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「第十三話 「想いを」」(2009/07/02 (木) 20:14:45) の最新版変更点
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<p align="left">第十三話 「想いを」<br /><br />
「ばいばいかしら」</p>
<p align="left">手を振りながら別れを告げる金糸雀に、僕も同じように応える。<br />
今日は大学の講義もなく暇で、夕方から金糸雀はバイトであった。<br />
故に、昔のように一緒にいる僕らは街に出て遊んでいたのだった。<br />
と言うよりも金糸雀に引っ張られるがままという感じなのだが。<br />
悪くない、この感情はきっとプラスのものなのだろうと思う。<br />
踵を返し、金糸雀とは逆方向である我が家に向かう。<br />
最近試行している、呆けながら帰路につくという技を駆使しようとする。<br />
元治さんの一件で学んだ、何も考えないという事だ。<br /><br />
「――――って」<br /><br />
試行を停止しようとしたが、僕の行く先に見える赤い者が見える。<br />
赤橙色の夕焼けの熱線のせいか、その人はとても赤く見えた。<br />
最早、赤ではなく紅、燃えているかのように見える。<br />
タイムマシンがあるのならオカルトじみたものも存在するかもな。<br />
そんな馬鹿のような事を考えてしまった為に、気になってしょうがない。<br />
已む無く、僕は妙な期待を信じて道に立つ赤い者へ向かっていった。<br />
それの歩く速度は遅く、少し早歩きすると段々と距離が詰まっていく。<br />
品の無い足音が大きく響き、静かな足音と並ぼうとした。<br />
すでに怪しさはあるものの、好奇心に押されるがままに横目で見た。<br />
結果は僕がいくつか想像していたものと異なっていた。<br />
その名前が示す通りに、姿を具現させた真紅だ。<br /><br />
「あら」<br /><br />
そう一言呟き、さほど驚いた様子も見せずに真紅は立ち止まった。<br /><br /><br />
色はわからないがワンピース、そして麦藁帽子といった夏の少女を彷彿させる出で立ちだった。<br />
相変わらず髪の毛は纏められて、見かけはとても活発的に見えなくもなかった。<br />
真紅は何も持たず、あるがままの存在だった。<br /><br />
「この時間帯だと、もうこんばんわね。こんな所でどうしたと言うの」<br /><br />
微笑みながら僕に言葉を投げかけてくる。<br />
今日は風もなく、陽も出てるのだが、不思議と涼しい日だった。<br />
その雰囲気に混ざるかのように、真紅は落ち着いていた。<br />
いつものような気品や静かさでなく、違う感じがした。<br /><br />
「大学生は暇という話を検証していたんだ。<br />
で、今日一日行動もとい遊んでいて話は本当だとわかったよ」<br />
「そう」<br /><br />
なんだか嬉しげに一言返してくる。<br />
大して面白味のある事を言った覚えはないのだが、何かあったのだろうか。<br /><br />
「ねぇ、少し歩きましょう」<br /><br />
淑女を気取り、その生き方を自他認める貫きぶり。急ぎ足で先行する真紅を見て、気品は感じるもやはり違和感を感じる。<br /><br />
「返事を聞かぬ間に真紅から行動するなんて、らしくないな」<br /><br />
そう言いながらも僕はついていった。<br />
彼女はどこに行く気なのだろうと、当初とは違った期待を膨らます事にした。<br />
烏が鳴いて何処かへ去っていく、かつては共に行動をして帰っていた。<br />
今ではその烏を見送って、僕は何処かへ行こうとしている。<br />
黄昏時の独特の感じのせいだろうか、懐かしみのあるような感覚でそんな事を思った。<br />
少年時代の鳴き声が遠くに消えていった。<br /><br /><br />
◆<br /><br />
そこは橋だった。<br />
県境そのものといえる大きな川を渡るための二つを繋ぐ架け橋。<br />
かつて橋の向こうには大手のショッピングモールが鎮座していた。<br />
橋はそれに合わせて作られたのか、モダンな中世的デザイン。<br />
それも昔の話、ショッピングモールは昔潰れた。<br />
今では看板も剥がされ、広大な土地は誰も使おうとせず、建物は急に寂びたように見える。<br />
この橋はたった数年で退廃的な象徴となってしまったのだ。<br /><br />
「“ラズベリーフィールズ”」<br /><br />
いきなり何かを真紅は口走ったが、何かはわからない。<br />
