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奇しき薔薇寮の乙女 第五話」(2008/08/18 (月) 03:53:14) の最新版変更点

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臓腑が蠢く、気持ちの悪い命の音を知る。 食前食後、それは食われるコトを前提に作られていた。 他者の命を喰らう。本来のそれは、そうあるべき姿としてこの世に生きる資格を与えられた。 長い命の夜を経て、他者の命に包まれて、またあるべき姿として再生する。 限りなく圧縮された長い時間を使い再生したそれも、また他者の命に包まれるコトを前提に。 大地に根付く雑草に倣う。一年を使い産まれる、約20万もの命。その圧倒的な存在感は、もはや同等の概念に近い。 力強い自身を表現するように、それらは自らを血潮に染める。 自身を鮮やかな赤に染め上げて、自分の開花を知らしめる。 気の遠くなるような時間と進化を使い、ようやくそこに到達した。 「─────どうして、食べちゃったの?」 包まれるコトに痛みはない。 包まれていく恐怖もない。 例えられる快感はなく、自身の意思などあり得ない。 自身が咀嚼されていく現実を、他者を介してようやく知る。 本来のそれは、そうあるべき姿としてこの世に生きる資格を与えられた。 振り返るべき生などない。 すべてを許容するように、ただただ他者に食われていく。 圧倒的な存在感を得た代償は、個々の意思を消しさるコトだった。 「───だって、食べられるために産まれたのでしょう?」 美しく光をたたえる少女の瞳。 食われた結果を、残骸として捨て去る。 見惚れるまでの赤を飲み込み、少女は唇をペロリと舐める。 弱い肉を、強さが食する静かな夜。 それは臓腑が蠢く気持ちの悪い命の音。 悲しいまでに笑みがこぼれる、強さが食する静かな夜。 ◇ 食後の、静かで平和な時間が過ぎる。 薔薇水晶はゲームをしていた。 ステルスゲームと銘打たれたそれは、絶大な人気を誇っている。 そういった類が得意な薔薇水晶も、当然のように購入した。 大きめのソファーに腰掛けているのは左から順に、薔薇水晶、桜田ジュン、蒼星石。 風呂に入るにはいささか早く、皆が皆、思い思いの時間を過ごしている。 本来なら、雛苺もそういった時間を楽しむハズだった。 許されたハズの時間を過ごせなかった雛苺は、自らを悲痛に沈めるほか、自分を制御する手立てがなかった。 悪気がなかったとはいえ、彼女を悲しませているコトを自覚した雪華綺晶は、ただ慌てている。 共犯であるハズの翠星石は、わずかな罪悪感すら持ちえていなかった。 「これは失礼したです。あんまり放っておくもんですから、てっきりいらないのかと思ってたですぅ」 謝罪する気が毛頭ない翠星石から零れた言葉は、こんなものだった。 おろおろするばかりの雪華綺晶。 翠星石は、自らの行動が当然であるかのように勝ち誇っている。 両腕を腰にあてがい、ふんぞり返るその仕草は、翠星石であるからこそ似つかわしい。 真紅はいつもどおり紅茶をすすり、水銀燈もそれに倣う。 金糸雀、雪華綺晶は、泣き叫ぶ雛苺を慰めようと手を尽くそうとしていた。 「ご、ゴメンなさいぃ」 「ひ、ヒナ。きらきーも悪気があったワケじゃないと思うかしら。だから落ち着いて……」 「わあああん、ひどいのひどいのー! ヒナは、とっておいただけなのー!」 雛苺は、悲しみに暮れるしかなかった。 大好物のイチゴと、それを使った苺大福を全て食べられたのだから。 どうしようもなく溢れる悲しさと、人を責めるコトが苦手な雛苺は、泣くコトしかできない。 