「9.―side story―右手に強さを、左手に慈しみを」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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<dl>
<dd>男が崖の上から、眼下を走る一台の幌付きの馬車を指差す。<br>
「けっこう貯め込んでる、って噂ですし…皆殺しにしてやってくださいや」<br>
媚びるような視線を、横に立つ少女に向ける。<br>
<br>
「…殺す殺さないは、自由だろ…?僕に指図はしないでもらえるかな」<br>
少女は冷めた視線を男に向ける。<br>
「でも、馬車は止めるよ。仕事だからね。…行こうか、翠星石…」<br>
<br>
二人の少女が馬を駆り、崖から滑るように駆け下りた――<br>
<br>
<br>
<br>
9.―side story― 右手に強さを、左手に慈しみを<br>
<br>
<br>
<br></dd>
<dd>「ガハハ!大成功!だな!」<br>
「ギャハハ!おうよ!最近の俺達は失敗知らずだからな!」<br>
小さな町の小さな酒場で、大きな声を出しながら男達が酒を煽っている。<br>
「で、肝心の『先生』様は、どこ行きやがったんだ?」<br>
「知らねえよ!いくら美人でも、ああおっかなくっちゃプライベートまで首突っ込む奴は居ないわな!」<br>
「ガハハ!ちげーねえ!」<br>
<br>
二人の男の喧騒に、他の客は顔をしかめる。<br>
酒場のマスターは何も言わない。黙々とグラスを磨く。<br>
<br>
そして…<br>
<br>
酒場の裏。狭い通路にある、狭い小屋。<br>
そこに二人の少女 ―蒼星石と翠星石― が人目をはばかるように入っていった…<br>
<br>
蒼星石が汚い小屋の中の、薄汚れた机に、大きな鞄をドサッと置く。<br>
鞄の中には、今しがた受け取った報酬である札束が…<br>
襲撃した馬車の貯えであったそれが、大量に詰まっていた。<br>
<br>
テーブルを挟んで座る男が、その中身を一瞥する。<br>
「…また、例の病院に送金か?…あんたも相当な変人だねえ」<br>
男の問いかけに、蒼星石は何も答えない…。<br>
「…ま、いいや。やっといてやるよ。仲介料はいつもの通りだ…」<br>
その言葉を聞き、蒼星石と翠星石は小屋から出て行く。<br></dd>
<dd>―※―※―※―※―<br>
<br>
二人して、町の安宿に戻る。<br>
部屋に入り、鍵を閉める。<br>
翠星石はベットにボフっと腰掛ける。<br>
少し俯きながら、小さな声を出す。<br>
<br>
「こんな根無し草みたいな用心棒生活は…正直、疲れるですぅ…」<br>
蒼星石も、何も答えず、ベットに腰掛ける。<br>
「それに…こんな事続けて入院費を稼いでも…おじじもおばばも、きっと喜ばないです…」<br>
翠星石が小さな声で続ける。<br>
「その話は、もう何度もしただろ…?」<br>
そう言い蒼星石はベットに横になり、テンガロンハットを顔の上に乗せる。<br>
<br>
――分かってる…こんな事でお金を稼いでも、おじいさんもおばあさんも喜ばない。<br>
でも…僕達を拾ってくれた、やさしい二人に…恩を返したい。<br>
その為には…僕に出来る事は…これしかないんだ…。<br>
<br>
何故だろう…?不意に涙が零れそうになる…<br>
何故だろう…?なのに、一滴も涙が出ないや…<br>
胸が締め上げられてるのに、全然泣けない。<br>
その事が余計、悲しく感じる。<br>
その事が余計、胸を締めつける。<br>
<br>
――きっと僕は今…酷い表情をしてるんだろうね…<br>
<br>
心を誰にも見透かされないように…そっと、顔の上に乗せた帽子を片手で押さえる。<br>
<br>
心配げな眼差しを向ける翠星石に、蒼星石は気付かない。<br>
</dd>
</dl>
<dl>
<dd>―※―※―※―※―<br>
<br>
その夜――<br>
翠星石は隣のベットから聞こえる声に目を覚ました。<br>
<br>
そこには、身体を丸め、眠りながら涙を流す蒼星石。<br>
<br>
――…ここの所、しょっちゅうです…<br>
前もこんな事があったですが…それにしても最近は…<br>
<br>
そっと指先で零れる滴を拭う。<br>
<br>