ラズベリー? 果物のだよな。<br /><br />
「本当の名前はね“苺場橋”というのだわ。<br />
けど、なんだか語呂も字の組み方も不器量でしょう。<br />
だから、昔流行った言葉遊びみたいに英語にするの。<br />
ブジッヂを除けて言ってみると“ラズベリーフィールズ”<br />
ね、可憐に聞こえるでしょう」<br /><br />
こんなに饒舌な真紅を見るのは初めてだ。<br />
好きな探偵物について語る時でさえ、こんな表情はなかった。<br />
無邪気に遊ぶ子供のような楽しさ、夕焼けが照らす笑み。<br />
違和感は消え、新鮮な感じを覚えだした。<br /><br /><br />
「昔、お父様が此処に買い物に連れてきてくれたわ。<br />
けど、人ごみが嫌いな私は此処を好きになれなかった。<br />
お父様が好きな綺麗な景色を気付かずにいた。<br />
この場所から人が消えて、ようやく気付いたわ」<br /><br />
昔とはまた違う光景であるだろうが、美しい事は否めなかった。<br />
白い橋が照らされて、苺のように、鏡のような川も、紅に。<br /><br />
「貴方も同じ」<br /><br />
風は未だ吹かぬまま、真紅の声だけが僕に届いてくる。<br /><br />
「最初は理由がなかったわ。<br />
気になってずっと貴方を見てた。<br />
一人で居る時の貴方は、孤高にも思えたのだわ」<br /><br />
多分、これは心の引っ掛かりの一つなのだろう、僕は知っていた。<br /><br />
「この場所と同じで、良さに気付くのに時間がかかった。<br />
最初はって言ったけど、きっと違うわ。今も理由なんてないの」<br /><br />
夕日に照らされた紅が、言葉を紡ぐ。<br /><br />
「ジュン、貴方を愛してるの。強いて理由をつけるのなら、好きだから好きなの」<br /><br />
かくして、その言葉と共に“ラズベリーフィールズ”の空に帳が落ち<br />
水銀灯さえ消え失せたこの土地に、闇が訪れた。<br /><br /><br />
無明、音も風も光も無く、まるで虚無のよう。<br />
戸惑いを感じつつも、僕は納得したかのように思える。<br />
なんとなくは、気付いていた。真紅の想いに。<br />
けども、僕はそういった感情に縁が無く、明確に識別できなかった。<br />
今この身にひしひしと感じるこの想い、これが恋なのだろうか。<br /><br />
「ねぇ」<br /><br />
僕は突如掴まれる。<br />
闇の中から真紅が抱きついてきたようだ。<br />
ぎゅっと締める腕の力の強さが、真紅の想いを示していた。<br /><br />
「貴方はどうなの」<br /><br />
きっと目の前に真紅の顔がある。<br />
額と額がぶつかり合いそうなこの距離。<br /><br />
「聞かせて」<br /><br />
囁く、切なく。真紅が願いを。<br /><br />
「私は、好きなのだわ。好きで、好きで、好きで、好きで、好き。<br />
貴方を心の底から愛していて、私だけのモノにしたくて貴方だけのモノになりたい」<br /><br />
僕の肩に顎を置き、それから真紅は黙った。<br />
何も言わない、ただ聞こえるのは胸の鼓動。想いは伝わり続けている。<br />
そして、僕は考えようとしたが、考えるまでもなかった。<br />
この刹那、気付いた、全てに気付いた。<br />
想い、真実、やるべき事、進む道、過去、僕。<br />
心の中のこの感情が、全てを理解した。<br /><br /><br />
「今まで恋だとか愛だとかよくわからなかった」<br /><br />
その理由も、僕がそういう人間だという事も真紅は知っている。<br /><br />
「まさかだとか、やっぱりだとか、思っていた。そして知らされた」<br /><br />
真紅の熱烈なる想いが恋だという事を。<br /><br />
「答えをすでに持っていたのに、気付くのに長い時間がかかった」<br /><br />
まるで、真紅と同じように。<br /><br />
「想いを伝えられて、抱きしめられたお陰で」<br /><br />
僕も同じ想いを持っていた、だからこそ先日、トロイメントで彼女らに親近感を覚えた。<br /><br />
「真紅」</p>
<p align="left"> </p>
<p align="left"> </p>
<p align="left"> </p>
<p align="left"> </p>
<p align="left"> </p>
<p align="left"><br />
ありがとう、ごめんな。<br /><br /><br />
◆<br /><br />