抗えない感情の波を抑える術を、雛苺は持っていなかった。 原因となった元凶は、今も笑っている。 自分のしたコトは生物として正しいコトであり、それを我慢していた雛苺こそが悪いのだと言わんばかりに。 どんな結果が待ち受けていようとも自信を崩さない翠星石は、正しく確信犯なのであった。 「そんなに食べたかったのなら、さっさと食べりゃあ良かったのですよ」 翠星石は言い捨てる。 いじわるな要素を持っている翠星石にとって、純粋の権化とも言えるべき雛苺は、恰好の的であった。 雛苺は、強制的に大人の階段を昇るコトになる。 翠星石は悪魔であり、悪魔の皮を被った真性の悪魔であると。 雛苺は、翠星石という人間の捉え方を改める。 これではまるで魔法だ。 何の恨みがあるのかと、雛苺は犯人であろう才色兼備を自負する少女に目をやった。 確信する。コレはどう考えても彼女の仕業だと。 夕食を食べ終え、やっと本当のデザートの時間であるハズだったのに。 悲鳴をあげる。 「うーにゅー!?」 冷蔵庫を開けたとき、それはすでにどこかの彼方。 愛らしいその瞳は、驚愕と驚異と恐怖に苛まれた。 隠してあった財産までも、すでに犯行の残骸と成している。 ない、ドコにも、あれが。 混乱は深まり、疑う対象はもはや自分。 もしかして、すでに食べたあとで、それを忘れてしまっているのでは。 目の前の光景はすべて非現実であり、ファンタジックな世界の主人公と成り果てる。 抗えない現実は幻想となり、それは究極にまで引き上がる。 にわかには信じられず、ショックの果て、思考に火花が飛び散った。 夕方までにはありえたハズが、今はすでにありえない。 「あ……!」 思い立ち、冷蔵庫の扉を開ける。 冷蔵庫の奥の奥。 ここで雛苺は、人間としての成長を更新した。 それは布石。 思いもよらぬ過去の功績を思い出し、こんな手もあるのかと雛苺は喜んだ。 昔、貯金をしていて忘れていたのを、今になって思い出した感覚が雛苺を包む。 どうして忘れていたんだろう、どうして思い出さなかったのだろう。 雛苺にとって、それは革命的でもあった。 雛苺は、心の一部を冷静にするコトを忘れてはいなかった。 そして気づく。 「ゴメンなさいゴメンなさい! 私はてっきり……!」 「うぐ、う、えぐっふっ、う、うあああん……!」 ……なかったのだ。 自分の至福を、誰かに取られる苦しみ。 それを味わうコトを余儀なくされた瞬間でもある。 苺大福は、雛苺にとって、すでに至宝の領域にまで達しつつあった。 身体に電流が走り、脳にヒビが入る。 気の遠くなるような時間の果てで、自分を取り戻す術を模索するしかない。 奪われた苦しみを、この怒りを、いったい誰にぶつければいいのだろうか。 「あ、あの」 「イチゴ、なん、で……どうして?」 真実はいつも残酷で、現実はつねに非情なのだと、まだ幼さが残る雛苺には分からなかった。 黒い感情がこみあげる。 それでも雛苺は、淡い希望を持っていた。 きっと、そんなつもりはないと思っていたのに。 その返答に、絶句した。 「だって、食べられるために産まれたのでしょう?」 返したのは翠星石だった。 こんなコトをする意味が、どうしてあなたにあるのかと。 どうして、なぜ、何の理由があって。 恨み以外のなにものでもない。 負の万感を込めて、雛苺は問いただす。 「─────どうして、食べちゃったの?」 雪華綺晶まで。 こんな蛮行を行ってしまった彼女。 どうしても、どうしても、どうしても。 許せないという感情を抱く自身を許せない。 彼女がそんなコトをするのだけは、雛苺には納得がいかなかった。 普段は優しくて、妹であるハズなのに姉のような存在。 