。  翠星石が学園の中庭に倒れていたの。  昨日は気分がうわついちゃってたから、もう一度部誌を見直して文化祭向けレポート のとっかかりをつかもうと思ってたの。  学園の中庭には向日葵がたくさん咲いているんだけど、そこからふとっちょの猫さんが うるさいくらい鳴いてたの。  向日葵畑の中には管理用の道が造られてるのをカナは知ってたから、ちょっとその道に 入って、猫さんを探したのよ。  すごく頭のいい猫さんだから、あんなに鳴くのは何だか変だなーって。  そしたら、道の行き止まりに猫さんがいて、すぐそばに翠星石が倒れてたかしら。猫さんは 翠星石の事を教えようとしてくれてたのね。  立ち枯れて、緑色のあせた向日葵に囲まれて、翠星石は寝ていたかしら。  最初カナは翠星石は一人になりたくてここに来て、そのまま泣きつかれて眠っちゃったと思った から、普通に翠星石を起こそうとしたわ。  「翠星石、起きるかしら!」って。  でも、何度も声をかけても、ゆすぶっても翠星石は寝言一つ言わないの。ずっと静かな寝息を立てたまま。  ゆすぶっても寝息のリズムすら変わらないのよ!?カナは怖くなって走って職員室に行ったかしら。 休みの日でも先生は何人かいるから、すぐに翠星石の所まで来てくれたわ。  でも先生達でもどうしようもなくて、翠星石は先生の車に乗せられて、病院に運ばれたかしら。  助手席に保健の先生、後ろには翠星石が寝かされてたから、カナは置いてけぼり。でも翠星石が心配だったから、 とりあえずもう部室についてたばらしーちゃんと合流してから病院に行ったの。  病院に着いたら、ロビーに蒼星石がいて、「来ると思ったよ」って声をかけられたわ。  蒼星石の顔はいきなり5Kgも体重が減ったみたいに鋭くなってた。  蒼星石は翠星石の事を説明してくれたかしら。  翠星石は本当にただ寝てるだけみたいなんだけれど、なにをしても全然目が覚めないから 精密検査中なんだって。  「昏睡状態だね」  蒼星石はため息をついて、しめくくったかしら。  「蒼星石が落ちこんだら駄目かしら。きっとすぐに良くなるわ」  「たしかに僕が落ちこんでても何にもならないね。…ねぇ金糸雀、翠星石がどんな風だったか 教えて欲しいんだけど」  それでまた、学園に戻ったわ。向日葵畑に入って、どんな風に翠星石が倒れていたか説明したの。  といっても、カナが教えれる事なんてほとんどないから、話しはすぐに終わったわ。  「…なんでこんなところに」  蒼星石は向日葵の並んでる所に手を入れたかしら。  「どうしたの?」  「白薔薇が落ちてる」  言葉通り、蒼星石は白薔薇を拾ったみたい。  「おかしいな…栽培してるのは別の場所なんだけど」  「それは変ね。こんなところまで風で転げてくるはずないかしら」  「前に手入れした時も落ちてなかったし…あ」  人が倒れてて、近くに白薔薇がある。カナと蒼星石が思い出したのは同時だったみたい。  「…雛苺の時と同じだね」  「ひっ」  ばらしーちゃんが小さく悲鳴をあげたけど、それも無理ないかしら。蒼星石の呟く声はとても低くて、 全身から怒りがみなぎってたから。  それまでの落ちてた気持ち全部に火がついたみたいだった。  「だとしたら、翠星石が倒れているのを放置して雛苺の事件となぞらえた愉快犯がいたのかもしれない。 いや、そもそも翠星石はここで誰かに襲われたのかも」  蒼星石の声は抑揚がなくて、ひどく早口で、カナはとにかく落ち着いて欲しいと思ったかしら。  「結論を急ぎすぎかしら、蒼星石」  「…ああ、ごめん。でも僕はこれを必ず確かめなくちゃ行けない」  「警察に相談した方が良いと思うわ」  「そうするつもりだけど、きっと取り合ってくれないよ」  その赤い目からは今にも血の涙が出そうだったかしら。  「蒼星石が犯人を捜すなら、カナも手伝うかしら」  カナの横を通り過ぎるとき、蒼星石はカナに囁いたわ。  「ごめん」って。  なんで謝られたのか分からなくて、カナはしばらくきょとんとしてて、ばらしーちゃん に「蒼星石さんは真面目、で、公平…」って言われて、やっとカナにも理解できたかしら。  蒼星石はカナを怪しんでるんだろうなって。だってカナは第一発見者だし、発見できた理由が すごく怪しいわ。  考えてみたらカナが一番簡単に白薔薇を置けるもの。  でも蒼星石をひどいと思う気持ちは湧いてこなかったかしら。だって、あの時の蒼星石は一番辛くて 泣いてもよかったのに、まるで自分を責めていたもの。  家に帰ってから、おねえちゃんに蒼星石の事を話したわ。  おねえちゃんの感想は「きっと自分を罰したいのねぇ」だったかしら。  おねえちゃんはムダなことをするのが嫌い。だから話す時も結論だけ言っちゃうことが多いの。この時も それで、カナにはよくわからなかったかしら。  「なんで蒼星石が自分を罰したいの?」  「昨日、あの娘が翠星石に追いついていれば、こんな事にならなかったからよ」  「そんなのその時にはわからなかったかしら」  「それでも蒼星石は責任を感じているんでしょう。あの娘らしいわ」  「ん~、納得がいかないかしら。蒼星石は何も悪くないのに」  「仕方がないわよ。これはあの娘の心の問題だもの」   カナは蒼星石の心の問題で片付けちゃうのは、ちょびっと納得がいかなかったの。  「でも白薔薇が落ちてたし、本当に人が来たかもしれないかしら」  けど、おねえちゃんは既にそのことも見当がついてたみたい。  「そこが既に怪しいのよ。だいたい白薔薇が落ちてただけで犯人がいるって 決めつけるのが、既に冷静さを書いてる証拠よ」  「でも、誰かが持ってこないとあんな所に白薔薇が落ちてるはずないかしら」  「いるじゃない。現場に白薔薇を持って来れる娘が」  「カナかしら?」  「ふふ、自白してどうするのよおばかさぁん。…そうじゃなくて、翠星石自身よ」  「あ」  「告白用に最初から持ってたのか、フラれてからなぐさめに持ち出したのかは 知らないけれどね。あと園芸部が畑を手入れした後に誰も立ち入らなかった証拠もないわ。 『白薔薇を持ちこんだ愉快犯がいる』なんて、数ある可能性のなかでも確率の低い話よぉ」  カナは立ち上がったかしら。  「蒼星石に教えてあげないと」  「蒼星石の捜査が一段落してから話すことね。少し落ち着いてから話した方がいいわ」  「どうして?」  「今は犯人探しでもしてないと、あの娘の気が紛れないでしょうから」  カナはそこまで気が回らなかったかしら。  