また、静寂だった。時の進む感覚もしない、世界が止まってしまったような。<br />
けれども、紛れもなく世界は動いている。前へ前へと、ひらすら前へ。<br />
物語は確かに進む、僕が鈍感なだけで、その速度は遥かなものだったのだろうか。<br />
自分の世界の全てを理解した。そして、想いを伝えた。<br /><br />
「――――そう」<br /><br />
真紅が呟いた。<br /><br />
「やっぱり貴方の思いは、遠くて、別の所にあったのね」<br /><br />
真紅、呼びかけて彼女の顔に触れる。<br />
同時に、頬に痛みが走る。<br /><br />
「触らないで」<br /><br />
どうも、紳士にはまだまだなれないらしい。淑女からビンタを頂くこの様では。<br /><br />
「悪かった」<br /><br />
僕は真紅を突き放し、振り返った。<br />
視界は頼りにならない為に、僕は橋の手すりを掴む。<br /><br />
「さようなら」<br /><br />
“ばいばい”は言い慣れてたけども、こんな別れの言葉を言う日が来るとは思わなかった。<br />
僕は歩き出した。<br />
彼女の顔に触れた際に、掌に付いた水滴を払って。<br /><br /><br />
◆<br /><br />
僕は公園に再び戻ってきた。<br />
恐らくだけども、全ての正解を見つけ、やるべき事もわかった気がする。<br />
想いを、伝える。淑女にそれが出来たのだ、野蛮な阿呆に出来ぬ道理はない。<br />
あの時真紅から伝わった胸の鼓動、今僕の胸で同じように鼓動している。<br /><br />
「ふぅ」<br /><br />
深呼吸する、緊張するというのは稀な経験だ。<br />
勇気を、初めての勇気を。揺れる指先で、携帯電話の操作をする。<br />
連絡先が数少ない電話帳故に、手間がかからない数度のショートカット操作でコールできる。<br />
画面に数列が表示される。十一桁の先に想いを届ける者がいる。<br /><br />
「もしもし」<br />
「今すぐ公園に来てくれ、言いたい事がある」<br /><br />
口調が乱暴になってしまったかもしれない。<br />
ちょっとした後悔と悲しみ。<br />
電話機越しのごちゃごちゃとした声を無視する。<br /><br />
「じゃあな、待ってる、金糸雀」<br /><br />
電話を切り、ベンチに座った。<br />
この世の全てを嘲笑っているかのような、三日月がそんな表情を空に浮かべている。<br />
風が、吹き出した。</p>
<p align="left">第十三話 「想いを」<br /><br /><br />
「ばいばいかしら」</p>
<p align="left">手を振りながら別れを告げる金糸雀に、僕も同じように応える。<br />
今日は大学の講義もなく暇で、夕方から金糸雀はバイトであった。<br />
故に、昔のように一緒にいる僕らは街に出て遊んでいたのだった。<br />
と言うよりも金糸雀に引っ張られるがままという感じなのだが。<br />
悪くない、この感情はきっとプラスのものなのだろうと思う。<br />
踵を返し、金糸雀とは逆方向である我が家に向かう。<br />
最近試行している、呆けながら帰路につくという技を駆使しようとする。<br />
元治さんの一件で学んだ、何も考えないという事だ。<br /><br />
「――――って」<br /><br />
試行を停止しようとしたが、僕の行く先に見える赤い者が見える。<br />
赤橙色の夕焼けの熱線のせいか、その人はとても赤く見えた。<br />
最早、赤ではなく紅、燃えているかのように見える。<br />
タイムマシンがあるのならオカルトじみたものも存在するかもな。<br />
そんな馬鹿のような事を考えてしまった為に、気になってしょうがない。<br />
已む無く、僕は妙な期待を信じて道に立つ赤い者へ向かっていった。<br />
それの歩く速度は遅く、少し早歩きすると段々と距離が詰まっていく。<br />
品の無い足音が大きく響き、静かな足音と並ぼうとした。<br />
すでに怪しさはあるものの、好奇心に押されるがままに横目で見た。<br />
結果は僕がいくつか想像していたものと異なっていた。<br />
その名前が示す通りに、姿を具現させた真紅だ。<br /><br />
「あら」<br /><br />
そう一言呟き、さほど驚いた様子も見せずに真紅は立ち止まった。<br /><br /><br />
色はわからないがワンピース、そして麦藁帽子といった夏の少女を彷彿させる出で立ちだった。<br />
相変わらず髪の毛は纏められて、見かけはとても活発的に見えなくもなかった。<br />
真紅は何も持たず、あるがままの存在だった。<br /><br />