――このままでは…蒼星石が壊れてしまうです…<br>
<br>
眠る蒼星石の肩に、そっと布団をかけなおす。<br>
<br>
強がってはいるが、誰より激しい葛藤に苦しむ蒼星石…<br>
とっても強いのに、誰より優しくて不器用で意地っ張りで…<br>
<br>
眠りながら涙を流す双子の妹…自分の半身を、ただじっと見つめる。<br>
<br>
そして…翠星石は一つの決意を胸に秘めた。<br>
<br></dd>
<dd>―※―※―※―※―<br>
<br>
翌日、蒼星石はいつもと同じ時間に目を覚まし、いつもと同じように顔を洗う。<br>
いつもと同じように翠星石を起こしにかかり…<br>
いつもと違い、翠星石がもう起きてどこかに行ってる事に気が付いた。<br>
<br>
(珍しい事もあるんだね。姉さんが先に起きるなんて)<br>
そう考えながら、いつもと同じように、町の酒場に朝食を食べに行く。<br>
<br>
いつもと同じサラダを頼み、いつもと同じようにそれをつつく。<br>
いつもと違うのは、翠星石が横に居ないだけ。<br>
それだけなのに、サラダはいつもと違い、味の無い物に感じる。<br>
「翠星石は、まだ来てないのかい?」<br>
何気ない感じを装って、バーテンに尋ねてみる。<br>
<br>
バーテンは相変わらず無表情にグラスを磨き、無表情に答える。<br>
「…例えば…つい先程、ここで少女と男が言い争い、そして男が少女を気絶させて、町の外に連れて行く…<br>
仮にそんな事が起こっても、この町では一切の騒ぎにはなりません…<br>
この町は…そういう町です…」<br>
諦めともとれる声で、そう言った。<br>
<br>
バーテンの言葉を最後まで聞く前に、蒼星石はポケットの中の硬貨を全てカウンターに叩きつけ、走る。<br>
<br>
――どうか無事で――<br>
その思いで、ひたすらに町の外へと駆け抜ける。<br>
<br>
早朝の町を駆ける少女の姿に、町は一瞬ざわめくが――<br>
それもすぐに忘れられた。<br>
<br>
<br></dd>
<dd>―※―※―※―※―<br>
<br>
「もう、この仕事は辞めさせてもらうですぅ」<br>
男にそう伝えると、突然背後から殴られた。<br>
気が付くと…男に抱え上げられながら、町の外に居る。<br>
<br>
「ここは…?…!何しやがるですか!放しやがれです!」<br>
後ろ手に縛られたまま、ジタバタと暴れる。<br>
「!…蒼星石はどうしたですか!?」<br>
そう言うと同時に、地面に投げ捨てられた。<br>
「放せとはいいましたけど、いきなり何しやがるですか!」<br>
叫ぶが、その声も男が突きつけてきた銃口の前でそれ以上続かなかった。<br>
<br>
「ほれ…来たぜ」<br>
男が指差した方向を見る。<br>
<br>
井戸の底より暗く、鋼鉄より硬い決意を目に宿らせた蒼星石が、町から歩いてきた。<br>
<br>
<br></dd>
<dd>―※―※―※―※―<br>
<br>
――どうやら…まだ無事みたいだね――<br>
地面に転がる翠星石の姿に、一瞬の安堵が胸をよぎる。<br>
だが、決して楽観視できる状況では無い事を確認する。<br>
無言で男達を睨みつける。<br>
<br>
一人は翠星石に銃口を向け、一人はこちらに近づいてくる。<br>
<br>
男はニヤニヤしながら、ご丁寧に説明してくれる。ありがたい限りだ。<br>
「前にも言ったと思うが…言ってねえか?まあ、いいや。<br>
俺達の首には賞金が懸かっててな。『先生』達に抜けられた日にゃ、即、吊るされる、ってもんだ。<br>
…で、だ。どうも俺達を見捨てるつもりらしいじゃねえか。ひでぇ話だ。<br>
だから最後に、お前たちで一稼ぎさせてもらおう、って思ってな…」<br>
<br>
もう一人の男がニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、翠星石に銃を突きつける。<br>
「さて、武器を捨ててもらおうか?」<br>
下品な薄笑いを浮かべながら、男が近づいてくる。<br>
<br>
視線で人を殺せそうなほどの眼差しを蒼星石は向けるが…<br>
地面に鋏を投げ捨てる。『ガラン』という鈍い音だけが周囲に響く。<br>
<br>
「安心しな…顔は殴らねえよ。…『商品』の価値が下がるから…な!」<br>
言葉と同時に、腹を殴られる。<br>