おねえちゃんはその場所にいたカナよりも状況が見えてて、そのうえ、蒼星石の心まで 気遣ってた。どれもおねえちゃんの言う通りかしら。  カナは遠ざけられてるけど、蒼星石が無理しすぎないように気をつけないと。真紅とジュン にも手伝ってもらいたいけど、それはダメよね。  なんにせよ明日は病院に行かなきゃ。たぶん失恋のショックで倒れただけだから近いうちに 目が覚めると思うんだけど…。 ---- 『保守かしら』 2007年11月18日  翠星石もやっぱり真紅がいた病院に入院したかしら。  翠星石の部屋には女の人が一人付いてたわ。聞き覚えのある声だと思ったら、翠星石 の屋敷の人みたい。  翠星石はすっと寝てるのがフランスの時の雛苺に似てるかなって思っていたけど、 翠星石は苦しそうじゃなかったから、ちょびっと安心。  でも逆にちょっとふしぎ。なんで翠星石はあんなに幸せそうに笑っているのかしら?  失恋して寝こんだなら苦しい顔にならない?それとも心も衝撃を受ければ反作用みたいな 物が働くのかしら。  なんにせよ手を握っても雛苺や真紅と違ってあたたかで、健康そうだからほっとしたわ。  それから病院に来たから、メグさんの所も訪ねたわ。部屋に入ったら「随分と浮かない顔をしてるのね」 って言われちゃった。  メグさんには真紅の近況を伝えたり、翠星石と蒼星石の事を話したりしたかしら。  帰る時に「貴女までこっちに来ないようにね」って言われたわ。  それで改めて思ったんだけれど、姉妹で入院した人が今年だけで三人もいるのね。それぞれに 関係はないんだけれど、メグさんが心配するのも無理ないかしら。 ---- 2007年11月19日  部活終わりで下校した時、下足室に真紅がいたかしら。  文化祭に向けた生徒会活動で残ってたついでにカナを待っててくれたんだって。それで ばらしーちゃんと三人で帰ったんだけれど真紅はちょびっとふくれてた。  「フキゲンそうだけど、どうしたのかしら?」  「翠星石が入院してたなんて知らなかったわ。貴女は知ってた?」  色々説明するべきなのか迷ったけど、とりあえずうなずいたわ。  「そう。私だけのけ者?」  「そんなつもりじゃなかったかしら」  しばらく本当ににふくれちゃった真紅をフォローしてたかしら。でも真紅が こっちに気持ちを見せるようになってくれて嬉しいなって、ちらっと考えたりしてたかしら。  帰り道は最初にばらしーちゃんを家に送るんだけど、槐さんにおよばれしてきたかしら。  槐さんは真紅のことを気にしてたみたい。紅茶を煎れたりしてくれたんだけれど、真紅の 義手を見せてもらったりしてたから。  「不愉快かもしれないんだが…」て槐さんが言っても真紅はふつうに「べつに構いませんよ」 って手を見せて、槐さんはそれをしばらく見てた。  「まだ仮の物かな?」  「ええ、ゆくゆくは筋電義手を」  「なるほど」  槐さんは真紅に色々話しかけてたんだけど、途中で  「…おとうさま」  ばらしーちゃんが不機嫌そうな声を出して、そしたら槐さんはすぐに  「ああ、すまない。二人ともゆっくりしていってくれたまえ」  って言って部屋から出て行っちゃった。  おとうさまが自分の友達と話してたらけっこう嫌なものなのかしら?  カナはそういうのピンと来ないから、ばらしーちゃんが不機嫌そうなのが新鮮 なのとあわせて、ほのぼのした気分になったかしら。  「ばらしーちゃんも意外とやるかしら」  ふざけてカナが言ったら、ばらしーちゃんは照れてた。真紅もカナと同じような 気持ちだったみたいで  「なんだか珍しい物を見た気がするのだわ」  って言って、ばらしーちゃんをもっと照れさせてたかしら。  「…さて」  真紅が仕切り直して、話は蒼星石と翠星石の事になったわ。  真紅が翠星石の入院を知ったのは今日の昼休み。昼休みに真剣な表情の蒼星石に 16日はどこで何してたかとか色々聞かれたんだって。  「…ちなみに、16日は学校が終わったらまっすぐ帰って本を読んでいたから、 アリバイはないわね」  真紅はそう言って、つまらなそうに笑ったかしら。  カナは真紅に翠星石が倒れていた日の事とおねえちゃんの考えを細かく教えたかしら。  話しおわってから、真紅の最初の感想は  「私も水銀燈の考えに賛成だわ」  でも、真紅とおねえちゃんの表情はぜんぜん違ってたかしら。  おねえちゃんは落ち着いて見せてたけど、真紅の顔からはちょびっと怒りがこぼれてた。  「でも、それじゃあ私たちが蒼星石にできることってないじゃない」  「うん…でもそれがきっと一番良い事かしら」  「人はつらいときほど独りになりたがるのかもね。それでは何も解決しないとしても」  「…翠星石、さんの…目が覚めたら」  「うん、家宝は寝て待てよね」  翠星石が目覚めればすぐに解決することだもの。三人で考えても、おねえちゃんと結論は 変わらないかしら。  ピチカートに話すような事はこれだけかしら、あそうそう、真紅とこんな事を話したわ。  「少し意外だけれど…貴女水銀燈の言う事に素直に従うのね」  「へ?あぁまぁ…そうかしら」  正直そんなこと考えた事もなかったから、ちょびっととまどったかしら。  「言いたくなかったら構わないんだけれど、私のお見舞いに来ていたとき 水銀燈に何か言われた?」  「えーと『あんまり遅くならないように』だけかしら」  家に帰ってからおねえちゃんに確かめたけど、やっぱりそれくらいしか言 われてなかったわ。  真紅がなんだか悩んでる風で、カナは不思議に思ったわ。そして、はっと 気づいたかしら。真紅だって妹なんだから、あんまり心配されてないみたいで 悲しくなったんじゃないかしら!?  「でもでも、真紅の入院中はよくメグさんと電話してたのよ」  「そういえば電話してるメグを見かける事があったわね」  真紅は猫みたいだからわかりにくいけど、それから嬉しそうな感じだったわ。  翠星石も目が覚めれば、蒼星石が心配してくれてた事を嬉しく思うに違いないかしら。 ---- 2007年11月21日 うすぐもり  今日は蒼星石と仲直りできたかしら。  昼休みにふらっと蒼星石が教室に来たから、廊下でお話ししたわ。  「どうしたのかしら?」  カナはドキドキしながら聞いたかしら。また取り調べされるか、ひょっとしたら 翠星石に何かあったのかもと思っていたもの。  でも、違ったかしら。  「今までの事を謝りたくって」  「え」  「正直に言うと、翠星石の事で、君のことも疑ってた。本当にごめん」  蒼星石はカナに頭を下げたかしら。  