「この時間帯だと、もうこんばんわね。こんな所でどうしたと言うの」<br /><br />
微笑みながら僕に言葉を投げかけてくる。<br />
今日は風もなく、陽も出てるのだが、不思議と涼しい日だった。<br />
その雰囲気に混ざるかのように、真紅は落ち着いていた。<br />
いつものような気品や静かさでなく、違う感じがした。<br /><br />
「大学生は暇という話を検証していたんだ。<br />
で、今日一日行動もとい遊んでいて話は本当だとわかったよ」<br />
「そう」<br /><br />
なんだか嬉しげに一言返してくる。<br />
大して面白味のある事を言った覚えはないのだが、何かあったのだろうか。<br /><br />
「ねぇ、少し歩きましょう」<br /><br />
淑女を気取り、その生き方を自他認める貫きぶり。急ぎ足で先行する真紅を見て、気品は感じるもやはり違和感を感じる。<br /><br />
「返事を聞かぬ間に真紅から行動するなんて、らしくないな」<br /><br />
そう言いながらも僕はついていった。<br />
彼女はどこに行く気なのだろうと、当初とは違った期待を膨らます事にした。<br />
烏が鳴いて何処かへ去っていく、かつては共に行動をして帰っていた。<br />
今ではその烏を見送って、僕は何処かへ行こうとしている。<br />
黄昏時の独特の感じのせいだろうか、懐かしみのあるような感覚でそんな事を思った。<br />
少年時代の鳴き声が遠くに消えていった。<br /><br /><br />
◆<br /><br />
そこは橋だった。<br />
県境そのものといえる大きな川を渡るための二つを繋ぐ架け橋。<br />
かつて橋の向こうには大手のショッピングモールが鎮座していた。<br />
橋はそれに合わせて作られたのか、モダンな中世的デザイン。<br />
それも昔の話、ショッピングモールは昔潰れた。<br />
今では看板も剥がされ、広大な土地は誰も使おうとせず、建物は急に寂びたように見える。<br />
この橋はたった数年で退廃的な象徴となってしまったのだ。<br /><br />
「“ラズベリーフィールズ”」<br /><br />
いきなり何かを真紅は口走ったが、何かはわからない。<br />
ラズベリー? 果物のだよな。<br /><br />
「本当の名前はね“苺場橋”というのだわ。<br />
けど、なんだか語呂も字の組み方も不器量でしょう。<br />
だから、昔流行った言葉遊びみたいに英語にするの。<br />
ブジッヂを除けて言ってみると“ラズベリーフィールズ”<br />
ね、可憐に聞こえるでしょう」<br /><br />
こんなに饒舌な真紅を見るのは初めてだ。<br />
好きな探偵物について語る時でさえ、こんな表情はなかった。<br />
無邪気に遊ぶ子供のような楽しさ、夕焼けが照らす笑み。<br />
違和感は消え、新鮮な感じを覚えだした。<br /><br /><br />
「昔、お父様が此処に買い物に連れてきてくれたわ。<br />
けど、人ごみが嫌いな私は此処を好きになれなかった。<br />
お父様が好きな綺麗な景色を気付かずにいた。<br />
この場所から人が消えて、ようやく気付いたわ」<br /><br />
昔とはまた違う光景であるだろうが、美しい事は否めなかった。<br />
白い橋が照らされて、苺のように、鏡のような川も、紅に。<br /><br />
「貴方も同じ」<br /><br />
風は未だ吹かぬまま、真紅の声だけが僕に届いてくる。<br /><br />
「最初は理由がなかったわ。<br />
気になってずっと貴方を見てた。<br />
一人で居る時の貴方は、孤高にも思えたのだわ」<br /><br />
多分、これは心の引っ掛かりの一つなのだろう、僕は知っていた。<br /><br />
「この場所と同じで、良さに気付くのに時間がかかった。<br />
最初はって言ったけど、きっと違うわ。今も理由なんてないの」<br /><br />
夕日に照らされた紅が、言葉を紡ぐ。<br /><br />
「ジュン、貴方を愛してるの。強いて理由をつけるのなら、好きだから好きなの」<br /><br />
かくして、その言葉と共に“ラズベリーフィールズ”の空に帳が落ち<br />
水銀灯さえ消え失せたこの土地に、闇が訪れた。<br /><br /><br />
無明、音も風も光も無く、まるで虚無のよう。<br />
戸惑いを感じつつも、僕は納得したかのように思える。<br />
なんとなくは、気付いていた。真紅の想いに。<br />
けども、僕はそういった感情に縁が無く、明確に識別できなかった。<br />
今この身にひしひしと感じるこの想い、これが恋なのだろうか。<br /><br />
「ねぇ」<br /><br />
