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第十五話  『All along』」(2008/02/03 (日) 20:15:22) の最新版変更点

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<p> <br>  <br> 彼女は、相も変わらず霧雨そぼ降る夜空を見上げ、瞼を細めた。<br> 急がないと。夜が明ける前に戻れなければ、スケジュールが台無しになる。<br>  <br> 「うゅ……お、終わった……のよ」<br> 「そう。ご苦労さま」<br>  <br> いつまた暴力を振るわれるかと怯える雛苺に、彼女は、ねぎらいの笑みを向けた。<br> 掘り返された柩は、きちんと蓋をされ、埋め戻されている。<br> その仕事ぶりを確かめて、彼女は満足げに頷き、血塗れの顔に笑みを浮かべた。<br>  <br> 「とりあえず、手と顔を洗って、着替えた方がいいわ。あなた、泥だらけよ」<br> 「は、はいなの」<br> 「ふふ……いい返事ねぇ。聞き分けのイイお利口さんって、好きよぉ」<br>  <br> そんな安っぽい褒詞を、額面どおりに受け取ることなど、雛苺にはできない。<br> 涙ぐんだ双眸を、グッと見開いて、彼女の一挙一動を警戒していた。<br> 実に健気なものだ。言いなりにはなるが、魂まで売り渡す気はないらしい。<br>  <br> ――ならば、それ相応に利用するだけ。用が済んだら、処分すればいい。<br> 彼女は破顔して、雛苺の頬を両手で挟むと、鼻が触れ合うほど顔を近づけた。<br>  <br> 「さっきは手荒な真似して、ごめんなさいね。でも解って。仕方なかったのよ。<br>  あなたが私を手伝ってくれる限り、もう危害は加えない。約束するわぁ」<br>  <br> この世は持ちつ持たれつ、でしょ? 聖女のような無垢を、彼女は満面に貼りつけている。<br> けれど、それは事実上の脅迫。<br> 秘密を知った弱者に許される選択肢は、言いなりになるか、抗って殺されるか。<br> 雛苺が選んだのは、したたかに生き残る道だった。<br>  <br> たとえ、彼女の傀儡になり果てるとしても。<br>  <br>  <br>  <br>   第十五話 『All along』<br>  <br>  <br>  <br> 家の裏手にある井戸の前で、彼女たちは、生まれたままの姿になった。<br> そして、寒さに震えながら、肌や髪にこびりついた血泥を冷水で洗い流した。<br> 真夜中とは言え、どこで、誰が見ているか分からない。<br> 血泥に塗れた姿で、フォッセー邸の周りを彷徨くわけには、いかなかったのだ。<br>  <br> 荊や内臓がはみ出してこないよう、傷口にタオルを当て、コルセットで締めあげる。<br> 仕上げに、タンスにあった薔薇水晶の服を着て、彼女の準備は完了。<br> 血で汚れた二人の服や下着などは、残らず暖炉に放り込んで、燃してしまった。<br> 寝室の床ばかりは、拭いている暇などないので、そのままにせざるを得なかったが。<br>  <br> 「さあ、急いで帰るわよ」<br>  <br> 現在、午前3時――ここに来るときは、道に迷って2時間を費やした。<br> 迷わなければ、1時間半くらいで戻れるだろうか。<br> 最悪、2時間を要したとして、午前5時。ギリギリのラインだ。<br> なんとしても、夜明け前に。彼女は、今夜に拘っていた。<br>  <br> 「善は急げ……ってねぇ~」<br>  <br>   ~  ~  ~<br>  <br> ぬかるんだ道はタイヤを取られやすく、こと夜中ともなれば、かなり走りづらい。<br> それでも4時半には、どうにか、寝静まるフォッセー邸に帰り着けた。<br> 朝の早い使用人たちも、まだ起き出していないようだ。<br>  <br> 「穴掘りまでしたから、疲れたでしょう。あなたは、もう休んでいいわ」<br> 「……うい。あのぉ――」<br> 「なぁに」<br> 「き……きらきーは、寝ないの?」<br> 「ちょっと用事を済ませてから、ね。解るでしょう?」<br>  <br> ちょっとした用事。雛苺は、それを小用――つまり、トイレのことだと独り合点した。<br> 彼女の機嫌を損ねないためにも、余計な詮索はしない。雛苺は素直に、使用人部屋に戻った。<br> お利口さん。遠ざかる背中に囁いて、踵を返した彼女が向かった先は――<br>  <br>  <br> ドアノブを握り、音を立てないように回す。施錠は、されていない。<br> 些細なことも含め、彼女は、すべてを知っていた。部屋の位置も、なにもかも。<br> いまや、この身体は彼女の意のまま。