「ううん、わかってくれればいいのかしら」  「…ありがと」  それから、喧嘩して仲直りしたすぐ後みたいなくすぐったいかんじがして、二人で笑ったかしら。  「じゃあ、今はこれで失礼するよ」  「もう行っちゃうのかしら」  カナが聞いたら  「真紅と巴にも謝りに行かなきゃならないんだ。放課後には雛苺の所にも」  蒼星石は苦笑いしてた。蒼星石は完璧主義だから、今回の事もだいぶ捜索範囲を広げてたみたい。  カナは迷ってから声をかけたかしら。その時蒼星石はもう歩きはじめてたわ。  「あの、蒼星石?」  「なんだい」  たぶんカナはこの質問をした時に一番ドキドキしてた。   「犯人探しはもうやめるのかしら?」  「もちろん、もうしないよ」  正直すごくほっとしたかしら。だっていないだろう犯人を捜すなんてやっぱり変だもの。  夜に真紅と電話で話したら、「私の所にも蒼星石が来たわよ」だって。  「蒼星石は私よりしっかりしているわね」  「真紅もしっかりさんかしら」  「そうでもないわよ。私はたくさんの人が支えてくれて、やっと落ち着いたの だもの。だから一人で立ち直ったあの娘は強いわ」  そんな風に真紅は蒼星石に感心しきりだったかしら。  ん~なんだか眠いかしら。  蒼星石と仲直りできたら、なんだか力が抜けたのかしら。  みんなに相談したりしてたから、カナも知らないうちに身構えてたみたい。  早いけどもう寝るかしら。おやすみなさい、ピチカート。 ---- 2007年11月23日  放課後、蒼星石と一緒に翠星石の所へ行ったわ。  蒼星石が扉の前くらいに来ると、静かに扉が開いたかしら。  中から扉を開けたのは、体にフィットする感じのスーツを着た人。  カナは少しびっくりしたけれど、蒼星石にはいつもの事だったみたい。   「おはようございます、お嬢様」  「レン、いつもおつかれさま。翠星石は?」  「お変わりありません」  レンさんはカナをちらっと見たかしら。  「ご学友の方ですか?」  「この娘が金糸雀だよ」  「はじめまして金糸雀様。私は蒼星石お嬢様の使用人です」  「は、はじめましてかしら」  カナはなんだか居心地が悪かったかしら。レンさんは目つきが鋭いんだもの。  「コーヒーをお出ししましょうか」  「いや、僕がやるから良いよ」  「了解しました」  レンさんは無口な人みたい。そのまま部屋を出て行っちゃった。  「ちょっと不器用な性質なんだ。ごめんね」  「かまわないかしら、レンさんは蒼星石専属の人なのかしら?」  レンさんは自分の事を『蒼星石お嬢様の使用人』って言ってたもの。  「そうだよ。元は普通に働いてたんだけれど、おじいさまに頼んで僕付きにしてもらったんだ」  「テキパキしてそうな人だものね」  「それもあるけれど、レンは実直で、本当は思いやり深いんだ。僕はそういう 所が気に入ってる」  「なるほど」  カナは蒼星石らしい人の選び方だと思ったかしら。  翠星石はやっぱり、幸せそうな微笑を浮かべて眠ってる。  蒼星石はベッド横の椅子に座って、翠星石の手を取ると優しく話しかけたかしら。  「今日は金糸雀が来てくれたよ」  「翠星石をどう思う?」  「前と全然変わらない…良い夢を見てるのかしら」  「そう。入院して一週間になるのに、何も変わらないんだ」  「やっぱり…長すぎなのかしら」  「この前、精密検査をしたんだ」  「結果はどうだったのかしら?」  「何も異常なし。おそらくは心因性で、珍しいけれどない訳じゃないらしいよ」  蒼星石は投げやりに言っている風に見えて、すごく悔しそうだった。  「あの、告白が原因かしら」  「翠星石は烈しい性格だからね。でもきっと、それはきっかけにすぎない」  二人ともしばらく翠星石の寝顔を見てた。  カナは蒼星石になんて言えばいいのかわからなくて、もどかしかったかしら。  「…ヴァイオリン、弾いてみてくれないかな」  蒼星石はぽつりと言ったかしら。  「かまわないけど…翠星石はたぶんカナの演奏が好きじゃないかしら」  「そうかな。君の演奏をけっこう気に入ってたみたいだよ」  「前にそこそこ聞けない事はないと認めてやらんでもないですぅ、って」  「それでもほめてるんだよ」  「あと、音楽ヒーリングをするなら、カナよりプロの人を呼んだ方がいいかしら」  「いや、今はあまり音の良し悪しは関係ないんだ」  「どういうこと?」  「翠星石の記憶を刺激する事をできるだけ試したいんだ。だから僕の家で演奏した 曲をまた弾いてほしい」  「ああ、えーと。どんなだったかしら…」  どんな曲を弾いたかなんて忘れてたから、蒼星石がハミングしてくれて、即興で2曲作って 弾いた事を思い出したかしら。  できるだけその時の指使いを再現して演奏したかしら。  カナが演奏している間中、蒼星石は翠星石の手を両手で握っていたわ。  2曲とも演奏が終わっても、やっぱり翠星石は目覚めなかったし、ぴくりとも反応 してくれなかったかしら。せめてうるさそうに寝返りを打ってくれたら良かったのに。  「役に立てなくて申し訳ないかしら」  「いや気にしないで。これで翠星石が目覚めたら、その方が奇跡だよ」  カナは翠星石が心配なのはもちろんなんだけど、蒼星石が演奏からずっと泣くのを堪えるような 顔をしてるのが気になったわ。犯人探しで気が紛れてたんだから、犯人探しをやめたら翠星石 の事が心配でたまらなくってしまうのは当然の事かしら。  「蒼星石は泣いてもいいと思うわ」  「え?」  「っと、えと…ずっと元気がなさそうだから」  「ありがとう。それだけでも元気が出たよ」  そういって蒼星石は笑顔を見せたかしら。でもやっぱり無理して笑ってたわ。  カナの言葉は蒼星石の励ましにはならなかったみたい。  カナの声やヴァイオリン、全ての音に特別な力があればいいのに。  そうしたら今日奇跡が起こって、カナの言葉も蒼星石に届いたのかしら。 ---- 『保守かしら』 2007年11月26日 雨のち晴れ 今日は蒼星石が家に来  やぁ、金糸雀。  この手紙は君の日記に忍ばせるつもりで書いているよ。  本当は君にもメッセージを残すつもりはなかったんだけれど、やっぱり誰かに伝えておきたくて。  君にとってはどうでも良い事なんだけれど、少しだけ僕の告白につきあって欲しい。  もしも、嫌だったらここから先は読まずにこの手紙を捨てて欲しい。  翠星石がジュン君にふられた時、僕は翠星石を追いかけなかったんだ。  あの時、君と別れてから、僕は色々考えてた。なんて声をかけようか、とかね。  