痛い。とっさに反撃しそうになるが、囚われた翠星石の存在が辛うじて理性を繋ぎとめる。<br>
再び腹を殴られる。大きく身体を折る。脇腹を蹴られる。<br>
地面に転がる。腹を蹴り上げられる。砂にまみれながら身体を丸める。背中を蹴られる。<br>
痛みに耐える。ひたすら視界の端に見える翠星石の姿だけを頼りに。<br>
何度も蹴られる。何度も踏まれる。口の中に鉄の味が広がる。<br>
<br>
<br></dd>
<dd>―※―※―※―※―<br>
<br>
「蒼星石…!!蒼星石ぃ!!」<br>
必死に叫び続ける。<br>
無抵抗に殴られる大切な妹を。<br>
ひたすら耐える、自分の半身を。<br>
<br>
――私がドジ踏んだせいです…私が捕まってさえいなければ…<br>
――私が居なければ…蒼星石なら…<br>
そう考え舌を噛み切り、命を絶とうかとした瞬間――<br>
<br>
聞こえる銃声――<br>
私に銃を向けていた男が倒れ――<br>
その額には、風穴が開いていた――<br>
<br>
蒼星石を殴っていた男は突然の事態に驚き、振り向く。<br>
<br>
そこには…<br>
硝煙の上がる銃を持った、銀髪の女。<br>
<br>
銀髪の女は、天気の話でもするかのような軽々しい口調で喋りだす。<br>
「この辺りに腕の立つ双子がいる、って聞いたんだけどぉ?…お取り込み中、ごめんなさいねぇ…」<br>
<br>
「てめえ!何しやがる!」<br>
男が声を荒げるが、銀髪の女は銃を向け男を黙らせる。<br>
「…あなた達…賞金が懸かってるんですってねぇ…。でもざぁんねん。<br>
…あなたの首には…先約がいるみたいねぇ…?」<br>
<br>
いつの間にか蒼星石が鋏を手に、立ち上がっていた。<br>
<br>
<br></dd>
<dd>―※―※―※―※―<br>
<br>
形勢が圧倒的な優位でなくなった途端、男はしり込みしだす。<br>
いくら報酬の為とはいえ、こんなのに雇われていたのかと思うと、情けなくなる。<br>
親切に、質問してあげる事にした。<br>
「…腰に下げてる銃は、ただの飾りかい?」<br>
<br>
「ほんの…冗談じゃねえかよ…」<br>
何も答えない。<br>
「こっちも相棒が死んだんだしよ…ここはお互い水に流そうや…」<br>
睨み続ける。<br>
「そうだ…金…金をやるからよ…」<br>
言い終わると同時に、男は銃を引き抜いた――<br>
<br>
だが――<br>
<br>
男の指が撃鉄を起こすより早く――<br>
<br>
巨大な鋏が男の胸板を貫く――<br>
<br>
一部始終を見ていた銀髪の女は、全てが終わったのを確認すると、妖しく笑いながら近づいてきた。<br>
「『スカウト』って言葉、知ってるぅ…? ちょうど腕の立つ仲間が欲しいと思ってたのよぉ…」<br>
そう言い、首筋をなぞるようにそっと指を這わせてくる。<br>
何も答えず、鋭い視線を返事代わりに送る。<br>
<br>
耳元に唇を寄せ、銀髪の女は吐息と共に甘く囁くように言ってきた。<br>
<br>
「ねぇ…あなたと私が組んだら…どれだけ強いと思う…?」<br>
<br>
<br>
<br></dd>
<dd>―※―※―※―※―<br>
<br>
<br>
「水曜日…今日のご飯当番は…♪ げ…水銀燈の日ですぅ…」<br>
しょんぼりしながら、食堂に向かう。<br>
<br>
…<br>
あれから暫くの月日が流れた。<br>
銀髪の女――水銀燈――は、チームのリーダーとして頑張ってくれてる。<br>
当面の問題は、彼女が作るヤクルト創作料理。<br>
オリジナリティーに溢れすぎていて、理解できないが…困った事に、本人は至ってご機嫌だ。<br>
<br>
収入は不安定になり、おじじとおばばへの送金も厳しい時もあるが…<br>
それでも、何とかなってる。<br>
これで良かったのだと心から思う。<br>
<br>
蒼星石も最近では、夜中に眠りながら泣く事も無くなった。<br>
私も、あの頃と比べて随分と笑顔でいる時間が多くなったと思う。<br>
<br>
横で、料理の味付けに関してあれこれ無駄な注文をしている蒼星石を見る。<br>
<br>
<br>
「どうしたんだい?翠星石。ニヤニヤしちゃって」<br>
そう言われて、初めて自分がニヤついてる事に気が付いた。<br>
でも…<br>
<br>
<br>
――ニヤニヤしてるのは蒼星石も同じですぅ――<br>