記憶もまた、かくの如し。<br>  <br> 薄くドアを押し開け、真っ暗な室内に、素早く身体を滑り込ませる。<br> いかにも若い娘の部屋らしい仄かな薫香に、鼻先をくすぐられた。<br> 後ろ手にドアを閉ざし、身動きを止めて、耳をそばだてる。<br> ベッドの中で規則ただしく繰り返される健やかな寝息は、途切れる気配がない。<br> ここまでは順調。ほくそ笑んで、彼女はドアの鍵をかけた。<br>  <br> シャツのボタンを外し、前をはだけて、コルセットを外す。<br> 湿ったタオルを捨てると、腹の裂け目から、凝固しかけた血が、どろり……。<br> それに続いて、黒い荊も、不快な疼痛を生みながら、ずるずると這い出してきた。<br>  <br> (もうすぐよ。この気持ち悪さも、もう暫くの辛抱だわ)<br>  <br> 彼女は、擦り足でベッドに近づき、無防備に眠る娘を見おろした。<br> コリンヌ・フォッセー。資産家の一人娘。16歳の可憐な少女。<br> 容姿も、境遇も、教養も、文句の付けようがない。<br> 父を探すための広い人脈さえも、おまけで付いてくる。まったくもって申し分ない。<br>  <br> 「この瑞々しい身体さえ、手に入れれば――お父様に会いに行ける」<br>  <br> バケモノ植物に寄生されて、もうすぐ腐り落ちるジャンクの身体に、未練などあろうものか。<br> 彼女はベッドに上がり――コリンヌの腹に跨って、両腕で肩を押さえつけた。<br> 黒い荊が、彼女の意を汲んだように少女の両脚を束ね、腕を左右に開いて、十字架のように固定する。<br>  <br> 棘に肌を刺される痛みと、胸苦しさが、少女を速やかな覚醒へと促す。<br> コリンヌは目を覚まし、馬乗りになっている人影を目にして、喉を鳴らした。<br>  <br> 「うっふふふ……こんばんわぁ。お目覚め?」<br> 「その声っ!」<br>  <br> 彼女を突き飛ばそうとして、腕も脚も動かせないことに気づき、コリンヌは戦慄した。<br>  <br> 「なんの真似なの、これは! ふざけないで! すぐに放し――」<br>  <br> 怯えを隠し、人を呼ぶ目的もあって、コリンヌは語気を強めた。<br> ――が、乙女の柔らかな唇は、彼女の唇で塞がれ、貪るように蹂躙される。<br> コリンヌは、せめてもの抵抗とばかりに首を振って暴れ、噛みつこうとした。<br> それを寸前で躱した彼女は、見せつけるように、濡れた唇を舐めた。<br>  <br> 「んふ。気が強いのねぇ。その方が、征服する愉しみがあって面白いけどぉ」<br> 「どうして……こんな」<br> 「私のものにしたいからよ。あなたの全てが欲しいの」<br>  <br> 「なっ、なに言って――」コリンヌが、上擦った声をあげる。<br> 彼女の口振りと、この状況から、卑猥な想像が頭をよぎったのだろう。<br> まさか『意識の器』としての身体を欲しているだなんて、夢にも思わなかったに違いない。<br>  <br> 「いいでしょ? ねぇ……私に、ちょうだぁい」<br> 「や、やめなさい! やめてっ」<br> 「いやぁよ。もう時間がないもの。もう……我慢できなぁい」<br> 「や……っ! ダメっ、ダメぇっ!」<br>  <br> 暴れるコリンヌを組み敷いて、彼女は少女の白い首筋に、舌を這わせた。<br> 自由になった両手で、イヤイヤをする頭を押さえ付け、そして――<br> コリンヌの細い喉に吸いつき、唾液でヌラつく歯を、焦らすように食い込ませていく。<br>  <br> 「あっ! あ、あっ……ぉ、ぁおっ、ぅおっ、ぁおおおぉっ!」<br>  <br> 少女らしからぬ獣のような叫びが、彼女を昂らせ、理性を麻痺させる。<br> コリンヌの下半身に絡められた彼女の白い脚は、獲物を締めるヘビのようでもあった。<br>  <br>  <br></p> <hr>  <br>  <br>   第十五話 終<br>  <br>  <br>  【3行予告?!】<br>  <br> もしも、あなたと会えずにいたら……。私は、何をしてたでしょうか――<br> あなたと過ごした日々は、私の存在そのもの。<br> だから、誰にも汚させない。私自身のためにも。<br>  <br> 次回、第十六話 『出逢った頃のように』<br>  <br>  