そうして中庭での事を思い出していたのが悪かったのかもしれない。  膝の下から力が抜けて行くような感触がしてね。なんでだろう、無性に翠星石に会いたく なくなった。あんな経験は初めてだったな。ただただ、一人になりたかったんだ。翠星石も 同じ気持ちだったのかな。それとも僕を待っていてくれたんだろうか。  日が暮れてから家に帰ったら翠星石がいなくて、慌てて探したけれど後の祭りだった。  なんであの時力が抜けてしかたなかったんだろう。僕はとっくに諦めていたはずだったのに。  実は僕もジュン君が好きだったんだ。  雨の日に紫陽花を見ていたその姿に、なぜだか僕は一目で惹き付けられてた。柏葉さんに声を  かけられても返事ができなかったくらいにね。  でも歩き出すのは翠星石の方が早かったな。僕はいつも翠星石の後ろにいるばかり。そのくせ 僕は肝心な時に翠星石のそばに居る事ができなかった。  この状況は僕への罰だと思うよ。本当に。  面白くもない話につきあわせてごめんね。  それじゃあ、あいつと話しを付けてくるよ。場合によっては戦うことになるのかも。…自分で書いて、 少し笑ってしまったよ。戦うってなんだろう。ここ最近の出来事はどれも冗談みたいな事ばかりで困るよ。  気が抜けたついでに、もう一つだけ弱音を聞いてもらおうかな。  僕は鋏なんて欲しくなかったよ。  僕も翠星石や君みたいな優しい道具が欲しかった。  なんで僕には断ち落とし、傷つけるための道具が与えられたんだろう。  生まれた時から僕は凶暴な顔でもしていたのかな?  愛されていないことは知っているけれど、僕はお父様に特別嫌われていたのかな?  そんなことはないと思い直すけれど、最近いつもこんな考えが頭をよぎるんだ。  あいつを見つけてからかな。こんなことばかり考えてしまうのは。  あいつには気をつけて。あれは人の心が弱っている時に這い寄ってくる。  そしてまるで歌うみたいに色々な事を囁いてくるんだ。  君にまで近づいてくる事なんてないと思うけれど、もしもあれがやって来たら、気をしっかり持って。  君がこの手紙を読むのは何時になるのかな。  君は日記を気まぐれにつけるようだし、一週間後くらいだろうか。  この手紙に書いてある事は全部秘密にしてね。  それじゃあ、また学校で。  11/26   蒼星石  この手紙、今日カナの家に来たときに蒼星石が日記に挟んでいったみたい。  蒼星石に電話したけど繋がらなかったわ。家に電話したら、翠星石の所にレンさん と一緒にいるって聞いたかしら。  病院で取り繋いでもらったら、レンさんが出たわ。今蒼星石は「とある方」と話し 合ってる途中なんだって。たぶん「あいつ」のことね。  手紙の内容は言えないけれど、蒼星石が今どうしてるか色々聞いてたら、レンさん にも心配してるのが伝わったみたいで、レンさんに「私がお側におりますので、ご安心 ください」って言われたわ。  カナは、「蒼星石が思うように蒼星石が悪いとはとても思えないかしらって伝えて下さい」 ってだけレンさんに伝言しておいたかしら。  蒼星石は自分を見せたがらない所があるかしら。その蒼星石が手紙ごしとはいえ急に全部 話してくれたのは、懺悔みたいな気持ちからよね。  手紙にはよくわからない部分もあるけれど、そういう気持ちがたくさん伝わってくるかしら。  それにしても「あいつ」というのはそんな事をしてからじゃないと、話せないような人物なのかしら?  ひょっとして、蒼星石は本当に犯人を見つけたのかしら。 ---- 『保守かしら』 2007年11月27日  学校に行ったら、正門前にパトカーが止まっていたかしら。で、その横で先生達が立ってて 「本日は臨時休校です」って繰り返していたわ。  その時は何があったのかすごく気になったけれど、先生は何も教えてくれないし、しかたない から回れ石して家に帰ったかしら。  学校からすぐに帰るのって変な感じがするものね。  家に帰ったらおねえちゃんが起きてて、カナの分もお昼ご飯を作ってくれてたかしら。朝の うちに連絡網が回ってたみたいで、学校まで行ったのはカナみたいに携帯持ってなくて、朝早く 家を出る人だけだったみたい。  なんだかすごくいい匂いがして来たわ…お昼ご飯を食べた後に蒼星石に会いに行くかしら。 忙しいようでも少なくとも電話をしなくちゃ。
『保守かしら』 2007年11月16日  放課後の実験のためにカナは校庭にいたのね。 実験は成功で、校庭から部室までラジオは受信できたし、リモコンもばっちり。  ただカナは途中で校庭の植え込みの方に入ってたの。  なんとなく木の多い所でもちゃんと送信・受信できるかしらって、気になっただけだったんだけれど…。  そろそろ部室に戻ろうと思って、ラジオを切って植え込みから出ようとしたんだけど、その時  「じゃあ翠星石の何がいけないんですぅ!?」  って叫び声が聞こえたの。実験に夢中で気がつかなかったけれど、校庭には翠星石とジュンがいたわ。 ちょうど、紫陽花の植え込みの前あたり。  「なにも悪くなんかないよ、翠星石はきっと僕にはもったいないくらいの人だと思う」  翠星石は今にもジュンに飛びかかりそうにも見えたし、泣き出してしまいそうにも見えたわ。そんな 翠星石をジュンは怖がらずに真面目に見返してた。  「じゃあ、なんで」  「真紅が入院してからさ、僕なりに考えたんだ。アイツに守られてばっかりだけど、アイツを守ってやりたいって」  ジュンの言葉を聞きながら、翠星石の心がしぼんでいくのが目に見えるみたいだったかしら。  「やっぱりジュンは、真紅が好きなんですね」  「ごめん…でもこんな風に思えるのも、真紅が入院してたとき翠星石が僕の相談に乗ってくれたり 息抜きをさせてくれたからだと思う…ありがとう」  ジュンはすごく悪い事をしているみたいに、すまなそうにしていたかしら。  翠星石はやっぱりどんなときでも烈しい翠星石で、もう一度顔をあげてジュンに言ったわ。  「それでも…翠星石は…翠はジュンが好きです」  「…ごめん」  ジュンが言ったとたん、翠星石は走ってジュンの横をすり抜けて校庭から出ていったの。  「翠星石!」  ジュンは翠星石を追いかけそうになったけれど、結局追いかけなかったわ。それから翠星石のいなくなった方と 逆方向の校舎に入っていった。  本当は聞いちゃ行けない事を聞いちゃったし、悪い事をした気分だったから、カナはさっさと部室に戻ろうとしたの。  でも  「金糸雀」  急に呼び止められて、校庭を挟んで反対側の植え込みの木陰から蒼星石が出て来たわ。  