<br>
<br></dd>
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<dd>男が崖の上から、眼下を走る一台の幌付きの馬車を指差す。<br>
「けっこう貯め込んでる、って噂ですし…皆殺しにしてやってくださいや」<br>
媚びるような視線を、横に立つ少女に向ける。<br>
<br>
「…殺す殺さないは、自由だろ…?僕に指図はしないでもらえるかな」<br>
少女は冷めた視線を男に向ける。<br>
「でも、馬車は止めるよ。仕事だからね。…行こうか、翠星石…」<br>
<br>
二人の少女が馬を駆り、崖から滑るように駆け下りた――<br>
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9.―side story― 右手に強さを、左手に慈しみを<br>
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<dd>「ガハハ!大成功!だな!」<br>
「ギャハハ!おうよ!最近の俺達は失敗知らずだからな!」<br>
小さな町の小さな酒場で、大きな声を出しながら男達が酒を煽っている。<br>
「で、肝心の『先生』様は、どこ行きやがったんだ?」<br>
「知らねえよ!いくら美人でも、ああおっかなくっちゃプライベートまで首突っ込む奴は居ないわな!」<br>
「ガハハ!ちげーねえ!」<br>
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二人の男の喧騒に、他の客は顔をしかめる。<br>
酒場のマスターは何も言わない。黙々とグラスを磨く。<br>
<br>
そして…<br>
<br>
酒場の裏。狭い通路にある、狭い小屋。<br>
そこに二人の少女 ―蒼星石と翠星石― が人目をはばかるように入っていった…<br>
<br>
蒼星石が汚い小屋の中の、薄汚れた机に、大きな鞄をドサッと置く。<br>
鞄の中には、今しがた受け取った報酬である札束が…<br>
襲撃した馬車の貯えであったそれが、大量に詰まっていた。<br>
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テーブルを挟んで座る男が、その中身を一瞥する。<br>
「…また、例の病院に送金か?…あんたも相当な変人だねえ」<br>
男の問いかけに、蒼星石は何も答えない…。<br>
「…ま、いいや。やっといてやるよ。仲介料はいつもの通りだ…」<br>
その言葉を聞き、蒼星石と翠星石は小屋から出て行く。<br></dd>
<dd>―※―※―※―※―<br>
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二人して、町の安宿に戻る。<br>
部屋に入り、鍵を閉める。<br>
翠星石はベットにボフっと腰掛ける。<br>
少し俯きながら、小さな声を出す。<br>
<br>
「こんな根無し草みたいな用心棒生活は…正直、疲れるですぅ…」<br>
蒼星石も、何も答えず、ベットに腰掛ける。<br>
「それに…こんな事続けて入院費を稼いでも…おじじもおばばも、きっと喜ばないです…」<br>
翠星石が小さな声で続ける。<br>
「その話は、もう何度もしただろ…?」<br>
そう言い蒼星石はベットに横になり、テンガロンハットを顔の上に乗せる。<br>
<br>
――分かってる…こんな事でお金を稼いでも、おじいさんもおばあさんも喜ばない。<br>
でも…僕達を拾ってくれた、やさしい二人に…恩を返したい。<br>
その為には…僕に出来る事は…これしかないんだ…。<br>
<br>
何故だろう…?不意に涙が零れそうになる…<br>
何故だろう…?なのに、一滴も涙が出ないや…<br>
胸が締め上げられてるのに、全然泣けない。<br>
その事が余計、悲しく感じる。<br>
その事が余計、胸を締めつける。<br>
<br>
――きっと僕は今…酷い表情をしてるんだろうね…<br>
<br>
心を誰にも見透かされないように…そっと、顔の上に乗せた帽子を片手で押さえる。<br>
<br>
心配げな眼差しを向ける翠星石に、蒼星石は気付かない。<br>
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<dd>―※―※―※―※―<br>