僕は突如掴まれる。<br />
闇の中から真紅が抱きついてきたようだ。<br />
ぎゅっと締める腕の力の強さが、真紅の想いを示していた。<br /><br />
「貴方はどうなの」<br /><br />
きっと目の前に真紅の顔がある。<br />
額と額がぶつかり合いそうなこの距離。<br /><br />
「聞かせて」<br /><br />
囁く、切なく。真紅が願いを。<br /><br />
「私は、好きなのだわ。好きで、好きで、好きで、好きで、好き。<br />
貴方を心の底から愛していて、私だけのモノにしたくて貴方だけのモノになりたい」<br /><br />
僕の肩に顎を置き、それから真紅は黙った。<br />
何も言わない、ただ聞こえるのは胸の鼓動。想いは伝わり続けている。<br />
そして、僕は考えようとしたが、考えるまでもなかった。<br />
この刹那、気付いた、全てに気付いた。<br />
想い、真実、やるべき事、進む道、過去、僕。<br />
心の中のこの感情が、全てを理解した。<br /><br /><br />
「今まで恋だとか愛だとかよくわからなかった」<br /><br />
その理由も、僕がそういう人間だという事も真紅は知っている。<br /><br />
「まさかだとか、やっぱりだとか、思っていた。そして知らされた」<br /><br />
真紅の熱烈なる想いが恋だという事を。<br /><br />
「答えをすでに持っていたのに、気付くのに長い時間がかかった」<br /><br />
まるで、真紅と同じように。<br /><br />
「想いを伝えられて、抱きしめられたお陰で」<br /><br />
僕も同じ想いを持っていた、だからこそ先日、トロイメントで彼女らに親近感を覚えた。<br /><br />
「真紅」</p>
<p align="left"> </p>
<p align="left"> </p>
<p align="left"> </p>
<p align="left"> </p>
<p align="left"> </p>
<p align="left"><br />
ありがとう、ごめんな。<br /><br /><br />
◆<br /><br />
また、静寂だった。時の進む感覚もしない、世界が止まってしまったような。<br />
けれども、紛れもなく世界は動いている。前へ前へと、ひらすら前へ。<br />
物語は確かに進む、僕が鈍感なだけで、その速度は遥かなものだったのだろうか。<br />
自分の世界の全てを理解した。そして、想いを伝えた。<br /><br />
「――――そう」<br /><br />
真紅が呟いた。<br /><br />
「やっぱり貴方の思いは、遠くて、別の所にあったのね」<br /><br />
真紅、呼びかけて彼女の顔に触れる。<br />
同時に、頬に痛みが走る。<br /><br />
「触らないで」<br /><br />
どうも、紳士にはまだまだなれないらしい。淑女からビンタを頂くこの様では。<br /><br />
「悪かった」<br /><br />
僕は真紅を突き放し、振り返った。<br />
視界は頼りにならない為に、僕は橋の手すりを掴む。<br /><br />
「さようなら」<br /><br />
“ばいばい”は言い慣れてたけども、こんな別れの言葉を言う日が来るとは思わなかった。<br />
僕は歩き出した。<br />
彼女の顔に触れた際に、掌に付いた水滴を払って。<br /><br /><br />
◆<br /><br />
僕は公園に再び戻ってきた。<br />
恐らくだけども、全ての正解を見つけ、やるべき事もわかった気がする。<br />
想いを、伝える。淑女にそれが出来たのだ、野蛮な阿呆に出来ぬ道理はない。<br />
あの時真紅から伝わった胸の鼓動、今僕の胸で同じように鼓動している。<br /><br />
「ふぅ」<br /><br />
深呼吸する、緊張するというのは稀な経験だ。<br />
勇気を、初めての勇気を。揺れる指先で、携帯電話の操作をする。<br />
連絡先が数少ない電話帳故に、手間がかからない数度のショートカット操作でコールできる。<br />
画面に数列が表示される。十一桁の先に想いを届ける者がいる。<br /><br />
「もしもし」<br />
「今すぐ公園に来てくれ、言いたい事がある」<br /><br />
口調が乱暴になってしまったかもしれない。<br />
ちょっとした後悔と悲しみ。<br />
電話機越しのごちゃごちゃとした声を無視する。<br /><br />
「じゃあな、待ってる、金糸雀」<br /><br />
電話を切り、ベンチに座った。<br />
この世の全てを嘲笑っているかのような、三日月がそんな表情を空に浮かべている。<br />
風が、吹き出した。</p>