<p align="left"> <br />  <br /> 『彼女』は、相も変わらず霧雨そぼ降る夜空を見上げ、瞼を細めた。<br /> 急がないと。夜が明ける前に戻れなければ、スケジュールが台無しになる。<br />  <br /> 「うゅ……お、終わった……のよ」<br /> 「そう。ご苦労さま」<br />  <br /> いつまた暴力を振るわれるかと怯える雛苺に、『彼女』は、ねぎらいの言葉を向けた。<br /> 掘り返された柩は、きちんと蓋をされ、埋め戻されている。<br /> その仕事ぶりを確かめて、『彼女』は満足げに頷き、血塗れの顔をニタリと歪めた。<br />  <br /> 「とりあえず、手と顔を洗って、着替えた方がいいわ。あなた、泥だらけよ」<br /> 「は、はいなの」<br /> 「ふふ……いい返事ねぇ。聞き分けのイイお利口さんって、好きよぉ」<br />  <br /> そんな安っぽい褒詞を、額面どおりに受け取ることなど、雛苺にはできない。<br /> 涙ぐんだ双眸を、グッと見開いて、『彼女』の一挙一動を警戒していた。<br /> 実に健気なものだ。言いなりにはなるが、魂まで売り渡す気はないらしい。<br /> ――ならば、それ相応に利用するだけ。用が済んだら、処分すればいい。<br /> 『彼女』は雛苺の頬を両手で挟むと、顔を近づけ、鼻先を触れ合わせた。<br />  <br /> 「さっきは手荒な真似して、ごめんなさいねぇ。でも解って。仕方なかったのよ。<br />  あなたが私を手伝ってくれる限り、もう危害は加えない。約束するわぁ」<br />  <br /> この世は持ちつ持たれつ、でしょ? 聖女のような無垢を、『彼女』は満面に貼りつけている。<br /> けれど、それは事実上の脅迫。<br /> 秘密を知った弱者に許される選択肢は、言いなりになるか、抗って殺されるか。<br /> 雛苺が選んだのは、したたかに生き残る道だった。<br />  <br /> たとえ、『彼女』の傀儡になり果てるとしても。<br />  <br />  <br />  <br />   第十五話 『All along』<br />  <br />  <br />  <br /> 家の裏手にある井戸の前で、『彼女』たちは、生まれたままの姿になった。<br /> そして、寒さに震えながら、肌や髪にこびりついた血泥を冷水で洗い流した。<br /> 真夜中とは言え、どこで、誰が見ているか分からない。<br /> 血泥に塗れた姿で、フォッセー邸の周りを彷徨くわけには、いかなかったのだ。<br /><br /> 荊や内臓がはみ出してこないよう、傷口にタオルを当て、コルセットで締めあげる。<br /> 仕上げに、タンスにあった薔薇水晶の服を着て、『彼女』の準備は完了。<br /> 血で汚れた二人の服や下着などは、残らず暖炉に放り込んで、燃してしまった。<br /> 寝室の床ばかりは、拭いている暇などないので、そのままにせざるを得なかったが。<br /><br /> 「さあ、急いで帰るわよ」<br /><br /> 現在、午前3時――ここに来るときは、道に迷って2時間を費やした。<br /> 迷わなければ、1時間半くらいで戻れるだろうか。<br /> 最悪、2時間を要したとして、午前5時。ギリギリのラインだ。<br /> なんとしても、夜明け前に。『彼女』は、今夜に拘っていた。<br /><br /> 「善は急げ……ってねぇ」<br />  <br />  <br />   ~  ~  ~<br />  <br />  <br /> ぬかるんだ道はタイヤを取られやすく、こと夜中ともなれば、かなり走りづらい。<br /> それでも4時半には、どうにか、寝静まるフォッセー邸に帰り着けた。<br /> 朝の早い使用人たちも、まだ起き出していないようだ。<br />  <br /> 「穴掘りまでしたから、疲れたでしょう。あなたは、もう休んでいいわ」<br /> 「……うい。あのぉ――」<br /> 「なぁに」<br /> 「き……きらきーは、寝ないの?」<br /> 「ちょっと用事を済ませてから、ね。解るでしょう?」<br />  <br /> ちょっとした用事。雛苺は、それを小用――つまり、トイレのことだと独り合点した。<br /> 『彼女』の機嫌を損ねないためにも、余計な詮索はしない。<br /> 雛苺は素直に、使用人部屋に戻った。<br /> お利口さん。遠ざかる背中に囁いて、踵を返した『彼女』が向かった先は――<br />  <br />  <br /> ドアノブを握り、音を立てないように回す。施錠は、されていない。<br /> 些細なことも含め、『彼女』は、すべてを知っていた。部屋の位置も、なにもかも。<br /> いまや、この身体は『彼女』の意のまま。記憶もまた、かくの如し。<br />  <br /> 薄くドアを押し開け、真っ暗な室内へと、滑るように身体を滑り込ませる。<br /> いかにも若い娘の部屋らしい仄かな薫香に、鼻先をくすぐられた。<br /> 後ろ手にドアを閉ざし、身動きを止めて、耳をそばだてる。