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その夜――<br>
翠星石は隣のベットから聞こえる声に目を覚ました。<br>
<br>
そこには、身体を丸め、眠りながら涙を流す蒼星石。<br>
<br>
――…ここの所、しょっちゅうです…<br>
前もこんな事があったですが…それにしても最近は…<br>
<br>
そっと指先で零れる滴を拭う。<br>
<br>
――このままでは…蒼星石が壊れてしまうです…<br>
<br>
眠る蒼星石の肩に、そっと布団をかけなおす。<br>
<br>
強がってはいるが、誰より激しい葛藤に苦しむ蒼星石…<br>
とっても強いのに、誰より優しくて不器用で意地っ張りで…<br>
<br>
眠りながら涙を流す双子の妹…自分の半身を、ただじっと見つめる。<br>
<br>
そして…翠星石は一つの決意を胸に秘めた。<br>
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<dd>―※―※―※―※―<br>
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翌日、蒼星石はいつもと同じ時間に目を覚まし、いつもと同じように顔を洗う。<br>
いつもと同じように翠星石を起こしにかかり…<br>
いつもと違い、翠星石がもう起きてどこかに行ってる事に気が付いた。<br>
<br>
(珍しい事もあるんだね。姉さんが先に起きるなんて)<br>
そう考えながら、いつもと同じように、町の酒場に朝食を食べに行く。<br>
<br>
いつもと同じサラダを頼み、いつもと同じようにそれをつつく。<br>
いつもと違うのは、翠星石が横に居ないだけ。<br>
それだけなのに、サラダはいつもと違い、味の無い物に感じる。<br>
「翠星石は、まだ来てないのかい?」<br>
何気ない感じを装って、バーテンに尋ねてみる。<br>
<br>
バーテンは相変わらず無表情にグラスを磨き、無表情に答える。<br>
「…例えば…つい先程、ここで少女と男が言い争い、そして男が少女を気絶させて、町の外に連れて行く…<br>
仮にそんな事が起こっても、この町では一切の騒ぎにはなりません…<br>
この町は…そういう町です…」<br>
諦めともとれる声で、そう言った。<br>
<br>
バーテンの言葉を最後まで聞く前に、蒼星石はポケットの中の硬貨を全てカウンターに叩きつけ、走る。<br>
<br>
――どうか無事で――<br>
その思いで、ひたすらに町の外へと駆け抜ける。<br>
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早朝の町を駆ける少女の姿に、町は一瞬ざわめくが――<br>
それもすぐに忘れられた。<br>
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<dd>―※―※―※―※―<br>
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「もう、この仕事は辞めさせてもらうですぅ」<br>
男にそう伝えると、突然背後から殴られた。<br>
気が付くと…男に抱え上げられながら、町の外に居る。<br>
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「ここは…?…!何しやがるですか!放しやがれです!」<br>
後ろ手に縛られたまま、ジタバタと暴れる。<br>
「!…蒼星石はどうしたですか!?」<br>
そう言うと同時に、地面に投げ捨てられた。<br>
「放せとはいいましたけど、いきなり何しやがるですか!」<br>
叫ぶが、その声も男が突きつけてきた銃口の前でそれ以上続かなかった。<br>
<br>
「ほれ…来たぜ」<br>
男が指差した方向を見る。<br>
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井戸の底より暗く、鋼鉄より硬い決意を目に宿らせた蒼星石が、町から歩いてきた。<br>
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<dd>―※―※―※―※―<br>