「共犯だね」  蒼星石はそんなことを言ったかしら。冗談ぽかったけど、蒼星石の顔色は悪かったし、顔も全然 楽しそうじゃなかった。  「この事は誰にも言わないで」  この事っていうのは翠星石が失恋した事か、蒼星石が覗いてた事かわからなかったけれど、どっちも 言いふらすつもりなんてなかったから、カナは頷いたわ。  「もちろんかしら」  「ありがとう。それじゃ、僕は翠星石のところに行くよ」  「カナも行くわ」  カナは一緒に翠星石をなぐさめようと思ったんだけれど…。蒼星石は、カナがドキッとするくらい 苦そうな笑顔を浮かべたかしら。そしてカナに聞いたの。  「君は真紅とジュンを祝福するかい?」  「…うん」  「ここは僕に任せて」  その言葉を残して、蒼星石も校庭から出て行ったかしら。  それからカナは部室に戻って、結果を部誌に記入して、家に帰って来たわ。  たぶん今頃、蒼星石と翠星石は二人っきりで話をしているかしら。  翠星石もジュンが好きだったのね。  これから幸せそうなジュンと真紅を見ると、翠星石は悲しくてたまらなくなるのかしら?  それとも、今までもずっとそうだったのかしら…。 ---- 2007年11月16日  翠星石がまだ家に帰ってないんだって。  カナの所に来てないかって、蒼星石から電話があったわ。  翠星石を追いかけたけれど、見つけられなかったって蒼星石は言ってた。  ケータイの電源は切ってるみたいだし、普段から持ってるGPSは学校のゴミ箱から見つかったって。  「探すのを手伝うわ」って、言ったけど「家のお手伝いさん達が探してるから大丈夫だよ」って蒼星石に断られたわ。  お姉ちゃんに相談したら、「携帯が繋がらないってことは、翠星石はまだ一人でいたいんでしょうから、そっとしておいてあげなさい」って。  翠星石は家族思いだから家出したりしないと思うけれど、蒼星石がすごく心配そうだったから早く帰って来てあげて欲しい。  あのときカナと話してなかったら、蒼星石は翠星石に追いつけてたのかしら。 ---- 2007年11月17日  ピチカート、カナが翠星石を見つけちゃったかしら。  翠星石が学園の中庭に倒れていたの。  昨日は気分がうわついちゃってたから、もう一度部誌を見直して文化祭向けレポート のとっかかりをつかもうと思ってたの。  学園の中庭には向日葵がたくさん咲いているんだけど、そこからふとっちょの猫さんが うるさいくらい鳴いてたの。  向日葵畑の中には管理用の道が造られてるのをカナは知ってたから、ちょっとその道に 入って、猫さんを探したのよ。  すごく頭のいい猫さんだから、あんなに鳴くのは何だか変だなーって。  そしたら、道の行き止まりに猫さんがいて、すぐそばに翠星石が倒れてたかしら。猫さんは 翠星石の事を教えようとしてくれてたのね。  立ち枯れて、緑色のあせた向日葵に囲まれて、翠星石は寝ていたかしら。  最初カナは翠星石は一人になりたくてここに来て、そのまま泣きつかれて眠っちゃったと思った から、普通に翠星石を起こそうとしたわ。  「翠星石、起きるかしら!」って。  でも、何度も声をかけても、ゆすぶっても翠星石は寝言一つ言わないの。ずっと静かな寝息を立てたまま。  ゆすぶっても寝息のリズムすら変わらないのよ!?カナは怖くなって走って職員室に行ったかしら。 休みの日でも先生は何人かいるから、すぐに翠星石の所まで来てくれたわ。  でも先生達でもどうしようもなくて、翠星石は先生の車に乗せられて、病院に運ばれたかしら。  助手席に保健の先生、後ろには翠星石が寝かされてたから、カナは置いてけぼり。でも翠星石が心配だったから、 とりあえずもう部室についてたばらしーちゃんと合流してから病院に行ったの。  病院に着いたら、ロビーに蒼星石がいて、「来ると思ったよ」って声をかけられたわ。  蒼星石の顔はいきなり5Kgも体重が減ったみたいに鋭くなってた。  蒼星石は翠星石の事を説明してくれたかしら。  翠星石は本当にただ寝てるだけみたいなんだけれど、なにをしても全然目が覚めないから 精密検査中なんだって。  「昏睡状態だね」  蒼星石はため息をついて、しめくくったかしら。  「蒼星石が落ちこんだら駄目かしら。きっとすぐに良くなるわ」  「たしかに僕が落ちこんでても何にもならないね。…ねぇ金糸雀、翠星石がどんな風だったか 教えて欲しいんだけど」  それでまた、学園に戻ったわ。向日葵畑に入って、どんな風に翠星石が倒れていたか説明したの。  といっても、カナが教えれる事なんてほとんどないから、話しはすぐに終わったわ。  「…なんでこんなところに」  蒼星石は向日葵の並んでる所に手を入れたかしら。  「どうしたの?」  「白薔薇が落ちてる」  言葉通り、蒼星石は白薔薇を拾ったみたい。  「おかしいな…栽培してるのは別の場所なんだけど」  「それは変ね。こんなところまで風で転げてくるはずないかしら」  「前に手入れした時も落ちてなかったし…あ」  人が倒れてて、近くに白薔薇がある。カナと蒼星石が思い出したのは同時だったみたい。  「…雛苺の時と同じだね」  「ひっ」  ばらしーちゃんが小さく悲鳴をあげたけど、それも無理ないかしら。蒼星石の呟く声はとても低くて、 全身から怒りがみなぎってたから。  それまでの落ちてた気持ち全部に火がついたみたいだった。  「だとしたら、翠星石が倒れているのを放置して雛苺の事件となぞらえた愉快犯がいたのかもしれない。 いや、そもそも翠星石はここで誰かに襲われたのかも」  蒼星石の声は抑揚がなくて、ひどく早口で、カナはとにかく落ち着いて欲しいと思ったかしら。  「結論を急ぎすぎかしら、蒼星石」  「…ああ、ごめん。でも僕はこれを必ず確かめなくちゃ行けない」  「警察に相談した方が良いと思うわ」  「そうするつもりだけど、きっと取り合ってくれないよ」  その赤い目からは今にも血の涙が出そうだったかしら。  「蒼星石が犯人を捜すなら、カナも手伝うかしら」  カナの横を通り過ぎるとき、蒼星石はカナに囁いたわ。  「ごめん」って。  なんで謝られたのか分からなくて、カナはしばらくきょとんとしてて、ばらしーちゃん に「蒼星石さんは真面目、で、公平…」って言われて、やっとカナにも理解できたかしら。  蒼星石はカナを怪しんでるんだろうなって。だってカナは第一発見者だし、発見できた理由が すごく怪しいわ。  考えてみたらカナが一番簡単に白薔薇を置けるもの。  でも蒼星石をひどいと思う気持ちは湧いてこなかったかしら。