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「【雨の歌声】」(2009/06/16 (火) 01:06:06) の最新版変更点
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好きになれない――<br />
タオルで撫でるように濡れ髪を拭きながら、彼女は憂い顔で言った。<br /><br />
「だって、この湿気で、髪もお洋服も重たくなってしまうんですもの。<br />
泥水が跳ねたりして汚れるし……毎年、この時期になると憂鬱で」<br /><br />
そりゃあ、足元まである長いウェービーヘアならば、当たり前だろう。<br />
どんなに広い傘をさしたって、吹きつける雨を完全には遮れやしない。<br />
あれだけ髪のボリュームがあると、アップにするのも限界があるだろうし。<br /><br />
「うーん。それって、ラーメンの縮れ麺にスープが絡みやすいのと同じ原理だよねー」<br /><br />
にこやかに切り返したら、きらきーちゃんに顰めっ面された。<br /><br />
「どういう発想ですの、それ?」<br />
「やーまぁ、なんて言うか。きらきーちゃん、美味しそうだなぁって」<br />
「それはそれは。お褒めいただき恐悦至極ですわね」<br /><br />
きらきーちゃんはニッコリ笑ってタオルを投げ捨てるや、むにに、と私の頬を摘んだ。<br />
「――なんて言うワケないでしょう。<br />
もう梅雨ですものね。貴女の脳にも、カビが生えてるのではなくて?」<br /><br />
うわぁー言う言う。しかし、このアッサリ毒味の軽口は、なかなか癖になる。<br />
不肖このマゾッ子みっちゃんの脊髄に、ゾクゾク電気が流れたわよ。痺れちゃったわよ!<br /><br />
「ハァハァ……いいわ…………もっと罵って」<br />
「ちょっと。呼吸が乱れてますけど、平気ですの? 救急車を呼びましょうか?」<br />
「あ、心配しないで。いつもの発作だから、平気へっちゃら屁のカッパ」<br />
「いえ、発作なら尚のこと――」<br />
「キニシナイ、キニシナイ。ひと休み、ひと休み」<br /><br />
私は一休さん気取りで笑いながら、手をひらひらさせた。窓の外の雨模様に目を向ける。<br /><br />
「で、唐突に話は変わるんだけど。私は割と好きよー、雨」<br />
「マイナスイオンで癒される気分になるから?」<br />
「それもあるけど、なんて言うのかな……アニミズム的な、そんな感じなんだけど」<br />
「……はあ」<br /><br />
よく分からない。きらきーちゃんの顔には、そう書いてある。<br />
だから、私は言葉を並べるよりも唇に指を当てて、彼女に静粛を促した。<br /><br />
「聞こえるでしょ」<br /><br />
きらきーちゃんは、「なにが?」とは訊かなかった。<br />
なぜなら、スタジオ内に響いている音は、雨だれしかなかったから。<br /><br />
窓や屋根を軽やかに打つ水滴の音は、クラリネット。<br />
ごうごうと樋を落ちる水流の呻りは、ティンパニ。<br />
走り抜ける車のタイヤに割られた水面の叫びは、コントラバス。<br />
それらが演じるフーガに、しばし、私たちは耳を傾けていた。<br /><br />
「――ね?」<br />
「と、水を向けられましても、どう答えていいものやら」<br />
「雨が織りなす妙なる調べも、なかなか乙でしょ……ってコトよ」<br />
「まあ…………悪くはない……かも知れませんわね」<br />
「なーに、その回りくどい言い方は。テンション低いなぁー」<br />
「草笛さんが無駄にテンション高すぎるだけでしょう」<br /><br />
溜息を吐く、きらきーちゃん。<br />
湿った服を着続けていることで、すっかり鬱モードになっているらしい。<br /><br />
まあ、分からなくもないけど。靴がグジュグジュに濡れるのは気持ち悪いし。<br />
生乾きの服を替えられないのは、ある意味、拷問だものね。<br />