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――どうやら…まだ無事みたいだね――<br>
地面に転がる翠星石の姿に、一瞬の安堵が胸をよぎる。<br>
だが、決して楽観視できる状況では無い事を確認する。<br>
無言で男達を睨みつける。<br>
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一人は翠星石に銃口を向け、一人はこちらに近づいてくる。<br>
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男はニヤニヤしながら、ご丁寧に説明してくれる。ありがたい限りだ。<br>
「前にも言ったと思うが…言ってねえか?まあ、いいや。<br>
俺達の首には賞金が懸かっててな。『先生』達に抜けられた日にゃ、即、吊るされる、ってもんだ。<br>
…で、だ。どうも俺達を見捨てるつもりらしいじゃねえか。ひでぇ話だ。<br>
だから最後に、お前たちで一稼ぎさせてもらおう、って思ってな…」<br>
<br>
もう一人の男がニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、翠星石に銃を突きつける。<br>
「さて、武器を捨ててもらおうか?」<br>
下品な薄笑いを浮かべながら、男が近づいてくる。<br>
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視線で人を殺せそうなほどの眼差しを蒼星石は向けるが…<br>
地面に鋏を投げ捨てる。『ガラン』という鈍い音だけが周囲に響く。<br>
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「安心しな…顔は殴らねえよ。…『商品』の価値が下がるから…な!」<br>
言葉と同時に、腹を殴られる。<br>
痛い。とっさに反撃しそうになるが、囚われた翠星石の存在が辛うじて理性を繋ぎとめる。<br>
再び腹を殴られる。大きく身体を折る。脇腹を蹴られる。<br>
地面に転がる。腹を蹴り上げられる。砂にまみれながら身体を丸める。背中を蹴られる。<br>
痛みに耐える。ひたすら視界の端に見える翠星石の姿だけを頼りに。<br>
何度も蹴られる。何度も踏まれる。口の中に鉄の味が広がる。<br>
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<dd>―※―※―※―※―<br>
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「蒼星石…!!蒼星石ぃ!!」<br>
必死に叫び続ける。<br>
無抵抗に殴られる大切な妹を。<br>
ひたすら耐える、自分の半身を。<br>
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――私がドジ踏んだせいです…私が捕まってさえいなければ…<br>
――私が居なければ…蒼星石なら…<br>
そう考え舌を噛み切り、命を絶とうかとした瞬間――<br>
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聞こえる銃声――<br>
私に銃を向けていた男が倒れ――<br>
その額には、風穴が開いていた――<br>
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蒼星石を殴っていた男は突然の事態に驚き、振り向く。<br>
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そこには…<br>
硝煙の上がる銃を持った、銀髪の女。<br>
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銀髪の女は、天気の話でもするかのような軽々しい口調で喋りだす。<br>
「この辺りに腕の立つ双子がいる、って聞いたんだけどぉ?…お取り込み中、ごめんなさいねぇ…」<br>
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「てめえ!何しやがる!」<br>
男が声を荒げるが、銀髪の女は銃を向け男を黙らせる。<br>
「…あなた達…賞金が懸かってるんですってねぇ…。でもざぁんねん。<br>