だって、あの時の蒼星石は一番辛くて 泣いてもよかったのに、まるで自分を責めていたもの。  家に帰ってから、おねえちゃんに蒼星石の事を話したわ。  おねえちゃんの感想は「きっと自分を罰したいのねぇ」だったかしら。  おねえちゃんはムダなことをするのが嫌い。だから話す時も結論だけ言っちゃうことが多いの。この時も それで、カナにはよくわからなかったかしら。  「なんで蒼星石が自分を罰したいの?」  「昨日、あの娘が翠星石に追いついていれば、こんな事にならなかったからよ」  「そんなのその時にはわからなかったかしら」  「それでも蒼星石は責任を感じているんでしょう。あの娘らしいわ」  「ん~、納得がいかないかしら。蒼星石は何も悪くないのに」  「仕方がないわよ。これはあの娘の心の問題だもの」   カナは蒼星石の心の問題で片付けちゃうのは、ちょびっと納得がいかなかったの。  「でも白薔薇が落ちてたし、本当に人が来たかもしれないかしら」  けど、おねえちゃんは既にそのことも見当がついてたみたい。  「そこが既に怪しいのよ。だいたい白薔薇が落ちてただけで犯人がいるって 決めつけるのが、既に冷静さを書いてる証拠よ」  「でも、誰かが持ってこないとあんな所に白薔薇が落ちてるはずないかしら」  「いるじゃない。現場に白薔薇を持って来れる娘が」  「カナかしら?」  「ふふ、自白してどうするのよおばかさぁん。…そうじゃなくて、翠星石自身よ」  「あ」  「告白用に最初から持ってたのか、フラれてからなぐさめに持ち出したのかは 知らないけれどね。あと園芸部が畑を手入れした後に誰も立ち入らなかった証拠もないわ。 『白薔薇を持ちこんだ愉快犯がいる』なんて、数ある可能性のなかでも確率の低い話よぉ」  カナは立ち上がったかしら。  「蒼星石に教えてあげないと」  「蒼星石の捜査が一段落してから話すことね。少し落ち着いてから話した方がいいわ」  「どうして?」  「今は犯人探しでもしてないと、あの娘の気が紛れないでしょうから」  カナはそこまで気が回らなかったかしら。  おねえちゃんはその場所にいたカナよりも状況が見えてて、そのうえ、蒼星石の心まで 気遣ってた。どれもおねえちゃんの言う通りかしら。  カナは遠ざけられてるけど、蒼星石が無理しすぎないように気をつけないと。真紅とジュン にも手伝ってもらいたいけど、それはダメよね。  なんにせよ明日は病院に行かなきゃ。たぶん失恋のショックで倒れただけだから近いうちに 目が覚めると思うんだけど…。 ---- 2007年11月18日  翠星石もやっぱり真紅がいた病院に入院したかしら。  翠星石の部屋には女の人が一人付いてたわ。聞き覚えのある声だと思ったら、翠星石 の屋敷の人みたい。  翠星石はすっと寝てるのがフランスの時の雛苺に似てるかなって思っていたけど、 翠星石は苦しそうじゃなかったから、ちょびっと安心。  でも逆にちょっとふしぎ。なんで翠星石はあんなに幸せそうに笑っているのかしら?  失恋して寝こんだなら苦しい顔にならない?それとも心も衝撃を受ければ反作用みたいな 物が働くのかしら。  なんにせよ手を握っても雛苺や真紅と違ってあたたかで、健康そうだからほっとしたわ。  それから病院に来たから、メグさんの所も訪ねたわ。部屋に入ったら「随分と浮かない顔をしてるのね」 って言われちゃった。  メグさんには真紅の近況を伝えたり、翠星石と蒼星石の事を話したりしたかしら。  帰る時に「貴女までこっちに来ないようにね」って言われたわ。  それで改めて思ったんだけれど、姉妹で入院した人が今年だけで三人もいるのね。それぞれに 関係はないんだけれど、メグさんが心配するのも無理ないかしら。 ---- 2007年11月19日  部活終わりで下校した時、下足室に真紅がいたかしら。  文化祭に向けた生徒会活動で残ってたついでにカナを待っててくれたんだって。それで ばらしーちゃんと三人で帰ったんだけれど真紅はちょびっとふくれてた。  「フキゲンそうだけど、どうしたのかしら?」  「翠星石が入院してたなんて知らなかったわ。貴女は知ってた?」  色々説明するべきなのか迷ったけど、とりあえずうなずいたわ。  「そう。私だけのけ者?」  「そんなつもりじゃなかったかしら」  しばらく本当ににふくれちゃった真紅をフォローしてたかしら。でも真紅が こっちに気持ちを見せるようになってくれて嬉しいなって、ちらっと考えたりしてたかしら。  帰り道は最初にばらしーちゃんを家に送るんだけど、槐さんにおよばれしてきたかしら。  槐さんは真紅のことを気にしてたみたい。紅茶を煎れたりしてくれたんだけれど、真紅の 義手を見せてもらったりしてたから。  「不愉快かもしれないんだが…」て槐さんが言っても真紅はふつうに「べつに構いませんよ」 って手を見せて、槐さんはそれをしばらく見てた。  「まだ仮の物かな?」  「ええ、ゆくゆくは筋電義手を」  「なるほど」  槐さんは真紅に色々話しかけてたんだけど、途中で  「…おとうさま」  ばらしーちゃんが不機嫌そうな声を出して、そしたら槐さんはすぐに  「ああ、すまない。二人ともゆっくりしていってくれたまえ」  って言って部屋から出て行っちゃった。  おとうさまが自分の友達と話してたらけっこう嫌なものなのかしら?  カナはそういうのピンと来ないから、ばらしーちゃんが不機嫌そうなのが新鮮 なのとあわせて、ほのぼのした気分になったかしら。  「ばらしーちゃんも意外とやるかしら」  ふざけてカナが言ったら、ばらしーちゃんは照れてた。真紅もカナと同じような 気持ちだったみたいで  「なんだか珍しい物を見た気がするのだわ」  って言って、ばらしーちゃんをもっと照れさせてたかしら。  「…さて」  真紅が仕切り直して、話は蒼星石と翠星石の事になったわ。  真紅が翠星石の入院を知ったのは今日の昼休み。昼休みに真剣な表情の蒼星石に 16日はどこで何してたかとか色々聞かれたんだって。  「…ちなみに、16日は学校が終わったらまっすぐ帰って本を読んでいたから、 アリバイはないわね」  真紅はそう言って、つまらなそうに笑ったかしら。  カナは真紅に翠星石が倒れていた日の事とおねえちゃんの考えを細かく教えたかしら。  話しおわってから、真紅の最初の感想は  「私も水銀燈の考えに賛成だわ」  でも、真紅とおねえちゃんの表情はぜんぜん違ってたかしら。  おねえちゃんは落ち着いて見せてたけど、真紅の顔からはちょびっと怒りがこぼれてた。  