どういうワケか、自分の体臭にまで過敏になって、気力もゲロ萎えだったり。<br /><br />
とまあ、共感ばかりしてても始まらない。<br />
被写体の気持ちと表情が曇りっぱなしじゃあ、こっちとしても困る。<br />
カメラマンとして、ムードメイキングは必須のスキルだよねー。<br /><br />
「♪ Raindrops keep fallin’on my head ♪」<br /><br />
徐に私が口ずさむと、きらきーちゃんは『おや?』という風に小首を傾げた。<br /><br />
「その曲、よくラジオなんかで耳にしますね。有名な歌なんですか?」<br />
「この歌? 『雨にぬれても』ってタイトルよ。<br />
有名なのは『雨に唱えば』なんだけどー、私は『ぬれても』の方が好きなのよね」<br />
「雨に、ぬれても……」<br />
「スローテンポで、だけど軽妙なテンポで、あんまり雨の歌って感じじゃないでしょ」<br />
「ですね。なんだか気持ちがウキウキしてきます」<br />
「うんうん。雨の日だってね、気の持ちようで愉しくもなるってコトよ」<br /><br />
そう。結局は、そうなのだ。人生ポジティブにいかなきゃね!<br />
嫌なことさえ楽しみに変えてしまう。それが自在にできるなら、最高に幸せだ。<br /><br />
「気の持ちよう……」<br /><br />
きらきーちゃんは雨に煙る景色を眺めながら、なにやら考えている。<br />
そして、決心したように、ひとつ頷いた。<br />
「草笛さん。今日のグラビア撮影ですけど……屋外でしませんか?」<br /><br /><br />
ちょっとは、好きになれるかもしれない――<br />
濡れ髪を指で梳きながら、彼女は歌うように言って、照れ笑った。<br />
私としても、ライトよりは自然光の下で撮りたかったから、二つ返事で承諾した。<br /><br /><br />
撮影は大成功。きらきーちゃんはズブ濡れだったけど、素晴らしいカットが何枚も撮れた。<br />
濡れた白い肌に、ブラウスやスカートがピッチピチに張りついて……<br />
透けブラとか、ショーツのラインとか……おっと、不覚にも鼻血が。<br />
……失礼。とにもかくにも、実に艶めかしく、扇情的だった。<br /><br /><br />
てなワケで! ネット通販しちゃいます。<br /><br />
薔薇乙女写真集 第3弾 『雪華りん★エヴォリューション』<br /><br />
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「ふふふ……感じる! 感じるわ! 大儲けの予感が、この脊髄にビンビンとっ! みっちゃん幸せ~」<br />
「草笛さん。ちょっと」<br />
「あら、きらきーちゃん。なーに?」<br />
「1000部にサインしたら腱鞘炎になってしまいました。<br />
これ、治療費の明細です。それから、慰謝料も払ってくださいね」<br />
「え? …………フギャー!? なにこの金額っ!」<br />
「払ってくださいね」<br />
「ちょ、ま、待ってよ」<br />
「払 っ て く だ さ い ね ♪」<br /><br />
いや、そんな――にこぉ~、と無垢な笑顔で言われましても。<br />
今回の売り上げの9割は持ってかれる計算なんだけど……。<br />
ボッタクリ! ボッタクリよ、これ! マジ有り得ない!<br />
誰っ? いま『おまえが言うな』って笑ったのは!<br /><br />
ああ、でも無視することもできないし……。美味い話にゃ御用心ってワケね。<br />
儲けどころか大赤字だわ、これ。<br /><br /><br />
そのとき、私の心はドシャ降りだった。<br />
バケツをひっくり返したように、とめどなく涙の雨が降りしきっていた。<br />
溺れそうになりながら、私は震える声で歌う。クリスタルキングの『大都会』を。<br /><br /><br />
――こんな俺でも、いつかは光を浴びながら、きっと笑える日が来るさ。<br /><br /><br />
【雨の】【歌声】<br /></p>