それでも、どうしてもわからない。 したくはないが、翠星石ならある意味、納得できる。 仕方ないワケではない。 どうしても、今は涙が止まらなかった。 今では、雛苺イコールイチゴと言っても、過ぎた言ではありえない。 もちろん、雪華綺晶自身もそれは知っていた。 いくら雪華綺晶がこの寮に来て日が浅いといえど、雛苺がイチゴを好きなのは、すでに明白である。 この寮の住人で、それを知らない人間はいない。 「わ、私は、翠星石さんのイチゴかとばかり……」 つまり、慌てふためいていた。 今の雪華綺晶を例えるなら、表現はそれ以外にあってはならないほど。 よく知っている大好きな人の行動。 あれは確かに、困っている人の行動と表情。 綺麗な形に整えられた、美人の眉がハの字になっているのを。 暗い感情を雛苺なりに抑えながら、確かにその双眸はそれを捉える。 何もかもが他人の仕草。 ふと、視線をずらす。 翠星石の口は滑らかに、美しく咀嚼を続けていた。 もぐもぐもぐ。 雛苺を尻目に、翠星石は最後のイチゴのへたを、ゴミ箱へと投げ捨てる。 「むぐむぐ……うっきゅん」 その行動すべてが、直視し難い現実である。 翠星石は実に幸せそうに、イチゴの後味を堪能する。 鈴のような綺麗な声が、不協和音と成り果てた。 「はぁー。いやぁ、夏に食べるイチゴも格別ですねぇ~」 悲しみでいっぱいになり、絶望に満たされる。 浮かんでは落ちる、決して消えない涙の群れ。 誰が見ても分かる対極の様。 からかう者と、からかわれる者。 翠星石は、腹を抱えても足りないほどに笑う。 おーほっほっほ。 「大体、チビチビはいっつも行動が遅いです。こうなるコトは必然だったですぅ」 人にぶつけるコトができない。 あまりの純粋さゆえに、怒りの矛先がわからない。 雛苺がもう少し大人だったのなら、もっと恐ろしいコトになっていた。 翠星石は勝ち誇る。 「チビチビが早く食べないから、こんなコトになるんですよ」 暖色系を浮かばせるような名にふさわしくない、ドス黒さよりも深い黒がにじみ出る。 普段の活発な雛苺からは想像もできない、ゆるやかな動き。 ゆらり。 「ねえ、どうしてないの?」 雪華綺晶は恐怖した。 ただ、じぃっと冷蔵庫を見つめるのみ。 暗く埋没したその瞳は、死人のそれと定義される。 雛苺の目に、光は差し込んでいない。 そして、静かに微笑む雛苺。 「ホントに、なんてお詫びしたらいいか……。知らなかったとはいえ、イチゴを食べてしまって……」 しかし当の雛苺に、雪華綺晶の言葉は耳に入らない。 どうしていいか分からない、そんな雰囲気をばら撒いている。 申し訳なさそうに、雛苺に何度も語りかける雪華綺晶。 「……あの、そのぅ」 許されたハズの時間を過ごせなかった雛苺は、自らを悲痛に沈めるほか、自分を制御する手立てがなかった。 本来なら、雛苺もそういった時間を楽しむハズだった。 風呂に入るにはいささか早く、皆が皆、思い思いの時間を過ごしている。 テレビの前に置いてある大きめのソファーに腰かけているのは、左から順に、薔薇水晶、桜田ジュン、蒼星石。 真紅は再び本を開き、水銀燈もそれに倣う。 襲ってくる絶望は大きく、それにされるがままにされている。 壊れたように微笑む雛苺。 「い、い、イチゴ……」 雛苺は悲しみに埋没していくように、ただひたすらに涙を浮かべて。 綺麗過ぎる平和な時間をあざ笑うように。 断末魔のような絶叫が、談話室を切り裂いた。 食後の、静かで平和な時間が過ぎる。 「ううーにゅうぅー!!」 第五話 雛苺/うにゅー食失事件

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