…あなたの首には…先約がいるみたいねぇ…?」<br>
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いつの間にか蒼星石が鋏を手に、立ち上がっていた。<br>
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形勢が圧倒的な優位でなくなった途端、男はしり込みしだす。<br>
いくら報酬の為とはいえ、こんなのに雇われていたのかと思うと、情けなくなる。<br>
親切に、質問してあげる事にした。<br>
「…腰に下げてる銃は、ただの飾りかい?」<br>
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「ほんの…冗談じゃねえかよ…」<br>
何も答えない。<br>
「こっちも相棒が死んだんだしよ…ここはお互い水に流そうや…」<br>
睨み続ける。<br>
「そうだ…金…金をやるからよ…」<br>
言い終わると同時に、男は銃を引き抜いた――<br>
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だが――<br>
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男の指が撃鉄を起こすより早く――<br>
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巨大な鋏が男の胸板を貫く――<br>
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一部始終を見ていた銀髪の女は、全てが終わったのを確認すると、妖しく笑いながら近づいてきた。<br>
「『スカウト』って言葉、知ってるぅ…? ちょうど腕の立つ仲間が欲しいと思ってたのよぉ…」<br>
そう言い、首筋をなぞるようにそっと指を這わせてくる。<br>
何も答えず、鋭い視線を返事代わりに送る。<br>
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耳元に唇を寄せ、銀髪の女は吐息と共に甘く囁くように言ってきた。<br>
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「ねぇ…あなたと私が組んだら…どれだけ強いと思う…?」<br>
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<dd>―※―※―※―※―<br>
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「水曜日…今日のご飯当番は…♪ げ…水銀燈の日ですぅ…」<br>
しょんぼりしながら、食堂に向かう。<br>
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…<br>
あれから暫くの月日が流れた。<br>
銀髪の女――水銀燈――は、チームのリーダーとして頑張ってくれてる。<br>
当面の問題は、彼女が作るヤクルト創作料理。<br>
オリジナリティーに溢れすぎていて、理解できないが…困った事に、本人は至ってご機嫌だ。<br>
<br>
収入は不安定になり、おじじとおばばへの送金も厳しい時もあるが…<br>
それでも、何とかなってる。<br>
これで良かったのだと心から思う。<br>
<br>
蒼星石も最近では、夜中に眠りながら泣く事も無くなった。<br>
私も、あの頃と比べて随分と笑顔でいる時間が多くなったと思う。<br>
<br>
横で、料理の味付けに関してあれこれ無駄な注文をしている蒼星石を見る。<br>
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<br>
「どうしたんだい?翠星石。ニヤニヤしちゃって」<br>
そう言われて、初めて自分がニヤついてる事に気が付いた。<br>
でも…<br>
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――ニヤニヤしてるのは蒼星石も同じですぅ――<br>
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