<br /> ベッドの中で規則ただしく繰り返される健やかな寝息は、途切れる気配がない。<br /> ここまでは順調。ほくそ笑んで、『彼女』はドアの鍵をかけた。<br />  <br /> シャツのボタンを外し、前をはだけて、コルセットを外す。<br /> 湿ったタオルを捨てると、腹の裂け目から、凝固しかけた血が、どろり……。<br /> それに続いて、黒い荊も、不快な疼痛を生みながら、ずるずると這い出してきた。<br />  <br /> (もうすぐよ。この気持ち悪さも、もう暫くの辛抱だわ)<br />  <br /> 『彼女』は、擦り足でベッドに近づき、無防備に眠る娘を見おろした。<br /> コリンヌ・フォッセー。資産家の一人娘。16歳の可憐な少女。<br /> 容姿も、境遇も、教養も、文句の付けようがない。<br /> 父を探すための広い人脈さえも、おまけで付いてくる。まったくもって申し分ない。<br />  <br /> 「この瑞々しい身体さえ、手に入れれば――お父様に会いに行ける」<br />  <br /> バケモノ植物に寄生されて、もうすぐ腐り落ちるジャンク。<br /> こんな身体に、未練などあろうものか。<br />  <br /> 『彼女』はベッドに上がり――コリンヌの腹に跨って、両腕で肩を押さえつけた。<br /> 黒い荊が、『彼女』の意を汲んだように少女の両脚を束ねる。<br /> 腕に巻き付いた荊は、そのまま左右に伸びて、ベッドの足に結びついた。<br /> さながら、コリンヌは十字架に固定された状態だった。<br />  <br /> 棘に肌を刺される痛みと、胸苦しさが、少女に速やかな覚醒を促す。<br /> コリンヌは目を覚まし、馬乗りになっている人影を目にして、喉を鳴らした。<br />  <br /> 「うっふふふ……こんばんわぁ。お目覚め?」<br /> 「その声っ!」<br />  <br /> 『彼女』を突き飛ばそうとして、腕も脚も動かせないことに気づき、コリンヌは戦慄した。<br />  <br /> 「なんの真似なの、これは! ふざけないで! すぐに放し――」<br />  <br /> 怯えを隠し、人を呼ぶ目的もあって、コリンヌは語気を強めた。<br /> ――が、乙女の柔らかな唇は、『彼女』の唇で塞がれ、貪るように蹂躙される。<br /> コリンヌは、せめてもの抵抗とばかりに首を振って暴れ、噛みつこうとした。<br /> それを寸前で躱した『彼女』は、見せつけるように、濡れた唇を舐めた。<br />  <br /> 「んふ。気が強いのねぇ。その方が、征服する愉しみがあって面白いけどぉ」<br /> 「どうして……こんな」<br /> 「私のものにしたいからよ。あなたの全てが欲しいの」<br />  <br /> 「なっ、なに言って――」コリンヌが、上擦った声をあげる。<br /> 『彼女』の口振りと、この状況から、卑猥な想像が頭をよぎったのだろう。<br /> まさか『意識の器』としての身体を欲しているだなんて、夢にも思わなかったに違いない。<br />  <br /> 「いいでしょ? ねぇ……私に、ちょうだぁい」<br /> 「や、やめなさい! やめてっ」<br /> 「いやぁよ。もう時間がないもの。もう……我慢できなぁい」<br /> 「や……っ! ダメっ、ダメぇっ!」<br />  <br /> 暴れるコリンヌを組み敷いて、『彼女』は少女の白い首筋に、舌を這わせた。<br /> 自由になった両手で、イヤイヤをする頭を押さえ付け、そして――<br /> コリンヌの細い喉に吸いつき、唾液でヌラつく歯を、焦らすように食い込ませていく。<br />  <br /> 「あっ! あ、あっ……ぉ、ぁおっ、ぅおっ、ぁおおおぉっ!」<br />  <br /> 少女らしからぬ獣のような叫びが、『彼女』を昂らせ、理性を麻痺させる。<br /> コリンヌの下半身に絡められた『彼女』の白い脚は、獲物を締める大蛇のようでもあった。<br />  <br />  <br /></p> <hr />  <br />   <br />   第十五話 終<br />  <br />  <br />  【3行予告?!】<br />  <br /> もしも、あなたと会えずにいたら……。私は、何をしてたでしょうか――<br /> あなたと過ごした日々は、私の存在そのもの。<br /> だから、誰にも汚させない。私自身のためにも。<br />  <br /> 次回、第十六話 『出逢った頃のように』<br />  <br />  

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