「でも、それじゃあ私たちが蒼星石にできることってないじゃない」  「うん…でもそれがきっと一番良い事かしら」  「人はつらいときほど独りになりたがるのかもね。それでは何も解決しないとしても」  「…翠星石、さんの…目が覚めたら」  「うん、家宝は寝て待てよね」  翠星石が目覚めればすぐに解決することだもの。三人で考えても、おねえちゃんと結論は 変わらないかしら。  ピチカートに話すような事はこれだけかしら、あそうそう、真紅とこんな事を話したわ。  「少し意外だけれど…貴女水銀燈の言う事に素直に従うのね」  「へ?あぁまぁ…そうかしら」  正直そんなこと考えた事もなかったから、ちょびっととまどったかしら。  「言いたくなかったら構わないんだけれど、私のお見舞いに来ていたとき 水銀燈に何か言われた?」  「えーと『あんまり遅くならないように』だけかしら」  家に帰ってからおねえちゃんに確かめたけど、やっぱりそれくらいしか言 われてなかったわ。  真紅がなんだか悩んでる風で、カナは不思議に思ったわ。そして、はっと 気づいたかしら。真紅だって妹なんだから、あんまり心配されてないみたいで 悲しくなったんじゃないかしら!?  「でもでも、真紅の入院中はよくメグさんと電話してたのよ」  「そういえば電話してるメグを見かける事があったわね」  真紅は猫みたいだからわかりにくいけど、それから嬉しそうな感じだったわ。  翠星石も目が覚めれば、蒼星石が心配してくれてた事を嬉しく思うに違いないかしら。 ---- 2007年11月21日 うすぐもり  今日は蒼星石と仲直りできたかしら。  昼休みにふらっと蒼星石が教室に来たから、廊下でお話ししたわ。  「どうしたのかしら?」  カナはドキドキしながら聞いたかしら。また取り調べされるか、ひょっとしたら 翠星石に何かあったのかもと思っていたもの。  でも、違ったかしら。  「今までの事を謝りたくって」  「え」  「正直に言うと、翠星石の事で、君のことも疑ってた。本当にごめん」  蒼星石はカナに頭を下げたかしら。  「ううん、わかってくれればいいのかしら」  「…ありがと」  それから、喧嘩して仲直りしたすぐ後みたいなくすぐったいかんじがして、二人で笑ったかしら。  「じゃあ、今はこれで失礼するよ」  「もう行っちゃうのかしら」  カナが聞いたら  「真紅と巴にも謝りに行かなきゃならないんだ。放課後には雛苺の所にも」  蒼星石は苦笑いしてた。蒼星石は完璧主義だから、今回の事もだいぶ捜索範囲を広げてたみたい。  カナは迷ってから声をかけたかしら。その時蒼星石はもう歩きはじめてたわ。  「あの、蒼星石?」  「なんだい」  たぶんカナはこの質問をした時に一番ドキドキしてた。   「犯人探しはもうやめるのかしら?」  「もちろん、もうしないよ」  正直すごくほっとしたかしら。だっていないだろう犯人を捜すなんてやっぱり変だもの。  夜に真紅と電話で話したら、「私の所にも蒼星石が来たわよ」だって。  「蒼星石は私よりしっかりしているわね」  「真紅もしっかりさんかしら」  「そうでもないわよ。私はたくさんの人が支えてくれて、やっと落ち着いたの だもの。だから一人で立ち直ったあの娘は強いわ」  そんな風に真紅は蒼星石に感心しきりだったかしら。  ん~なんだか眠いかしら。  蒼星石と仲直りできたら、なんだか力が抜けたのかしら。  みんなに相談したりしてたから、カナも知らないうちに身構えてたみたい。  早いけどもう寝るかしら。おやすみなさい、ピチカート。 ---- 2007年11月23日  放課後、蒼星石と一緒に翠星石の所へ行ったわ。  蒼星石が扉の前くらいに来ると、静かに扉が開いたかしら。  中から扉を開けたのは、体にフィットする感じのスーツを着た人。  カナは少しびっくりしたけれど、蒼星石にはいつもの事だったみたい。   「おはようございます、お嬢様」  「レン、いつもおつかれさま。翠星石は?」  「お変わりありません」  レンさんはカナをちらっと見たかしら。  「ご学友の方ですか?」  「この娘が金糸雀だよ」  「はじめまして金糸雀様。私は蒼星石お嬢様の使用人です」  「は、はじめましてかしら」  カナはなんだか居心地が悪かったかしら。レンさんは目つきが鋭いんだもの。  「コーヒーをお出ししましょうか」  「いや、僕がやるから良いよ」  「了解しました」  レンさんは無口な人みたい。そのまま部屋を出て行っちゃった。  「ちょっと不器用な性質なんだ。ごめんね」  「かまわないかしら、レンさんは蒼星石専属の人なのかしら?」  レンさんは自分の事を『蒼星石お嬢様の使用人』って言ってたもの。  「そうだよ。元は普通に働いてたんだけれど、おじいさまに頼んで僕付きにしてもらったんだ」  「テキパキしてそうな人だものね」  「それもあるけれど、レンは実直で、本当は思いやり深いんだ。僕はそういう 所が気に入ってる」  「なるほど」  カナは蒼星石らしい人の選び方だと思ったかしら。  翠星石はやっぱり、幸せそうな微笑を浮かべて眠ってる。  蒼星石はベッド横の椅子に座って、翠星石の手を取ると優しく話しかけたかしら。  「今日は金糸雀が来てくれたよ」  「翠星石をどう思う?」  「前と全然変わらない…良い夢を見てるのかしら」  「そう。入院して一週間になるのに、何も変わらないんだ」  「やっぱり…長すぎなのかしら」  「この前、精密検査をしたんだ」  「結果はどうだったのかしら?」  「何も異常なし。おそらくは心因性で、珍しいけれどない訳じゃないらしいよ」  蒼星石は投げやりに言っている風に見えて、すごく悔しそうだった。  「あの、告白が原因かしら」  「翠星石は烈しい性格だからね。でもきっと、それはきっかけにすぎない」  二人ともしばらく翠星石の寝顔を見てた。  カナは蒼星石になんて言えばいいのかわからなくて、もどかしかったかしら。  「…ヴァイオリン、弾いてみてくれないかな」  蒼星石はぽつりと言ったかしら。  「かまわないけど…翠星石はたぶんカナの演奏が好きじゃないかしら」  「そうかな。君の演奏をけっこう気に入ってたみたいだよ」  「前にそこそこ聞けない事はないと認めてやらんでもないですぅ、って」  「それでもほめてるんだよ」  「あと、音楽ヒーリングをするなら、カナよりプロの人を呼んだ方がいいかしら」  「いや、今はあまり音の良し悪しは関係ないんだ」  「どういうこと?」  「翠星石の記憶を刺激する事をできるだけ試したいんだ。