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かなりあのうた」(2008/02/23 (土) 00:20:40) の最新版変更点

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<div class="mes">卒業式でコーラス部が歌う卒業生のための別れの歌。<br /> その伴奏にバイオリンをひいてくれないかと言われたのは2月の頭のこと。<br /> 去年のコンクールで入賞を果たした腕を、どうやら買われたようだった。<br /><br /> 快く引き受けると少し驚かれた。<br /> 3月にあるクラシック音楽部の演奏会に向けて練習がかなり組まれていたから。<br /> 同時進行は大変だろうと言われたが望むところであった。<br /><br /> 何かやっていないと押し潰されそうだから。<br /> 卒業するあの人のことを思うと強く心が痛むから。<br /> だから私はあの人との間に残されたわずかな時間、<br /> バイオリンを弾き続けることにした。<br /><br /> あの人が好きだと言ってくれたバイオリンの音を響かせていれば、<br /> 届くかもしれない。<br /> 2年もの間秘め続けたぶきっちょな私の心、<br /><br /> 『 カナは貴方を愛しています 』<br /><br /> 心から全身に広がり、やがて指先に集まって、<br /> 指先から弦を通してバイオリンにそそがれていく。<br /><br /> そしてバイオリンは歌う、小さな小さな恋の歌を。<br /><br /> 「君のバイオリンはまるで歌っているようだね。」<br /><br /> 過ぎさった日々にあの人が言ってくれた、そんな言葉を思い出しながら…<br /><br /> …卒業の日は近い。 <br /><br />    ―――――――――――――<br /><br /> 卒業式の日がやって来た。<br /> しかし整然と列をなす三年生達の中にあの人の姿は無い。<br /><br /> 一週間前に卒業を待たず日本をあとにしたあの人。<br /> 私がそれを知ったのはあの人が飛行機に乗り込んだあとのことだった。<br /><br /> 慌てて携帯にかけると解約を告げるアナウンスが流れる。<br /> 私は校舎を飛び出し空を見上げた。<br /> 一筋の飛行機雲が抜けるような青空に架かる。<br /> 私はいつまでも、いつまでも空を見上げていた。<br /><br /> それから一週間ぶりに手にしたバイオリン。<br /> 歌うことをやめた小鳥が淋しくのどを鳴らすように、私は指先で弦をはじいた。<br /> 染み入るような哀しい音が私をつつむ。<br /> 歌おう、あの人が好きだと言ってくれた私の歌を。<br /> 歌おう、あの人には届かなくとも私のすべてをこめて…<br /><br /> ライトが私たちにあたる。<br /> 指揮の指先が揺れる。<br /> 私はありったけの想いをこめてバイオリンを奏でる。<br /><br /> 譜面をめくるように記憶をめくって、<br /> 音符を追うようにあの人との思い出を追いかけた。<br /><br /> 悲しみに満ち満ちていた旋律が不思議と優しさを帯びて、<br /> 私の歌は確かな暖かさとともにある。<br /><br /> 今なら届くような気がする。<br /> 海の向こう、愛しいあの人の心まで… <br /><br />     ――――――――――――――<br /><br /> 卒業式での演奏はかなりの好評だった。<br /> コーラス部の伴奏でしかなかった私がまるで主役であったかのような扱いを受け、<br /> 私は大いに戸惑い、そして喜んだ。<br /><br /> あんな演奏はもう二度と出来ないかもしれない…<br /> そんなことを考えながらバイオリンを構える。<br /> 三月の終わり、大切な発表会。<br /><br /> 私のソロ演目。<br /> モーツァルトのバイオリンソナタ。<br /><br /> 静まりかえった観客席を一度見渡した。<br /> 見知った顔、知らない顔。<br /> その中にはもちろんあの人の姿はない。 <br /><br /> 正面に視線を戻し瞳を閉じる。<br /> そこにようやくあの人を見つけた。<br /><br /> 私は今日もあの人のために歌う…<br /><br />    ――――――――――――――<br /><br /> ゆっくりと眼を開く、耳に届くのは会場一杯の拍手。<br /> 私は慌てて観客に向けて一礼。<br /> 顔をあげると向けられた照明が目を焼くようだった。<br /><br /> じょじょに光に慣れて客席を見渡せる。<br /> 見知った顔、知らない顔、そしてあの人の顔。 <br /><br /> 「じ、ジュン…かしら?」<br /><br /> 幻かと数回目をこすって確認する。<br /> 間違いない、あの人がそこにいる。<br /><br /> 「ジュン…ジュン!」<br /><br /> 私はステージを飛び出し彼の立つ扉付近まで走る。<br /><br /> 「酷いかしら!何の連絡も無いなんてあんまりかしら!」<br /> 「出発も!知らせないなんて…カナは…カナは!」<br /> バイオリンを握ったままでジュンに詰め寄る。<br /><br /> 「ごめん」<br /> 苦笑いで謝るジュン。<br /><br /> 「急に向こうの学校から呼び出されて手続きやら見学やらで…それで…」<br /> 「信じられないよ!神様みたいな人のもとで学べることになったんだ!」<br /><br /> 私の肩を掴み熱っぽく語るジュン。<br /> それはまるで子供みたいな顔になっている。<br /><br /> 「これでも頑張って帰ってきたほうだからな?金糸雀の演奏会には間に合うようにって!」<br /> 「卒業式まで棒に振ったんだ。褒めてくれてもいいくらい…」<br /><br /> とても褒められたものじゃないが、なんだか嬉しかった。<br /> 私は思いもしなかったから、<br /> 私の演奏を聞くためにいろいろ動いてくれていたのだとは。 <br /><br /> あぁ、私はそれにきちんと応えられただろうか?途端に心配になってくる。<br /><br /> 「カナの…演奏どうだったかしら?」<br /><br /> 不安げな声で問うと、ジュンの手が私の髪を優しく撫でてくれる。<br /><br /> 「…歌ってるみたいだったよ」<br /><br /> その言葉は私の心に吸い込まれていくよう。<br /><br /> 「金糸雀ならフランスでもやっていけるんじゃないかな?」<br /> 「来年…待ってるからな。」<br /> そう言って笑う彼に、私の瞳一杯だった涙がとうとう溢れ出す。<br /><br /> 「カナが行くならウィーンかしら!」<br /> 「……でも、パリも候補に入れておくかしら」<br /><br /> だから、<br /> だから待っててね?<br /><br /> 貴方がいないと歌えない<br /> 小さな小鳥が飛び立てる日を…</div>

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