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「水銀灯」(2009/07/20 (月) 21:55:09) の最新版変更点
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どうしよう。<br />
私は本格的に困っていた。<br /><br />
あんまりにも月が綺麗で……今にも手が届きそう、なんて考えて。<br />
さらには何を思ったのか、手が届くかも、なんて夢見ちゃったりして。<br />
ハシゴを用意して、公園の照明灯に登って。<br />
てっぺんに腰掛けた瞬間、悪戯な風が吹いてハシゴが倒れちゃった。<br />
こうなったら、格好はつかないけど、しがみ付きながらズルズルと下に降りて。と思った瞬間。<br /><br />
「貴方、天使さんね!?」<br />
どこから湧いて来たのか、寝間着姿の少女が私を見上げていた。<br /><br />
そりゃあ、夜の公園の照明灯の上に座ってる美少女を見たら、天使だと勘違いするかもしれない。<br />
でも、私はあいにくと天使じゃなくって、ハシゴが倒れて困っている美少女。<br /><br />
でも、この水銀燈。ブサイクな真紅なんかと違って「助けてー」なんて情け無い事は言えない。<br />
だから……<br />
「ふふふ……私は天使なんかじゃないわよぉ?」<br />
ちょっと余裕の表情を見せながら、やんわりと電波少女の言葉に否定を入れておく。<br /><br />
なのに、電波少女はというと。<br />
「ううん、間違いないわ!天使よ!だって、こんなに綺麗なんですもの!」<br />
目をキラキラさせながら食い下がってくる。<br /><br />
ああ!もう!しつこいわねぇ!!<br />
貴方に見られてると、『ブザマにしがみついてズルズル落下作戦』が決行できないでしょぉ!?<br /><br />
正直、ちょっとイライラしてきたけど……私は誇り高き水銀燈。<br />
ミステリアスな余裕の笑みを浮べながら、寝間着姿の電波少女を見下ろすだけ。<br />
<br />
こんな事をしてたんじゃあ、逆にこの子の興味を引くだけかもしれないけど……<br />
ブザマな所を見られるより、ずっとマシ。<br /><br />
私は自分にそう言い聞かせながら、照明灯のてっぺんに腰掛けていた。 <br />
笑みを浮べながら優雅に足を組んだりなんかして、余裕を演出する事も忘れてはいない。<br /><br />
「素敵!やっぱり天使よ!」<br />
電波少女はなおも、本当に嬉しそうな笑顔で私を見上げてくる。<br />
私も、ついつい良い気になってフフンと笑みを浮べてしまった。<br /><br />
「私は柿崎めぐよ。天使さんのお名前は?」<br />
電波――もとい、めぐにそう聞かれて、私も咄嗟に名乗りそうになったけど……<br />
よく考えたら、『水銀燈が水銀灯に登ってました』なんてバレたら、とんだ笑い種になってしまう。 <br /><br />
ちょっとだけ、どう答えるべきか迷ったりもしたけれど。<br />
「どうして私が人間なんかに名乗らなくちゃいけないのよぉ……」<br />
プライドが邪魔をして、そう答えてしまった。<br /><br />
「そう……そうよね……」<br />
めぐは残念そうにうつむきながら、悲しげな呟きをもらしたりなんかしちゃってる。<br /><br />
ああ!もう!何でそんな顔するのよ!これじゃあまるで私が悪者じゃないの!<br />
「……水銀燈よ」<br />
小さく舌打ちしてから、仕方が無いので名乗ってあげる事にした。<br /><br />
めぐは、私が名乗ったのがよっぽど嬉しかったのか、顔をパッと上げると私に笑顔を向けてくる。<br /><br />
ああ、この目は完全に、私を天使と思い込んでる目ねぇ……<br />
そう思うと、期待を裏切れない、みたいな使命感が湧いてくるから不思議。<br />
まあ、私はイジワル真紅なんかと違って、とぉっても優しいんだから仕方の無い事。<br />
<br /><br />
それからも、めぐは目をキラキラ輝かせながら、憧れの天使さんに向けての質問攻撃。<br /><br />
「天使さんは空が飛べるの?」<br />
「じゃなかったら、どうやってここまで登るのよぉ……」<br />
本当はハシゴを使ったからだけど、ここは見栄が優先。<br /><br />
「天国ってどんな所?」<br />
「さぁ?私が教えるとでも思ったのぉ?」<br />
我ながらこの回答は、どんな時でも使える切り札に近い存在感があると思う。<br /><br />
「天使さんって皆、水銀燈みたいに綺麗な人なの?」<br />
「真っ赤でブサイクなのが一人居るわねぇ……」<br />
よく考えたら、あの子は天使というより修羅ね。返り血で真っ赤なタイプの。 <br /><br /><br />
と、そんな事を続けている内に、めぐは何を思ったのかこんな事を言ってきた。<br />
「私、天使さんの為に歌を歌うわ」<br />
<br />
それから、こほんと咳払いをしてから、めぐは私を見上げながら歌を歌いだした。<br /><br />
「 ―――― からたちの 花が咲いたよ ――――」<br /><br />
私はてっきり、賛美歌でも歌われるんじゃないかと思ったけど……<br />
めぐが歌ったのは、古い歌。<br />
どこかで聞いた事のあるような……それでいて、決して思い出せないような。懐かしい歌。<br /><br />
歌が終わると、めぐは相変わらずキラキラとした目で私を見上げてくる。<br />
「どうかな?気に入ってもらえた?」<br />
私も、ここばっかりは素直に、思ったとおりに伝えた。<br />
「悪くないわねぇ……」<br />
うん。悪くない。今まで聞いた全部の歌の中でも、一番悪くない。<br /><br />
私の感想に、めぐも嬉しそうに目を細めていた。 <br /><br /><br /><br />
「ねえ水銀燈……私、明日も歌を歌うから……またここで会ってもらえるかな?」<br />
別れ際、めぐは私に向かってそう言葉を投げ掛けてくる。<br /><br />
「どうしても、って言うなら……仕方ないわねぇ……」<br />
これでやっと降りられる。<br />
そう思って、すっかり舞い上がってた私は、ついついそう答えてしまった。<br /><br />
そして、めぐが帰った後……<br /><br />
相変わらず照明灯のてっぺんに腰掛けた私は、本格的に困ってしまった。<br /><br />
『また明日も』という事は……<br />
つまり、私は明日も。場合によっては明後日も、明々後日も、ここに登らなくてはならない、という事。<br /><br />
何だか、頭が痛くなってきた。<br /><br />
深いため息と共に、照明灯のてっぺんに座ったまま、私は月に向かってうんと手を伸ばす。<br />
当然のように、手は届かない。<br />
だって、私は天使なんかじゃないのだから。<br />
とびっきりの美少女ではあるけれど。<br /><br />
「ま、暫くは天使のフリをする、ってのも……悪くはないかもね……」<br /><br />
小さくそう呟いてから……どうやって降りようかと、周囲をキョロキョロしてみた。 <br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
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