だから僕の家で演奏した 曲をまた弾いてほしい」  「ああ、えーと。どんなだったかしら…」  どんな曲を弾いたかなんて忘れてたから、蒼星石がハミングしてくれて、即興で2曲作って 弾いた事を思い出したかしら。  できるだけその時の指使いを再現して演奏したかしら。  カナが演奏している間中、蒼星石は翠星石の手を両手で握っていたわ。  2曲とも演奏が終わっても、やっぱり翠星石は目覚めなかったし、ぴくりとも反応 してくれなかったかしら。せめてうるさそうに寝返りを打ってくれたら良かったのに。  「役に立てなくて申し訳ないかしら」  「いや気にしないで。これで翠星石が目覚めたら、その方が奇跡だよ」  カナは翠星石が心配なのはもちろんなんだけど、蒼星石が演奏からずっと泣くのを堪えるような 顔をしてるのが気になったわ。犯人探しで気が紛れてたんだから、犯人探しをやめたら翠星石 の事が心配でたまらなくってしまうのは当然の事かしら。  「蒼星石は泣いてもいいと思うわ」  「え?」  「っと、えと…ずっと元気がなさそうだから」  「ありがとう。それだけでも元気が出たよ」  そういって蒼星石は笑顔を見せたかしら。でもやっぱり無理して笑ってたわ。  カナの言葉は蒼星石の励ましにはならなかったみたい。  カナの声やヴァイオリン、全ての音に特別な力があればいいのに。  そうしたら今日奇跡が起こって、カナの言葉も蒼星石に届いたのかしら。 ---- 2007年11月26日 雨のち晴れ 今日は蒼星石が家に来  やぁ、金糸雀。  この手紙は君の日記に忍ばせるつもりで書いているよ。  本当は君にもメッセージを残すつもりはなかったんだけれど、やっぱり誰かに伝えておきたくて。  君にとってはどうでも良い事なんだけれど、少しだけ僕の告白につきあって欲しい。  もしも、嫌だったらここから先は読まずにこの手紙を捨てて欲しい。  翠星石がジュン君にふられた時、僕は翠星石を追いかけなかったんだ。  あの時、君と別れてから、僕は色々考えてた。なんて声をかけようか、とかね。  そうして中庭での事を思い出していたのが悪かったのかもしれない。  膝の下から力が抜けて行くような感触がしてね。なんでだろう、無性に翠星石に会いたく なくなった。あんな経験は初めてだったな。ただただ、一人になりたかったんだ。翠星石も 同じ気持ちだったのかな。それとも僕を待っていてくれたんだろうか。  日が暮れてから家に帰ったら翠星石がいなくて、慌てて探したけれど後の祭りだった。  なんであの時力が抜けてしかたなかったんだろう。僕はとっくに諦めていたはずだったのに。  実は僕もジュン君が好きだったんだ。  雨の日に紫陽花を見ていたその姿に、なぜだか僕は一目で惹き付けられてた。柏葉さんに声を  かけられても返事ができなかったくらいにね。  でも歩き出すのは翠星石の方が早かったな。僕はいつも翠星石の後ろにいるばかり。そのくせ 僕は肝心な時に翠星石のそばに居る事ができなかった。  この状況は僕への罰だと思うよ。本当に。  面白くもない話につきあわせてごめんね。  それじゃあ、あいつと話しを付けてくるよ。場合によっては戦うことになるのかも。…自分で書いて、 少し笑ってしまったよ。戦うってなんだろう。ここ最近の出来事はどれも冗談みたいな事ばかりで困るよ。  気が抜けたついでに、もう一つだけ弱音を聞いてもらおうかな。  僕は鋏なんて欲しくなかったよ。  僕も翠星石や君みたいな優しい道具が欲しかった。  なんで僕には断ち落とし、傷つけるための道具が与えられたんだろう。  生まれた時から僕は凶暴な顔でもしていたのかな?  愛されていないことは知っているけれど、僕はお父様に特別嫌われていたのかな?  そんなことはないと思い直すけれど、最近いつもこんな考えが頭をよぎるんだ。  あいつを見つけてからかな。こんなことばかり考えてしまうのは。  あいつには気をつけて。あれは人の心が弱っている時に這い寄ってくる。  そしてまるで歌うみたいに色々な事を囁いてくるんだ。  君にまで近づいてくる事なんてないと思うけれど、もしもあれがやって来たら、気をしっかり持って。  君がこの手紙を読むのは何時になるのかな。  君は日記を気まぐれにつけるようだし、一週間後くらいだろうか。  この手紙に書いてある事は全部秘密にしてね。  それじゃあ、また学校で。  11/26   蒼星石  この手紙、今日カナの家に来たときに蒼星石が日記に挟んでいったみたい。  蒼星石に電話したけど繋がらなかったわ。家に電話したら、翠星石の所にレンさん と一緒にいるって聞いたかしら。  病院で取り繋いでもらったら、レンさんが出たわ。今蒼星石は「とある方」と話し 合ってる途中なんだって。たぶん「あいつ」のことね。  手紙の内容は言えないけれど、蒼星石が今どうしてるか色々聞いてたら、レンさん にも心配してるのが伝わったみたいで、レンさんに「私がお側におりますので、ご安心 ください」って言われたわ。  カナは、「蒼星石が思うように蒼星石が悪いとはとても思えないかしらって伝えて下さい」 ってだけレンさんに伝言しておいたかしら。  蒼星石は自分を見せたがらない所があるかしら。その蒼星石が手紙ごしとはいえ急に全部 話してくれたのは、懺悔みたいな気持ちからよね。  手紙にはよくわからない部分もあるけれど、そういう気持ちがたくさん伝わってくるかしら。  それにしても「あいつ」というのはそんな事をしてからじゃないと、話せないような人物なのかしら?  ひょっとして、蒼星石は本当に犯人を見つけたのかしら。 ---- 2007年11月27日  学校に行ったら、正門前にパトカーが止まっていたかしら。で、その横で先生達が立ってて 「本日は臨時休校です」って繰り返していたわ。  その時は何があったのかすごく気になったけれど、先生は何も教えてくれないし、しかたない から回れ石して家に帰ったかしら。  学校からすぐに帰るのって変な感じがするものね。  家に帰ったらおねえちゃんが起きてて、カナの分もお昼ご飯を作ってくれてたかしら。朝の うちに連絡網が回ってたみたいで、学校まで行ったのはカナみたいに携帯持ってなくて、朝早く 家を出る人だけだったみたい。  なんだかすごくいい匂いがして来たわ…お昼ご飯を食べた後に蒼星石に会いに行くかしら。 忙しいようでも少なくとも電話をしなくちゃ。

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